第21章「最強たる者」
P.「隠し通路」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・倉庫塔

 

 

「や、やあ・・・」

 セシルはファリスとカインの視線に気がつくと、ぎこちなく声をかける。
 しばらく戸惑う様にその場に立ちつくしていたが―――やがて、スタスタと近づいてきた。

「・・・なんだよ、 “覗き” たあ良い趣味持った王様だな」

 皮肉げにサリサ―――ファリスが言う。その口調がやや早いのは、カインと二人きりの場所を目撃された照れのためだろうか。

「覗きなんてする気は無かったんだけどね」
「じゃあ声くらいかけろよ」
「いや暗かったんで、最初は誰と誰か解らなかったし。で、気づいてみたら君達二人でなんとなく良い雰囲気だったから声かけ辛いなーと思って、邪魔しないようにこっそり退散しようと思ったらカインに気づかれたんだよ」

 覗きと思われるのがそんなに嫌なのか、セシルは慌てて弁明する。

「は! どうだか―――だいたい、王様がこんな時間にこんな場所に何の用だよ?」

 ファリスの問いに、セシルは座り込んだままのカインに視線を投げかける。

「カインを捜してたんだよ。―――どーせ、バッツとの戦いが納得行かなくて、居ても立っても居られずに槍を振り回していると思ったんでね」
「む・・・・・・」

 ファリスと似た様なことを言われ、カインはまたもや同じようにそっぽを向く。

「・・・見たところ、足を負傷して居るみたいだね。そんな状態で何をやっているんだよ?」
「フン・・・こんな足の一つや二つ、どうでもいい・・・!」

 窘めるセシルに、カインはそう言い捨てた。
 拒絶する様な態度だが、なにか拗ねている様にも見えるとファリスは思った。

 セシルは嘆息し、それから尋ねた。

「なにをそんなに焦っているんだい? 君らしくもない」
「 “らしい” だと? ならば俺らしさとはなんだ!? あんな “ただの旅人” に負けておいて、それで平気で居られるのがカイン=ハイウィンドという最強だとでも?」
「少なくとも僕の知っているカインは、1回負けただけで自暴自棄になるような阿呆じゃないはずなんだけどね」
「なんだと・・・」

 カインはセシルを睨みあげる。
 並の人間ならば、一目散に逃げ出すか、恐怖に竦んで身動き出来なくなるほどの鋭い視線。
 しかしセシルは僅かもたじろぐことなく、静かに見つめ返して言い返す。

「もう一度同じ事を聞くけどね、 “そんな状態で何をやっている?” 」
「う・・・・・・」

 逆にセシルの視線に押され、カインは顔を背ける。

「そんな状態で槍を振るうことで、次はバッツに完勝出来ると本気で思っているのかい?」
「お前に何が解る!」
「わかんないよ。言っただろう? 今の君は僕の知っている男じゃない―――ただのふて腐れた負け犬だ」
「おい!」

 声を上げたのはファリスだった。
 セシルの突き放したような言い方に怒りを感じ、掴みかかろうと立ち上がりかける―――が、その肩をカインが掴んで押しとどめる。
 振り返って見れば、カインは力無い微笑を浮かべていた。

