第21章「最強たる者」
S.「凶刃」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・隠し通路
―――扉を開けた先は、これまたセシルにはなじみ深い場所だった。
「謁見の間・・・?」
広い広い部屋だ。
扉から真っ直ぐ最奥まで赤い絨毯が道として敷かれている。
奥では三段ほどの段があり、その段上には玉座が置かれていた。まるっきり、頭の上にあるはずの “謁見の間” と同じ造り。
ただ―――
「なんか・・・変に明るいな・・・?」
先程まで、辺りを照らすのはベイガンのランプとボムボムの身体だけだった。
炎の赤で照らされた闇は、しかしその謁見の間にはない。
光源がどこにも無いのに、どういうわけか部屋全体は明るいのだ。「この雰囲気・・・?」
リディアはなにか思い当たるものがあるかのように、悩みつつ周囲を見回す。
セシルも同じように “謁見の間” を見回して、疑問を呟いた。
「なんでバロン城の地下にこんな場所が・・・?」
「―――なに、簡単な話だ。ここを造った遙か昔のバロン王は、もしもの時ですら “王” であることに固執した。だからこそ、避難場所にさえ玉座をしつらえたというわけだ」
「!?」不意に聞こえてきた声に、セシル達は驚き戸惑う。
特に、セシルとカイン、それからベイガンはことさら驚愕して声の主を探し求めた。「今の声は・・・」
「まさか・・・!」一行は謁見の間を進み、玉座のある段の手前まで慎重に歩を進める―――と。
「久しいな・・・・・・」
玉座に、何者かの姿が浮かび上がった。
黒々とした黒髪に、精悍な顔つき。その身には、国王の儀礼的な鎧――― “王の鎧” を身に着けている。
“強さ” と “優しさ” を兼ね揃えた黒い瞳でセシル達を見下ろす青年。セシルが最後に見た時よりもかなり若いが、その姿は間違いなく―――
「・・・へい・・・か・・・?」
バロンの先王オーディン。
その姿が、今、セシル達の眼前にあった―――
******
「何をそんなに驚いておる―――と、言っても仕方がないか」
オーディンは苦笑。
セシルは何か言おうとして口を開き―――しかし驚きのあまり、口を開いたまま何も言えない。「オ、オーディン王って死んだはずだよな・・・じゃあ、幽霊・・・?」
「もしくはまたゴルベーザの仕掛けた偽物、とかな」何も言えないバロンの騎士達に代わって、バッツとロックが呟く。
だが、ロックは自分で言った台詞に説得力がないことを感じていた。(仮にこれがオーディン王の偽物だとして・・・城の地下に潜ませておく理由が全くねえな。こりゃ、バッツの言うとおり “幽霊” が正解か・・・?)
「幽霊でもなければ偽物でもない・・・もっとも、すでに “王” ではないがな」
「陛下・・・本当に陛下なのですか!?」
「だからもう “陛下” ではないというのに」オーディンは苦笑しながらも、セシルに向かって頷いて見せた。
その様子に、今度はベイガンが尋ねる。「へい―――いえ、オーディン様。貴方が本物だとして、なぜ生きておられるのか!? しかも若返っておられるようですが」
「一つ誤解があるな。私は別に蘇ったわけではない」
「は・・・?」
「そいつ、幻獣よ」そう言い放ったのはリディアだった。
彼女はオーディンをじっと睨み、「私には解る。この “空間” を作れるのは幻獣だけだしね」
「空間?」セシルが首を傾げる。
確かにこの謁見の間に入った時、妙な違和感の様なものを感じた気がする。「この場所・・・オーディン様が作った場所だっていうのかい?」
「場所じゃないわ。この場を包んでいる “空間” ――― “領域” と言い換えても良いわね。これは幻獣が作った―――」リディアは言葉を途中で止めた。
いや、止めさせられていた。「え・・・?」
一瞬、セシルには目の前の光景が理解出来なかった。
リディアの身体に、一本の長く太い、真っ白い槍が突き刺さっていた。「リ・・・ディア・・・?」
「ごふ・・・っ・・・!」セシルの呼びかけに答える様にして、リディアが口から血を吐き出す。
そしてそのまま床に倒れ込んだ。「・・・余計な事を言ってもらっては困るな―――」
呆然とするセシルの耳に、穏やかな声が響いてきた。
ゆっくりと―――今、起こってしまったことをじっくりと頭の中で理解しようとして―――できずに―――ゆっくりと、セシルはその声の主へと振り向いた。「陛下・・・・・・? 何故・・・・・・?」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「てんめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」セシルの声をかき消す様に、二つの絶叫が重なった。
バッツとエッジだ。
