第21章「最強たる者」
O.「涙」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロン城・倉庫塔
ヒュッ―――
月明かりの下、銀の一閃が闇を貫く。
天に掲げられた月光に反射して煌めくのは、銀の槍だ。槍は突かれた刹那、一瞬も停滞せずに同速で引き戻される―――さらに直後、再び突かれ、引き戻され、突かれ、引かれ、突き、引き・・・・・・。
数十回全く同じ事が行われた後、唐突に動きが変化する。
直線の突きから弧を描くように横なぎに振り回された。それはまるで風車の様に美しい真円を描く―――「精が出るな」
槍が空を裂く音しか響かなかったその場に、別の声が響いた。
その声に、槍の動きが止まる。「―――サリサか」
槍を振るっていたカインは、動いていたせいで拭きだした汗を拭いつつ、声の主を見る。
見れば、白いタオルを肩にかけ、ファリス―――サリサが立っていた。「こんなところに何か用か?」
バロン城内の、倉庫に使われている塔の真下だ。
城の端の方で、昼間は倉庫に用事のある人間が来るが、夜間は殆ど誰も来ない。
そこでカインは、普段の竜騎士の鎧を装備し、愛用の銀の槍を振るっていた。「なに、兄様がふて腐れてないかと思って励ましにきてやったのさ。兄様にとっちゃ、あの結果は納得行かなかっただろうからな」
なんの照れもなく、サリサはカインを “兄様” と呼んだ。
昼間はあれほど嫌がったのが、一度慣れてしまえばあまり気にしない性格らしい。もっとも、カインが望む様に “可愛らしく” 言う気はない様だが。「・・・・・・」
カインは無言で槍を振るうのを再開する。
図星か、とサリサは笑って。「まあ、そうだよな。本来は勝ちのところを、あの王様が無理矢理引き分けにしちまったんだから―――」
「勝ったのは俺じゃない」サリサの言葉を遮り、カインが否定する。
槍を振るうのを止め、サリサを振り返った。「どういうことだよ?」
きょとんとするサリサに、カインは苦々しく告げる。
「あれは俺の負けだ」
「でも、バッツはもう戦える状態じゃなかっただろ」
「セシルのヤツが細工しただけだ」
「細工・・・?」サリサが疑問の声をあげるが、カインはそれ以上答えない。
また一心不乱に槍を振り続ける。
だが、その動きはどうにもぎこちないようにサリサには思えた。(なんだ? 中庭で見た兄様の動きとなにか違う・・・まるで勢いがないような―――)
そう思った瞬間。
「・・・づうっ!」
カインが槍を前に突き出すために足を踏み込んだ瞬間、カインは悲鳴をあげて槍を取り落としてその場にしゃがみ込む。
「兄様っ!?」
サリサが驚いてカインに駆け寄る。
(そうだ・・・踏み込みだ)
駆け寄りながら、サリサは違和感の原因に気がついていた。
先程から、カインは全くと言っていいほど足を動かしていなかった。
上体の動きだけで槍を振り回していたのだ。それでは勢いの乗った槍さばきは出来ない。「兄様、もしかして足を・・・?」
「うるさい! 寄るな!」近寄ってきたサリサを、カインはしゃがみ込んだまま振り払う。
だが、サリサは構わずカインの傍にしゃがみ込み、その足に触れる。「・・・って、鉄靴の上からじゃなにもわかんねえな。靴を脱がすぜ」
「構うなと言っただろう! ・・・なんでもない、ちょっと足を挫いただけだ」
「ちょっと、て騒ぎ方じゃなかったろーが! かなり足はヤバいんじゃねーか?」
「中庭で少し無理したツケが来ただけだ」
「あん時か―――回復魔法は・・・?」
「・・・かけてもらった―――チッ、あのジジイめ、癒やすなら完璧に治せというんだ」カインは毒づく。
クノッサス導師がカインに回復魔法をかけたが、完全には癒やさなかった。
