第21章「最強たる者」
V.「“英雄”」
main character:フライヤ=クレセント
location:バロン城・地下謁見の間
(どうする・・・どうするべきだ―――?)
オーディンと戦うロックとフライヤの姿を見て、セシルは葛藤していた。
ロックの言うとおり、戦うべきだと言うことは解っている。戦わなければ死ぬと言うことも解っている。だが、それでも、心の何処かではオーディンの事を信じている自分が居る。
オーディンはセシルと戦いたがっていることは解る。
そのために、リディアたちを殺したのだろう。
だが、セシルの知っているオーディンは、そんな理由で人を殺すはずがない。だからなにかしらの ”仕掛け” があるはずだとセシルは思う―――思いたかった。そして、仕掛けがあろうとなかろうと、オーディンが望んでいたとしても、セシルは―――
(僕は―――もう二度と陛下に刃を向けたくない・・・!)
かつて、セシルはカインと共にオーディンと戦い、勝利した。
それはバロンにとって必要だったからこその戦いだったが、そうでなければ恩義あるオーディンと剣を交えるなど、例え訓練であってもやりたくなかった。「陛下、このままでは・・・」
ベイガンが庇う様にセシルの前に立ち、声をかける。
ロックとフライヤは善戦していた。
オーディンに対して有効な攻撃は与えられなくとも、ロックはミラージュベスト、フライヤは跳躍を繰り返して攪乱し、なんとか凌いでいる。
―――だが、それも長くは続かないはずだ。「オーディンは陛下同様、相手の動きを見切る能力に長けております。そろそろロック殿たちの動きに慣れて―――」
「がっ・・・!?」悲鳴。
それは、オーディンの槍がロックの胸を貫いた悲鳴だ。「ロック!」
槍はロックの身体を貫いて、壁に突き刺さった。
「ちく・・・しょお・・・・・・」
槍で壁に縫い止められ、ロックは悔しそうに呟くと、そのまま事切れる。
「ロック・・・・・・ロックーーーーーーーー!」
フライヤが絶叫する。
そんな彼女へ、オーディンは振り返る。「なかなか手こずらせてくれたが―――これで終わりだ」
「ぐっ・・・・・・」フライヤの中で、仲間を殺された怒りが燃え上がるのと同時、冷たい戦慄が走っていた。
今までなんとかオーディンと渡り合えたのは、ロックと連携して攪乱していたからだ。フライヤ一人では、オーディンの言ったとおりにすぐに終わってしまうだろう。ここまでか―――フライヤがそう、諦めかけた時。
ポロン・・・♪
竪琴の音がフライヤの耳に届いた。
いや、竪琴はさっきからギルバートが奏でている―――が、今になってその音が、フライヤの中に染みこんで、 ”何か” を引き出そうとする―――それは英雄を讃える歌。
それは英雄を再現する歌。
それは英雄の魂を、聴く者へと与える歌―――
英雄の歌
「この音色は・・・」
それは聞き覚えがあった。
一ヶ月ほど前、クラウドと戦った時の音色。
諦めかけていたフライヤは、自分の身体から力が溢れてくるのを感じ取った。「ぬうっ・・・?」
フライヤの様子の変化に、オーディンは警戒する様に様子を伺う。
その目の前で、フライヤは全身から白い煙―――いや、 “霧” を噴き出させた。
霧はフライヤと融合し、彼女を変身させる!
