第21章「最強たる者」
M.「バッツVSロック」
main character:ロック=コール
location:バロン城・中庭
バッツはロックの背後に回り込んでいた。
ロックは自分の後ろにバッツが居ることに気がついていない。(貰った―――)
と、バッツがハリセンを振り上げた瞬間、ロックが動く。
「!?」
脇目もふらずに前へと跳躍。
バッツの一撃は空を切った。「お、かわせたかラッキー♪」
くるりと反転してロックはバッツを見る。
ハリセンを振り下ろした状態で、バッツはへっ、と笑い。「上手く避けたじゃねえか―――だが、そう何度も避けられるとは思うなよ!」
バッツは再びロックの死角へと飛び込む。
今度はロックの左手側。またもやロックはバッツを認識できない―――今度こそ、とバッツはハリセンを振るう、が。「よっと―――危ねえ危ねえ」
言葉とは裏腹に、全く緊張感の無い調子でロックはバッツの一撃を回避する。
「・・・のやろっ」
バッツは即座にもう一度仕掛ける―――が、結果は同じだった。
死角に飛び込まれ、見えないはずのバッツの一撃を、ロックはことごとく回避していた。「な、なんであいつあんなに簡単に避けれるんだ!?」
今し方叩きのめされたばかりのエッジが納得行かない様子で喚く。
それはフライヤやリディアも同様で、レオやカインと言った “最強” 相手に互角以上の戦いを繰り広げたバッツが、ロックを相手に一太刀も浴びせられないのは、信じられない光景だった。「まさかあのロックって野郎、すげえ強いのか・・・?」
エッジは自信なさげに疑問を呟く。
彼の見たところ、ロックは身のこなしは素早いようだが、とても強いようには思えない。これでも忍者として、相手の力をある程度は見極められるはずだった。(でも、考えてみれば、あのバッツってやつもそう強いようには見えなかったしな・・・・・・?)
バッツもロックも生粋の戦士というわけではない。
その強さを見誤るのも当然かも知れない。「違うよ」
と、エッジの言葉を否定したのはギルバートだった。
彼は二人の戦い―――というか、バッツがひたすらロックを追いかける追いかけっこか―――を眺めながら解説する。「ロックが強い訳じゃない。あれなら、君やフライヤだって同じ事が出来るはずだよ?」
「はあ? なに言ってんだ? 俺の見事なやられっぷりを見てなかったのかよ!」捨て鉢になってエッジが叫ぶ。
ギルバートは苦笑して、エッジではなくフライヤの方を見て。「フライヤはさっき言ったよね? カインと同じ戦法―――バッツの姿が見えなくなったら即座に自分の死角に向かって跳躍する、なんてことは普通にできることではないと」
「・・・悔しいですが、その通りです」
「でも、バッツが見えなくなった瞬間、自分の見えるところに向かって飛び込むことは出来るんじゃないか?」
「あ・・・」
「そうか!」エッジとフライヤは同時に気がついてロックの動きをよく見る。
見れば、ロックはさっきからバッツが死角に飛び込むと同時に前へ―――直前までバッツが居たところへ飛び込んでいた。「バッツが見えなくなったら必ず自分の死角に居る―――逆に言えば、バッツの居ない視界内は安全地帯ということじゃな!」
「そういうこと。まあ、バッツから逃げ続けるには、最低条件として “バッツよりも素早い” ってことが必要だけどね」バッツの “無拍子” を相手に打ち勝つことは難しい。
だが、逃げ続けるだけならば、そう難しいことでもない。“無拍子” のせいで勘違いされがちだが、実はバッツの動きはそう速いわけではない。
普通の人間よりも少し速い程度の素早さだ。
単純にバッツより速いという意味なら、フライヤやエッジも条件はクリアーしている。「でもそれって、逃げることしか出来ないってことでしょ」
リディアが言うと、ギルバートは頷く。
「だからロックは時間制限を設けたんだ。延々と逃げ続けることはできないからね」
バッツの体力は旅を続けているだけあって割と高い。
さらに “無拍子” という消耗の少ない動きが加われば、その継戦能力に敵うものは殆ど存在しない。逃げ続ける方が先に疲れ果ててしまうだろう。
だが、5分という短い時間ならば、スタミナは関係ない。「これはロックの作戦勝ちだね。バッツが勝負を受けた時点で、負けはもう決まってたようなものだよ」
ギルバートの視線の先で、バッツは動きを止めた。
「・・・そういうことかよ」
ようやくバッツにもカラクリが読めたらしい。
ロックはにやりと笑って、「そういうことだ―――さて、どうする? もう3分以上は経った―――!?」
不意に、目の前にバッツが迫っていた。
“神行法” 。
瞬時に間合いを詰める―――と錯覚させる、 “無拍子” の応用技だ。「おわっ!?」
