第21章「最強たる者」
Q.「潜む敵」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・倉庫塔

 

 

「―――それで、皆様ついてくるのですね?」

 倉庫塔へと入る直前、ベイガンが確認する様に―――諦めた様に問う。
 何を今更、という顔で見返すバッツたち。
 と、ロックは苦笑して、ベイガンの胸中を代弁する。

「隠し通路は隠してあるから意味がある―――部外者に知られたくない気持ちは解るけどな」
「解って頂けるのなら―――」
「でも暇だしなあ」
「暇という理由で国家の機密を覗こうとしないでくだされ!?」

 ベイガンが絶叫するのを聞いて、セシルが「まあまあ」と間に割って入る。

「良いじゃないかベイガン。知られても困ることでもないしさ」
「困るかもしれないでしょうに・・・」

 ぶつぶつと呟きながら、ベイガンは倉庫塔の入り口の鍵を開ける。
 渋々ながらも皆を追い返そうとしないのは、ここで隠し通路の一つが知れ渡るより、そこに潜む何者かをどうにかすることの方が重要だと判断したからだろう。

「・・・だけどカインは戻った方が良いんじゃないか?」

 セシルがカインを振り返って言う。その視線は彼が挫いた右足に向けられていた。

「さっさと休んで、足の怪我を治すことに専念するべきだろ」
「む・・・」
「なんだ、足を怪我してるのかよ?」

 バッツもカインの足下を見ながら言う。

「もしかして俺と戦った時に? 馬鹿だなー、無理するから―――おわっ!?」

 バッツに向かっていきなり槍が突き出された。
 腕だけで振るわれた、力の入ってない一撃なので、不意打ちでもバッツはあっさりと回避する―――とはいえ、そんなことされた方は良い顔をするはずもなく。

「てめえ! いきなりなにしやがる!」
「黙れ! 俺は無理などしていないし怪我もしていない―――なんならここで、貴様を叩き潰してやろうか!?」
「言うじゃねえか怪我人が! さっき負けたの忘れたってなら、何度でも叩き潰してやるぜ」
「俺は貴様如きに負けたと認めたわけではない!」

 いがみ合う二人。
 それを見たギルバートが、バッツに言う。

「ちょっとバッツ、さっきはカインが完全武装で本気出されたら負けるって言ってたろ?」
「う・・・・・・あ、あれは言葉のアヤってやつだっ!」

 狼狽えるバッツ。
 今度はファリスがカインに言う。

「アンタだって、さっきバッツに負けたって素直に認めてただろーが」
「・・・そんな事、言った覚えはないな」

 強引にとぼけるカイン。

 そんな親友に、セシルはやれやれと―――半ば答えを予想しながら―――尋ねる。

「それでカイン。部屋に戻る気は―――」
「ない!」

 

 

******

 

 

 

 倉庫塔の一階。
 ベイガンが用意してきたランプに火が灯り、室内が赤々と照らし出される。
 それなりに広い部屋だったが、ランプの光だけで薄暗い上に、タルやら木箱やらが乱雑に置かれているため、広さの割に狭苦しく感じる。

 ベイガンは、木箱やタルを左右に退けながら部屋の奥に進み、隅にある木箱を脇に除けると、そこには一カ所だけ色の違う床があった。
 その床に足を揃えて立ち、すぐ隣の壁を三回叩く―――と、ベイガンの目の前に下へと続く階段が現れた。

「割と簡単な仕掛けだな」

 と、これはエブラーナの忍者、エッジの感想。

「ウチの城にゃあ、もっと複雑な隠し通路があるぜ」
「複雑だったら良いってもんじゃないだろ。緊急時の脱出路なんだから、ある程度簡単に開かなきゃ、仕掛けを外しているうちに捕まっちまう―――ま、この先がお宝が隠されてる隠し部屋だっていうなら、話は変わってくるけどな」