カインの足は、骨にヒビが入っていたようで、それを無理矢理魔法で治せば骨が脆くなってしまう。「骨折の類は、時間をかけて治した方が後々のためによいのです」澄ました顔でクノッサスは言っていた。「ていうか、なんだってこんな足でこんな無茶を・・・特訓なら怪我が治ってからでもいいだろが」
呆れたようにサリサが言うと、カインはそっぽを向いて苛立たしげに言い捨てる。
「・・・あんな無様な戦いを演じておいて、大人しくしていられるか!」
「無様って・・・いや凄かったぜ、やっぱり兄様は強いんだなって思ったし」
「旅人如きに負けてもか!」
「ありゃあ相手が悪いぜ。俺だってズタボロに負けたしな」ハリセンで殴られたことを思い出して、サリサは苦笑する。
だが、そんな言葉はカインにとって慰めにはならなかった。「相手が誰だろうと関係ない! 俺は “最強” でなければならないんだ! 最強でなければ、意味がない!」
「兄様・・・?」サリサは困惑する。どうしてカインがそこまで “最強” に固執するのかが解らなかった。
男だったら誰だって最強と言う言葉に憧れるだろう―――だが、カインはそう言うのとは違うような気がした。「くそったれ・・・なにが “最強の竜騎士” だ! 結局俺は・・・未だ “本当” になっていない・・・!」
「それは・・・」・・・どういう意味だ? という疑問を、サリサはだしかけて、だせなかった。
向こうを向いたカインの目の端に、キラリと光るものが見えた気がしたからだ。(涙・・・? あの兄様が泣いている・・・?)
最強の竜騎士。
強くていつもクールで唯我独尊を地でいくような、涙とは無縁だと思っていたカイン=ハイウィンドが、それを見せたことが信じられなかった。
思わず息をのみ―――それから、サリサはふっと息を吐く。
それからカインの頭を掴んで、強引に自分のを方を向かせると、その顔を見ないようにタオルを押しつけた。「ぶわっ!? サリサ、何を―――」
「汗を拭いてやるっていうんだよ。風邪引くだろ」
「それくらい自分で―――」
「うるせえ。妹分の好意は素直に受けとっとけ!」
「むう・・・」唸りながらも、カインは抵抗はしない。
仕方ない、というように目を閉じて、サリサにされるがままにされている。「よしよし」
大人しくなったカインに、サリサは満足そうに笑って汗を丁寧に拭いていく。
―――やがて、サリサはカインの汗を拭き終えると、そのまま自分の顔をカインの顔に近づけて口付けした。「・・・な?」
唐突に、自分の唇に柔らかいものが触れたのを感じ、カインが目を見開く。
その目の前には、はにかんだサリサの顔だった。「な・・・お・・・な・・・お前・・・!?」
「昼間の仕返し―――それと」突然の不意打ちに顔を赤くして混乱しているカインから離れ、サリサは笑ったまま言う。
「俺は “賞品” だったらしいからな。 “引き分け” なら半分くらいは貰う権利があるだろ?」
「ただのキスで半分か―――いや待て!」はっ、としてカインはサリサに問いただす。
「まさか、バッツにも―――」
「するか馬鹿。あいつは俺のこと男だと思い込んでるしな」
「そういう趣味かも知れないだろうが! あいつ、俺とお前がいちゃついていると、いつも割り込んで―――」
「・・・俺はイチャついた覚えはないんだけどな」冷たい目でサリサはカインを見やり、ふう、と息を吐いた。
「あいつはそんなんじゃねえよ。俺も上手く言えないけどな、少なくとも兄様の俺に対する気持ちや、俺が兄様に対する気持ちとは全く別物だ」
「そうか・・・? ―――まて。また聞き流せんことが聞こえたが。サリサ、お前は俺にどんな気持ちを抱いているというんだ!?」勢い込んで尋ねるカインに、サリサは「さあ、どんなんだろなあ?」と笑ってはぐらかす。
さらに食ってかかろうとしたところで―――第三者の存在に気がついた。「セシル!?」
「へ?」カインが自分の肩越しに後ろを見たのを釣られ、サリサは自分の背後を振り返る。
