第21章「最強たる者」
K.「決着」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭
ブリット達に別れを告げ、エンタープライズから外に出る。
飛空艇のドッグ内を忙しく動き回るシド達に挨拶してから、リディア達は外に出た。
リディアは、歩きながら城内の採光窓から差し込む西日を眩しく見つめながら呟く。「結構、話し込んじゃったな―――付き合わせて悪かったね」
リディアが軽く謝ると、相手は驚いたような顔をして見せた。
彼女は人間ではなく、その表情も多少読みにくかったが、幻獣たちとつきあいのあるリディアには何となく感情を読み取ることができた。
だから、ちょっとだけ口を尖らせて言う。「なにその顔。どういう意味?」
「いや、普通に驚いただけじゃ。まさかお主から謝罪の言葉を聞けるとは思わなかったのでな」謝られた相手―――フライヤは、今度は苦笑して答えた。
「どういうことだい?」
ギルバートが不思議そうに尋ね返す。
フライヤとギルバートの二人は、ブリット達に会いに行くというリディアに付き合ってここに来ていた。
二人にとっても、ブリット達は知らぬ仲でもない。もっとも、ココは地底に残ったままで、代わりに一人新顔が増えていたが。「地底で再会した時のリディアはまるで私達も敵であるかのように刺々しかったのですよ」
「へえ・・・それはまたどうして?」ギルバートに言われ、リディアは不機嫌そうな顔をしてそっぽを向く。
「し・・・仕方ないでしょ! あの時は、私達だけでティナを助けなきゃいけないって思って、他の人達を巻き込みたくなかったからっ」
今もその想いは変わらない。
セシルがゴルベーザとの決着をつけたら、自分たちだけでシクズスへ向かおうと思っている。(まあ、お兄ちゃんは来るなっていっても、ついてきてくれるだろうけど)
そう、確信を持って思えることを嬉しく思う。
絶対に表には出さないが。「それに・・・ “人間” ―――特にガストラの人間を許せない気持ちはまだあるよ。それで幻獣たちがどれだけ傷ついたか・・・ティナだって、あいつらが居なければ、今頃は幻獣界で幸せに暮していたかも知れない・・・」
「魔封壁、の話か・・・」ギルバートが呟く。
詳細は知らないが、噂話程度には聞いた覚えがあった。幻獣が人間を拒絶するために、こちらの世界とあちらの世界に壁を作りだした―――と。「・・・そう言えばリディアは、あまりセリスとは話さないな」
今は、同じローザの家に寝泊まりしているが、顔を合わせても挨拶すらしない。
一緒にいてもなるべく距離をとっているように思える。フライヤに指摘され、リディアはバツが悪そうな顔をした。
「・・・まあ、ね」
「事情は解っているから仲良くしろとは言わないが―――だが、それにしてはちと不思議でな? それだけ嫌ってるならば、どうしてローザの家を出て行こうとしない?」嫌っている相手と同じ屋根の下で過ごす。
それがフライヤには不思議だった。
問われ、リディアはしばらく黙っていたが―――やがて、ぽつりと呟く。「別に嫌ってる訳じゃない。アイツが “魔封壁” に関わっているとは思わないし」
魔封壁ができたのは、もう二十年近くも昔の話だ。
ティナの生まれた直後の話で、リディアは当然生まれて居らず、ティナと同年代のセリスも生まれたか生まれてないかという頃だ。「仲良くしたいとは思わないけど、聞きたいことはいくらでもある」
ティナに関すること、ガストラに関すること、帝国に捕われた幻獣のこと、それから―――
「なんか、お母さんの事も知っているみたいだしね」
ディアナとセリスがリディアの母、ミストの事を話していたのを耳にした。
丁度その場にいたリディアは、その時ディアナに話を振られ、なんとなく逃げ出してしまったが。「・・・だけど、駄目。近くにいるとアイツの中から幻獣の気配を感じちゃう。そうなると、怒りや憎しみしか沸いてこなくなる」
結果、何も言えずに押し黙り、拒絶するように距離を置くことになる。
「ま、あたしのことはともかくとして、フライヤはこれからどうするの? またローザの家に戻る? それとも・・・」
と、リディアはギルバートを見た。
フライヤは「ふむ・・・」と考えて、「王子が戻ってきたからには、護衛としての任務を―――」
「いや、そう堅苦しく考えなくてもいいよ。とりあえず今のところ、危険はないとは思うし」
「しかし、考えてみれば私は護衛と言いつつ、まともに王子を護衛したことがないのですが」フライヤの言うとおり、彼女がギルバートと行動を共にしたのはダムシアンからファブールまでの間だった。
