第21章「最強たる者」
T.「白昼夢」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・隠し通路

 

 ―――足下でバッツ “死んで” いた。

「・・・えーと、俺、死んだ?」

 それを見下ろして、バッツは不思議そうに呟いた。
 自分の死体が見えているということは、自分は幽霊なのだろう―――それにしては実感が沸かないが。

「死んだけど、まだ生きてるわよ」
「へ!? リディア!?」

 振り返る―――と、槍に貫かれたリディアの死体が見えた。
 ・・・そのすぐ隣りに、もう一人リディアが至極不機嫌な表情でしゃがみ込んでいる。

「ええと・・・リディアが、二人? つーか、リディアも幽霊に―――」
「幽霊じゃない」

 リディアは立ち上がると、バッツに近づいて―――その頬をつねった。

「痛いぞ?」
「幽霊が痛みなんて感じると思う?」
「思わない」
「つまり、俺たちゃ生きてるって事か?」

 そう言ったのはバッツやリディアと同様に “殺され” たエッジだった。
 リディアは「そういうこと」と頷くが、バッツはまだ納得行かない様子で周囲を見回す。

「だけどさ―――」
「何故だあああああああッ!? バロン王ーーーーーーーーーーッ!」

 セシルの絶叫が場に響き渡った。
 今までに見たことのない形相で、セシルはオーディンと相対している。
 他のまだ “生きている” 者たちも緊迫した表情で身構えていた。

「なんか俺ら見えてないっぽいぜ?」

 それに、とバッツはセシルの身体に触れてみる―――が、その手はセシルの身体を突き抜けた。

「どう考えても、こりゃ幽霊だろ。触れないし」
「・・・じゃあ、なんで床に立ってるのよ」
「あれっ?」

 そう言えば、とバッツは足下を見る。
 足は床をしっかりと踏みしめ、絨毯の感触も確かに感じられた。

「えーと・・・ということは・・・?」
「幽霊になってるのは、俺達じゃなくてこいつらってことか?」
「そうそう! 俺も今それをいおうとした!」

 エッジの言葉に、バッツが勢いよく頷く。
 リディアはふう、と嘆息して。

「ま、それが近いわね。正確に言えば、オーディン、って言ったっけ? あの幻獣が作りだした “空間” に取り込まれてるの」
「空間・・・ってさっきも言ってたな」
「 “夢の中” って言った方が理解しやすいかもね。夢ってのは本来、頭の中でみるものだけど、そこに肉体ごと取り込まれてるのよ」

 精神だけではなく、肉体まで取り込まれているから、夢よりもさらにリアリティのある夢と言ったところか。

「あたしは体感したこと無いけど、 “白昼夢” ってこんな感じかもね」
「肉体ごと・・・? それなら、夢の中で死んだら現実でも死ぬんじゃないか?」
「夢の中で殺されても死にゃしないでしょ? それと同じよ。肉体は傷つかない―――傷つくのは精神だけ」

 幻獣の空間で殺されても死にはしない。
 だが、現実に等しい現実感の中で殺されるということは、実際に殺されるのと同じ体験をすると言うことだ。まともな人間ならトラウマになるだろうし、気の弱い人間なら心の病に冒されるか、下手すれば精神的に死にかねない。

 リディアの言葉に、エッジはちらりとオーディンを見て身を震わせた。
  “殺された” 時の恐怖が蘇る。それを誤魔化すために、彼は「チッ」とやや強く舌打ちした。

「精神が傷つくってどういうことだ?」

 きょとん、として聞いたのはバッツだ。
 どうやら彼は、つゆほどもトラウマを感じていないらしい。
 それを見て、リディアは深く溜息を吐いた。

「・・・・・・いいわよね、馬鹿は。精神的にタフで」
「だから馬鹿っていうなよ―――うん? もしかして今、褒められた?」

 ちょっと嬉しそうな顔をするバッツに、誰もつっこむ者は居なかった―――

 

 

******

 

 

「やれやれ・・・・・・私はもう “王” ではないというのに」

 セシルの絶叫を聞いて、オーディンは苦笑する。
 それを見たベイガンが叫んだ。

「貴方は本当にオーディン様なのですか!」
「その証拠は見せたと思うがね」

 セシルとオーディンにしか使えないはずの “見切りの極み” と “斬鉄剣” 。
 なによりも、リディアの身体に突き刺さったままの白銀の槍と、オーディンが手にしたままの白銀の剣―――ミストルティン。
 オーディンの精神から生み出されるその剣を扱えるのは、当然オーディンのみである。

 しかしベイガンはそれらを否定する様にかぶりを振る。

「私の知っているオーディン様は無闇に人を殺す御方ではございませんでした。なにか事情があろうとも、殺した後にそうやって笑みを浮かべる様な人では絶対にないッ!」

(・・・そりゃあ、本当に殺したわけではないからなあ)

