第21章「最強たる者」
AA.「 “最強” の継承者」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間(3年前)

 

 ―――3年前。

 謁見の間へと続く廊下。

「待っていたぞ」

 セシルが当時のバロン王―――オーディンに呼ばれ、謁見の間へ向かう途中の廊下で待ち受けている男が居た。
 カインだ。
 普段着のように身に着けている竜騎士の鎧は装備していない―――セシルのダークフォースに背中を打ち砕かれたまま、まだ修理が終わっていないのだろう。

「カイン―――よく出歩けるものだね」

 セシルは苦笑。
 立っているだけで表情に脂汗が滲んでいるが、それも当然のことだろう。
 鎧を砕くほどのダークフォースに背中を受けたのだ。白魔法の治癒を受けたとはいえ、白魔法と相反するダークフォースの怪我は、白魔法では治りにくい。
 普通の人間ならば、まだ出歩ける状態ではない―――もっとも普通なら、ダークフォースを直撃された時に死んでいるが。

「セシル・・・! 謁見の間へ行く前に話がある・・・!」

 低い声でカインは言う。
 それはどこか殺気じみていて、もしも怪我をしていなければセシルに飛びかかって、その胸ぐらを掴むくらいはしていただろう。

 おや? とセシルはとぼけるように首を傾げ、

「どうかしたのかい? なにか怒っているようだけど?」
「その理由・・・解らないとは言わせんぞ」
「解らないね」
「なら言ってやる! 昨日の戦い、何故か “俺” がオーディンを倒した事になっているのはどういうことだ!?」

 カインの言葉に、セシルは顔をしかめた。

「陛下のことを呼び捨てるのは感心しないね」
「今朝、俺がようやく目を覚ました時に、見舞いに来たカーライルから聞いた! これはどういうことだ!」
「どういうこともなにも、陛下を倒したのは君だろ?」
「俺と “お前” だ! いやむしろ、お前が―――」
「僕は君の足を引っ張っただけだよ。連携失敗したり、間違って君の背中を撃ったり―――最後は全くなにもしなかったし」

 苦笑しながら言うセシルに、カインは大きくかぶりを振った。

「違う! 全てはお前の策略だった! あの棍を渡したのだって、俺が実力でオーディンを倒したと知らしめるためだろう!」

 セシルと一緒にオーディンと戦う以前に、カインはオーディンに敗北している。
 だからセシルはカインに棍を―――刃のついていない武器を渡したのだ。

 カインがオーディン相手に手も足も出なかったのは実力ではなく武器のせいであったと。
 王を斬るわけにはいかないから、自然とカインは手加減してしまった。だから槍では勝てなかった―――そう思わせるために。

「だから呼び捨てるなって言うのに・・・」
「うるさい! セシル、今すぐ皆に釈明しろ!」
「釈明? なんの?」
「勝ったのは俺ではない。お前だったと!」
「それはできない」

 きっぱりと答えるセシルに、カインは強く睨付けた。

「何故だ!?」
「君が実力で陛下に――― “最強” の騎士王に勝った事にしなければならないからさ」
「・・・何を企んでいる?」
「企んでいるとは人聞きが悪いな」

 セシルは苦笑して。

「丁度良い、今からその説明―――いいやそうだな。これは “釈明” か―――それをしに行くところだよ。君にも後で話すつもりだったけど、ついでだから来ればいいよ」
「なんだと・・・?」

 訝しがるカインの隣を通り過ぎて、セシルは謁見の間へと向かう。
 納得出来ない様子のまま、カインもセシルの後を追った。

 

 

******

 

 

 謁見の間で待っていたのは、バロン王だけではなかった。

「これは・・・」

 カインはそこで待っていた面々を見て、流石に驚く。

 謁見の間にはバロンに名だたる騎士達がずらりと並んでいた。
 陸兵団を率いる “聖剣騎士” アーサー=エクスカリバーや、暗黒騎士団を率いるウィーダス=アドームなど他数名。どれも、バロン軍の中でも上位に位置する者たちで、かつてのエブラーナとの戦争を戦い抜いた者たちだ。