それ以降は、殆ど別行動をとっていた。「しかし・・・」
「だったらアンタもくればいいじゃない」
「え?」リディアの言葉に、ギルバートはきょとんとする。
「だからローザの家に。竪琴も持ってきて、なにか詩でも謳ってくれればローザ達も退屈はしないだろうしさ」
「女の子ばかりなんだろう? お邪魔するのは―――」
「そんなの誰も気にしないと思うけどな。それとも、男が一人っていうのは照れくさい?」にやにやとリディアが笑いながら聞くと、ギルバートは首を横に振った。
「いや、そういうのはあまり気にしないけれど・・・」
「なら決まりじゃな。王子が一緒に来てくれれば、私も護衛としての面目も立つ」フライヤもほっとしたように呟いた。
「でもまあ、今晩だけだよ? こう見えて、僕も結構色々とやることが―――うん?」
それは丁度、中庭に接した渡り廊下に差し掛かった頃のことだ。
中庭の方から歓声が響き渡ってきた。「なんだろ・・・?」
リディアもその歓声に気がついて、声の聞こえた方に目を―――向けようとした瞬間、視界が真っ暗になる。
「!?」
「だーれだ? ってな」誰かに後ろから目をふさがれたらしい。
リディアは目をふさいだ手をふりほどくように強引に振り返り、そのまま回し蹴り―――「おいおい、乱暴な返答だな」
―――慣れてないリディアの蹴りはあっさりとかわされた。
へへっ、と笑う犯人に向かって、リディアは苛立たしげに怒鳴った。「うっさい変態! 女性の背後に断り無く立つような馬鹿は蹴り殺されるべきだって世界法則があるのよ」
「あるかンなもん!」リディアに言い返した青年の姿を見て、ギルバートがその名を呼ぶ。
「エッジじゃないか。これは一体なんの騒ぎなんだい?」
ギルバートが問うと、エッジは首を捻りながら答える。
「いやー、俺も良く知らないんだけどさ。なんでも決闘しているらしいぜ? カイン=ハイウィンドと、後・・・相手はなんつったっけかな。たしか旅人―――」
「バッツ!?」
「そんなことよりも、リディア。俺はお前を今までずっと探し回っていたんだぜ?」
「決闘って、なにやってんのよあの馬鹿兄貴!」エッジがリディアに向かって話しかけるが、リディアの方は聞いていない。
すでに小走りになって中庭に向かっている。その後に、ギルバートとフライヤも続いた。「それというのもお前に興味があって話を―――・・・って、おい、俺の話を聞けよ!」
最後に一人虚しく取り残されたエッジが、慌てて中庭へと向かった―――
******
カインの棍の一撃が吸い込まれるようにバッツの身体の中心を打つ。
それをまともに受ければ、棍とはいえバッツは死んでいたかも知れない。棍とバッツの身体の間に、エクスカリバーが差し込まれていた。
バッツ自身、何時の間に防御したのか記憶にない。それは無意識―――むしろ生存本能によるものだったのだろう。「が・・・・・・あ・・・・・・っ・・・・・・・?」
エクスカリバーで防いだとはいえ、その衝撃を完全に殺しきることは出来なかった。
剣越しに棍の衝撃がバッツの身体を打ち貫く。
肺の中から全ての空気を吐き出しながら、バッツは後方へと吹っ飛んだ。「くぅ・・・っ!」
地面に落下直前、バッツはなんとか体勢を立て直して着地する。
「ハァッ・・・ハァッ・・・・・・・・・」
先程まで息切れひとつしていなかったバッツが、小刻みに呼吸を繰り返す。
それは疲労のためではなく、緊張のためだった。今の一撃。もしも、エクスカリバーで防がなければ、今頃バッツは死んでいる。
(なんだ・・・今の・・・なんだ・・・こいつは・・・・・・!?)
前方に立つカインを、バッツは今初めて目にした者のような気持ちで見つめていた。
見た目はなにも変わっては居ない。相変わらず肩で息をしていて、疲労困憊と言った様子だ。あとしばらく動き回らせれば、体力が尽きるはずだ。だが、カインから感じられるものがさっきまでとは違う。
前に立っているだけで身体が重たくなるような重圧感。「さて・・・」
と、カインはバッツに向かって棍を構えた。
もう今日だけで何度も見た、カインの突撃の構え。
しかし、バッツは今までにないプレッシャーを感じていた。「・・・次は殺す」
「あ・・・!」短い一言。
その言葉に押されるようにしてバッツは後ろに下がろうとして―――できなかった。(・・・からだが、うごかねえ・・・・・・)
さっきの一撃を受ける直前と同じだ。
身体が石になったかのように固まり、動いてくれない。
バッツは、カインから放たれる “殺意” に完全に呑み込まれていた。「行くぞ」
カインは宣言して―――バッツに向かって突進する。
(動け!)
