第21章「最強たる者」
Y.「天地交錯」
main character:オーディン
location:バロン城・地下謁見の間
(・・・こんなつもりではなかったのだがな)
オーディンは心の中で嘆息した。
目の前では、スレイプニルに蹴り飛ばされて倒れたセシルが居る―――が、すぐにまた立ち上がろうとする。オーディンが望んだのはこんな戦いではなかった。セシルとカイン―――かつて自分が敗れ、 “継承された” 最強を返して貰うための決闘のはずだった。
そのために、仮初めとはいえ、ベイガン達をこの手にかけたのだ。しかし―――(まさかカインが怪我をしているとは)
最初は “嘘” と思った。
怪我をしている人間が、完全装備でこんなところに来るはずがないと思っていた。
というか、そもそもどうしてセシル達がこの場に来たのかも、オーディンは知らない。 “謁見の間” の外にセシル達の声が聞こえた瞬間、好機であると感じて “領域” を展開―――その時にはすでに、オーディンの頭には戦うことしかなかった。仮に怪我が本物だとしても、セシルの策である可能性もある。
だからこそ、構わずにベイガンを屠り、ファリスにとどめを刺そうとした。―――ちなみにギルバートを見逃したのは、オーディンは彼のことを覚えていたからだ。以前、バロンを訪れた時はもっと幼かったが、一国の王子にふさわしくない気弱で軟弱な少年だった。その印象が残っていたため、殺せなかった。
この空間は “仮初め” とはいえ、取り込まれた当人たちにとっては現実である。下手に “殺して” 精神的に死なれても困る。(結局、はったりだったということか・・・?)
先程のカインの言葉。
“戦えない” のではなく “まだ戦わないだけ” ―――そのカインの言葉に、オーディンは期待していた。
もっともそれで、カインの事を意識したせいで、不覚を取って危うく終わってしまうところだったが。なんにせよ、スレイプニルを使ってセシルを痛めつけたが、カインは全く動く気配を見せない。
結局、カインの言葉ははったりだった。動けない彼にできる、精一杯の負け惜しみだったのだ。
それを確信して、オーディンは立ち上がったセシルに向かって、意識せずに言葉が出ていた。「―――もう、終わりにするとしようか」
無意識に言葉を口にしてから、オーディンは自分の言いたいことを理解する。
こうなってしまえば、もうこの戦いに何の意味もない。(全てを話し、侘びを入れるとしようか)
全てを知れば、セシルは二度とオーディンと戦おうとは思ってくれないだろう。例え、それが仮初めのこの空間であっても。だがそれも仕方ないと、オーディンは諦める。
諦めて、実際に誰も死んでいないとは言え、果たして謝って許してくれるだろうかと考える。
おそらくセシルは許してくれるだろう。だがカインやベイガン辺りは同だろうか? 特にベイガンからはくどくどと小言を言われる気がする。それは嫌だなあ、と思いながら、オーディンは続けて謝罪の言葉を―――「・・・そうだな。終わりにするとしようか」
―――言う寸前に、セシルがそう言った。
その言葉に、オーディンは自分が言おうとしていた言葉を止める。
諦めかけていた想いが蘇る。失っていた期待を込めて―――しかしそれは表には出さずに―――オーディンは尋ねた。「それは、もう諦めると言うことかね?」
「いいや」オーディンの問いに、セシルは短く否定した。
それは、オーディンの期待通りの答え。「言ったでしょう。俺は貴方を殺す、と」
「私を殺す? そのボロボロな状態で、まだそれを言えるのか」冷淡に言い捨てながら、オーディンは沸き上がる喜びを必死で抑え込んでいた。
「私どころか、このスレイプニルの相手すら満足にできないではないか」
「そうですね。僕一人じゃ、貴方を殺すことは出来ない」きっぱりと言い放たれたその言葉に、しかしオーディンは落胆しなかった。
セシルは言った。「一人では」と。つまり―――「俺一人じゃ貴方には勝てない―――けれど二人ならば・・・カイン=ハイウィンドと共にならば」
その言葉。
その言葉をオーディンは知っていた。