 胸中でオーディンは思ったが、それを言うわけにはいかない。

「無闇、というわけではないぞ?」

 オーディンには目的があった。

「その召喚士の少女は、私にとって不都合だったから殺した。エブラーナの王子とドルガンの息子は、私に襲いかかってきたから殺した。なにか問題かね?」
「リディアがなんの不都合だったって言うんだ!?」
「さて―――それだ」

 にこりと微笑んで、オーディンは告げる。

「セシル、カイン、私と殺し合え」
「!?」
「私は取り返さなければならないのだよ。お前達二人に奪われた “最強” の称号をな」
「最強・・・だと? そのために、リディア殿を―――バッツ殿とエッジ殿を殺したと仰るのか!?」
「その通りだ」

 平然と頷くオーディン。

「・・・一度死して外道に堕ちたか」

 憎悪を顕わにフライヤが呟く。

「セシル・・・僕たちも手伝う! あいつを・・・倒さなきゃ!」
「・・・・・・」

 ギルバートが言う―――が、セシルは答えなかった。
 オーディンを睨んだまま、しかしなにやら考え込んでいる。

「セシル・・・?」
「どうした、セシル。臆したか?」

 何も言わないセシルにオーディンは挑発する様に言う。
 だが、その心の中では少し焦っていた。

(ふむ、疑念を感じたか―――できればセシルには、怒りをもって “本気” を見せて欲しいのだが)

 オーディンがそう考えている目の前で、セシルはふとあらぬ方向をみやる。
 そこには赤い火の玉が浮かんでいた。

「ボムボム」

 その名をセシルが呼ぶと、ボムボムは「GA?」とセシルに返事をした。
 普段と変わらないその調子に、セシルはさらに疑念を強める。

「・・・やっぱりおかしい」
「なんだよ? なにがおかしいって?」

 ロックが尋ねると、セシルは悩んでる表情のまま呟く。

「リディアが殺されたというのに、ボムボムはなんで平然としてるんだ?」
「あ」

 ハッ、としてロックはボムボムを見返す。
 リディアの召喚獣にして友人であるボムボムなら、リディアが殺された時に、バッツやエッジと一緒にオーディンに飛びかかっていてもおかしくない―――いやむしろそうでなければおかしい。
 つまり―――

「よくは解らないけれど、リディアは死んだ訳じゃないってことだ」

 セシルはリディアの “死体” を見て言う。
 その推理に、オーディンは内心舌を巻いた。

(・・・やれやれ、セシルを謀るのは一苦労か―――だが)

 と、オーディンはリディアの死体の辺りに視線を送る。
 この空間からは見えないが、 “彼女” はおそらくその辺りに居るはずだと予測して。

「陛下」

 すっかり気を落ち着かせて、セシルはオーディンを見つめる。

「何をお考えなのか、お聞かせくださ―――」
「セシル! ボムボムが!」
「・・・え?」

 ギルバートの叫びに、セシルはボムボムが浮かんでいた場所を振り返る―――が、そこには何も存在していなかった。

「ボ・・・ボムボムは!?」
「解らない。突然消えてしまった」
「消えた・・・・・・?」

 セシルはボムボムの浮かんでいた場所を見つめたまま、呆然とする―――

 

 

******

 

 

「お帰り、ボムボム」
「GA♪」

 リディアに声をかけられ、ボムボムがリディアの周囲を楽しそうに飛び回る。
 バッツやエッジには、ボムボムの姿が一瞬消えて、また現れただけの用にしか見えなかったが、さっきまで感じなかったボムボムの “熱” を感じて、リディアがボムボムを “召喚” したことを理解する。

「なんでわざわざまた召喚したんだ?」
「セシルがボムボムを手がかりに、あの空間を見破りかけたでしょ?」

 バッツに答えながら、リディアはよくもまああの状況で冷静に判断出来るものだと感心する。
 普通、仲間が目の前で立て続けに殺されたら、まともに思考なんか出来るはずがない。実際、セシルは激情を抑えきれずに絶叫した。
 にも関わらず、すぐに冷静さを取り戻せたのは、並の人間にできることではない。

「で、オーディンがあたしの方を見た―――あれは “バレたら困るから消してくれ。そうでなかったら殺さなければならない” って意味だと思う」
「うん? 別に殺されたっていいんじゃなかったのか?」

 不思議そうにバッツが言うと、リディアはとても嫌そうな顔をして、

「馬鹿言わないでよ! 今、ボムボムとあたしは “繋がって” るんだよ? そんな状態でボムボムが殺されたら、その “死” があたしにまで伝わって来ちゃう。幾らかりそめだからって、二度も “死ぬ” のはゴメンだし、最悪ショック死する可能性だってあるんだよ?」

 肉体があの “空間” に取り込まれている状態―――つまり、肉体が無い状態では、ショック死などしようがないが、今のリディアにはちゃんと肉体がある。ボムボムの “死” が伝わることによって、ショックで心臓が止まることも可能性としてはゼロではない。

