第21章「最強たる者」
L.「リターナ」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城・中庭

 

 夜空に月が浮かんでいる。
 雲一つ無く、二つの月が輝いているお陰で、夜中だというのに随分と明るかった、

「特訓だ!」

 その明るい夜空の下。
 夕刻激闘のあった中庭で、バッツは叫んだ。
 熱狂に包まれていた中庭には、今はバッツを含め、6人ほどしか居ない。

「お前、元気だねえ・・・」

 呆れたように言ったのはロックだ。
  “決闘” が終了して、バッツは医務室に運び込まれた。そこで白魔法の治療を受けたようだが、あれだけの死闘の後で、よくもまあ動けるものだとロックは呆れ半分感心半分思う。

「あったり前だ! あんな決着で納得行くかーーーーー!」

 バッツは悔しそうに地団駄を踏む。
 それを見たリディアは「子供みたい」とこちらは完全に呆れた調子で呟いた。

 そんなリディアの肩を抱き「ちょいと話があるんだけどよー」とこの場から連れ出そうとするエッジの頭を、バッツのハリセンが容赦なく叩く。
 痛みよりも、衝撃に驚いて、エッジはよろめいてリディアから離れた。

「なにしやがるっ!」

 エッジが喚くがバッツは無視。
 彼はエッジを叩いたばかりのハリセンを、赤いネズミ族の竜騎士―――フライヤに向けて言う。

「同じ竜騎士ってことで、相手を頼むぜフライヤ!」
「そーいやアンタ達はどこにいってたの? 中庭に入った後、はぐれたようだけど」
「あはは、恥ずかしながら戦いに熱中してたよ。触発されていくつか “詩” も思い浮かんだし、いや有意義な試合観戦だった」

 笑いながら頭をかくギルバートに「のんきなものね」とリディアは半眼で呟く。
 彼女の方は、バッツのことが心配で試合観戦どころの話ではなかった。

「私は当然、王子の護衛じゃ。離れるわけにはいかんかったしな」
「とかいいつつ、君だってじっと戦いに見入ってたじゃないか」
「う・・・」

 ギルバートに指摘され、フライヤは恥ずかしそうに顔を伏せた。

「・・・あの、そろそろ俺の話を聞いて欲しいんだけど」

 バッツが申し訳なさそうに挙手して言う。その後ろで、エッジが「俺も無視するんじゃねえよ!」と怒鳴るが無視。

「無理矢理引っ張ってきたのは悪いと思うけどさ、ちょっとだけ特訓に付き合ってくれよ」

 バッツに懇願され、「仕方ないな」とフライヤは嘆息する。

 つまり、彼らがここにいるのはそう言った理由だった。
 医務室で手当を受けるバッツに「べ、別に馬鹿兄貴の事が心配ってわけじゃないんだからね!」とか言ってリディアは付き添い、そのリディアと一緒にファレル邸に向かうつもりだったギルバートとフライヤも一緒にいて、ついでにリディアが気になる様子のエッジが居た。

 手当が終わった後、仮想カインの相手として、バッツはファレル邸に戻ろうとするフライヤに頼み込んで中庭まで連れてきた。フライヤはギルバートが一緒ならばと言い、ギルバートは「別に構わないよ」と承諾した。リディアもう当然のようについてくると、そのオマケでエッジまで引っ付いてきた。
 そして、バッツ達が中庭に向かうのを見かけたロックが、好奇心で勝手についてきた、というわけだ。

「それで、どうするんじゃ?」
「アンタも竜騎士なら、カインと同じことができるだろ?」
「同じ事・・・?」
「だからほら、俺が “無拍子” で死角に飛び込むと同時に跳躍して迎撃するってアレだよ!」

 言われてもフライヤとギルバートは首を傾げる。
 二人が来たのは、戦いの終盤だ。バッツの言ったカインの戦法を見ていない。

「つまりだな・・・」

 ロックが二人に説明する。
 説明されてギルバートは「なるほど」と感心したが、一方のフライヤはなにやら難しい様子で押し黙る。

「つーわけで頼むぜフライヤ!」
「う、うむ・・・」

 頷くが、どこか彼女は自信が無さそうだった。
 そんなフライヤに構わず、バッツは彼女と向き合うと、唐突に。

「!」

 月明かりの下、いつの間にかバッツの姿が視界から消えていることに気がついて、フライヤは戸惑う。
 バッツの姿を求め、きょろきょろと首を巡らせようとして―――

 スパーン!

