第21章「最強たる者」
W.「セシルの怒り」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・地下謁見の間

 

 

 オーディンがセシル達に向き直る。
 残っているのは、セシルとカイン、ファリスに、それらを守る様にして前に立つベイガン。あとは竪琴を斬られて無力化したギルバートの5人だ。

「くそ・・・」

 ファリスが毒づきながら、懐の短剣を取り出した。
 手斧をメインの武器としているファリスは、短剣など魚を捌く時くらいにしか使ったことがないが、それでも素手よりは遙かにマシだ。

「・・・ふむ。まだ戦う気にはならんか、セシル」

 だがオーディンは武器を構えるベイガンやファリスを無視して、未だエニシェルを召喚もしていないセシルに言う。
 この期に及んでも、セシルはまだオーディンに対して刃を向ける気にはなれなかった。

「ならばさっさと逃げるが良い。さすれば私はカインを殺して “最強” を奪い返すだけだ―――」

 そう言って。ふとオーディンは疑問を感じた様子でカインに視線を移す。

「・・・そういえば妙だな。セシルはともかく、カインに戦意がないというのは・・・」
「チッ・・・」

 カインは苛立たしげに舌打ちする。

「・・・・・・カインは足を怪我しているのです」
「セシル!?」

 セシルがあっさりと暴露した事にカインは驚く。
 普段だったら、わざわざこちらの弱みを明かしたりはしないはずだが、セシルはオーディンのカインが戦えないことを告げて、慈悲を乞おうとしたのだ。

「だから、貴方がこんな状態の僕たちを倒しても意味が―――」
「―――意味はある。何故なら、私を倒したお前達が死ねば、自動的に最強はこの私と言うことになるからだ」
「なっ―――」

 絶句。オーディンの言葉にセシルは言葉を失った。
 対照的にカインは冷ややかな視線を浮かべる。

「騎士としての誇りも失ったか」
「誇り・・・? そんなものにどんな価値があるというのだ? 例え、貴様らが負傷して戦えぬとも構わん。私は “最強” となれれば良い! そのためならば誇りなど要らぬのだ!」
「何故そこまで “最強” に拘るのです!?」
「お前達が知る必要はない」
「くっ・・・」

 きっぱりと言い捨てられる。
 と、カインは「フッ・・・」と笑みを漏らした。

「オーディン、貴様は一つ勘違いをしている」
「勘違い、だと?」
「俺は戦えないわけじゃない。 “まだ” 戦わないだけだ」
「ほう・・・どういう意味だ?」
「貴様が知る必要はない」
「むっ・・・」

 同じ言葉を返されて、オーディンは言葉を失う。
 だが、すぐに言い返した。

「その言葉、負け惜しみではないことを願うぞ」

 さて、と呟いて今度はベイガンを見やり、

「ならばとりあえず邪魔な者たちを片づけるとするか―――まずはベイガン、貴様からだ!」
「!」

 宣言すると同時、オーディンはベイガンに向かって跳躍。
 さっきと同じように、突進力の合わさった斬撃を、ベイガンは己の剣で受け止めて受け流―――

「甘い!」
「ッ!?」

 受け流しかけた時、オーディンの手からミストルティンが消え去る。が、一瞬後に全く同じ場所に出現する。
 ミストルティンは、一度消失することによって振り下ろされた時の慣性を失う。それをブレーキにして、オーディンの手が止まった。

「おおおおおおおお!」

 受け流しかけていたため、ミストルティンはベイガンのディフェンダーの上に重なっていた。
 オーディンはディフェンダーの上をミストルティンを滑らせて、先程とは逆に振り上げる! その向かう先は、ディフェンダーの直線上―――ベイガンの腕を伝って、その首を狙う!

「くおっ!?」

 首元に迫る刃を、ベイガンは寸前で回避する。
 だが、無理に身体を反らして避けたために、ベイガンは大きくバランスを崩した。

「しまった!?」
「終わりだ」

 返す刃で、オーディンは避けられないようのないベイガンに、トドメの斬撃を放った。
 刃はベイガンの腕を切り落とし、その身体を斬り裂く―――

「ぐ―――うおおおおっ!」
「・・・む?」

 が、その刃がベイガンの身体の中ほどで止まる。
 オーディンの腕ならば、人間一人を切断することなど容易いはずだ。しかし斬った瞬間、何故かベイガンの身体が―――

「硬くなった・・・だと?」
「これを待っていた!」
「む!?」

 血を吐きながら、しかしベイガンはまだ生きていた。
 危険を察して剣から手を離し、飛び退こうとしたオーディンの腕をベイガンが掴む。しかしその掴んだモノは、人間の腕ではなく、巨大な大蛇だった。

「ふむ・・・」

 ベイガンの腕が大蛇に変化したことに、オーディンはあまり驚いた様子はなかった。

「そう言えばベイガン・・・魔物と化していたのだったな」
「その通り! 今この時ほど、この力があって良かったと思うことはない!」

 言いながら、ベイガンの身体は膨張し、魔物と変じていく。
 両腕の大蛇も伸びて、オーディンの身体を絡め取る―――が。

「―――で、どうするかね?」

 大蛇に絡まれたまま、しかしオーディンには余裕があった。
 絞め殺そうにもベイガンは身体を半ばほど斬り裂かれている。並の人間ならば、とっくに絶命していてもおかしくない致命傷だ。魔物として強化されているベイガンだからこそまだ生きているが、時間と共にベイガンの身体からは力が抜けていく。

 しかしベイガンは必死でオーディンの動きを封じながら叫ぶ!

