第21章「最強たる者」
X.「セシルVSオーディン」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・地下謁見の間

 

「こ、これはどういうことですかな!?」

  “殺された” ベイガンは目が覚めて、混乱して呟いた。
 目の前には、デスブリンガーを手に、ダークフォースに身を包んだ暗黒騎士―――セシルの姿がある。

「えーとだな。全部夢だったんだ」
「はあ!?」

  “死んだ” はずのバッツの説明に、ベイガンはさらに困惑する。
 そんなバッツを「お前は黙ってろ」と押しのけて、ロックが説明する。

「・・・成程、つまりは今までのは仮初めであったと・・・?」
「そういうことだ。といっても、ただの幻想じゃない。肉体を取り込んでいるから、仮初めであること以外は現実とは全く代わらないらしい―――カインの足が怪我したまんまなのもそのためだ」

 むう、とベイガンは背後を振り返る。
 そこにはセシルと向き合うオーディンの姿があった。

「ということはオーディン―――様は、本気で陛下や我らを殺すつもりはなかったということですか」
「だろうな。本当にセシルを殺したかったら、こんな面倒なことはやらないだろ。ただ、 “最強” とやらに拘っているのは確かみたいだけどな」
「オーディン様・・・何故今更になって・・・? あの時、納得していたはず―――」

 困惑げに呟くベイガンの目の前で―――セシルとオーディンが激突する!

 

 

******

 

 

 デスブリンガー

 

 機先を制したのはセシルだった。
 デスブリンガーの切っ先から放たれた闇の波動が、オーディンに迫る。

「甘いッ!」

 迫るダークフォースを、オーディンは高く跳躍して回避。
 竜騎士の如く飛び上がり、上からセシルを狙う。

「グングニル!」

 ミストルティンが白銀の槍へと変化する。
 セシルへ向かって急降下しつつ、オーディンは全力で槍を投げ降ろす。落下速度に投擲力がプラスされ、まるで閃光のような速度で槍がセシルを狙う!

「くっ」

 セシルは横に飛んでそれを回避。
 しかし直撃はしなかったが、石床に深々と突き刺さった槍は床の破片を撒き散らし、衝撃波を周囲に生む!

「・・・・・・っ!」

 その衝撃波まで防ぐことは出来ず、セシルは堪えきれずにバランスを崩した。
 そこへオーディンが新しく生み出したミストルティンを振り上げて落下してくる!

「おおおお!」
「・・・くうっ!」

 高々度からの落下の加速力と、オーディンの鎧を含めた体重と筋力が加わった強烈な一撃だ。
 まともに受けることなどできはしない!

「在れッ!」

 セシルが叫んだ瞬間、その手の中にあったデスブリンガーが消え去り、代わりにオーディンの眼前へと出現する。

「むうっ!?」

 切っ先が顔に向けられて現れたデスブリンガーを、しかしオーディンはギリギリで首を傾けて回避―――しかし、そのせいでバランスを失う。
 崩れたバランスで、それでもなんとかセシルに向かって剣を振り下ろすが、その一撃にはすでに勢いがなかった。セシルは後ろに跳んでそれを回避する。

「・・・面白い剣を使う」
「お互い様でしょう」

 セシルはデスブリンガーを再び手の中に召喚しながら、オーディンのミストルティンを見やる。

 片や意志を持ち、使い手の召喚に応じる暗黒剣。
 片や使い手の精神から生み出され、剣にも槍にも変幻自在な神剣。

 「確かにそうだな」と甲冑の下でオーディンは笑う。
 しかしセシルはにこりともせずに、今度は自分の番だとでもいうかの様に、オーディンに向かって踏み込み、斬撃を放つ!
 オーディンはそれを難なく剣で受け止める―――が。

「・・・む!」

 ダークフォースの篭もった一撃だ。実際の衝撃以上に “重み” を感じる。
 力の根源たる “恐怖” がオーディンの精神を蝕み、萎縮させる。

「ぬあっ!」

 ダークフォースの影響を、オーディンは気合いの声と共にはじき飛ばし、同時にセシルの剣を振り払う。
 単純な力比べではオーディンの方に分があった。デスブリンガーはあっさりと弾かれ、剣ごとセシルの腕が頭の上に上がる。

 もらった―――と、オーディンが返す刀でがら空きのセシルの胴へ斬りつける。
 剣皇とも呼ばれたオーディンの一撃だ。いかな暗黒の鎧といえど、まともに受ければ無傷では済まない―――が。

「在れ」
「!」

 セシルの声と同時に、切っ先を真っ直ぐ地面に向けたデスブリンガーが、オーディンの剣とセシルとの間に出現する。
 不意に現れた暗黒剣に、オーディンは剣を止める―――止めた瞬間に、己の失策に気がついた。

(しまった!)