それはかつてにも聞いた言葉。オーディンが敗北した時にも聞いた台詞だ。「 “俺達” は、誰にも負けはしない」
その言葉に、オーディンはあの時の事を思いだしていた―――
******
もう3年も昔の話となる。
カインが父の後を継いで、竜騎士団の長となり、セシルが赤い翼の長となる直前―――暗黒騎士となったばかりの頃の話だ。
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「・・・そんなものかね?」
オーディンは城の中庭で、騎士達と剣を交えていた。
騎士達の訓練の視察がてら、剣を振るうのはオーディンの日課となっていた。近衛兵であるベイガンは「危険なのでお止め下さい」と常々口うるさく言ってはいるが、幼い頃からオモチャ代わりに剣を振るってきたオーディンにとって生き甲斐とも言える。王になったからと言って、早々止められるものでもない。現役の騎士達と比べても、彼は誰よりも高齢だったが、しかし誰一人としてオーディンに敵う者は居なかった。
(カイン=ハイウィンドか・・・)
今、オーディンの目の前に居るのは竜騎士の鎧に身を包んだカインだった。
まだ18になったばかりだが、すでに竜騎士団の長を務めることが決定している。
それは前の長であるアーク=ハイウィンドの息子だから―――というわけではない。
18歳の若さにして、カインの槍さばきは他の竜騎士を上回り、なによりも現在、バロンで唯一の飛竜、アベルと最も心通わすことのできる者だからだ。だが、そんなカインをもってしても、 “最強” の壁は厚く、高かった。
「―――チッ」
「甘いな」カインがオーディンに向かって渾身の突きを連続で放つ。
だが、そのことごとくが当たらない。
見切りの極み。オーディンは完全にカインの攻撃を見切っていた。あらゆるものを砕く必殺の突撃も、閃光の様な神速の突きも、全てオーディンの見切りの前に無効化されていた。
「くっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」
いくらカインでも、永遠に槍を突き続けることは出来ない。
息が切れ、動きが衰え、ついには動き止めた。「終わりかね?」
泰然と、オーディンはカインに尋ねる。
「ま、まだ―――」
「ならば今度はこちらの番だな」カインの言葉を封じる様に、オーディンは前―――カインに向かって大きく足を前に出した。
同時に手にしていた木剣―――訓練なので、ミストルティンではない―――を無造作になにかを振り払うように振るう。「ちいっ!」
オーディンが攻め手に転じたのを見て、カインは槍を捨てると、即座に腰の剣を抜きはなった。防御するならば槍よりも剣の方が勝手が良い。
その剣で、迫るオーディンの剣を防ごうと縦にして構える。訓練用の木剣を使うオーディンに対し、カインは先程の槍も、この剣も、訓練用のものではない。
銀の槍と鋼の剣―――実戦でカインが愛用している武器を装備していた。オーディンがそれで良いと許可したからだ。ともあれ、木と鋼では勝負にもならない―――はずだった。
木剣と鋼の剣が接触する寸前、カインが反撃のためにオーディンを見た瞬間。「終わりだ」
「!?」オーディンの宣告。
気がつけば、カインの目の前に木剣が突き付けられていた。「馬鹿な・・・!? 確実に防いだはず―――」
「防いだ瞬間を確認したわけではないだろう?」剣を降ろしてオーディンが言う。
「し、しかし、どうやって―――」
「“見切りの極み” だよ、カイン」納得行かない様子のカインに、後ろから声がかかる。
振り返れば、周囲で見守っていた騎士達の前にセシルの姿があった。手には何故か身の丈ほどもある木の棒――― “棍” を手にしていた。「攻撃を無効化することができるなら、防御を無効化することもできる―――そういうことでしょう?」
剣と剣が接触する寸前、オーディンは僅かに身を退いた。
そのせいで木剣は鋼の剣に届かずに、接触しなかった―――それは最初から狙わなければ出来なかった事だ。つまりオーディンは “見切って” いた。「察しが良いな」
どこか嬉しそうにオーディンは頷く。