魔霧融合
赤を基調とした服装をしていたフライヤの姿が、白銀のものへと変わる。
服は柔らかい布から、金属のそれへと質感を変え、フライヤの顔を銀の仮面が覆っていた。「ほう・・・」
新たなフライヤの姿に、オーディンは感心した様に呟いた。
「それはナインツの人間の特殊能力か―――聞いたことがある。・・・しかし、その能力はナインツを覆う “霧” があってこそではなかったか?」
呟きつつ、オーディンは竪琴を奏で続けるギルバートを見やる。
「成程。呪歌の力で潜在能力として強引に力を発現させたか―――ならば、ダムシアンの王子を斬れば・・・」
「それは絶対にさせん!」
「ぬ!?」オーディンの目の前でフライヤの姿が掻き消える。
消えた、と思った次の瞬間、死角から槍が突き出される。視認する間もなく首を狙って突かれたそれを、オーディンは直感で反射的に首を反らせて回避。「ぬう―――」
振り向いた時には、すでにそこにフライヤは居なかった。
刹那、また死角から槍が迫る気配を感じ、オーディンは己の直感だけを頼りにそれを回避する。しかし勘だけで完全に回避し続ける事など出来るはずもない。
フライヤの槍がオーディンの頬をかすめ、血が待った―――その赤い血を見て、フライヤは動きを止める。「ほう・・・? 死に損ないのくせに赤い血が流れているというのか」
「いいや」オーディンは流れる血を拭い、苦笑した。
「これは記号みたいなものだ。ダメージの具合が解りやすいだろう?」
「記号・・・? まあ良い。なんにせよ、ここでお前は終わりじゃ!」そして再びフライヤは始動する。
神速の動きをもって、オーディンへと攻撃を仕掛けた―――
******
「すげえ・・・」
呟いたのはファリスだ。
短剣一本しかなく、しかもロックのように短剣に熟達していないファリスはずっと観戦することしかできなかった。そのファリスの目の前では、フライヤが速度でもってオーディンを “蹂躙” する様子が展開されていた。
中庭での “決闘” の時のカインよりも尚早く、離れてみていてもフライヤの姿は霞んで見える。
それほどの速度を相手に、流石のオーディンも “見切りの極み” を使う余裕はなく、顔中に傷を負いながらもギリギリで回避し続けている。「これなら勝てるんじゃねえか?」
「いや・・・」ファリスの言葉に、セシルはうなずくことが出来なかった。
確かにフライヤはオーディンを押している。だが、致命傷を与えられてないのも事実だ。
理由は先程オーディンが言ったとおりだ。(フライヤの力では、鎧の継ぎ目を狙っても致命傷は与えられない。だから狙うのは首から上―――だけど、狙いが限定され、しかも相手に対して身長の低いフライヤにとっては狙いにくい場所でもある。それに―――)
セシルはオーディンの様子を見る。
追い込まれているはずなのに、何故か余裕のようなものを感じられた。(まだ陛下―――オーディンは余力を残している・・・なにかイヤな予感がする・・・)
セシルは思わず自分の胸に手を押しつけた。ドクンドクン、と不吉な予感に高鳴る鼓動を抑えようとするかのように。
そんなセシルの眼前で、オーディンの口が開かれる。「動くな!」
「!」オーディンの威圧の一喝に、一瞬フライヤの動きが止まり、竪琴の音も途切れる―――が、即座にフライヤは束縛から逃れ、竪琴の音も呪歌の効力を失わないうちに再開する。
「もうそれは通用せん!」
フライヤが、オーディンの真っ正面に間合いを取って言い放つ。
オーディンも頷いて。「だろうな―――流石に二度続けては効果が薄いか」
他人の動きを止めるほどのオーディンのプレッシャーだが、何度もその威圧を受ければ、 “慣れ” てしまう。