 敵意がある、とは言わないが、彼らがセシル達を見る目はどこか厳しかった。
 それは、先日にオーディンを打ち倒したことが原因なのだろう。

「セシル=ハーヴィ、参上致しました」

 周囲からの視線に臆することなく、セシルはオーディンの前まで進むと、膝を突いて頭を垂れる。
 それと並んで、カインも同じようにバロン王へ向かって跪いた。

「顔を上げよ」

 バロン王の座る、玉座のすぐ側に控えているベイガンが告げる。
 セシルが顔を上げると、オーディンと目が合い、王がセシルに向かって告げる。

「セシルよ。呼ばれた理由は解っておるな?」
「はい」
「では聞かせてもらうとしよう。 “カイン=ハイウィンドが私を打ち倒した” 理由を」

 カイン=ハイウィンドが、と強調したのは、オーディンも自分と同じ疑問を抱いているからだとカインは気がついた。
 セシルが、 “カインだけでオーディンを倒した” という事にしたいのは明らかだ。

 セシルは「はい」と、もう一度頷いて。

「結論から言います。陛下に冠された “最強” の称号―――それを、カイン=ハイウィンドが継ぐべきだと考えたからでございます」
「最強を・・・継ぐ?」
「はい。失礼ながら、陛下はもうお歳です。いつご不幸が起こるかもわかりません」
「ぶっ、無礼なっ!」

 セシルの発言に、周囲の騎士達がざわめく。
 だがオーディンが「静まれ」と告げると、一瞬でざわめきが止まった。

「続けよ」
「はっ。エブラーナ戦争が終結した後、このバロンは陛下という一本の大きく強い柱を中心に建っている状態です。ですがもし、その柱が無くなれば、国はあっと言う間に崩壊しかねません」
「そのために、新たな柱を建てようというのか」
「御意に」

 セシルが頷くと、再び周囲の騎士達が騒ぎ始める。

「騎士になりたての若輩者がなにを申すか」
「確かにこの国は陛下を中心に成っている。だが、なにも陛下に寄りかかっているわけではない!」
「新たな柱などなくとも、何も問題はあるまい!」

 騒ぐ騎士達の言葉を一つ一つ耳にして―――その騒ぎが収まりかけたころ、セシルはやや強い声で周囲に語りかける。

「では何故あなた方はここに居られるのか!」
「なに・・・?」
「先日の話を聞きたくて、わざわざこの場にお集まりになったのでしょう?  “陛下が敗北した” ―――その事が気にかかり、動揺し、居ても立っても居られずにこの場に来たということは、それだけ陛下に依存しているということの証明ではありませんか!」
「ぐ・・・っ」

 図星だった。
 今、この場にいる騎士達は、オーディンに呼ばれたというわけではない。
 昨日の騒ぎを聞き、その事をセシルが話すと聞いて、同席を願い出た者たちだ。

 セシルの言うように完全に依存しているわけではないにしろ、オーディン王はこの国 “最強” の存在―――言い換えれば、このバロンの強さの象徴でもある。
 その象徴が敗れたことに、動揺しない者は―――特に共にエブラーナと戦い抜いた者は―――居ない。

  “最強” の後継者が必要だった。
 いつかオーディンを失ったとしても、この国が強さを失わないために。バロンと共に在り続ける “最強” が必要だったのだ。

「しかしセシル殿。それならばカイン殿でなくとも良かったのでは?」

 疑問を発したのはベイガンだった。

「低く見るわけではございませんが、カイン殿はまだお若い。陛下の後継者ならばもっと相応しい者がいるのでは?」
「そうですね。カインよりも相応しい方は居るとは思います」