「次はセシル、お前が相手をしてくれるのかね?」
「はい」頷くセシルに、オーディンは少し驚いた。
今まで、セシルはオーディンと決して剣を交えようとしなかった。「今日に限って珍しい―――その棍を使うのかね?」
オーディンが棍を見つめて言う―――が、セシルは首を横に振った。
「これは私が使うのではありません」
そう言って、セシルはカインに差し出した。
「カイン、槍の代わりにこれを使うんだ」
「セシル・・・?」
「陛下、少々卑怯ですが、私とカイン―――二対一でやらせていただきます。よろしいですか?」
「ほう」興味深そうにオーディンはセシルを見る。
「二人がかりならば私に勝てると?」
「完勝出来ます」
「・・・・・・!」きっぱりと言い切ったセシルに、オーディンは流石に絶句した。
周囲もざわめき、中には「若造が・・・」「陛下を愚弄するのか!?」「無礼者め!」などと、セシルを罵倒する声もあがる。
そんな声に構わず、セシルはにこりと笑って続けた。「私一人では、陛下の足下にも及びません―――ですが、二人ならば・・・カイン=ハイウィンドと共にならば―――」
迷い無く、気負いもなく、ただ真っ直ぐに見つめてくるセシルの視線に。
オーディンは僅かに気圧されている自分に気がついた。「――― “僕たち” は誰にも負けません」
「・・・・・・面白い」にやり、とオーディンは笑う。
「本気で言っているのだろうな?」
「もちろんです。もしも僕たちが負けたならば、処分は如何様にもどうぞ」
「罰を与える気などないが―――」オーディンの言葉に、周囲に不満そうな空気が流れる。処罰無しでは温すぎる、と。
誰もがいきなり勝利宣言をしたセシルを侮蔑していた。その当時、セシルはまだ暗黒騎士になったばかりで、目立った功績はなにもなかった。よくカインと一緒にいるため、 “カイン=ハイウィンドの腰巾着” という印象が強い。何故オーディン王が名前を知っているのかさえ不思議に思うものの方が多いくらいだ。「ならば、もしもお前達が勝ったならば、何を望む?」
「敵うのならば」無礼を働いた上に、さらになにかを望むというのか―――という騎士達の視線を浴びながら、セシルは先程から全く動じずに告げた。
「認めて頂きたい」
「認める? なにをだね?」
「貴方を倒したものが “最強” であるということを」
******
セシルとカインが並び、オーディンと向き合う。
暗黒剣を手にしたセシルの横で、カインは手の中の棍を眺めていた。「どういうつもりだセシル? 俺は棍など使った事はないぞ」
「使い方は槍と代わらないだろ」
「ならば槍でもいいだろうに。なんの意味がある?」
「あとで解るよ―――それから」と、セシルはカインの耳元に小声で囁いた。
「―――――――――」
「なに・・・?」“その言葉” が、どういう意味かと思わず聞き返しかけたカインだが、セシルは話は終わりだと言わんばかりに肩を叩く。
それからオーディンを見やり、ハッキリと周囲にも聞こえる声で宣言した。「カイン “天地” を仕掛ける! 君が天で僕が地だ」
「天地・・・・・・ “天地交錯” の事か!?」天地交錯。
カインの父や祖父が得意とした、人竜一体の必殺技である。
とはいえ大した技ではない。単に竜騎士と飛竜とで、上下から連携するだけの技だ。が、単純な技だけに効果は高い。特に人間の視界は横に広く、縦に狭い。だから縦―――上下の攻撃を見極め辛いのだ。
それは勿論、オーディンにも言えることで、確かに “天地交錯” は有効な技かも知れない―――が。「あれは本来、心の通い合った竜騎士と飛竜が使う技だ。人間同士でやる技では―――」
「大丈夫だって。僕と君ならできるはずさ」
「・・・・・・」なんともお気楽なセシルの調子に、カインはしばし黙り―――やがて「フッ」と息を吐く。
「・・・そうだな。お前とならばなんでもできる―――そんな気がしてきた」
「そうだろ? なら決まりだ―――」セシルはオーディンへ笑いかける。
「それでは陛下。今から倒させていただきます」
下手な挑発じみた台詞。