「ちいっ!?」バッツのハリセンの一撃を、ロックは始めて焦りながらきわどく回避する。
全力でバックステップして、バッツから間合いをとった。「・・・危ねー! 今のはマジでやばかった。そういやそんなのもあったな」
引きつった笑みを浮かべて、ロックはバッツを見る。
が、バッツは無反応だった。「・・・!」
不意にあることに気がついて、ロックはバッツに向かって突進する。
と、直後、ロックが立っていた位置を、ハリセンが通り過ぎた。「・・・いい勘してやがる」
ロックの目の前にいたバッツの姿はいつの間にか掻き消え、ロックが今し方自分がいた場所を振り返れば、ハリセンを振り下ろしたばかりのバッツが居た。
「そーゆーのもあったよな」
“分け身” 。
いわゆる分身の術だが、忍者の使う “忍術” は “念気” ―――魔力を使い、分身を生み出すのに対し、バッツがやったのはただの体術だ。一瞬、その場に完全停止し、相手の網膜に自分の姿を焼き付け、自分の “気配” をその場に残して “無拍子” で離脱し、あたかもその場に居るかのように錯覚させる。
魔力無しで使えるのが利点だが、その分効果も低く、一瞬だけ目を眩ます程度の効果しかない。「残念だったな。今ので当てられなかったのは痛いぜ?」
ロックにもう二度と同じ手は通用しないだろう。
それならば、とバッツは精神を集中する。「その剣は虚空の―――」
「おっと」“無念無想” に入ろうとしたバッツに、ロックは懐から素早くナイフを取り出すと、それを投げつけた。
「うわっ!?」
額めがけて飛んできたナイフを、バッツはのけぞって回避する。
が、当然集中も霧散してしまった。「それをやられると、どうしようもないんでな」
「て、てめえ! 危ねえだろ!」
「こっちから攻撃しないとは言ってないぜ? それにお前だったら余裕で避けられるだろ」けらけらと笑うロックに、バッツは舌打ちする。
(さて、どうする・・・?)
はっきりと計測しているわけではないが、もう5分近く立っているだろう。
次で決められなければ終わりだ。(・・・よし!)
バッツは心の中で覚悟を決め、そして宣言する。
「・・・これが、最後の勝負だ―――行くぜ!」
宣言すると同時、ロックの目の前から姿を消した。
「無駄だっつーの!」
ロックは前に向かって飛び出す。
“安全地帯” に逃げ込んでから振り向くが―――そこにバッツの姿はなかった。一瞬だけ戸惑い―――しかし、考えるよりも早くもう一度、さっきまで自分が立っていた場所へと飛び込む!そこで振り返ってみると、さっきまでバッツが立っていた場所に、同じようにバッツが立っていた。
それを確認して、ロックは勝利の笑みを浮かべる。「俺の―――」
勝ちだ、と名乗りを上げようとした時、ふと違和感に気がついた。
先程のように、分け身だった、というわけではない。もっとハッキリとした違和感。(―――ハリセン!)
バッツはハリセンを持っていなかった。
直感的に天を仰げば、月の輝きをバックにして、白いハリセンがふわりと降ってくるところだった。
それは寸分違わず、ロックの額めがけて落ちてくる。「ちぃっ!」
ロックは反射的に後ろに下がる。それだけでハリセンは外れ、ロックの目の前で地面に落ち―――
「これでっ!」
「!?」―――落ちる寸前、いつの間にか眼前に迫っていたバッツが、ハリセンを地面スレスレで掴み上げ、そのままの動作で、ロックに向かって振り上げる!
後ろに下がったばかりだ。バッツのように無拍子を使えないロックは、すぐに次の回避行動に移れない。ハリセンは勢いよくロックの身体に命中し―――「あれっ?」
―――そのまますり抜けた。
「なんだっ!?」
「いっやー、危なかったー!」ハリセンがロックの身体をすり抜けた瞬間、そのロックの身体は掻き消える。そしてそのすぐ後ろに、もう一人ロックが立っていた。
「無拍子で攪乱したところにハリセンを上に投げて視線を誘導し、最後は真っ正面―――大した罠だったぜ。危うく引っかかるところだった」
「な・・・な・・・な・・・?」バッツはハリセンを振り抜いた状態で困惑し、硬直する。
そんな旅人の表情を愉快そうに笑い、ロックは自分の上着をはだけて、中に着ているベストを見せた。それは月明かりの下、淡く光を帯びて―――やがて消えた。「お前は見るの初めてだっけ? こいつはミラージュベストって言ってな。まあ、ぶっちゃけていうと着ている人間の幻影を生み出す魔法のベストだ」
とゆーわけで、とロックはバッツを指さして、
「もう五分以上経ったろ。俺の勝ちってことで、オーケイ?」
「・・・・・・!」バッツは答える代わりに、悔しそうにハリセンを地面に叩き付けた―――