第21章「最強たる者」
U.「オーディンの剣」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・隠し通路

 

 オーディン―――
 かつては剣聖ドルガン=クラウザーと共に、 “最強” の名で謳われた騎士王。

 セシルがバロン軍に入った時、オーディンはすでに40歳を越えていたが、 “最強” の二文字は僅かも揺るぐことはなく、精鋭であるバロンの騎士達の誰も敵うことはなかった。

 オーディンは普段は好戦的な人物ではなかったが、己の “強さ” を高めるのを良く好み、王となってからも政務の合間に騎士達の訓練しているところに顔を出しては、そこに混じって剣を振るっていた―――セシルとカインに敗北するまでは。

 セシルとカインの手合わせ以降、オーディンは剣を持つことはなくなった。
 その理由は誰も知らない。セシル達に敗北したことが原因であることは解っても、それでふて腐れる様な人物でもない。

 ともあれオーディンが剣を持つのを見るのは、セシルは久しぶりだった。
 だが―――

「!?」

 オーディンが一足飛びにセシル達に向かって跳びかかる。
 それは竜騎士の跳躍に匹敵する速度で、あっと言う間に間合いを詰める―――そして剣を振り下ろす先にいたのは・・・。

「ファリス!」

 カインが叫ぶ。
 一番最初に狙われたのはファリスだった。
 ほぼ奇襲に近い速度で間合いを詰められ、ファリスは立ちつくす。そこへオーディンの剣が振り下ろされ―――

「ぬおっ!」
「むっ!?」

 ファリスに迫る凶刃を、横から伸びてきた幅の広い剣が受け止め、受け流す。
 跳躍の勢いも合わせた威力のある一撃を完全に受け止めきることはできなかったが、その起動は変えられて、ファリスのすぐ脇へと剣は振り下ろされた―――攻撃が外れたことにそれを見守っていた仲間達が安堵する―――

「まだだ!」

 セシルが叫ぶと同時、地面に振り下ろされたオーディンの剣が、まるで床をボールがバウンドするかのように跳ね上がった。
 それは逆袈裟にファリスの首を狙う―――だが。

「させませぬ!」

 剣がファリスの首を跳ねようかとした瞬間、ベイガンがディフェンダーを自分の身体に押しつけ、剣と身体を一体にしてその斬撃に体当たりする.一旦は振り下ろされた一撃だがそれなりに威力はあった―――しかし、ベイガンの体当たりの防御に、流石に弾かれる。

「ふむ・・・」

 オーディンは弾かれた剣を構え直し、数歩後ろに下がって間合いを取った。
 その隙にベイガンはファリスを振り向かずに叫ぶ。

「お下がりください!」
「くっ・・・」

 ベイガンに言われ、ファリスは後ろに下がりながら胸元に手をそえる。
 その服の下には、護身用のダガーが仕込んであった。しかしそんなものでオーディンに対抗出来るとは思えない。

「なんだ・・・?」

 セシルは違和感を感じていた。
 オーディンの戦闘スタイルは、相手の攻撃を見切り、それを避けてから反撃する―――それがセシルが知っているバロン王の剣だ。
 決して、今の様に自分から攻撃を―――少なくとも、竜騎士の様に跳躍して突撃したりはしない。

「そうか、ベイガン以外は知らぬのだな」

 セシルが何を驚いているか気づいて、オーディンは苦笑する。

「陛下、今のがオーディンの本来の戦法です。その脚力で一気に間合いを詰め、変幻自在の苛烈に敵を攻め立てる。老いて体力が落ちてからは、受けを主体とした戦法に切り替わりましたが」

 ベイガンが油断無くオーディンを睨みながら解説する。
 と、その解説にオーディンが口を挟む。

「少し違うな。受け主体になったのは、ドルガンと剣を交えてからだ。ヤツの “無拍子” の前に、私は下手に攻めることはできず、受けに回ることで互角に渡り合えた。それ以降、私の頭には常にヤツとの再戦があった。だから自然とそういった戦法をとるようになったのだろう」

 歳のせいで体力が落ちた、というのも間違いではないがね、と若返ったオーディンは苦笑する。

「さて、お喋りの時間はこれまでだ。そうそうゆっくりもしてられないのでな。さっさと―――」

 呟きながら、オーディンは僅か後ろに身を反らす。
 その眼前を、二本の短剣が通り過ぎていった。その短剣の飛んできた先を振り返り、彼は続ける。

「―――皆殺しにさせて貰おうか」
「げぇっ!?」

 オーディンの視線の先、ロックが投擲したポーズのまま硬直していた。
 そんなロックに向かって、オーディンが跳躍する。

「う、うわわわわわっ!」

 慌ててロックは逃げようとするが―――

「動くな!」
「!?」

 オーディンの一声に、逃げかけたロックの動きが完全に止まった。

「な、なんだ・・・!? 身体が動かねえ・・・!」

 必死で身体に動けと念じるが、まるで魔法でもかかったかの様にロックの身体は動かなかった。
 ロックだけではない。ロックの傍に居た、ギルバートとフライヤも身動き出来ない。

「なんだ・・・なんで動かないんだ!?」
「これは、あの時の・・・・・・!」

 フライヤには覚えがあった。
 バロン城でゴルベーザに誑かされていたベイガンと戦っていた時のことだ。
 セシルの身体に乗り移ったオーディンが、今と全く同じ事をしていた。
 それは “魔法” ではない。オーディンという “最強” が放つ威圧である。まるでカエルがヘビに睨まれた如く、オーディンの迫力に呑まれ、ロック達は動きを封じられていた。