しかしオーディンは怒るどころか苦笑して頷く。「いつでも来たまえ。なにを企んでいるのは知らんが、楽しみにしておるよ」
かなりの余裕。その様子に、周囲の誰もがオーディンの勝利を信じて疑わなかった。
そして無礼な若造が負けを認めて泣きながら謝ることを期待していた。完全にアウェイな空気の中、しかしセシルもカインも動じた様子はない。
カインは棍を握りしめ、先程の雪辱を晴らそうと集中しきっている。放たれる殺気をオーディンはむしろ心地よく感じた。(この殺気、今まで出会ってきた一流の戦士達と比べても遜色ない―――いずれは歴史に名を残す竜騎士となるだろう)
と、カインの将来を頼もしく感じる一方で、セシルはというと、ただ穏やかに笑っているだけだ。
(こちらの方は・・・全く読めんな。果たして何を考えているのだろうか・・・)
先も述べた様に、セシルは今まで機会はありながらも、オーディンとまともに剣を交えたことはなかった。
いっそのこと強引に「命令だ」と言って戦わせようかと思ったが、もしもそれでも聞かなかった場合は、それこそ王に背いた反逆者として処罰しなければならなくなる。そしてなんとなくセシルは、処罰されようとも、自分に剣を向けようとはしないとオーディンは思っていた。そのセシルが、どういうわけか戦いを挑んできた。
真意はわからないが、単に “オーディンに勝つ” ことがだけが目的ではないだろう。
そもそも、セシルはなにやら秘策でもあるのか、絶大な自信があるようだが、そう簡単に負ける気もない。周囲の騎士達の様に、相手が若造だからと油断する気はないが、セシルとカインの二人どころか、例えこの場の全員が一斉に向かってきても、全て叩き伏せる自信はあった―――つまり、それほどオーディンの実力は抜き出ていると言うことだった。まあ、なんにせよ。
(―――やってみれば解る、か)
元々、オーディンは頭が悪いわけではないが、小難しく考えるのが苦手な性分だった。
考えるよりも、実際にやってみた方が早いと、彼は思考を打ち切る。「さて、そろそろ始めぬか? そっちが動かないのなら、こっちが―――」
「カイン!」
「応!」セシルの合図でカインが跳躍する。
天へ向かって高く跳躍すると同時、セシルがオーディンに向かって走り出した。それを見て、オーディンは思案する。
(・・・上下の連携。さて、どうするか―――)
天地交錯。
その技は上下の連携という単純な技だが、それを心通じる竜騎士と飛竜がやるからこそ絶大な効果を発揮する。
“天” に気を取られればその隙を “地” がついて、“地” に気を配れば天が貫く。
セシルとカインの二人が、どこまで真に迫れるか解らないが、オーディンはカインの攻撃をすでに見切っている。あとはセシルを―――「あ」
どたっ、といきなりセシルがコケた。
中庭の地面の上を、ずささっ、と滑る。その場の全員が一瞬呆然して―――次の瞬間、周囲の騎士達が爆笑する。
笑いの渦が巻き起こる。しかしオーディンだけは笑っていなかった。皆がセシルの醜態に注目する中、オーディンは冷静に後ろへと下がる。「・・・ッ!」
オーディンの目の前を、カインが降ってくる。
その一撃を危なげなく避けたオーディンは、やれやれと嘆息した。「・・・・・・こんなものかね」
期待していただけに落胆も激しい。
真面目に処罰することを考えんといけないかなあ、などと思いつつ、オーディンはとりあえず戦いの決着を付けるべく、着地したばかりで身動きの取れないカインに剣を振り上げ―――
暗黒剣
いきなりカインの背後―――倒れたセシルから “力” を感じた。
地面に倒れていたセシルは、持っていた暗黒剣からダークフォースを地面に放ち、その反動で無理矢理身を起こす。さらに。「おおおおおおおおっ!」
裂帛の気合いと共に、セシルはダークフォースを放ちながら地面を蹴った。
その身体が天へ向かって跳び上がる――――――真っ直ぐ真上に。「あれ?」
空中で首を傾げるセシル。
どうやら、本当はカインの頭を飛び越えて、オーディンに向かって飛びかかりたかったらしい。
それを察して、騎士達がセシルを指さして笑おうと―――したその瞬間。「ぬおっ!?」
ずざざざざっ!
