第21章「最強たる者」
N.「最強の理由」
main character:ロック=コール
location:バロン城・中庭

 

 

 

 

「とゆーわけで、俺の勝ちなわけだが」

 悔しがるバッツは放って置いて、ロックはリディアに言う。
 彼女はしばらく考えたあと。

「・・・・・・そうね。縁があったら手伝ってやっても良いわ」
「積極的に協力する気にはならないか?」
「さっきも言ったでしょ。あたしの目的はティナを助け出すこと。ガストラがどうなろうとあたしの知ったこっちゃ無いわ。だから、実際にあんたが言うようにリターナとやらと “利害が一致” したら協力してあげる」
「・・・ま、それだけでも十分だ」

 ロックは頷く。
 リターナにとってガストラに対抗するのに足りないものがある。
 ガストラにあってリターナに無いもの。
 それは魔法の力だ。

 遙か昔に “魔法” が失われてしまったシクズスでは、ガストラの “魔導” に対抗する術がない。
 だからこうして、他の地域から魔道士をスカウトすることを必要としていた。
 ロックはそういう任務を受けていなかったが、聞いた話ではスカウトの成果は芳しくないらしい。というのも、レベルの高い魔道士は大概、なんらかの国や組織に所属している。高レベルの魔道士はそう簡単に手放したくないだろうし、そこから引き抜くのは並大抵のことではない。

 フリーの魔道士はレベルが低いか、テラのように隠居生活をしていたりで、有用な魔道士はあまり見つかっていないようだ。

 その点、リディアは数少ないレベルの高い魔道士かつガストラに関わりをもつ魔道士である。
 これを勧誘しない手はないと、ロックは地底で会った時から思っていた。

(リターナの名前を覚えてくれただけでも収穫か)

「・・・はあああああああああああああああああああああ」

 深い溜息。
 見れば、バッツがその場にしゃがみ込んで、ひたすら落ち込んでいた。

「おいおい、バッツ。俺に負けたからってそんなに落ち込むなよ」
「うううううう・・・・・・」
「だいたい言っただろ? 今のは俺に有利すぎる戦いだったって」

 ロックにしてみれば、バッツの “無拍子” への対策が解っていて、それに合わせた時間制限があった。
 オマケに、バッツは知らないロックの “奥の手” ―――ミラージュベストもあった。

「それでもあの “神行法” だったっけか? あれを使われた時はヤバかったし、こっちだって割とギリギリだったんだ」

 ロックの言葉に嘘はない。
 正直、戦う前はもっと楽勝だと思っていたが、実際に戦ってみれば想像していたのとは大分勝手が違った。

 夜で光源が月明かりしかなかったということもあるかもしれないが、バッツが姿を消すのは本当に唐突で、しっかり集中していなければ―――集中していても、致命的に反応が遅れかねない。
  “神行法” や “分け身” を混ぜられたら、正直、ロックには逃げ続ける自信はなかった。制限時間が倍の10分だったら、負けていたのはロックの方だろう。

「いやあ、流石はあのカイン=ハイウィンドと、負けたとはいえ良い勝負をしただけはあるぜ」
「ちょっと待て」

 ロックはバッツを励ますつもりだったのだろう、カインのことを引き合いに出す―――と、バッツは反応し、不機嫌そうにロックに顔を向けた。

「俺がいつあいつに負けたんだよ!?」
「いや夕方。セシルの采配で引き分けになったが、あれはどう見てもお前の負け―――」
「俺は負けてねえ!」

 しゃがみ込んでいたバッツは勢いよく立ち上がる。
 それからロックに指を突き付けて怒鳴った。

「ありゃセシルにハメられたんだ。俺はまだ戦えたのにあの野郎・・・・・・!」
「ハメられた・・・?」
「そうだよ!」

 言葉の意味が解らずにきょとんとするロックに、バッツはその隣りに並んで立つと、ロックの腰に手を回した。
 腰に回された手に、明らかに嫌悪の表情でバッツに告げる。

「・・・おい、俺はそーゆー趣味はないんだが」
「じゃあ逃げてみろよ」
「お、お前マジかーーーーーー!?」

 昼間、カインとファリスがキスしているシーンを思いだし、ロックはぞわわっと背筋に寒いものが走るのを感じ、反射的に飛び出そうとして―――

「・・・あ?」

 がくん、とロックは体勢を崩し、膝が折れる。
 その場に座り込みかけたところをバッツの腕に支えられる。

「おい、どうしたんだロック? 逃げるんじゃなかったのか? それともお前、そーゆー趣味が・・・」
「じょ、冗談じゃねえ!」

 からかうようなバッツの言葉に、ロックは慌てて立ち上がると、バッツから逃げ出そうとして―――

 がくん。
 と、またその場で体勢を崩し、バッツに支えられる。

「・・・そういうことか・・・」
「そういうことだ」

 あることに気がついてロックが呟くと、バッツも頷く。
 ロックは三度立ち上がり、そのまま前に出ようとして―――動きを止める。ロックの身体がわずかに後ろに傾いで、直後ロックは前に飛び出した。