「ロック、逃げろ!」
「に・・・逃げられたらそうしてる!」

 セシルが叫ぶ。だが、ロックは動けない。
 すでにオーディンはロックの目の前で、剣を振り上げていた。

「・・・すまんな」

 極小さく、ロックにしか聞こえない声でオーディンは呟き、剣を振り下―――

「させるかあああっ!」
「!?」

 裂帛の気合いと共に、フライヤが ”威圧” を弾き返して跳躍する。
 予想外の攻撃に、オーディンは反応出来ない。フライヤの槍は、オーディンの鎧の継ぎ目を正確に貫いた。

「ぬぐっ・・・!」

 槍の短剣ほどの刃の部分が鎧の中に食い込む―――が、それまでだった。それ以上はフライヤの力では貫けない。

「ちいっ・・・」

 自分の攻撃では致命傷を与えられないと気づいて、フライヤは素早く槍を引く。
 元々、フライヤの力では相手の急所を突かなければ、致命的なダメージを与えることは出来ない。だが、鎧とはその急所を守ることを第一として作られている。 “お飾り” の王の鎧とて、そこは抑えてある。

(身体を狙っても意味がない。狙うなら―――)

「首から上、か? しかしそう来ると解っているなら、幾らでも防ぎようがある。二度と不覚はとらん!」
「くっ・・・」

 自分の考えを見透かされ、フライヤは歯がみする。
 その時、彼女の背後でポロン・・・と竪琴が鳴った。

「不覚は取らない・・・か。それはどうかな? ―――フライヤ、少し時間を稼いでくれ」
「! ―――了解じゃ!」

 ギルバートの奏でる竪琴の音。
 その音にあることを思い出して、フライヤは頷いた。

「何をする気かは知らぬが・・・果たして時間稼ぎなどできるかな・・・?」
「ぬう・・・!」

 フライヤは全力で跳躍する。
 目指すはオーディンの死角となる真横。

(またこの戦法を使うのか―――まあ、四の五の言っていられる状況ではない、か)

 一ヶ月前、クラウド相手に使った戦法だ。
 クラウドに通じなかった以上、オーディンにも通用しないだろう。だが、通用せずとも少しでも攪乱出来れば―――

「ふむ・・・」
「なっ!?」

 オーディンの死角に飛び込んだ―――と、思った瞬間、目の前にオーディンの姿があった。
 フライヤの攻撃にクラウドは反応したものの、それでも速度はフライヤの方が上回っていた。
 しかしこのオーディンは、フライヤの動きに反応しただけではなく、同じ速度をもってついてきたのだ。

「くっ!」

 慌ててフライヤは後ろにバックステップして間合いを取る。
 オーディンはそれを追うことはせずに呟いた。

「速度はまあまあだが―――それでは時間稼ぎにはならんな」

 そして、間合いを取ったフライヤへと歩み寄る。
 先程までのように跳躍で一気に間合いを詰めるのではなく、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。

「・・・!?」

 オーディンの狙いが解らずに困惑するが、しかしそのまま間合いを詰めさせるのは危険だと感じて、フライヤは後ろに―――

「駄目だ! 跳ぶなッ!」

 セシルが叫ぶ―――だが、すでに遅い。フライヤは後ろにバックステップして―――

「終わりだ」

 同時にオーディンがフライヤに向かって跳躍する。
 敵の狙いが解らなかったフライヤはとりあえず間合いをとろうと、小さくバックステップした―――それがオーディンの狙いだった。いかな竜騎士といえど、空中でいきなり軌道を変えるのは不可能だ。小さく跳んだフライヤに、オーディンが一気に間合いを詰める。そして、回避しようがない一撃を放つ―――

「―――むっ!?」

 そこへ、オーディンの顔面―――もっと正確に言うならば、目を狙って短剣が飛んできた。その不意打ちにオーディンは攻撃の手を止め、ギリギリで迫る刃を回避する。

「すまん、助かった!」
「これで貸し借り無しだ!」

 短剣を投げたのはロックだった。
 彼はイライラとした様子でセシルにへ怒鳴りつける。

「セシル! てめえなにいつまで呆けてやがる! そいつにどんな思惑があるにしろ、バッツ達を殺したことにゃ代わりねえだろうが!」
「・・・う」

 ロックに叱咤され、セシルはうめく。
 先程からセシルは、ロック達に警告を飛ばすだけで、戦おうとはしていなかった。
 心の何処かで、まだオーディンの事を信じようとしているためである。

「てめえならこいつに勝てるんだろ! てめえが戦わなきゃ勝てね―――!?」

 叫ぶロックに、オーディンは槍―――グングニルと変じたミストルティンを投げつけた。
 猛スピードで迫る白銀の槍を、ロックは紙一重で回避する。
 自分の脇を通り過ぎていった風圧に戦慄しながらも、ロックはキッ、とオーディンを睨んだ。

「悪いがセシルが戦っても結果は同じだぞ? お前達はここで死ぬ・・・」
「死んでたまるか! 俺はまだ死ねねえんだよッ!」

 ロックは懐から新たに短剣を取り出す―――が、それも後一本ほどしかない。もう下手に投げるわけにはいかない。

「そんな短剣で戦う気かね?」
「逃がしてくれるなら逃げるけどな」
「悪いがそういうわけにはいかんのだよ」

 言うなり、オーディンはその手にまたミストルティンを生み出し、ロックに向かって跳びかかった―――

 


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