「・・・確かにお前の言うとおりだ」

 ファリスの肩を借りて、カインは立ち上がる。

「すまないな、セシル。中庭に引き続き無様を晒した」
「あの決闘を無様と嗤う者は君以外には居ないさ」

 言いながら、セシルは落ちていた槍を拾い上げてカインに渡した。

「それに次は―――」
「―――負けん」
「だよね」

 カインの即答に、セシルは笑う。
 そんな二人のやりとりに、ファリスは面白く無さそうな顔をする。

「・・・随分と仲が良いじゃねーか」
「なんだ、ファリス。嫉妬しているのか?」
「ばっ・・・そんなんじゃねえよ! なんで俺が嫉妬なんか・・・あ」

 否定するファリスに、カインはその肩をやや強引に抱き寄せて顔を近づける。

「俺は嫉妬して欲しいと思っているがな」
「・・・・・・!」

 息がかかるほどの目の前で囁かれた言葉に、ファリスは思わず息を止めて顔を真っ赤にする。
 今度はセシルが居心地悪そうに視線を反らした。

「あー・・・それじゃ僕はお邪魔みたいだから、部屋に戻るよ」
「おいこら “お邪魔” ってなんの邪魔だよ!?」
「え? ええええええと・・・・・・」

 ぼっ、とファリス以上に顔を真っ赤にしてセシルは口ごもる。
 そんなセシルに、ファリスの頭にさらに血が昇った。

「こ、こらてめえ! 何を想像しやがった!?」

 およそ一国の王に対して使う言葉遣いではなかったが、二人ともそんな事を気にする余裕はなかった。

「な、ななななんにも想像してないよ!」
「嘘こけ! じゃあなんで顔を赤くして、しかもどもってんだよ!」
「か、風邪でもひいたかなー!」
「いきなり顔が真っ赤になるほど熱が上がるって、どんだけヤバい病気だよそれ!」

 などと、二人のやりとりを聞いて、カインがクックックッ、と低く笑う。

「随分と仲が良いじゃないか」
「どこがっ!」
「望むなら嫉妬してやるぞ?」
「いらねーよっ!」

 激昂するファリスの反応を愉快そうに眺めて―――ふと、カインは思い出した様にセシルに尋ねる。

「そう言えばセシル。お前、 “こういう事” に耐性ができたんじゃなかったか? 人前で普通にローザとイチャついてるだろう?」
「え、ええと、それは・・・・・・」

 カインの疑問に、セシルはまだ顔を赤いままでぼそぼそと答える。

「・・・あ、愛してるとか言ったり、手を繋いだり、キスしたりするのは慣れてきたんだけど・・・そ、それ以上となると、僕にとっては未知の領域というか・・・」
「なるほど」

 カインはうんうんと頷いた。

「つまりさっき、俺とファリスでその “未知の領域” とやらを妄想したわけだ」
「のわぅ!?」
「てっ、てめえ! なに妄想してやがるんだこの変態ーーーーー!」
「ちっ、違う! 誤解だああああああああああ!」
「じゃあ、どんなことを考えてたんだ?」
「え、ええと・・・それは・・・・・・」

 口ごもり、言葉が途切れたセシルに、カインは「フッ・・・」と冷笑を浮かべてまた頷く。

「成程。口ではとても言えないこと、か」
「ちっ、違―――」
「殺ーーーーーーーーーーーーーーーすっ!」

 ブンブンと腕を振り回しファリスが追いかけて、セシルが必死で逃げ出す。
 自分の周囲で始まったおいかけっこを、とても愉快そうにカインが眺めていると。

「・・・陛下? なにをなさっておられるのですか?」

 ベイガンがぞろぞろとバッツ達を引き連れてやってきた―――

 

 

******

 

 

 ―――バロンの国王ともあろう者がこんな夜中に喚きながら走り回るとは怒りも呆れも通り越して哀しくなって涙が出てきます!

「じゃあ、カインもここで特訓していたんだゾイ?」
「・・・別に特訓ってわけじゃない。寝付けなかったから身体を動かしていただけだ」

 シドの問いに、カインはぶっきらぼうに答える。
 流石に “バッツに負けたから特訓していた” とは言い難いらしい。

 ―――そもそもセシル陛下は常日頃から国王としての心構えがなっていませぬええもう常日頃から!

「それは奇遇じゃな。バッツもさっきまで特訓していたところじゃ」
「ちっ・・・ちげーよ! ちょっと夕飯を食い過ぎたんで、腹ごなしに身体を動かしてただけだ!」
「夕食なんぞ、まだ食べてないだろうが」

 バッツ達は医務室から中庭に直行したので、実はまだ夕食をとっていない。
 食事も取らずにバッツに付き合うのだから付き合いが良いとは思うが、エッジとリディアを除けば、みんな旅慣れた者たちだ。普段から食事の時間は不規則で、空腹には慣れている。
 エッジは忍者として言わずもがな、リディアはバッツの事が心配で食事のことなど忘れていた様だ(もちろん、リディアは素直にそうと認めないが)。

 ―――今度という今度という今度という今度こそはその態度を改めて貰いますぞこの私の持てる全ての力を使ってでも!