「うわ、フェイントかよ」

 ロックに逃げられたバッツはそう言って、にやりと笑う。
 そんなバッツにロックはやれやれと嘆息して、

「つまり、今のと同じ事をセシルにやられた訳だ」
「そういうこと―――ちょっとやり方は違うけどな」
「え、どういうこと・・・?」

 ロックとバッツの会話に他の者はついていけない。
 ギルバートが疑問の声を上げると、ロックが説明する。

「えーと。人間ってのは―――人間に限らず、どんな動物でもそうだとは思うが―――前に出る時、片方の足を前に出して、後ろの足で地面を蹴って、その反動で後ろ足を前に出す。その繰り返しで歩いたり走ったりするわけなんだが」
「足で地面を蹴る―――つまりその時、後ろ足に体重がかかるわけだ。その体重を逃がしてやれば、地面を蹴ることが出来ずに体勢を崩すわけ」

 後半を説明したのはエッジだった。
 他の面々は驚いた顔で忍者の王子を振り返る。注目を浴びて、「な、なんだよ」と居心地悪そうに首を巡らせる。

「お前、気づいてたのか?」
「あったり前だっつーの。こちとら忍者だぜ? そういう芸当は、こっちの領分だ」

 ふん、とそっぽを向いて言うエッジ。どうやら照れているようだ。

「で、結局どういうことなのよ?」

 リディアが尋ねると、エッジは「へっ」と笑う。

「なんだよ、まだわかんねーのかよ。頭悪ぃなあ」
「うっさいな、この馬鹿!」
「頭悪いやつが人を馬鹿っていうな!」
「あー、簡潔に言うとだな。その体重がかかる瞬間、ズボンでも服の裾でも掴んで、後ろに引っ張るんだよ。それで力は逃げて、相手はバランスを崩すって話なんだよ」

 にらみ合うリディアとエッジを仲裁するように、ロックが説明する。
 多少違うが、それは階段を踏み外す時の感覚に似ているかも知れない。あるはずの地面が無い感覚―――前に歩き出そうとしたら、いきなり後ろ足の地面が無くなったような感じ。

 だが、ギルバートが難しい顔をして呟く。

「だけどそれって、そう簡単な事じゃないだろう? 体重がかかるのなんてほんの一瞬だし・・・」
「まー、普通の人間にできることじゃないな」

 ロックが頷き、バッツを指さす。

「こいつは “無拍子” で俺が体重を後ろにかける瞬間に超反応して引っ張ったんだと思うけどな―――ただ、セシルがどうしてそんな芸当をできたのかイマイチわからないんだが」

 セシルは無拍子を使えない。
 そもそも、予備動作の無い無拍子を使うバッツに対し、同じ事ができるとは思えない。

「言ったろ、やり方が違うって」

 カインと “引き分け” た時のことを思い出したのだろう。ふて腐れたようにバッツが言う。

「アイツは俺が動く一瞬前に引っ張ってた―――俺の動きを完全に予測してたんだよ。あの野郎は」
「あ・・・」

 そう言えば、とロックは思い出す。
 戦いが終わる直前、セシルは観客達の前に出て右手を広げた。まるで、誰かを受け止めようとするかのように―――その直後、腕の中にバッツが飛び込んできた・・・。

「まさかアイツ・・・読んでたって言うのか、全部・・・!」

 信じられない、とロックは驚愕する。
 少し離れた実況席からみても、カインとバッツの動きは見失ってしまうほどの速さだったのだ。それを、完全に把握していたというのか。

「ったく、信じられねえが、俺が地底に行ってる間にまた強くなってやがる。王様の仕事サボって修行でもしてたんじゃねえの?」

(・・・ちぇっ、もう一度戦ってもアイツには勝てる気がしねえな・・・)

 こちらは口に出さずに心中で呟いた。
 バッツが “決闘” している時、セシルも同じような事を思っていたことを、勿論バッツは知る由もない。

「なんにせよ、あの “決闘” じゃ負けてねえ! 俺はまだ動けたし、カインは武器を失った―――どう考えても俺の勝ちだろ!」

 そう言ってから―――最後に声を落として付け足す。

「・・・ま、カインのヤツが “本気” だしてりゃ俺が負けてただろうけどな」
「本気って・・・カインは最後本気だったろ」

 ロックが言うと、バッツは「装備が違う」と手を振った。

「もしもアイツがいつもの鎧に槍だったら、最初の一撃で俺は完璧に終わってた。観客に受け止められる間もなく、鎧の衝撃で全身が砕けてな」

 最初のカインの一撃。
 油断していたバッツは、それをまともに喰らってしまった。あれで終わらなかったのは、運が良かったとしか言い様がない。

「それに最後だって、木の棍だから武器破壊できたんだ。相手が銀の槍だったらそうはいかねえ」

 言いながら、その表情には微笑が浮かんでいた。

「カイン=ハイウィンドは強ぇよ。今まで戦った誰よりも強かった―――俺にとっちゃあレオのおっさんよりも “怖かった” 。セシルの言うとおり、ナメたまんまだったら俺は死んでたぜ」