 その頭をハリセンではたかれる。

「おーい、ちゃんとやってくれよ!」
「む・・・すまん」
「ていうか話聞いてたのかよ。俺を捜すんじゃなくて、俺が見えなくなったら何処かに向かって跳ぶんだよ」
「わかっとる!」
「そか? じゃあ、もう一度行くぜ」

 そう言ってバッツはフライヤと向き合い――― “無拍子” で死角へと飛び込む。

「ぬ・・・」

 フライヤはバッツの姿が消えたことに気がついて、即座に跳ぼうとしたが―――動きをとめる。
 そこへ、バッツのハリセンがまた容赦なく振り下ろされた。

「おーい・・・」
「できるかそんなことおおおおおおおおおお!」

 フライヤがキレた。
 普段は物静かなフライヤの思わぬキレっぷりに、バッツは思わず気圧される。

「え? できるだろ、フツー」
「フツーはでけんわいっ!」
「だ、だってお前竜騎士だし」
「竜騎士全員がカイン=ハイウィンドのよーなバケモノだと思うなぁっ!」

 バッツを含め、フライヤ以外のその場の全員が、何故フライヤがキレているのか理解できない。

 竜騎士の “跳躍” ならば、バッツの “無拍子” に対抗できるはずだった。
 確かに、フライヤはカインに比べれば劣るかも知れない。だが、素早さで言うならば身の軽いフライヤの方が速いはずだった。つまりあの戦法は、カインよりもフライヤの方がやりやすい・・・はずだったのだが。

「えー、だって俺が見えなくなったら、見えないところに向かって跳ぶだけだろ」
「簡単に言うがな、何処に跳べばよいか迷うじゃろ!」
「そんなの適当に跳べばいいじゃん」
「その適当が難しいんじゃ。普通の人間には “迷い” というものがある! それに見えない場所に向かって跳ぶには恐怖もある。何も見えない闇の中に躊躇うことなく飛び込める者などそうはおらんじゃろ!」

 フライヤの熱の入った演説に、バッツは「はい」と手を挙げた。

「俺できるぜー」
「黙れバケモノ!」
「・・・ひでえこと言われた」

 かく、と肩を落として項垂れるバッツに、流石に言い過ぎたと感じたのか、フライヤは我に返って。

「・・・すまん、バケモノは言い過ぎじゃったな―――じゃが」

 フライヤは苦みを感じながら、言葉を吐く。

「悔しいが、私ではお前の特訓の相手は務まらぬよ」
「そっかー」

 残念そうにバッツは嘆息する。

「なら、俺が相手をしてやろうか?」

 そう名乗り出たのはエッジだった。
 彼を振り返り、バッツがきょとんとして首を傾げる。

「あんた誰だ?」
「おおーい!? 誰かも解らんとさっきハリセンでブッ叩いたのか!?」
「は? 叩いたっけ? 俺」

 どうやら無意識の行動だったらしい。

「それはともかく、お前強いのか?」
「当然だ! エブラーナの王子様だぞゴラァ!」
「え、王子・・・・・・?」

 なんとなくギルバートを見る。

「なんで僕を見るかな?」
「いや、身近な王子のイメージってお前しか居ないし―――やっぱ弱そうだよなあ」

 バッツは全く期待していない様子で再びエッジに視線を戻す。
 かなりコケにされたエッジは、顔を引きつらせ、

「て、てめえ、俺様ナメるのもいい加減にしろよ!? ―――よおし、だったらこうしようぜ!」

 と、エッジはリディアを指さして怒鳴る。

「俺が勝ったらリディア! 俺の女になれ!」
「いいよ」
「・・・チッ、嫌だっていうなら仕方がねえ。なら最初はお友達からで―――え?」
「だから別にいいって。バッツが負けるとは思わないし」

 あっさりと了承するリディアに、エッジは目を見開いてリディアを凝視する。

「ほ、ホントにいいのかよ!? 俺の女になるってことは、あんなことやこんなことする関係になるってことだぞ」
「どんなことよ?」
「なに聞きたい? 良し解った具体的に言うと―――」
「黙っておれ」

 ごす、と後頭部をフライヤに槍の柄で突かれ、エッジは頭を抱えて悶絶する。

「ぐおおおおおおお・・・!」
「ていうか、やるならさっさと始めようぜ」

 やっぱり全然期待できずに、バッツは投げやりに言う。
 エッジは頭を抑えたまま、にやりと笑った。涙目で。

「その余裕―――すぐに叩き潰してやるぜ!」

 

 

******

 

 

 10分後。

 エッジは叩き潰されていた。

「・・・な・・・なんなんだ・・・なんなんだてめえは・・・・・・!」

 全身をハリセンで何度も何度も何度も叩かれている。
 肉体的なダメージはないが、一方的に打撃され続けて、心が折れた。

「なんだって言われても・・・ただの旅人だけど」
「忍者よりも速くて、忍者よりも強い旅人が居てたまるかバッキャロー!」

 地面に座り込んで喚くエッジに、バッツはやれやれと嘆息した。

「ま、期待はしてなかったけどな」

 エッジは弱かったわけではない。
 むしろ善戦した方だったろう―――が、それでもバッツの “無拍子” は破れない。

 バッツとの決闘は “強いか弱いか” という問題ではなく、バッツの “無拍子” に対抗できるかできないかの話だ。
  “無拍子” への対抗策がなければ、そもそも勝負になりはしない。