悲鳴のあと、なにかが地面を滑る音。
その音に振り返れば―――「へ・・・陛下!?」
騎士達の一人が叫ぶ。
見れば、オーディンが地面に倒れていた。近くにはオーディンが滑ったらしい跡が地面に残り、その先には―――「はっ・・・はぁっ・・・はっ・・・・・・」
棍を前に向かって突きだした状態のカインが居た。
「ま、まさか・・・陛下が倒された、のか・・・?」
信じられないと言った表情の騎士達。
と、不意に「あっはっは」と笑い声があがる。「どうやら、僕の策に引っかかったようですね」
「策、だと・・・?」騎士の一人が疑問を返す。
その声を受けて、セシルは大げさに頷いた。「その通り。わざとコケて陛下の気を引いて、さらには大きく飛び上がって陛下の気を引いて、その隙をカインが突く!」
そう言って胸を張るセシルは、こけたせいで土に汚れていた。
しかもダークフォースを地面に叩き付けた時に、一緒に砂埃まで舞い上がったらしく、髪の毛は砂まみれでなんとも無様な格好だった。
そんな様子で言われてもまるで説得力がない。「嘘を吐け! たまたま失敗したのが上手く行っただけじゃねえか!」
「う・・・」図星を突かれた、とでも言いたげにセシルは押し黙る。
「・・・で、でも勝ちは勝ちでしょう?」
「あんなもの勝ったうちに入るか!」
「そんな!」ショックを受けた、とでも言いたげにセシルは身をよじる。
それから、胸を押さえ―――カインの棍の一撃を受けた場所だ―――身を起こしたオーディンを振り返る。「まさか、陛下も同じお考えで?」
「いや、私は―――」
「当然だ! 陛下だって、こんなんで決着ついたとは思うわけねえだろ! なあみんな!」オーディンが返答する前に、騎士が大声を張り上げる。
その声に、周囲騎士達も「そうだそうだ!」と賛同する。「やれやれ、酷いなあ」
セシルは苦笑しながら、他の者たちを煽る騎士に向かって言った。
「同じ陸兵団の仲間じゃないですか、リックモッドさん」
名前を呼ばれ、騎士―――リックモッドは「へっ」と不機嫌そうにそっぽを向く。
「 “元” だろ。暗黒騎士なんかになりやがって。俺は、お前の下で戦うのを楽しみにしてたんだぜ!」
「ええと・・・すみません」その言葉に、セシルは小さく頭を下げた。その言葉が、リックモッドの “本音” だと気づいたからだ。
しかしすぐに再びセシルはパン、と勢いよく手を叩いて、大きな声で叫ぶ。「解りました! それならば陛下、もう一度手合わせ願えますか? 今度こそ完璧に勝利して見せますから!」
「む・・・」セシルとリックモッドのやりとりを眺めていたオーディンは、急に話を振られて返答に詰まる。
(意図が読めんな・・・)
セシルの目的が、単に勝つことでないことは最初から解っていた。
だが、だからこそ解らない。
どうやらリックモッドもセシルとグルのようだ。つまり、先程の “勝利” だけではセシルの目的は達成されないようだ。(まあ、いい。今のでセシルの “手口” は解った)
今の敗北。
セシルが言っていたとおり、セシルの動きに気を取られたからこその敗北だった。
とはいえ、気を取られたのはほんの一瞬だった。セシルがダークフォースの反動で飛び上がった時に、一瞬だけ目を離した隙をカインに突かれた。もっとも、無理な体勢からの一撃だ。多少痛むが、鍛え抜かれたオーディンの肉体には、動きに支障が出るほどのダメージはない。(セシルが隙を作って、その隙を逃さずにカインがとどめを刺す―――成程な)
どちらか一方に気を取られてる一瞬を逃さず、もう一方が貫く―――。
形は違うが、それは確かに “天地交錯” だった。「解った―――だが、二度と同じ手は通用せんぞ?」
「同じ手で行くとはいってませんよ?」冗談めかしてセシルは言うが、基本的にはなにも変わらないはずだとオーディンは確信していた。
カインとセシルでは戦闘スタイルが違いすぎる。基本的にこの二人では連携出来ない。オーディンはセシルと剣を交えたことはないが、他の者との訓練は良く見ている。
どうやら影響でも受けたのか、居合いを主体とする “待ち” の戦法。
対し、カインは竜騎士の脚力を最大限に活用し、跳躍で一気に間合いを詰める超攻撃型だ。そんな二人では、同時に仕掛けることは不可能。
だからどちらかが隙を作り、どちらかが仕掛ける――― “天地交錯” が二人の基本スタイルになる。(カインの動きはすでに見切っている。ならば、あとはセシルの動きに惑わされなければ良い―――)
結論から言えば、オーディンの考えは当たっていた。
だが、その考えがすでにセシルに惑わされていると言うことに気がついていない。オーディンはセシルを気にするあまりにたった一つ見落としていた。
それはほんの些細なことであったが―――しかし、致命的な見落としでもある。「じゃ、もう一戦行きましょうか―――」
セシルの宣言と共に。
再びカインがオーディンに向かって跳躍した―――
******
二戦目は、まるでオーディンとカインの一騎打ちだった。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
「ふむ・・・」カインがオーディンに向かって超高速で突撃する。
地面が蹴られるたびに、まるで小さな爆弾が爆発したかのように抉れる。それほどの脚力でカインはオーディンに向かって突撃を繰り返すが、その攻撃はかすりもしなかった。(セシルのヤツは―――)
次々と迫るカインの攻撃を回避しつつ、オーディンはセシルの様子を確認する。
セシルは暗黒剣を構えていた。
両手で剣を握り、それを肩の位置まで持ち上げて、刃は水平に、その切っ先をオーディンへと向けている。それは暗黒騎士がダークフォースを解き放つ “型” だ。だが、構えながらもセシルはダークフォースを撃たない。
理由は単純だ。(カインが飛び回っているから、か)
近くにいては目で追えないほどの速度で、カインは跳び回っている。
そんなところへ射撃攻撃すれば、低くない確率でカインを巻き込むだろう。だからこそ撃てない―――(―――と、思わせることが狙いか?)