「じゃ、じゃあ、昼飯だ! 昼飯を食い過ぎて―――」
「・・・夕方、あんだけ動いといて何いってやがる」
「カインに勝つためにって、無理矢理フライヤを引っ張ってきたんじゃないか」

 全く誤魔化しになっていない嘘に、ロックが呆れた様に言い、ギルバートも苦笑する。

 ―――まずは今日これより “国王” というものについてをみっちりと頭に叩き込んで貰いますぞ!

「・・・・・・あのさ、そろそろ止めて上げた方が良いんじゃないの?」

 リディアが半眼で指さしながら呟く。
 その指さした先には、正座で向かい合うベイガンとセシルの姿があった。ちなみに石畳の上である。
 先程から、ベイガンが一方的にまくし立てていた。対しセシルは、まるで機械のように「うん、わかった。うん、わかった」と虚ろに繰り返すだけだ。

「つっても、どうやって止めるんだよ。あれ」

 原因の一端であるファリスが呟く。

「ほうっておくのが一番だな。下手につつくと巻き込まれそうだぜ」

 おそらくは同じように説教されなれてるエッジが思慮深げに言う。
 そのあまりの説得力の強さに、他の面々はセシルを見捨てることを決断した。

「しかし困ったゾイ。ベイガンが居なければ隠し通路の場所がわからん」
「隠し通路?」

 ファリスが首を傾げると、「ああ」とバッツが頷く。

「なんでも最近この辺りから妙な人の声が聞こえるんだとさ。シドのおっさんの弟子が聞いたって言うんだけど―――ただ、その声の主は見えないらしい」
「それで昔、この塔に隠し通路があるという話を思い出したんだゾイ」

 シドが、すぐ傍にある倉庫として使われている塔を見上げる。

「塔の中に隠れているだけならば、今頃声の主も見つかってるだろうが、もしも隠し通路に潜んでいるとしたら解らんゾイ」
「しかし、なんだってこんな塔に隠し通路が」
「古い城だからな」

 再度のファリスの疑問に、カインが答える。

「しかも昔からエブラーナと戦争を繰り広げてきたバロンの城だ。もしもの時のために、王が隠れ潜んだり、脱出するための隠し通路はいくらでもある」

  “エブラーナと戦争” というフレーズに、エッジが反応したが、特にはなにも言わなかった。

 ちなみに何故その隠し通路をベイガンが知っているかと言えば、もちろん彼が近衛兵長だからである。
 王の身の回りを護る近衛兵として、王の逃げ道なども知っておかなければ、いざというときに王を逃がすことが出来ない。

「単なる弟子達の聞き間違いかも知れないんじゃが、万が一あのゴルベーザの仕込みの可能性もあるからのう」
「ま、その隠し通路を知っているベイガンがあれじゃあ仕方ねえ。ここは一つ、このトレジャーハンターのロック様がちょちょいと見つけて―――」
「いや、それには及ばないよ」

 説教を受けていたセシルが、すっと立ち上がる。
 石畳の上に正座させられ、痛むすねを撫でていると、ベイガンが正座したまま睨み上げてくる。

「陛下! まだ話は終わっておりませぬ!」

 いつになく厳しい調子でベイガンが言い放つ。今回はかなり本気らしい。
 しかしセシルも負けじと視線を返した。

「ベイガン、話ならば後で聞く。今は優先するべきことがあるだろう」
「今優先すべき事は―――」
「もしもその “声” とやらがゴルベーザの罠だったりした場合、一歩遅れれば取り返しのつかない事態になりかねない! ここはさっさとその問題を解決しなければならないよ。このバロンのために!」
「む・・・むう」
「この国を誰よりも愛している君ならば解るはずだろう? ベイガン」

 セシルに説得され、ベイガンはしばらく悩んでいたが、やがて重い溜息を吐いて立ち上がった。

「・・・解りました。説教は後にするとしましょう」
「ありがとう。君ならきっと解ってくれると思っていたよ」

 とか笑顔で言いつつ、ベイガンからは見えない様に拳を握ってガッツポーズ。
 その意味は、誰が見てもはっきり解った――― “よっしゃあ、上手く誤魔化せた!”

「・・・・・・上手く誤魔化された様な気がしますが」
「いやまったくそんなことないよありえないよ!」

 何処か納得行かない様子のベイガンに、セシルは刹那と時間を置かずに即座に否定した―――

 


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