第21章「最強たる者」
R.「扉」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・倉庫塔・隠し通路

 

「よ・・・・・・よーやくついた、の?」

 最後の段を降りきって、リディアは思わず手と膝を突いた。
 四つん這いになり、長く深い息を吐く。

「あ・・・足が、死んだわ・・・・・・」

 それこそ死にそうな声でリディアは呟いた。

 ―――隠し通路・・・というか隠し階段。
 その階段は、まるで地底まで続いているかと思うほど深かった。
 地上からずっと降りてきて、もう30分はゆうに過ぎているはずだ。

「おい大丈夫か? だから背負ってやるって言っただろ?」

 立ち上がれないリディアに声をかけたのはバッツだった。
 彼の方は隠し通路に入る前と変わらず平然としている。

「・・・ていうか君ら、良く平気だね」

 セシルも倒れこそしていないが、壁に手をついて身体を支えてなんとか立っているという状態だ。
 他の面々も、同じようにどこかに手をついて支えたり、或いは階段や地面に座るなどしている。

 ・・・三名を除いて。

「まあ、俺は旅慣れてるし」
「鍛え方が違う」
「そうじゃな」

 などと答えたのはバッツとカイン、それからフライヤだった。

 それを聞いたギルバートは恨みがましくバッツを睨む。

「・・・旅慣れてるとか、絶対に関係ないだろ」

 それを言うなら、ギルバートも、それなりに旅をし続けてきた。ひ弱に見えても、体力にはそれなりに自信がある。
 さらにファリスもカインとフライヤを睨み、

「そりゃあ竜騎士は鍛え方が違うだろうさ」

 竜騎士の強さの要は瞬発力―――脚力である。
 それに階段を降りるよりも、さらに負荷がかかる事―――跳躍と着地―――をしているのだ。
 階段を降りるくらいでへばっていれば、竜騎士は務まらない。

 そもそも、なんで階段を降りるだけでこれほどセシル達が疲労しているかと言えば、実は階段というのは昇る時よりも、降りる時の方が足に負荷がかかるのだ。
  “無拍子” の使い手であるバッツや、竜騎士であるカインとフライヤ以外の皆が、もう歩くことも出来ないほど疲労しているのはそのためだ。

「つーか、カインは足に怪我してるんじゃなかったか!?」
「そうだな。おかげで少し辛かったが」
「 ”少し” かよ」

 感心するどころかむしろ呆れてファリスは嘆息する。

「てゆーか、これをまた昇らなきゃいけないわけか? 正直、勘弁して欲しいぜ・・・」

 地面に座り込んで、階段を見上げながら言ったのはエッジだ。
 忍者の彼でさえ、この階段はきつかったらしい。

「・・・まったく、シド殿は賢明でしたな」

 ベイガンがやれやれと呟く。ちなみに彼は、ランプを持ったままその場に直立していたが、その足は小刻みに震えていた。
 セシルが「素直に腰を下ろせばいいのに」と言ったが、彼は「騎士としてそんな無様な真似はできませぬ!」と足をがくがくさせながら言い返した。・・・十分に情けない姿だと思ったが、それは言わないでおく。

「そうだね。まあシドは単に忙しかっただけだけど」

 ―――実はシドは、階段に潜る直前に「これだけ居ればワシはいらんだろ。仕事に戻らせてもらうゾイ」と言って自分の職場に帰っていた。
 もう夜中だというのに、働き通しである。それというのも飛空艇の事に加え、デビルロードの設計にも関わっているからだ。おそらく、今バロンで一番多忙な人間だろう。

「帰りは魔法で帰れるんじゃないか?」

 そう言ってセシルを見たのはロックだった。
 トレジャーハンターとして、何度も地下深い迷宮に潜っているせいなのか、バッツ達ほどではないにしろ、セシル達よりは余力があるようだった。