 デスブリンガーは何も空中に固定されているわけではない。多少は盾にはなるだろうが、オーディンの斬撃ならば容易くはじき飛ばし、全く威力を失わずにセシルの胴を凪ぐことができただろう。
 だが、オーディンの反応速度が仇となった。考えるよりも先に、反射的に剣を止めてしまったのだ。

 一旦止めてしまった剣でそのまま斬りつけようとしても勢いが足りない。もう一度斬撃を放つには、もう一度振り直さなければならない。
 ―――当然、そんな暇をセシルが与えるはずはない。

「おおおおっ!」

 セシルは空中に現れ、重力に従って落下しかけたデスブリンガーの柄をつかみ取る。
 それは彼が得意とする “居合い” の技に似た形で、オーディンに向かって踏み込んでその鎧に斬りつける!

(避けられん―――が、一撃ならば耐えてみせる・・・!)

 オーディンが身に纏った鎧はミストルティンと同じく、オーディンの精神より生み出されたものだ。
 ミストルティンのように最高硬度と最高軟度という特性を持つわけではないが、オーディンの精神力次第で防御力は増減する。精神に影響を及ぼす暗黒剣とは相性が悪いと言えるが、それでもセシルの斬撃をまともに受けても耐えられる自身がオーディンにはあった。

 だが。

「―――!?」

 斬撃は来なかった。
 セシルはデスブリンガーをオーディンの鎧の直前で止めると、斬るのではなく、単に刃を鎧に押しつける。

「剣よ―――」
「しまっ―――!?」
「―――命喰らいて力を示せ!」

 先程よりも致命的な失策に、オーディンは声を上げる。
 だが、叫びを言い終えるよりも早く、デスブリンガーが力を放つ!

 

 デスブリンガー

 

 至近距離で放たれたダークフォースがオーディンを呑み込んだ。

「ぐあああああああっ!?」

 闇の力が、オーディンの肉体と精神へ直撃する。
 悲鳴をあげながらはじき飛ばされ、 “謁見の間” の壁へと叩き付けられる!

「がああっ!」

 びしり、と壁に亀裂が走り、オーディンは力を失ったように壁にもたれ、崩れ落ちるように座り込む。
 石の壁が破壊されるほどの衝撃―――だが “幻獣” となったオーディンは、その程度では大したダメージにはならない。それでも力無く座り込んでしまったのは、別の要因があった。

(ぐ・・・これが・・・・・・これがセシルのダークフォース・・・か・・・!)

 手足が震える。辛うじて手の中に残っていたミストルティンは、まるで霧の様にその消え去って、身に纏う鎧もまるで紙でも着ているかの様に存在感がない。
 それほどまで、セシルのダークフォースの一撃は、オーディンの精神に深刻なダメージを与えていた。

 抑えようとしても抑えきれない恐怖。
 理由もなく、意味もなく、ただ “怖い” という感情だけがオーディンの心を支配する。
 並の人間ならば、即座に狂ってしまってもおかしくない絶望的な “恐怖”だ。 オーディンだからこそ、なんとか正気を保っていられるのだろう。

「暗黒剣よ―――」
「!?」

 セシルの声になんとか気力を振り絞って顔を上げれば、こちらにデスブリンガーの切っ先を向けるところだった。
 その姿はまさに悪魔の如しだ。
 再び放たれる恐怖を察して、オーディンは目の前が黒く染まるような錯覚を覚えた。

(いかん! ・・・こんな、こんな容易く終わってなにが “最強” だというのだ―――)

 ほぼ恐怖で埋められた心の内、僅かに “最強” への渇望が残っている。
 それが恐怖を押し返し、再び手の中にミストルティンを生み出そうとするが―――遅い。

「我が生命喰らいて滅ぼし尽くせ―――」

 デスブリンガーのダークフォースが高まり、それがオーディンに向かって放たれ―――

「やめろセシル!」
「!?」

 背後からの叫びに、セシルの動きが止まった。
 叫んだのはカインだ。
 彼は、セシルの後ろからオーディンの方に視線を向けて―――しかし見つめているのは別の者だった。

「ファリスが巻き込まれる!」
「・・・!」

 オーディンのすぐ隣りに、未だ意識を失ったままぐったりとしているファリスの姿があった。
 デスブリンガーからダークフォースの力が失われ―――しかしすぐに力を高める。

「暗黒剣よ―――」
「セシル!」

 カインが叫ぶが、今度はセシルは止まらない。

「―――生命喰らいて全てを貫く槍と化せ!」

 

 デスブリンガー

 

 デスブリンガーからダークフォースが放たれる。
 しかしそれはオーディンを吹き飛ばした様な闇の波動ではなく、切っ先からそのままの剣の細さに集束された、闇の槍だ。
  “槍” は真っ直ぐにオーディンの身体の中心を狙う―――が!