「でもさ、いいのかよそんなに簡単にあいつの思惑にのっちまって」

 と、エッジはオーディンとセシルを見る。
 リディアがボムボムを召喚したせいで、再びセシルは混乱してしまった様だった。

「解ってるんだろ? どういうわけか、あのオーディンはセシルと戦いたがってる。多分そのために俺達を “殺した” んだ」
「・・・うん、解ってる。でも―――」

 リディアもオーディンを見る。
 その姿を見ると “殺された” 瞬間のことが頭の中にフラッシュバックして、一瞬目をつむった。
 だが―――

「なんとなく、だけど。あの人はセシルにとって悪い人間じゃない・・・そんな気がするのよ」

 

 

******

 

 

 セシルは混乱していた。

(くそ・・・なんでボムボムは消えた!? リディアが死んだからなのか・・・!?)

 最初、リディアが殺され、続いてエッジとバッツも殺された時は、抑えようのない怒りがこみ上げた。
 だがオーディンの目的がセシルとカインの二人と殺し合う―――戦うことだと知って疑念が生まれた。

(オーディン様は僕たちと戦いたがっている。それも “本気” で)

 カインはともかく、セシルは間違ってもオーディンに剣を向ける事なんてできない。
 だからこそ、オーディンは “芝居” を打ったのではないかと疑念をもった。
 リディア達が前もって協力していたとは思えないが、そこはなにかしらの魔法的な仕掛けがあるのかもしれない。リディアが “殺された” のもその仕掛けについて話そうとしたからではなかったか?

 その疑念を裏付けるのが、ボムボムの存在だった。
 だが、そのボムボムも消え去ってしまった。

「―――さて」

 段上でオーディンがセシルとカインを見下ろす。

「そろそろ覚悟を決めたらどうかね?」
「黙れっ!」

 叫んだのはベイガンだった。
 彼はセシルを庇う様にその目の前に立つ。

「ベイガン・・・お前が私に刃向かうというのか? 私に忠誠を誓ったお前が・・・」
「黙れと言った! 貴様のような外道に忠誠を誓った覚えはない!」

 完全に敵意を持って、腰のディフェンダーを抜きはなつ。

「例え貴様が本物のオーディン様であったとしても、セシル陛下に害を為すというのなら、私の敵でしかない」
「ふむ・・・良い覚悟だ。だがお前に私を止められるか・・・?」
「・・・くっ」

 オーディンの言葉にベイガンはわずかに気圧される。
 彼には解っていた。目の前にいるのが、長年忠誠を誓ってきた王であると。
 だからこそ理解する。どうあがいても、自分の力では太刀打ち出来ないと。

「・・・陛下、ここは私が食い止めます。ですからお逃げ下さい」
「何を言ってるんだ!」
「あれは本物のオーディン様―――いえ、オーディンです。私は元より、この場の誰もが勝てる相手ではございません。どうかここはお逃げ下さい!」
「君一人をおいて逃げられると思うか? 逃げるならば君も―――」
「安心したまえ」

 セシルとベイガンの会話に、オーディンが割り込む。

「誰一人としてこの場から逃がすつもりはない」

 そう言って、オーディンはミストルティンで、背後の玉座を軽く突いた。

「しまった!?」

 その行為の意味に気がついてセシルが叫ぶがあまりにも遅すぎる。
 ガガガガガガッ、と耳障りな音共に、扉の向こうでなにかが降りる音がした。これが地上の謁見の間と同じ仕掛けだというのなら―――

「・・・出口を塞がれたか」
「その通り―――もっとも、セシル一人ならば逃げられるだろうが」
「・・・っ」

 セシル一人なら、白魔法テレポで逃げられるかも知れない。

 だがオーディンは知っている。
 こういうとき、セシルは絶対に逃げることを選ばない。

 例えば、誰か一人だけしか生き延びられない状況の時。
 セシルは迷わずに、自分を含めた他の全員を犠牲にしてでも、その一人を生かすだろう。全滅するよりも一人だけ生き延びた方がまだマシだからだ。

 だが、セシル一人しか生き延びられない時。セシルは自分だけ生き延びることを望まない。
 全滅しようとも、他の皆と共に最後の最後まであきらめずにあがくだろう。たとえそれで、自分が生きる可能性を潰してしまったとしてもだ。

「さて、どうするセシルよ? これでもまだ覚悟を決めぬと言うのなら―――」

 オーディンは玉座へ突いていた剣を、ベイガン、ロック、ファリス、フライヤ、ギルバート、カイン―――順番にセシルの仲間達へと指し示す。

「―――お前の仲間達を一人一人殺すだけだ」
「オーディン王・・・・・・!」
「行くぞ!」

 自身の言葉を合図として。
 オーディンはセシル達にむかって襲いかかった―――

 


INDEX

NEXT STORY