 セシルはベイガンの言葉をあっさりと肯定し、すぐに「ですが」と付け加える。

「 “最強” の後継者はカイン=ハイウィンド以外には有り得ません!」
「どういう意味かね?」

 オーディンの問いに、セシルは「はい」と頷いて。

「この場に居られる方々に問いますが、陛下の “最強” を継げる自信がある方は前に出て頂きたい!」

 セシルの言葉に、またまた周囲がざわめく。
 だが、騒ぐだけで誰も動こうとはしなかった。

「―――ごらんの通りです」

 騒ぎが収まり、セシルが言う。

「陛下の後継に相応しい者は居ても、陛下が偉大すぎるために、その後継なろうとする者は居ません」
「ではそのカインならばなれるというのか?」

 騎士の一人が言うと、セシルはそれには直接答えずにカインを振り返る。

「さて、どうなんだいカイン? 君は陛下の “最強” を継ぐことができるだろうか?」
「・・・俺は―――」

 セシルに問われ、しかしカインは悔しそうに歯を噛み締め、苦い声で答える。

「俺は、まだ無理だ。 “最強” を名乗るには力が足りない。昨日、陛下を倒せたのも、俺の実力ではない―――」
「そらみたことか!」

 鬼の首でも取ったかのように騎士の一人が囃し立てる。

「所詮、 “最強” を継ぐなど、その若造には不可能なのだ!」

 まるで子供の様にはしゃぐ騎士に、しかしセシルは満足げに微笑んだ。

「それでは貴方は、今のカインと同じ言葉を言えますか?」

 セシルの問いかけに、その騎士は「はあ?」と怪訝な顔をする。

「当たり前だろう! 陛下の最強を継ぐことなど、誰にだって無理―――」
「 “まだ” が抜けていますよ」
「なに?」
「カインは今、 “まだ” 無理だと言いました。 “まだ” ということは、今は無理でもいずれはできるということでしょう―――確かにカインの力は陛下には及びません。だからこそ、私は策を用いました。ですが―――」
「うっ・・・?」

 押し黙る騎士から視線を外し、セシルは再びオーディンへ顔を向ける。

「―――私はここに断言します。カイン=ハイウィンドは、 “いずれ” は陛下を越える最強になるということを!」
「へ、陛下を越えるなどと・・・無礼であるぞ!」
「よい」

 騒ぐ騎士を、オーディンは沈めて「わかった」と頷いた。
 それから玉座を立ち上がり、声高々に宣言する。

「私はこれより “最強” の称号をカイン=ハイウィンドへと継承する! これ以降、私は二度と剣を持つことはないだろう! 皆の者も、今この場で見聞きした事は忘れ、この若き竜騎士をバロンの新たな “最強” と認めるがよい!」
『は―――ハッ!』

 オーディンの宣言に、他の騎士達が一斉に臣下の礼をする。
 それからオーディンはセシルの方を見やり。

「これでよいかね?」
「ご理解、有り難く存じます―――つきましては陛下、もう一つだけお願いが御座います」

 セシルの言葉に、またまた謁見の間にざわめきが広がった。
 王から “最強” の称号を取り上げた上、さらになにを望むのだと、騎士達は冷たい目でセシルを見つめている。

「なにかね?」
「この度の一件、私はバロンのためとはいえ、陛下を策に嵌め、その名を貶めました。つきましては相応の処罰をお与え頂きたい。如何様な処分をも、甘んじて受ける覚悟がございます」
「待てセシル!」

 セシルの言葉に、即座にカインが反応する。
 カインにはセシルの考えが読めていた。

 如何にオーディン自身が納得したとはいえ、オーディンに憧れ、信奉する騎士などは、到底納得出来るものではないだろう。
 中にはカインを逆恨みする者もいるかもしれない。
 そこでセシルが処罰を受けることによって、悪いのはセシルだと言うことにして、怒りの矛先を変えようとしているのだ。

 カインはセシルの前に出て、真っ正面からセシルを睨付ける。

「お前はいつもそうだ! そうやって自分ばかり貧乏クジを引こうとする。貴様が処罰されるのなら、俺だって同罪だろうが!」
「貧乏クジも何も、僕は何も間違ったことは言っていないだろう。今回の件は、僕一人でやった事だ。処罰されるのは僕一人で十分だろう?」
「! だから前もって俺に何も言わなかったのか!」