「スレイプニル!」
「ブルルルッ!」

 オーディンの叫びに応え、さきほど召喚された馬―――スレイプニルがオーディンに向かって跳躍する。
 未だに座り込んだままのオーディンは、必死でスレイプニルの足に腕を伸ばして掴み取った!

「うおおおおおおおおっ!」

 間一髪。
 スレイプニルに引き摺られる様にしてその場を退いた壁に、闇の槍が突き刺さる。

「くそっ・・・!」
「惜しかった―――が、この程度で終わるわけにはいかんのだ」

 言いながら、オーディンは立ち上がった。
 そして。

「お・・・・・お・・・・・お・・・・お・・・・お・・・お・・・お・・お・・お・お・おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「!」

 腹の底からの声と共に放たれる “気合い” 。
 気合い一つで、オーディンは自分の心を蝕むダークフォースの影響をかき消す。
 その手に再びミストルティンが生み出され、身に纏う鎧は再び強さを取り戻した。

「ふむ・・・流石、と言ったところか。お前のダークフォースをこの身に受けるのは初めてだが―――ここまでのものとはな」
「くっ・・・殺しきれなかった、か」

 今の攻防は明らかにセシルが押していた。もしもカインがセシルを止めなければ、今のでオーディンは終わっていたかも知れない。
 にも関わらず、オーディンには未だ余裕があり、逆にセシルの声音には焦りが滲み出ていた。

「様子見などしていてはやられかねんな―――スレイプニル!」
「ブルル!」

 オーディンに呼ばれ、スレイプニルは己の主の横に寄り添う―――と、オーディンがその背に飛び乗った。

「ここからは全力で行かせて貰うぞ!」
「くそっ!」

 毒づくセシルに向かって、オーディンを乗せたスレイプニルは滑る様に高速で駆けだした―――

 

 

******

 

 

「うわああああああっ!」

 セシルの身体が宙を飛び、その口から悲鳴が上がる。
 スレイプニルの突進だ。オーディンの跳躍よりもさらに早くスレイプニルは疾駆して、その蹄でセシルを蹴り上げる。

「ぐうっ!」

 床に倒れたセシルに向かって、スレイプニルはさらに追撃。
 前足を高々と振り上げて、のしかかろうとする。

「くおっ!?」

 降りかかってくる二つの蹄に、セシルは慌てて倒れたまま横に転がった。
 と、そこを狙ってオーディンがミストルティンをグングニルと変えて、馬上からセシルに向かって槍を振り下ろす。

「! デスブリンガーァッ!」

 床に向かってダークフォースを解き放つ。
 闇の力が床に叩き付けられ、その反動でセシルは槍を回避すると同時に起きあがる。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・・」

 暗黒の鎧の下でセシルは息を切らしていた―――が、息を整えさせる間もなくスレイプニルが再び突進してくる―――

「・・・なにか、妙じゃねえか?」

 スレイプニルから逃げ回るセシルを眺め、エッジは首を傾げた。
 仮初めの世界で戦うセシル達とは対照的に、のんびりとした様子で観戦している。

「あの国王サマ、妙に余裕がなさすぎる。っていうかもう息が上がってるじゃねえか」
「そういえば・・・そうね。さっきまでは調子よかったのに」

 スレイプニルに蹴られて吹っ飛ぶセシルを目で追いながら、リディアが呟く。
 セシルはまだオーディンと戦って数分と経っていない。

「―――ダークフォースだ」

 呟いたのはバッツだった。

「セシルの使うダークフォースは自分の身体も傷つける。ダムシアンの時もアイツ、全力でダークフォースを使ってしばらく寝込んでたしな」

 彼はファブールのことを思い返すように呟く。

「じゃあ、さっきダークフォースを三回使ったのが・・・」
「ああ。特に二回目のオーディンをぶっ飛ばした一撃。ありゃあ、ファブールでバロン軍を押し返したの時と同じくらいの力・・・だと思う」

 あの時もバッツはセシルのすぐ傍に居た。
 ダークフォースや魔法などの特殊な力を使わないバッツにははっきりと計れるわけではないが、感じるプレッシャーはあの時と同様のもののように感じた。