 と、これはトレジャーハンター、ロックの感想。
 それを聞いて、ベイガンがぎょっとしてロックを振り返る。

「ま・・・まさかロック殿。我が国の宝に手を―――」
「盗ってない盗ってないって。それじゃあただの泥棒だぜ」

 その返事にベイガンは胸を撫で下ろす―――が、安心出来たのは次のロックの言葉までだった。

「一応、何処に何があるかっていうのは全部把握してるけどな」
「把握しないでくだされ!?」
「ていうか、それも十分泥棒行為だと思う」

 ベイガンの悲鳴に続いてセシルのつっこみ。

「しっかし、木箱やらタルの下にあったんじゃ、いざという時も何もないんじゃないか?」

 ファリスが言うと、ベイガンは苦笑して。

「まあこれも数ある隠し通路の一つですので。この隠し通路を使われた事は今までに一度もなかったはずですし」
「よくそんな通路を覚えていたね」
「世の中何が起こるか解りませんからな。万が一の時、少しでも王を護る確率を上げるために、些細なことでも覚えておくのは近衛騎士としての務めです」

 と、ロックが隠し階段の傍にしゃがみ込む。
 それを察して、ベイガンがロックの傍にランプを近づける。
 「サンキュ」と礼を言って、しばらく調べていたが―――やがて立ち上がって首を傾げる。

「どうもおかしいな」
「なにが?」
「この通路、ベイガンの言うとおり最近まで使われた形跡が無いぜ? ここに誰かが潜んでいるとは思えねーな」
「つーことは、弟子達の聞き間違いゾイ?」

 シドの言葉に、ロックが頷きかけて―――

「―――いや」

 場の雰囲気を一刀両断に斬り裂く様に、きっぱりとした声が響いた。
 それはさほど大きくない声だったが、それでもロックの返事を止め、注目を集めるのに十分な迫力がこもっていた。

 その場の全員が声の主―――カインを振り返る。
 皆の視線を浴びたカインは、じっと隠し階段の奥を睨付けている。

「この先に何者かが居る」
「何者―――人間かい?」

 セシルが問うと、カインは首を振った。

「さあな―――しかし、何かが居ることは確かだ」
「おいおい、ちょっと待てよ」

 ロックが肩を竦めながらカインに言う。

「言ったろ? この通路は使われた形跡がないって。それになんでお前にそんなことが解るんだよ?」
「解るものは解る。この先に何か――― “敵” が居るとな」

 そう言って、カインは言葉とは裏腹に、嬉しそうに笑みを浮かべる。
 その笑顔に不吉なものを感じて、ロックは視線を外す。

「敵って・・・おいバッツ!」
「ん?」
「お前、この通路の奥から何か感じるか?」
「感じるかって言われても・・・」

 ロックに問われ、バッツはじーっと階段の奥を見つめる。
 ランプの光は、十数段先に階段の踊り場のらしきものまで照らしているが、その先は全くなにも見えない。

「解らねえなあ。特になんもおかしいとは思わないけどな」
「ほら見ろ! 感覚の鋭いバッツだってなんにも感じないんだ! この先にゃあなんも居やしないんだよ!」
「その割には、随分と必死に食ってかかるじゃないか」

 セシルが苦笑してロックに言う。

「バッツよりも “こういうこと” に関しては鋭い君は、なにか感じ取っているんじゃないかい?」
「そ・・・そんなんじゃねえよ!」

 図星、というわけではなかった。
 確かにロックはトレジャーハンターとして、危険感知能力に優れている。
 だが、そのロックでも階段の奥に何かが居る様な気配は感じられない。ただ―――

(どっちかっていうと、俺がヤバイと思うのはコイツだぜ・・・)

 カインの様子からなにか危機感を感じる。
 別にカインが危険というわけではない。カインが言う “ヤバイもの” が危険だと、ロックの中で警鐘を鳴らしている。ロック自身は感じ取れないのに、カインの言っていることは事実だと、心の何処かで確信していた。