「言っておくけど、僕の魔法はアテにしないでよ? 正直、この距離だと成功させる自信がない」

 物体を転移させる白魔法テレポは、その難易度が距離に比例する。
 まだ白魔法を覚えたてのセシルには、自分一人さえ地上まで転移出来るか疑問だった。

「だったらあたしが跳ばすわよ。デジョンだったら得意だし」

 ようやく少しだけ復活したリディアが、四つん這いから体操座りに移行して呟く。
 それを聞いて、ロックが顔をしかめた。

「それってあれだろ? 確かアストスを次元の狭間とか言うところに叩き込んだ魔法だろ? 大丈夫なのかよ?」
「次元の狭間って・・・ええっ!? そんなことしたの?」

 リディアが驚いた顔でロックを見返す。

「とーぜん俺じゃないけどな。しかもあいつ、あっさりと戻ってきやがったし」
「・・・ちょっと待って、次元の狭間からすぐに戻ってきたって事!? なんなのよそいつ・・・・・・」
「―――さて、話はそのくらいにして」

 と、セシルは壁から手を離し、通路の奥を見やる。
 階段を降りた場所からは、階段から真っ直ぐ続く通路になっていた。光源が、ベイガンが持っているランプだけなので、あまり奥まで見ることは出来ない。

「そろそろ進んでみようか」
「すいません、俺とってもヤな予感がするんですけど」

 実際に危険を感じているのか、それともカインが言っていた言葉に感化されて錯覚しているだけなのか、ともかくロックは通路の奥に漠然とした恐怖を感じていた。

「帰りたいなら帰っても良いよ。ていうか、別に無理についてきてって言ったわけじゃないし」
「・・・そう言われると、逃げにくいじゃねえか」

 ロックは苦笑する。
 座っていた者たちも立ち上がる。

「リディア、大丈夫かい? 君だけここで休んでいても―――」
「気を遣わないでいいわよ。歩くくらいなら平気だし」

 などという言葉には、普段以上に力が籠もって、全く余裕が無いことが見て取れた。
 だが、セシルは「わかったよ」と苦笑すると、通路の奥に向かって歩き出し―――

「あ、ちょっと待って」

 すぐにリディアが制止の声をかける。
 おや? とセシル達はリディアを振り返った。

「やっぱりここで待っているかい?」
「そうじゃなくて―――おいで、ボムボム!」
「GAAAA!」

 ひゅぼうっ、といきなり虚空に炎の固まりが出現した。それは炎の固まりに人間の顔と、歪な細い手が生えた魔物――― “ボム” だ。
 ランプよりも何倍も強く明るい炎が周囲を照らし出す。

「ま、魔物!?」
「違うよ、リディアの友人だよ―――久しぶりだね」

 身構えるベイガンを制して、セシルがにこやかに語りかける。
 と、ボムボムはぎょろりとした目玉をセシルに向けると、嬉しそうにその場をくるくると回る。

「・・・魔物相手に挨拶する王様ってのもすげえな」

 感心半分呆れ半分でファリスが言う。
 それを見て、バッツが首を傾げた。

「そーいやブリット達って、飛空艇の中にいるんだよな?」
「うん」
「・・・ボムボムが居ても大丈夫なのか?」
「え、差別?」

 がーん、とショックを受けた様にリディアがバッツを見る。

「馬鹿兄貴は馬鹿だから魔物差別だけはしないと思っていたのに・・・見損なったよ、この馬鹿ー!」
「GAAAA・・・・・・」
「ちょっと待て。なんか今普通に差別っぽいこと言われた気がするがちょっと待て!」

 蔑む様にこちらを見つめてくるリディアとボムボムにバッツは待ったをかける。

「俺が言いたいのは、ボムボムが居ても飛空艇が燃えたりしないかって心配だ!」
「それは大丈夫」

 馬鹿のくせになかなか良いところに気がついたじゃんか馬鹿のくせに。とでも言いたげな目をしてリディアは答えた。

「飛空艇の中では、ボムボムは火鉢の中に収まってるから。ねー♪」
「GAー♪」

 頷き合うリディアとボムボム。

「火鉢・・・」

 火鉢 in ボムボム。
 燃料要らずの高性能火鉢。モチも焼けます。

「それはちょっと見てみたいかも」

 そう言って、バッツは笑った―――

 