撃てないから撃たない―――そんな底の浅い男ではないとオーディンは知っている。
だが、カインを巻き込んでまでダークフォースを撃つとは思えない。それでカインごとオーディンを倒せるなら撃つかも知れないが、それでは絶対に通用しないと分かり切っているはずだ。(ならば考えられることは一つ―――さっきと同じだ)
先程は、セシルが隙を作り、カインがとどめを刺した。
今度も同じだ。セシルがダークフォースをカインに当たらないよう、見当違いのところへ放ち、それに気を取られた隙にカインがとどめを刺す―――そうオーディンが読んでいると、その考えを肯定するかの様に。「闇よ―――」
「!」セシルの暗黒剣に “力” が集う。それは、暗黒騎士に成り立ての者が扱うとは思えないほど強大なダークフォースだった。
使っているのは暗黒騎士団の平騎士が使っている、ランクの低い暗黒剣のはずだが、セシルから感じる力は暗黒騎士団の長、ウィーダス=アドームの使う “髑髏の剣” にも匹敵するように思えた。(この力―――むっ!?)
それに一瞬だけ気を取られたところを、背後からカインの突撃が迫るのを察して回避―――カインはオーディンの側をかすめ、丁度セシルとオーディンの中間辺りに着地した。
もしも、セシルが “撃てない” と断じていれば、もう少し動揺して、もしかしたら今ので不覚をとってしまっていたかもしれない。だが、それも読み切った。あとは―――
(セシルがダークフォースを放った瞬間、カインは来る! そこを叩く!)
オーディンが木剣を構えたその瞬間―――
暗黒剣
セシルの暗黒剣から闇の波動が放たれる。
それは真っ直ぐに突き進み―――カインの背中に直撃した!「な・・・?」
想像外の事にオーディンは一瞬、我を忘れて驚愕する―――が、即座に意識を切り替えた。
何故ならば。「おああああああああああああああああああッッッ!」
強烈なダークフォースを背中に受けながらも、カインが裂帛の気合いと共に、跳躍してきたからだ。
その気迫に気圧されながらも、オーディンに焦りはなかった。予想外と言えば予想外だが、しかしカインが来るのは予想のうちだ。問題なく回避――――――するはずの棍が、オーディンの胸を打ち抜く。「―――っ!?」
衝撃が胸から全身を揺さぶり、目の前を砕けた木剣が舞うのがスローモーションで見えて。
(ばか・・・な・・・?)