二人は激情に呑まれ、オーディンに向かって跳びかかった!「駄目だ! 不用意にッ!」
はっとしてセシルが叫ぶ―――が、二人は止まらない。
二人は激昂していたが、そのまま真っ正面から仕掛ける様なことはしなかった。オーディンの左右に分かれ、挟み撃ちにしようとする。
まずエッジが最初に仕掛けた―――単純な素早さならば、エッジの方が速い―――腰の忍者刀を引き抜き、オーディンに向かって斬りかかる。そして一拍遅れ、バッツがエクスカリバーを叩き付けようとする、が。「「なにっ!?」」
二人の驚愕の声が重なった。
オーディンは全く動かなかった―――ように見えた。
だというのに、エッジとバッツの攻撃は、当たらずに外れてしまう。「これは・・・ “見切りの極み” !」
敵の動きを完全予測し、攻撃を仕掛けられる寸前にすでに避けている。
それを使えるのは、セシルの他はオーディン王のみ。「やはりあれは本物の・・・」
ベイガンが唸る目の前で、バッツとエッジは次撃を放とうとする―――が、それよりも早く、オーディンの手の中に輝く光が生まれる。
その光はオーディンの手の中で膨張し、長く伸び、一本の剣を形作る。ミストルティン。
オーディンの精神より生み出される “神剣” だ。
あらゆるものよりも硬く、あらゆるものよりも柔らかい変幻自在の神剣が無造作に振るわれて、それはエッジの身体を忍者刀ごと斬り裂いた。「―――ぁっ!」
エッジの口から、かすかな悲鳴が漏れ、あっさりと斬り飛ばされる。
それを見たバッツは、攻撃の手を止めて、後ろに下がった。「うん? どうした? かかってこないのか?」
オーディンが余裕を見せる。
斬り飛ばされたエッジはすでに地面に倒れ、ぴくりとも動かない。「・・・ぶっ殺してやる」
憎しみをこめてバッツは言い放った。
今までにない “殺意” を見せ、バッツはオーディンを睨付け―――そして呟く。「・・・その剣は疾風の剣―――」
あらゆるものを斬り裂く神速の一撃―――斬鉄剣。
完全に決まれば、相手を問答無用で絶命せしめるその技を、バッツは一度たりとも殺すつもりで放ったことはない。
だが、今始めて、バッツは敵を殺そうとしていた。「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く―――」
放てば必殺。
しかし、対するオーディンはなにもしようとせず、ミストルティンを構えて待ち受けるのみだ。その様子に、セシルは嫌な寒気を感じて、バッツに叫ぶ!
「駄目だバッツ! 止めろ!」
しかしバッツは止めようとしない。
「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない・・・!」
斬鉄剣
セシルの目の前で、バッツの姿が掻き消えた。
それと同時に、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! と、耳障りな金属音が場に響く。
ぎくりとしてセシルが振り返ると、そこには―――「ふむ・・・その若さで斬鉄剣を使うとは、流石はドルガンの息子と言ったところか」
オーディンはやや感心した様に呟いた。
―――バッツのエクスカリバーをミストルティンで受けながら。「・・・だが、まだまだ “剣聖” には及ばんな」
「なん・・・だと・・・!?」バッツは目の前の光景が信じられなかった。
自分の剣が、オーディンの剣に受け止められているその事実が。「嘘だろ・・・!?」
バッツはセシルとの決闘の時、居合いを組み合わせたセシルの斬鉄剣に、自分の斬鉄剣を打ち破られている。
だが、オーディンは居合いどころか、普通にバッツの必殺の一撃を受け止めていた。「バッツ、逃げろッ!」
「!」セシルの声に反応して、バッツは後ろに跳ぶ―――同時、オーディンが横に剣を一閃させる。
「っと、あぶねえあぶねえ・・・」
オーディンの反撃を回避して、バッツは頬を伝う冷や汗を拭おうとする―――瞬間。
ぼとり、と自分の足下で音が聞こえた。
バッツがそれを見下ろせば、それは―――「俺の・・・腕・・・?」
ぴっ―――と、バッツの身体に横一文字の線が走る。
「嘘・・・・・・だろ・・・・・・?」
呆然と、バッツはごぼりと血を吐く。
そのまま、自分の死を信じられないまま、身体が崩れ落ちた。それを見てオーディンが静かに呟く。「―――これこそが究極秘剣」
斬鉄剣
「バッツ・・・・・・!」
突然だった。
あまりにも突然に、仲間達が死んだ。
その事実を歯を食いしばって耐え、セシルはオーディンを睨付ける。「何故だ・・・」
怒りと憎しみ、悲しみ、信じられぬ想い―――信じたくない想いがないまぜになり、セシルは叫ぶ。
「何故だあああああああッ!? バロン王ーーーーーーーーーーッ!」
セシルの絶叫が、謁見の間に響き渡った―――