 

******

 

 

 通路を進む。
 ボムボムが先導して道を照らし、そのあとをセシル達がついていく。

 隠し通路は石造りで出来ていて、ボムボムの炎で燃える心配はない。

「・・・まさか、この通路も延々と続くんじゃないでしょうね」

 うんざりした様子でリディアが言う。
 と、バッツがふと気がついたように。

「そう言えばココはどうしたんだ? アイツを召喚して乗せて貰えばいいじゃんか」
「ココは地底から離れたくないって」
「なんで?」
「ボコが取り残されてるからよ」
「あ」

  “親友” の名前を出され、バッツは困ったような笑みを浮かべた。

「やべ、忘れてた」
「それでも相棒なの? ボコが可哀想」
「し、仕方ないだろ。地底からこっち、色々とごたついてたし―――でも意外だな。なんか再会してからココ、ボコに対して余所余所しかったから」
「そういうのは気づいてたんだ」

 皮肉たっぷりにリディアが言う。
 バッツの言うとおり、ココはボコと再会してから、ボコを避けていた。その理由をリディアは知っているが。

「・・・ま、色々あるのよ。男と女には」

 とりあえずそう誤魔化しておく。これはボコとココの問題だ。

「む・・・?」

 ボムボムと並んで先頭を歩くベイガンが訝しげな声を上げ、歩みを止めた。
 自然と他の面々も歩み止める。足が止まった理由は簡単だった。

「扉? しかもこれは・・・」

 そう。
 セシル達の前には扉が立ちはだかっていた。
 しかもそれは、セシルやベイガンには馴染みのある扉だ。

「何故か謁見の間に続く扉にそっくりですな」
「何故かって・・・この隠し通路のこと知ってたんじゃなかったかな?」

 ギルバートがベイガンに尋ねると、彼は困った様に頭を下げる。

「申し訳ございません。隠し通路のことを知ってはいましたが、その中に何があるかまでは・・・」

 そう言えば、ベイガンはさっきのやたらと長い階段について一言も言わなかったことをギルバートは思い出す。

「・・・・・・この扉、もしも謁見の間と同じものだとすると―――ロック」
「おう」

 セシルに声をかけられ、ロックはベイガンからランプを借りる。
 それから、その扉を丹念に調べ始めた。

 それを見て、カインが疑問を口にする。

「謁見の間と同じ、とはどういう意味だ?」
「そうか、カインは知らなかったか」

 セシルはカインや、他の “仕掛け” を知らない者たちに説明する。
 謁見の間の扉には仕掛けがあり、敵を廊下に閉じこめて左右の壁で押しつぶすという罠があったこと。
 そしてそのせいで、双子はあの場所で石化していることも。

「あの子供の石像は、それで・・・」
「そうだよ。僕なんかのために犠牲になるなんて愚かな―――」
「セシル!」

 バッツの鋭い怒声が飛んで、セシルは言葉を止めた。
 それから、バッツに謝る。

「悪かった」
「俺に謝られてもな―――お前まだ、あいつらのことを・・・」

 セシルは頷く。

「君には悪いけど・・・」
「そうかよ。でもそれは外に出すな。特に俺の前で言うんじゃねえよ。・・・言ったらまた、俺はお前を許せなくなる」
「・・・・・・」

 セシルは無言。
 何をどういっても、結局あの双子の行為を認められない以上、言うべき言葉は変わらない。
 だからこそセシルは沈黙する。

 セシルが黙り込み、他の者たちもなんとなく何も言えなくなる。
 その中で、リディアは何かに耐えている様なセシルの姿をじっと見つめていた。

 重苦しい空気が辺りに満ちる。
 そんな雰囲気を打ち破ったのは、一人で扉を調べていたロックの声だった。

「ビンゴ、だ。こりゃまったくあそこと同じ罠が仕掛けられてるぜ」
「ということは左右の壁も?」
「ああ」
「って、それは私達は罠のまっただ中に居ると言うことか!?」