みれば、城への出入り口の辺りにセシルが立っていた―――
******
「オーディン王を・・・倒した!?」
ベイガンの言葉に、一番驚いたのはバッツだった。
バッツにとって、今まで見た中で誰が一番強いか? と尋ねられれば、即答で自分の父の名を出すだろう。
その父、ドルガン=クラウザーと互角以上の戦いをしたのが、バロンの先王オーディンである。そのオーディンを倒したということは、ドルガンよりも強いと言うことになる。
「・・・あれ? でもそれは僕が聞いた話とは違うな。確か、オーディン王は、セシルとカインの二人をまとめて相手して、それで敗れたんじゃなかったっけ?」
その話は割と有名な話だった。
だからこそ、セシルとカインの二人セットで ”バロン最強の剣と槍” とも呼ばれているのだ。ギルバートの言葉にベイガンは頷く。
「はい。しかし形こそ、陛下とカイン殿の共闘ということになっておりますが、実際はカイン殿一人でオーディン様を倒した様なものでした」
「それって、セシルは全く役に立たなかったってことかよ?」バッツに言われ、ベイガンは「・・・むぅ」と口ごもり―――しかしすぐに大きく、大げさすぎるほどに身体全体を使って大きく頷いた。
「ええ! 役に立ちませんでしたな!」
その台詞に、ギルバートは「おや?」と首を傾げた。
ベイガン=ウィングバードは他に類を見ない忠臣だ。例え真実であろうとも、自らの王を貶める様な陰口をたたくだろうか?
ギルバートが疑問を感じる前で、ベイガンはさらに続ける。「オーディン様との戦いの時、陛下は全くなんにも全然役に立たず! それどころか連携を失敗したり、ダークフォースを間違ってカイン殿に向かって撃つなど、カイン殿の足を引っ張る様な駄目っぷりでした!」
「そ、そうなんだ・・・」ベイガンの勢いあまった言葉に、バッツは思わず気圧される。
そんなベイガンにギルバートは苦笑を漏らし、「・・・なにか、ヤケになってませんか?」
「そ、そんなことは御座いませんぞ!」ブルブルブル! と、何度も何度も首を横に振る。
明らかにおかしいベイガンの態度に、他の者たちはそれが嘘だと考えるまでもなく感じ取っていた。「そ、そんなことよりもシド殿、さっさと参りましょうか!」
それ以上の追求を嫌がる様に、ベイガンはシドを促して中庭を出ようとする。
「あれ? そーいや珍しい取り合わせとは思ったけど、こんな夜中に何してるんだ?」
こんな夜中に特訓なんかしていたバッツが言えることではないが。
「なに、ちょっとした調査をな」
シドが答える。
「調査?」
「うむ。どうやら、この城に何かが潜んでるようなんだゾイ」
「何かって・・・なんだよ?」
「それを調査するのですよ―――ささ、シド殿行きましょう。皆様もお早めに休まれますよう・・・それでは」と、歩き出したベイガンとシドの後ろを、バッツたちはスタスタとついていく。
中庭から城の中に戻った辺りでベイガンは足を止め、ついてくるバッツ達を振り返った。「・・・どうかなされましたか?」
「いや別に。特訓も上手く行かないし、暇だからついてってみようかなーって」
「ま、無駄な特訓見ているよりは面白かもね」バッツとリディアが応え、その後ろではギルバートがポロロン、と持っていた竪琴を奏でた。
「夜の城に潜む闇―――確かに興味をそそられるね」
ギルバートがついていくのなら、勿論フライヤもそれに付き従う。
同じように、リディアが行くならばエッジも以下略。そして、トレジャーハンターなんて好奇心が原動力みたいな職業を掲げているロックがここで一人だけ寝室に引っ込むわけがない。
ベイガンは「はあ・・・」と嘆息し、駄目元でバッツ達に告げる。
「正直に言って迷惑なのですが」
「気にすんなよ♪」ぴっ、と親指を立てて、笑顔を返してくるバッツに、ベイガンはそれ以上何も言う気力はなく、もう一度だけ「はあ・・・」と溜息を吐いた―――