「じゃあ、もうセシルには力が残っていないって事!?」
「多分・・・」
「そいつは妙だな」

 バッツたちの話を聞いていたロックがぽつりと呟いた。
 その意味が解らずに、バッツが聞き返す。

「妙って、なにが?」
「セシルが力尽きていることくらい、あのオーディンだったら解るはずだろ? なのになんでわざわざ馬に乗って戦う? 大体、さっき見せた “隙” だって、なんつーか・・・らしくねえ」

 突然出現したデスブリンガーに対して剣を止めたこと。
 セシルの攻撃を、ダークフォースの一撃だと見抜けなかったこと。

 そのどちらかだけならば、まだ有り得るかも知れない。
 だが、立て続けにミスを冒してあっさりと終わってしまうところだった。そんな致命的なミスを、あのオーディンが何故してしまったのかが解らない。

「セシルの方が上手だったってことじゃねえの?」
「いいえ」

 バッツの言葉を否定したのはベイガンだ。

「おそらくオーディン様は陛下だけに集中することが出来なかったのだと思います」

 そう言って見つめる先には、未だに立ちつくしたままのカインが居た。

「オーディン様はかつて陛下とカイン殿二人に敗れました。その時の記憶が残っていたのでしょう―――だからこそ、万全を期すために、わざわざ騎乗して戦っておられる」

 オーディンの乗っている馬―――スレイプニルは、普通の馬とはまた違っていた。
 蹄の音を殆ど立てず、まるで氷の上を滑る様にして行き交い、さらには真っ直ぐかと思えば急に向きを変えるなど、通常の物理法則から外れた動きを見せる。それはバッツの使う “無拍子” にも通じていた。

 その常識では考えられない動きに翻弄され、セシルは何度も蹄に蹴り飛ばされている。
 にも関わらず、まだ生き延びているのは、ギリギリで致命傷だけは避けている見切りと、その身に纏うデモンスアーマーの防御力のお陰だった。

 オーディンはほとんどスレイプニルにセシルの相手を任せ、時折カインの様子を伺っているようだった。
 ベイガンの言うとおり、カインを警戒しているのだろう。

「けど、カインは足を怪我してるんだぜ? なんで警戒する必要がある?」

 バッツの疑問ももっともだった。
 カインが怪我をして戦闘出来ないことは、セシルが暴露してしまった。
 ロックは肩を竦めて。

「さあね。万が一のことを考えて警戒しているのか―――なんにせよ、ここでぐだぐだ言ってても仕方ないだろ。どうせやられたって死ぬ訳じゃないんだし、のんびり観戦してようぜ」

 ロックの言うとおり、セシルが負けてもなにが失われるわけではない。
 しかし、バッツはセシルの方―――今またスレイプニルに蹴り飛ばされた暗黒騎士を振り返り、叫ぶ。

「セシルッ! 負けるなああああああっ!」
「ちょっと、応援したって聞こえるわけないんだってば!」

 リディアが言うが、バッツはそれを無視した。

「負けるんじゃねえぞセシル! 俺の目の前で、負けるなんざ絶対に許さねえぞ!」
「そんなこと言っても、セシルの負けはもう決まった様なもんだ。力は使い切って、あの馬相手に手も足も出ない。その上、相棒のカインは戦闘不能―――いくらあいつだって、これをひっくり返すことは不可能だ」

 ロックはどこか不機嫌そうに言い捨てる。

「セシル自身言ってたろ “殺しきれなかった” って。あの時、オーディンを倒しきれなかったのがセシルの敗因―――」
「違う!」
「何が違うって言うんだよ!」

 ロックはイライラとバッツを睨む。
 彼自身、バッツの気持ちがわからないでもなかった。あのセシル=ハーヴィが負けるという場面を、ロックを見たいと思っているわけではない。
 だが、どうあがいても戦力差は絶対だ。勝ち目なんか有り得ない。
 それを素直に認め、 “諦め” ようとしているのに意固地になっているバッツに苛立ちを覚える。

「わかんねえよ!」
「はあ!?」
「わかんねえけど、あいつは最後の最後まで諦めねえ! ――― “諦めない” ってのはな、勝てないって解ってても戦い続けることじゃねえ! ほんのわずかな可能性でも勝てる可能性にかけ続けるのが “諦めない” ってことなんだよッ!」
「だから何処に勝てる可能性があるっていうんだよ! 勝てないんだから、素直に負けを認めればいいだろうが!」

 そう、ロックが叫ぶのに合わせたように。

「―――もう終わりにするとしようか」

 スレイプニルに吹っ飛ばされて、倒れたセシルにオーディンが告げた―――

 

 

 


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