最初の一喝をフライヤが打ち破れたのも、彼女が以前にも威圧を受けていたためかもしれない。「だが、動きを止めたな?」
「む・・・?」訝しがるフライヤの目の前で、オーディンは腰を落として、右手を左の腰に添える。
手にしていた白銀の剣が光の粒子となってオーディンの中に消え、それと入れ替わる様にオーディンの左腰に白銀の鞘に包まれた同じ剣が出現する。
オーディンが斬鉄剣同様に得意とした、居合いの構えだ。「これで準備は整った」
「なに・・・?」
「宣言しよう。次に攻撃を仕掛けた時、それが君の最後だ」
「・・・・・・っ」オーディンの宣言に、フライヤは “ハッタリだ!” と言い返そうとして―――なにも言えなかった。
今まで竜騎士として、そして傭兵として流れ歩いてきた彼女の本能が囁く。「ならば―――」
フライヤは槍をオーディンへと向けた。
と、その槍とフライヤの全身を青白い光が覆い尽くす。「喰らえ竜気の一撃を!」
竜剣
槍の先から青白いの頭部を象った光が放たれる。
それは緩やかに弧を描きながら、オーディンへと肉薄し―――「喝ッ!」
「なっ!?」気合い一閃。
オーディンが一喝すると、光の竜はあっさりとはじけ飛んだ。「ば・・・ばかな!? 私の竜気を気合いだけで弾き飛ばすだと・・・!?」
愕然と呟くフライヤに対し、それ以上に渋い顔でオーディンが呟く。
「それは・・・卑怯ではないか?」
「なんだと・・・?」思っても見なかった言葉に、フライヤは思わず聞き返した。
まさか飛び道具が卑怯―――などとオーディンが言うとは思わなかったからだ。「先程の宣言が嘘になってしまったではないか。そういうわけで前言撤回だ。 “次に攻撃を仕掛けた時” を “次に飛び込んできた時” に変更させてくれ」
「・・・巫山戯ておるのか?」
「む? 今の何処に巫山戯ている要素がある?」
「それが巫山戯ているというのだ!」(・・・いや。巫山戯てないんだよなあ)
二人の会話を聞いて、セシルは胸中で呟いた。
オーディンという男は、まるで冗談とは無縁の男だった。
常に真面目であり、真面目過ぎるからこそ、時々その言葉が他の者には冗談に聞こえることがある。だが、そのことを知らないフライヤにとってはからかわれているようにしか感じられない。
「・・・ならばお望み通りにしてやろう!」
挑発(オーディンには全くその積もりはなかったが)を無視しても良かったが、あえてフライヤはそれに乗った。
竜剣が通用しないだろうし、なによりオーディンの構えから、次に来るのは “居合い” だと解る。ならば―――「駄目だ! フライヤッ!」
フライヤの考えを察知して、セシルが叫ぶ。
だが遅い。
セシルが叫ぶよりも早く、フライヤは超高速でオーディンの背後へと回り込んでいた―――
******
(居合いで来ると解っているのなら、その居合いが届かない場所から仕掛ければ良い!)
居合い―――に限らず、剣の攻撃範囲は当たり前だが視界内―――前方である。
早い話、背後から仕掛ければ、どんな相手でも有効な反撃を行うことは出来ない。
騎士として褒められた戦法ではないが、四の五の言っていられる相手でもない。それに今のフライヤは “ブルメシアの竜騎士” ではなく “流れの傭兵” だ。(今この瞬間は、竜騎士としての誇りを捨てる!)
超高速でフライヤはオーディンの背後に回り込む。
オーディンはまだ反応できず、振り向こうともしていない。(もらった―――)
フライヤが胸中で呟き、がら空きの背中―――鎧の覆われていない首の付け根に向かって槍を狙って突進しようとした瞬間。
「駄目だ! フライヤッ!」
セシルの叫びが聞こえた様な気がした。
が、すでにフライヤは跳躍している。
その槍は正確にオーディンの首を―――(・・・!?)