「ファリス殿! 今のうちです! とどめを!」
「! わかった!」

 セシルには戦意が無く、カインは足を負傷して満足に動けない。
 この中で今、まともに攻撃出来るのがファリスだけだった。

「うおおおおおおっ!」

 ファリスは短い柄を無理矢理両手で握り、ベイガンが抑えているオーディンの背後へと回り込むと、その首を狙って短剣を―――

「スレイプニル!」

 ―――突き刺そうとした瞬間、オーディンが叫んだ。
 同時、虚空から巨大な何かが飛び出してきてファリスをはじき飛ばす。
 凄まじい衝撃を与えられたファリスは、そのまま大きく吹っ飛び壁に叩き付けられた。

「ファリス殿!?」
「な・・・に・・・?」

 ファリスは自分を吹っ飛ばした存在を見る。
 四本足の獣―――それはファリスが今までに見たこともないような巨大な馬だった。

「くそったれ・・・・・・」

 がくり、とファリスは馬の姿を確認してそのまま意識を失う。
 死んだのか、それともただ気絶したのかベイガン達には解らない―――が。

「これで終わりだな」
「お、おのれ・・・おのれえええええええっ!」
「ハァッ!」
「!?」

 オーディンが気合いの声を放つ。
 するとオーディンの身体が膨れあがる―――いや。

「鎧が―――」

 儀礼用の “王の鎧” が変化する。
 それはオーディンの全身―――頭から爪先までを覆う、全甲冑へと変化する。王の鎧よりも一回り大きく、膨れあがった分ベイガンの拘束をはじき飛ばした。

「ぐあっ!?」
「―――これが私の本当の姿だ。さて・・・」

 静かに呟き、オーディンは未だにベイガンの腹に食い込んだままのミストルティンを掴むと、一気に振り抜く。
 赤い血を撒き散らしながら、ベイガンが床に倒れた。

「ベイガン!」

 目の前に倒れたベイガンに、セシルは膝を突く。

「も・・・しわけ・・・ありません・・・・・・」

 魔物の因子で強化されているためか、未だにベイガンは生きていた。
 だが、それもほんの僅かの間だ。

「お逃げ・・・くださ・・・・・・ど・・・か・・・・・・生き延・・・・・・」

 その言葉を最後に、ベイガンは息を引き取る。

「・・・・・・・ッ!」

 もう悲鳴も出なかった。
 セシルは唇を振るわせ、最後の最後まで自分のことを守ろうとした忠義の騎士を見つめ続ける。

「ベイガンが死んだか―――ならば次は・・・」

 全甲冑姿のオーディンは壁に叩き付けられて気絶したままのファリスを振り返る。
 それを見てカインが叫ぶ。

「ファリスまで殺す気か!」
「無論だ」
「ふざけるな、やめろ!」
「・・・珍しいなカイン、セシルやローザ以外の者のことで、そこまで取り乱すとは・・・」

 甲冑の下で苦笑しながら、オーディンはファリスへと歩み寄る。

「ぐっ・・・」

 ファリスが殺されることに対して、カインはこれまでになく焦りを感じていた。
 それでもまだ動こうとはせずに、ベイガンの元に跪いたセシルを見つめる。

「意識を失っている時に死ねるのが、せめてもの幸運だな」

 ファリスの元へたどり着いたオーディンはミストルティンを振り上げて―――

「やめ―――」
「やめろ」

 カインの叫びを遮る様に、別の制止の声が聞こえた。
 その声にオーディンは動きを止めて背後を振り返る―――振り返えざるをえなかった。

(む・・・この “威” ―――ついに!)

 振り返った先では、セシルがゆっくりと立ち上がるところだった。

「セシル・・・ようやくその気になったか・・・」
「はい」

 肯定を返すセシルは、純然たる殺意をもってオーディンを睨む。

「貴方が何を考えているのか―――もうそんなことはどうでも良い」

 セシルの手の中に、漆黒の暗黒剣が召喚される。
 同時、セシルの身体を暗黒の鎧が包み込んだ。

 セシルは激怒していた。
 それはオーディンに対してではない。

(・・・リディア・・・バッツ・・・エッジ―――)

 オーディンの手によって殺された者たちの死体を見やる。

(ロック・・・フライヤ―――ベイガン!)

 ずうううん、とセシルの身体をダークフォースが包み込む。
 デスブリンガーやデモンズアーマーに秘められた闇の力が、セシルの感情によって最大限に引き出されていた。

 ―――なんだ!? 何があったとゆーのだ!?

 突然召喚され、困惑するエニシェルの意志が伝わってくる。

「説明は後でする。今は、俺に力を貸してくれ・・・!」

 ―――う・・・うむ・・・・・・

 戸惑いながらもエニシェルは了承する。
 いや、セシルの “怒り” に頷かざるをえなかったのだ。

「陛下―――悪いが貴方にはもう一度死んでもらう」
「良い殺意だ―――私が憎いか?」

 その問いに、セシルは首を横に振る。

 セシルは完全に激怒していた。
 それはオーディンに対してではない。

(・・・俺のせいで仲間が死んだ―――)

 もしかしたら守れたかも知れない仲間を失った。
 守るべき時に、守らなかった自分。

 セシルが怒りを感じているのは―――

「貴方に対して憎しみはない。あるのは自分自身への怒りだけだ!」

 剣を構える。
 両手で剣を持ち、切っ先を水平にしてオーディンへと向ける。それを己の肩の高さまで持ち上げる―――暗黒の力を放つ時の構えだ。

「だからこれ以上の過ちを繰り返さない様に―――」
「!」

 デスブリンガーに “力” が集束される。
 大分間合いは開いているはずだが、離れてもその “力” をオーディンははっきりと感じ取った。

「―――オーディン・・・貴方を殺す」

 殺意の言葉を放つと同時。
 デスブリンガーから闇の波動がほとばしった―――

 


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