愕然とそう思った時、オーディンはさっきよりも激しく吹っ飛ばされていた―――
******
「ごめんカイン、ちょっとやりすぎた」
セシルは苦笑してカインに言う。しかしカインからの返事はなかった。
カインは、ゼイハア、と息を切らせ、手にした棍を地面について、なんとか身体を支えていた。
見て解るほど全身汗だくになっているが、それは跳躍の連続で疲労しているためではなかった。その理由は背中。「お・・・おい、大丈夫・・・なのか・・・?」
リックモッドが青ざめた様子でカインの背中を見つめる。
他の騎士達も、一様に押し黙っていた。最早、セシルに向かって野次を飛ばす人間はいない。どころか、倒れたオーディンを気遣うものすら居なかった。全員、気がついていた。
セシルが放ったダークフォースがどれほどの威力かと言うことを。そして。
それをセシルは、わざとカインの背中へ直撃させたことを。
カインの背中。
竜騎士の鎧が完全に砕けていた。幾つかの破片が、まるで身体の一部であるかのように背中に深く食い込んでいた。
致命傷になりかねない深傷。実際、鎧がなければカインは死んでいただろう。「おい、誰かクノッサス導師を呼んでこい! すぐにだ!」
リックモッドが周囲の騎士に向かって叫ぶと、若い騎士が慌てて城の中へ駆けだしていく。
そんな騒ぎの中、セシルはカインの腰から剣を引き抜いた。「ちょっと借りるよ?」
今度は何を? と周囲が見守る中、セシルは手にした剣を放り投げた。
剣は放物線を描いて跳び、地面に突き刺さる―――立ち上がったオーディンの目の前に。「木剣は砕けてしまいましたから、次はそれをお使い下さい」
セシルの言うとおり、オーディンの木剣は砕け散っていた。
カインの一撃が決まる瞬間、木剣が盾となって衝撃が緩和されたのだ。それはただの偶然だった。
丁度、オーディンが構えたところに、棍の一撃が決まっただけの幸運だった。何故なら―――(反応することができなかったのだからな)
あの一撃。
セシルのダークフォースの一撃を背に受けたカインは、脚力にその衝撃力をプラスして、通常の速度を遙かに凌駕する跳躍をした。
カインの動きは見切っていたはずだが、ダークフォースを背に受けての加速分、オーディンは見誤って回避失敗してしまった。たまたま木剣が盾にならなければ、こうも早く立ち上がることは出来なかっただろう。(見誤っていた・・・な)
ここに至って、オーディンは己の見落としに気がつく。
一戦目、敗北したのはセシルに気を取られたから―――だけではなかった。(カインの意志の力・・・執念・・・決意・・・覚悟―――どれもしっくりこないが・・・)
あの時も今も、カインはオーディンを倒すことしか考えていなかった。
だからこそ、どんな状況でも―――セシルが何をしようとも、オーディンがごく僅かにでも隙を生み出せば、それを迷い無く即座に突くことができたのだ。「ちょ・・・ちょっと待てセシル! “次” って・・・お前、まだやる気か!?」
かすれた声でリックモッドが叫ぶ。
セシルは笑いながらリックモッドを振り返る。「安心して下さい。次で最後です」
「馬鹿野郎! やりすぎだ! てめえの狙いは聞いたが、これ以上は―――」
「・・・狙いとはなんのことですかな?」リックモッドの背後で声。
その声に、リックモッドはぎくりとして振り返る。「げ、ベイガン殿」
騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。
近衛兵長はリックモッドを押しのけ、前に出る―――と、そこに広がる光景―――というか凄惨なカインの姿に絶句する。「な・・・これは・・・?」
ベイガンはふとオーディンの姿に気がついて尋ねる。
「陛下! これは一体―――」
「退け、ベイガン」
「なんですと!?」オーディンは地面に刺さったカインの剣を引き抜きながら言う。
「 “次” で最後だそうだ―――だからしばらく退いていろ」
「陛下・・・」ベイガンは何か言いたげな表情をしたが―――結局は引き下がった。
「お、おい、いいんですかい? ベイガン殿!」
「・・・仕方ありません。事情はわかりませんが、陛下は本気のご様子。ああなったら誰も止められません」ベイガンが引き下がったのを見て、オーディンはにやりと笑う。
「さて・・・次で最後か―――しかし見たところカインは立っているのがやっとのようだ。お前一人で私に勝つつもりかね?」
「陛下」セシルはオーディンの問いには答えず、逆に尋ね返す。
「先程の約束、覚えておられますか?」
「約束?」
「貴方を倒したものが “最強” であると認めるという約束、です」
「ああ、覚えている。それにどのような意味があるかは解らぬがな」
「それは良かった」セシルは手にしていた暗黒剣を腰の鞘に収める。
そして、どこか辛そうな表情で俯き、呟く。「・・・申し訳ありません、陛下―――貴方の負けです」
「なに―――?」それはどういう意味だ? と、問い返そうとした瞬間。
オーディンの身体を激しい衝撃が貫き、その意識が闇に沈んだ―――
******
その時、オーディンはセシル=ハーヴィに敗北したのだと思った。
しかしそれが間違いだった言うことに。
3年が経った今、ようやく気がつくこととなる―――