不意にオーディンと目があった。
合うはずがない。オーディンはフライヤに対して背中を向けていたはずだった。
なのにどういう訳か、オーディンの目と合う。どころか、いつのまにかその身体はフライヤと真っ正面に向き合っていた―――(まさかこれは―――)
フライヤがあることに気づいた瞬間―――彼女の身体は、ミストルティンによって二つに斬り飛ばされていた―――
******
「―――これこそが究極秘剣」
斬鉄剣「転」
―――と、呟くオーディンの声を、フライヤは目の前で聞いていた。
「フ・・・フライヤァァァァッ!」
ギルバートの絶叫が辺りに響き渡り、フライヤは背後を振り返る。
するとそこには、斬り飛ばされて二つになった自分の死体があった。「・・・なんじゃ、これは?」
「よー、お疲れサン」声をかけられてそちらの方を見れば、ロックが手を挙げていた。
他にも殺されたはずのバッツやリディアの姿も見える。「・・・なんじゃ、これは?」
「まあ、早い話が夢とか幻とかそーゆーもんらしいぜ、これは」もう一度呟くフライヤに、ロックが簡潔に説明する。
「夢・・・? 私達が、か?」
「いいや、あいつらがだよ」と、ロックの指さした先では、オーディンがギルバートの竪琴を叩き斬ったところだった。
それでギルバートは無力化したと判断したのか、 “殺す” ことはせずにセシル達の方へと向き直る。「・・・よく解らんが・・・つまりは茶番だったと言うことか?」
「そうだな。なんかあのオーディンってヤツ、セシルと戦いたがっているみたいだし」そう言ったのはバッツだった。
フライヤはふとさっき気がついたことをバッツに問う。「バッツ、さっきオーディンが使ったのは、まさか・・・」
フライヤが何を言いたいのか察して、バッツは「ああ」と頷いた。
「 “無拍子” だったな。しかもありゃオヤジの技だ」
先程のオーディンの技と良く似た技をバッツは知っていた。
バッツの父、ドルガン=クラウザーがもっとも得意とした技―――というより “戦法” であり、四方八方どんなところから仕掛けられても、相手が攻撃を仕掛けてきた瞬間に反応し、反撃―――いわゆる “後の先” をとって撃退する、一対多数の戦法である。もっとも、ドルガンは今のオーディンの様に居合いの構えをとらずに自然体―――無拍子を使うドルガンやバッツの剣には “構え” や “型” は存在しない―――であり、フライヤを斬り飛ばした様な斬鉄の技でもない。一対多数の戦法ゆえに、相手を “殺す” ことよりも、相手の利き手を狙って “無力化” することを基本とする戦法だ。
しかしその戦法も、周囲の気配を察知する “空間把握能力” と瞬時に反応出来る “無拍子” の二つがあればこそだ。
気配を察知するのはともかく、 “無拍子” は誰にも使える技ではない―――「何故、ヤツが “無拍子” を使えるんじゃ!」
「そんなこと俺に言われてもなー。別に無拍子は俺の専売特許ってわけじゃねえし。使ってきたなら使えたって事だろ」バッツが無拍子を使うのは単なる才能だが、本来それは修練に修練を重ね、体技を極めた者が使える奥義である。
そして、オーディンは “最強” とまで呼ばれた剣士である。そこに至るまでどれほどの修行を重ねたか、他者には計ることは出来ないだろう。そんな彼ならば、無拍子を使えてもおかしくはない。「・・・もっとも “使いこなす” とこまでは行ってないみたいだけどな」
「ふむ・・・確かにお主みたいに普通に使いこなせるなら、最初から使っておるじゃろうしな」おそらくはバッツの斬鉄剣や無念無想のように、タメ―――というか集中しなければ使えないのだろう。
だからこそ、オーディンはフライヤの動きを止め、わざわざ居合いの構えを取った―――取らなければ使えなかった。「しっかしセシルのヤツも情けねえ。ずっと呆然としてるだけじゃんか」
不満そうにバッツが言うが、ロックはバッツとは逆に、どこか愉快そうに笑う。
「いやいや。俺はちょっと安心したぜ? あいつもやっぱり人間なんだってな」
今までセシルの ”まともでない” 部分を見てきたロックにとっては、自分にとって恩義あるオーディン相手に戸惑うセシルは親近感が持てた。
「俺は嫌だな。俺はアイツのあんな姿は見たくなかった」
不機嫌を隠そうともせずにバッツが言う。
己の父とも言えるオーディンに気後れする気持ちは解らないでもないが、それでも―――「あいつには負けて欲しくない。少なくとも、俺の目の前じゃ」
「お前なあ。セシルだってずっと勝ち続けてきたわけじゃねえぜ?」
「解ってる。解ってけどさ・・・」未だに戦おうともせずに、ベイガンに庇われたままのセシルを見つめ、バッツは言う。
「俺にとってあいつは “英雄” なんだよ。だから情けない姿なんざ見たくねえんだ!」
勝てとは言わない。負けたって構わない。
けれど、戦うこともせずに終わる様な情けないザマは見たくない。そんな風にバッツが見つめる先で。
オーディンが、セシルを守るベイガンに向かって斬りかかった―――