バッツは念じる。だが身体は動かない。
カインの足下の地面が蹴り上げられ、爆弾でも爆発したかのように爆ぜた。
(逃げろ!)
バッツは命じる。だが身体は動かない。
カインの身体が、地面の爆発に押されるようにして前に出る。
(死ぬ!)
バッツは自分の死を直感した。それは確信に近い予感だった。
カインは空気を砕くようにして、前に進む。
(死にたくない!)
バッツは心の中で絶叫した。死ぬことは怖くはない。死ぬよりももっと怖いことを知っているから。だけど、だからこそ死にたくないと叫ぶ。
カインはすでに一つの“凶器” だった。カイン=ハイウィンドという名の凶器。目の前の敵を殺すための存在。
(動かなきゃ死ぬ!)(動いても死ぬ)
バッツは動かない身体に絶望する。その一方で、バッツの中の冷静な部分が囁く。
カインは前に進む。
(逃げなきゃ死ぬ!)(逃げても死ぬ)
バッツはこのままでは死ぬことは解っていた。そして、逃げても死ぬことも解っていた。
カインはバッツを必ず殺す。逃げても追いかけて殺す。確実に殺す。
(どうすりゃいいんだよ!)(解ってるんだろ?)
バッツは解っていた。このままでは死ぬ。逃げても死ぬ。ならば―――
カインは前に進む、前に進む、前に進む、前に進む、前に進む、前に進む!!!
(―――――――――)
バッツの思考は止まった。
カインの棍がバッツの身体を貫く―――
「!?」
バッツの身体を棍が貫いたと思った瞬間、そのバッツの身体が消え失せた。
「チィッ!」
カインはバッツの姿を見失う―――が、即座に反応し、背後を振り返る。そこにバッツはいた。
バッツが背後をとったわけではない。バッツはカインの棍が当たる寸前、ギリギリで横に回避しただけだ。それが精一杯だった。カインはそれを通り過ぎてしまっただけだ。(逃がすか・・・ッ!)
すでに疲労は極限に達している。
だが、そんなことは全く気にせず、カインはバッツに向かって跳躍する。
逃がさない。逃げても逃がさない。
バッツの “無拍子” は確かに脅威だ。まともに戦っても捉えることは難しいだろう。ならばどうするか?
話は簡単だ。
最速最強の一撃を放てば良い。
バッツの無拍子とカインの跳躍は、真逆でありながら同一の能力を持っている。ゼロから即座に最高速へと至れるという特性だ。
だが、 “タメ” のある分、どうしても跳躍よりも無拍子の方が始動は速い―――反面、最高速はカインの跳躍の方が圧倒的に速い。さっきまでのカインは、バッツの動きに対応するように動いていた。つまり、バッツの動き―――無拍子の動きに付き合っていたと言うことだ。相手の有利な土俵で戦っていては勝てないのは当たり前。
ならば、自分の得意な “トップスピード” で勝負すればいい。つまり、バッツの動きなど気にせず、最速の跳躍でバッツを追いかける。そうすれば、いつかは追いつける!
「おおおおおおおっ!」
カインは雄叫びを上げ、バッツに向かって跳躍―――しようとした瞬間、バッツが視界から消える。
(甘い―――)
しかし瞬時にカインは右を振り向
ずがッ!