 カインは苛立たしげに舌打ちして、オーディンへと向き直る。

「陛下! まさか本気でセシルを処罰する気ではないだろうな!」
「カイン殿! 陛下に向かって口の聞き方が―――」
「よい、ベイガン」

 オーディンは苦笑しながらベイガンを黙らせ、カインに告げる。

「カイン、少し下がっていろ」
「セシルを何も罰しないというのなら下がってやるさ!」
下がれと言った!」
「・・・ぐっ」

 オーディンから放たれる圧倒的な威圧感の前に、カインはしぶしぶと後ろに下がる。

「さてセシル」
「はい」
「如何様な処分をも受ける覚悟と言ったな」
「はい」

 頷くセシルに、オーディンは満足そうに微笑んで告げた。

「それではセシル=ハーヴィ。そなたを今度新設される飛空艇団――― “赤い翼” の長に命じる!」
「はっ! お心のままに―――は?」

 きょとん、としてセシルはオーディンを見上げた。

「あの・・・陛下・・・?」
「なにかね」
「いやその・・・今、なんと・・・?」
「今度、バロンには八番目の軍が新設されるので、その長を務めろと言ったのだ」

 ああなんだ聞き間違えじゃなかったんだー、などとぼんやりと考え。
 すぐにセシルは反論しようとして―――驚きのあまりに言葉が上手く出てこない。

「ちょ・・・ちょっちょっ・・・ちょっ・・・・・・」
「む? セシルよ、なんかとっても間抜けっぽいぞ?」
「いやそのっ! なんでそーなるんですか!」

 礼も忘れてセシルは叫ぶ。
 いつもならばベイガンが窘めるところだが、当のベイガンは笑いを堪えている。
 そのベイガンに視線を向け、セシルは叫んだ。

「確かに今度飛空艇団が新設されるということは聞いていました! ですが、それはベイガン様が長となる予定では!?」
「それは辞退させていただきました」
「は?」
「代わりにセシル殿を推薦しておきました」
「はああああああああ!?」

 全く予想外の展開に、セシルはパニックに陥っていた。
 その肩を、ぽん、と叩く者が居た。カインだ。

「良かったなセシル。その歳で一軍を任されるとは、また最年少記録を樹立したな」

 実はセシルは、幾つか “最年少” という称号をもらっていた。
 兵学校を最年少で卒業し、陸兵団の部隊長も最年少で務めたことがある。そして今、弱冠17歳で軍団長という、新たな最年少記録を打ち立てた。

「君があと数ヶ月早く生まれていれば、その記録は君のものだったろ! ・・・じゃなくて陛下! そんなこと承伏出来ません!」
「どんな処分でも受ける覚悟、と言われた気がするが」
「うぐっ!? いやしかし、私が言ったのは “罰” の事です!」
「・・・つまり、一軍の長になるのは嫌だと言うことか?」
「当たり前です! 私の様な若輩者に務まるわけがありません」
「では、よいではないか」
「は?」
「 “罰” だと思って引き受けたまえ」
「そ・・・そんな無茶な・・・・・・」

 力無くセシルが言うが、オーディンは考えを変える気はない様だった。

「まあ諦めて引き受けてくれ。すでに決まっていたことで、あとはどうやってお前に伝えようかと悩んでいたところだ」
「・・・どういう意味ですか?」
「普通に言えば辞退するだろうに。アーサーから聞いたぞ? エクスカリバーを受け継ぐことを拒否したらしいな」

 ぎくりとして、セシルは並ぶ騎士達の中から自分の上官だったアーサーの姿を振り返る。
 今日は調子がよいようだが、彼は病を患っていて、いつ死んでもおかしくないと言われていた。そのアーサーからエクスカリバー―――陸兵団を継いでくれと言われたことがある。しかしセシルはそれを “エクスカリバー” を使いこなせないことを理由に拒否。その後すぐに、暗黒騎士になってしまった。

「と、当然です! 僕はまだ兵学校を卒業して何年も経ってない若造ですよ!? そんなのが軍を率いられるわけがありません!」

 セシルが言うと、オーディンは何故か呆れた様な顔をした。

「・・・・・・お前は、何故か自分の事となると、突然頭が悪くなるな」
「え? あの、それはどういういみでしょうか・・・・・・」
「まあよい。とりあえず決まったことだ。就任式は後日執り行なう―――それでは解散」

 ―――と、いうわけで。

 その日 “最強の竜騎士” と共に、“赤い翼” のセシル=ハーヴィが誕生したのだった―――

 

 


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