 はあ、とやる気の無くなった様子でバッツは肩を竦める。

「あーあ、今日はもういいや。・・・なあ、リディアたちはこれからどうするんだ?」
「ローザの家に戻るわよ。この城よりは居心地良いしね」

 男ばっかりの城にいるよりは、ファレル邸の方が気兼ねない。
 本当ならブリット達も呼びたいところだが、それはブリットが嫌がるだろう。

(ローザもディアナも魔物だからって変な目で見ないと思うんだけどね)

 むしろリディアの友達というだけで歓迎してくれるような気がする。

「ふーん―――なあ、俺も行って良いか? 考えてみたら、ローザんちって行ったことなかったし、それにあそこにゃセリスが居るんだろ?」
「・・・セリスがどうかしたの?」

 ガストラの将軍の名前を出され、リディアの表情が微妙に険しくなる。
 しかしバッツは気にした風もなく、ああ、と頷いて。

「あいつなら良い特訓相手になるかなって。・・・そーいえば、俺、アイツに1回負けてるんだよな」
「な、なにい!? お前に勝てる女がいるのかよ!?」

 エッジが驚いた声をあげる。
 バッツは苦笑して、

「まあ、いきなり魔法で眠らされたんだけどな」
「うーん・・・別にバッツが来ても構わないと思うけど。ていうかあのウチ、来る者拒まずって感じだから」
「よし、じゃあ決まりだ―――そうと決まればさっさと行こうぜ」
「あ、ちょっと待てよ」

 中庭を出ようとしたバッツ達を、ロックが引き留めた。

「なんだよ? お前も行きたいのか? いいぜ、ついてきても」

 勝手に許可するバッツ。
 しかしロックは苦笑して首を横に振った。

「そりゃとても魅力的な話だが・・・・・・帰る前にさ、もう一勝負していかないか?」
「勝負?」
「そ、俺とお前との勝負だ―――なに、手間は取らせねえよ。ほんの5分で良い」
「へえ・・・随分と自信がありそうじゃんか」

 バッツはにやりと笑ってロックと向き合う。

 ロック=コールの事をバッツは詳しくは知らない。
 ただ、このトレジャーハンターの事を、バッツは認めていた。少なくとも、何も考え無しに勝負をふっかけてくるような男ではない。

「5分間で俺を倒せるって?」
「お前を倒すなんて何時間かかっても無理だって。だからその逆」

 と、ロックはバッツが手にしているハリセンを指さした。

「お前がそのハリセンで俺を殴れるかどうかの勝負だ。5分間俺は逃げ回るから、その間にお前が俺に一発でもハリセンでブン殴れればお前の勝ちだ」
「随分と俺に有利な条件じゃんか」
「そうか? むしろ俺にとってハンデがありすぎるって思ってるんだけどな」

 ロックの言葉は挑発のようでもあった。
 だがバッツは怒ることはなく、むしろ気分がワクワクするのを感じていた。

「面白ぇ・・・それで? アンタが勝ったらどうする? アンタもリディアが欲しいって言うのか?」
「ああ、その通り」
「へ? マジかよ」

 冗談のつもりが真面目に返されて、バッツは戸惑う。

「アンタ、故郷に恋人が居るんじゃなかったのか!? それとももう諦めて―――」
「別に俺の女になれって話じゃねえよ。俺達に協力して欲しいってだけさ―――バッツ、お前も含めてな」
「協力? 俺 “達” って・・・バロンの事じゃねえよな。じゃあ・・・なんだ?」

 バッツが首を傾げると、ロックは不敵な笑みを浮かべる。

「お前はともかく―――召喚士のお嬢さんにゃ悪い話じゃないと思うぜ? 俺達って言うのは “リターナ” ―――シクズスにある “反ガストラ組織” に協力してくれって言ってるのさ」
「リターナ・・・・・・」
「ガストラに取り返したい人が居るんだろ? だったら利害は一致すると思うけどな」
「興味ないわよ」

 そっけなくリディアは答える。

「私はガストラを潰したい訳じゃない。ティナを取り返せればそれで良い―――国が一つ潰れようが戦争しようが、私にはどうでもいいもの」
「その戦争で、多くの人間が死ぬことになっても、どうでも良いか?」
「・・・・・・・・・」
「―――なんつって、まあ俺だって世界平和とかそんな正義の味方ぶったお題目のためにリターナに参加している訳じゃない。単にガストラに恨みがあるから協力しているだけ。言ったろ? 利害は一致するはずだって―――お前さんがティナって娘を助け出すにリターナの力は有用だと思うぜ?」

 ロックの言葉に、リディアは決めあぐねるように押し黙る。

 リディアの本音としては、できるだけ関係ない人間を巻き込みたくはない。
 利害が一致しようが有用だろうが、出来ることなら自分たちだけでティナを助け出したいと思っている。

「・・・・・・いいわ。もしもアンタがバッツに勝てるようなら考えてあげる」
「それで良いぜ―――さて」

 ロックはバッツの方に向きなおる。

「始めようか」
「始めていいのか?」
「いつでもどうぞ」

 そう、ロックが告げた瞬間。
 ロックの視界からバッツの姿が掻き消えた―――

 


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