 バッツの言葉を受けて、ギルバートが頷く。

「 “最強の竜騎士” の名は伊達じゃないってことだね」
「む」

  “最強の竜騎士” というフレーズに、フライヤが反応する。
 「どうかしたかい?」とギルバートが気づくと、彼女は「いえ」となんでもない風を装った。

「もしかして、同じ竜騎士としてカインが “最強” って呼ばれるのが気に食わないとか」

 ロックが冗談交じりに言うと、フライヤは「そういう訳ではない!」と大声で怒鳴り返す。
 珍しいフライヤの怒鳴り声に、他の面々が驚いていると、彼女は落ち着きを取り戻してから一言詫びる。

「・・・別に、私はカイン=ハイウィンドの強さを認めていないわけではない。 “最強” だというのも成程と頷ける―――が」

 彼女は夜空を見上げる。
 どこか遠く、もしかしたら同じ夜空を見上げているかも知れない、誰かを想うように。

「フラットレイと戦わずして “最強の竜騎士” と名乗られるのは納得がいかぬのじゃ・・・」

 竜騎士フラットレイ。
 フライヤの故郷ブルメシアでは最強と謳われた竜騎士。
 ただ、数年前から行方知れずとなっている。

「あれ?」

 と、不意にリディアが疑問の声を上げる。

「そう言えば、なんでアイツ “最強” って呼ばれてるの? 別に竜騎士最強決定戦、みたいのをやったわけじゃないんだよね?」

 リディアの疑問に、そう言えばとバッツも首を傾げる。

「なんか普通に “カイン=ハイウィンドが最強の竜騎士だ” って話が流れてて・・・そういえば、なんでそう呼ばれるようになったのか知らねえな」

 この世界には “最強” と呼ばれる者が三人いる。

 ガストラ帝国のレオ=クリストフ。
 神羅のソルジャー、セフィロス。
 そしてバロンの竜騎士カイン=ハイウィンド。

 レオ=クリストフは幾多もの戦いをくぐり抜け、また数え切れないほどの強敵を打破してきたという実績がある。
 とりわけ、ガストラの魔導兵器―――魔導アーマーを、たった一人で生身で魔法も使わず真っ向から叩き潰したというのは有名な逸話だ。

 人の限界を強化し、人以上の力を手に入れたソルジャー。
 そのソルジャーの中でも最も強いとされているセフィロス。 “英雄” とも謳われ、その二つ名に恥じない功績もある。

 だが、カイン=ハイウィンドは先の二人に比べれば、まだ21歳の若造だ。
 彼が “最強” だと呼ばれ始めたのは数年前となるから、まだ二十歳になる前から “最強” と呼ばれていたことになる。
 だが、その頃カインはまだ竜騎士になったばかりで、竜騎士団の長にもなっていなかった。彼が最も功績を残したのは、セシルが発案した “魔物掃討作戦” だが、その作戦も、カインが竜騎士となって、セシルが “赤い翼” の長になった後の話である。

「確かに、カインが何故 “最強” と冠されるのか、ハッキリしねえな」

 ロックも首を傾げる。
 と、そこに別の声が割り込んできた。

「 “最強” を倒したからですよ」

 声に振り返ると、中庭に近衛兵長―――ベイガンが入ってくるところだった。
 その後ろには、何故かシドの姿も見える。

「あれ、親方・・・?」
「いよう、ロック。こうして顔を合わせるのは久しぶりだのう!」

 にかっ、と笑って手を振るシドに、ロックは思わず後ずさりした。

「えーと、まさかまた俺に飛空艇の整備を手伝えと!?」
「違うわい。たまたまヤボ用があってベイガンを呼びに来たら、中庭にお前らが集まってたから気になっただけだゾイ」
「すみませんな、話が聞こえたので・・・」

 ベイガンが会釈する。
 そこへ、フライヤが疑問を口にする。

「それで・・・ “最強” を倒した、とは?」
「そのままの意味です」

 ベイガンはフライヤに向かって告げる。

「カイン=ハイウィンドが最強と呼ばれる理由―――それは、当時最強と呼ばれた騎士王オーディン様を倒したからなのですよ」

 

 


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