 フライヤはぎょっとして周囲を見回す。
 だが、セシルは落ち着き払った様子で言った。

「そうだね。でも、安心して良いよ。罠は発動しないから」
「どうしてそんな事が言える!?」
「やるならもうやっているからさ」

 この “罠” が謁見の間の罠と一緒ならば、扉の先は安全地帯だ。
 つまり、扉を開かれる前に罠を発動させなければ意味がない。

「ロック、扉の先に誰か居る気配は・・・?」
「いんや。なーんも感じねえ―――ヤな予感だけは泣きたくなるほど膨れあがってるけどな」
「確かに居る。この先に敵がな・・・」

 槍を握りしめ、カインは獰猛な笑みを浮かべた。

「ねえ、セシル」
「うん? リディア、どうかしたかい?」

 セシルがリディアに対する言葉遣いは、どうも幼い子供に対する態度のままのようだった。
 そのことに少し不満を感じながら、リディアは言う。

「あの扉の向こう、あたしも何か感じる・・・」
「それは、魔法的ななにかが居るということかな?」

 セシルには感じ取れないが、リディアは魔法のエキスパートだ。
 彼女はこくんと頷いて、

「あたしの良く知っている・・・幻獣に良く似た感じ・・・・・・」
「幻獣が居るというのかい?」
「多分・・・・・・」

 自信なさげにリディアは頷く。
 セシルはにこりと微笑んで、彼女の頭を撫でた。

「ならリディア、もしも相手が幻獣だった場合はよろしく頼むよ」
「うん、わかった! ・・・って、子供扱いするのはやめてよね! あたしはもうそんな歳じゃないんだから!」

 セシルの手を振り払いリディアが怒鳴る。
 だがセシルは笑みを崩さないまま「ごめんごめん」と謝る。というか全く謝っているつもりはなさそうだ。

「もう・・・・・・」

 ぷう、とリディアは頬を膨らませる。

 と、そんな様子を眺め、エッジがバッツに小声で囁く。

「なあお前、あれはいいのかよ?」
「良いって?」
「だからリディアだよ。お前、俺がリディアとイチャついてたら(注・エッジが一方的に言い寄っただけです)、問答無用でブッ叩いてきたろうが」
「そだっけ?」

 まるで覚えていない様子のバッツ。やはり完全に無意識の行為だったらしい。

「でもまあ、別にセシルならいいんじゃね?」
「いいってなにが!?」
「だってリディアは―――」
「ちょっと!」

 こちらの会話に気がついたリディアが小走りにバッツに迫る。

「なんの話をしてるのよ!」
「うん? だからリディアがセシルのこと―――」

 言いかけたバッツにリディアは拳を握ってパンチ。
 顔面めがけて放たれたそれは、あっさりとバッツの手に掴まれる。

「なにするんだよー」
「ヘ・ン・な・こ・と・は・い・わ・な・い! 解った!?」
「お、おう、解った」

 リディアの気迫に押され、バッツはこくこくこくっと何度も頷く。

「ちょっと待て! リディアお前、まさかあの王様のこと―――」
「―――」

 まくしたてるエッジを、リディアは視線だけで止める。
  “それ以上言ったら殺ス” ―――その視線には言葉よりも雄弁な殺意が込められていた。バッツ同様、エッジも何度も頷く。

「なにやってるんだい?」
「なんでもないわよ!」

 騒ぎを聞いて寄ってきたセシルに、リディアは怒鳴り返す。
 その顔は怒りのためか赤かった。

「そ、そう・・・ならいいけど」

 なんで怒鳴られたのかよく解らず、セシルは困惑しながらロックの方―――扉を振り返った。

「さて、と。じゃあそろそろ対面と行こうか。ロック、頼むよ」
「オーケイ。じゃ、開けるぜ・・・」

 ロックはゆっくりと扉を押し開ける。
 扉が開かれるにつれ、その向こうから淡い光が漏れてくる。そして、さらに扉が開かれたその先には―――

 


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