「こんなところで押し問答していても始まらないだろう。とりあえず行ってみるとしようか」
「セシル!」
「ロック、僕は君の言うことを疑っている訳じゃない。確かにこの隠し通路は長い間使われていないんだろうね―――だけど、僕は君やバッツの “感覚” 以上にカインの感覚を信頼している」

 ロックやバッツ、それからカインは “超感覚” とも言うべき特殊能力を持っている。

 ロック=コールの能力は主に迫り来る危険を感じ取る “危険感知” 。
 バッツ=クラウザーの能力は、周囲の気配を感じ取る “空間把握” 。

 そして、カイン=ハイウィンドの能力は、殺気や敵意など、攻撃しようとする敵の気配を感じ取る “攻撃察知” 。
 バッツの能力と似ているが、 “空間把握” よりも精度が落ちる代わりに、範囲が極端に広い。カインならば数百メートル先からの狙撃も察知することができるのだ。

「カインが居るというのなら、この先に居るんだろうさ――― “敵” がね」
「敵・・・ゴルベーザの一味でしょうか?」

 ベイガンの問いかけに、セシルは「さて・・・」と言葉を濁した。
 正直なところ、セシルはここにゴルベーザの仲間が潜んでいるとは考えにくかった。というか潜ませる必要がない。
 すでにゴルベーザたちは地上のクリスタルを集め終わり、バブイルの塔を本拠地にしている。バロンはもはや必要ないはずだ。セシル達が割とあっさり城を奪い返すことができたのも、もともとゴルベーザ達はバロンを捨てるつもりだったに違いないと、セシルは考えていた。

 だから、ここにゴルベーザが配下を潜ませる意味はないはずだ。

(とはいえ今のところ、ゴルベーザ達以外に “敵” って思いつかないな。まさか貴族の残党が―――というのも考えにくいし)

 反抗的な貴族達は叩きのめしたばかりだ。暫くは反抗する気力もないだろう。

(それにロックが “危険” を察知しているのも気になる。それほど強い敵が潜んでいると言うことなんだろうか・・・)

「陛下、どうなされましたか?」
「あ―――ああ」

 ベイガンに呼ばれ、思考に没頭していたセシルは我に返った。

「・・・とりあえず、ギルバート達はもう帰った方がよろしいですよ。この先、なにが待ち受けているかわかりませんから」
「それだったら、尚更なにか手伝えることはあると思うけどね」

 ギルバートは竪琴を掲げてみせる。
 確かに味方の人数が多い時、ギルバートの奏でる “呪曲” は頼もしいサポートになる、が。

「しかし、貴方の身に何かあれば―――」
「今までさんざん扱き使っておいてよく言うよ」
「う・・・」

 言い返され、セシルは口をつぐんだ。
 確かに、今までトロイアやエブラーナなどに、使者として向かってもらっている。
 だが、それはギルバートが一番適任だったからで、今の様に予想のつかない危険に巻き込む気はセシルにはなかった。

「しかしギルバート―――」
「王子は私が守る。この命に代えてもな」

 セシルが説得しようとしたところで、フライヤが前に出て言う。

「それに、私が守らずとも、このメンバーならば大抵の敵は敵にならんじゃろ」
「だよなー。俺やカイン、それからリディアの魔法があれば、どんなヤツにも負けねえって」

 脳天気に言ったのはバッツだ。
 その言葉に、カインとリディアの二人が反応を示す。

「・・・それはその通りだが、俺と貴様を同列に並べるのはやめろ。馬鹿と一緒にされるのは心外だ」
「そうね、あたしも同感」
「ちょっ、てめえ! てゆーか、リディアまで!? おにーちゃんは切なくて泣きそうだ!?」

 そんなやりとりに、セシルは苦笑し「それもそうか」と頷く。

「解りました。けど、気は抜かないで下さいね」
「うん、わかってる」

 セシルが言うと、ギルバートはしっかりと頷いた。

 だが。
 この時すでに “油断” があったことを―――

「さて。それでは何が待ち受けているか、行ってみるとしようか!」

 ―――数十分後、セシルは後悔することとなる・・・・・・。

 

 


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