「ぐっ―――!?」
振り返りかけた瞬間、カインの側頭部に衝撃が走った。
突然の一撃に、軽くよろめく―――のを許さないように、頭上からなにかが振ってくるのを感じて、カインは僅かに頭を傾げる―――直後、耳をかすめ、エクスカリバーがカインの肩に打ち下ろされた!「ぢいいいいっ!」
三撃目を放とうとしたバッツに向かって、カインは棍を力任せに振り回す―――のを、バッツは背後に大きく跳んで回避した。
「ゼエッ・・・ゼエッ・・・ゼエッ・・・・・・」
カインと間合いを取って着地したバッツは、カインを睨みながら激しく息を乱していた。
それを見て、カインが呟く。「貴様・・・まだそんなものを隠していたか」
カインの必殺の跳躍。
さっきまでも、バッツは棍を避けることはできたが、カインの身体までは避けきれなかった。
今のカインの一撃は、先程とは比べようもないほど速い。寸前で棍を避けたところで、カインの身体を避けきることなど出来るはずがなかったのだ。つまり、カイン同様、バッツも先程よりも速かった。
しかしそれは “無拍子” の動きではない―――一方、バッツは少し息を整えてから、カインに向かって言い返す。
「てめえこそ・・・さっきまで手ぇ抜いてやがったな・・・?」
言い合いながら、二人は互いに笑みを浮かべていた。
二人とも理解していた。
これから始まるのは、これまでのような、なにかの決着を付けるためだけの “決闘” ではないことを。「殺される覚悟は良いか、旅人」
「ブチのめされる準備はできたか、竜騎士」そして二人は、まるで示し合わせたかのように同時に動いた―――
******
「なんだ・・・ありゃ・・・」
ロックは実況するのも忘れ、ただただ二人の戦いを魅入っていた。
紫電の如き棍が空を貫き、閃光の様な剣が風を凪ぐ。
やや遠目で見ているにも拘わらず、時折動きを見失うほどの高速でカインが跳躍し、バッツが駆ける。カインの棍がバッツの髪をかすめ、その衝撃が頬を打てば―――バッツは紙一重でカインの突撃を避け、渾身の一撃をカインの背中に叩き込む。
それは先程までとは立場が逆で、カインの攻撃はバッツをかすめるだけで当たらず、バッツの一撃はカインを捉えはするが、その一撃と同等の速度で跳ぶカインにダメージは与えられない。同じ超高速の動きだが、二人の動作はまるで違う。
直線で跳び回るカインに対し、バッツはその直線を回り込むような円弧運動だ。
バッツはカインの攻撃を円の動きで避け続け、しかし円であるがゆえに直線の動きには追いつくことが出来ず、致命傷を与えられない。「兄様・・・・・・」
「ちょっと・・・あいつら本当に人間なの・・・?」
「まさか・・・これほどの戦いをまたもや見ることができるとは・・・」ファリス、ユフィ、ベイガンも言葉少なに戦いを見守っていた。
否、実況席の彼らだけではない。
他の観客達も皆、言葉を止め、息をすることすら時折忘れて戦いに魅入っている。先程まではただの “決闘” だった。
しかし、いまはもう違う。 “決闘” などとは質が違う、次元が違う。
死闘だの殺し合いだのと、そういうものでもない。これは―――
「何を呆然としている?」
不意に、セシルがマイクに向かって呟いた。
マイクに放たれた言葉は、拡大されて中庭中に響き渡った。その声に、観客達はわずかにざわめく。「この “最強の戦い” を前にして、怯えているのか? 臆しているのか? それとも、手の届かない強さを見せつけられて、自分では到底たどり着けない強さだと諦めているのか?」
ざわめきは次第に大きくなっていく。
「違うだろう? このとてつもなくも素晴らしい激闘を目の当りにして、感動しているのだろう? いつか自分もあそこまで強くなりたいと憧れているのだろう? ならば黙るな! 声を出せ! 意志を示せ! この戦いは葬式のようにただ黙って眺めてて良い戦いじゃない! 叫べ! 吼えろ! 熱狂しろ! 戦っている二人と同様、その魂を燃やし尽くすのだ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」観客の一人が吼えた。
それに同調して、他の観客達も声を上げ始める。
それは波のように広がっていき、あっと言う間にバロン城の中には興奮のるつぼと化した。「うおあおあおああおあああああああああああああああああああああああああ!」
「カイン=ハイウィンドォォォォ! 最強の強さを見せてくれええええええええええ!」
「強くなってやる! おれもいつか “最強” になってやるうううううううううううううう!」
「見せてくれ! ただの旅人でも、最強じゃなくったって “最強” を倒せるところをみせてくれええ!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」歓声。
喉が破れんばかりの絶叫周囲が満たされる。
その声に押されるようにして、バッツとカインはさらに加速し、苛烈に激突する!「ぬああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「にょわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」実況席では、ベイガンとユフィもヒートアップして、立ち上がって叫んでいた。
ユフィは拳を握りしめ、上体を揺らし、シャドーボクシング(の様なもの)をしながら、叫ぶ合間に「シュシュシュウ!」とか空気を切る音を口で言っていた。「・・・・・・俺は、こーゆーノリはついてけねえなあ」
耳を塞ぎながら、ファリスはぽつりと呟く。
「・・・ひとつ、解らんことがあるんだけどな」
大声音の中、ロックがセシルの傍に近寄り言う。
「なんだい?」
「カインもバッツも、どこにあんな力を隠してたんだよ? カインは疲れ果てていたし、バッツだってありゃ “無拍子” の動きじゃない。あれは “無念無想” の動きだ」地底でバッツがブリット相手に見せた “無念無想” 。
今のバッツの尋常でない速度は、あの時見たものだった―――が、それにしては疑問がある。 “無念無想” を使うには、 “タメ” というか精神集中が必要なはずだった。だが、集中するための文言を口にした様子はない。「どちらも本気になったってだけだよ」
「さっきまでは本気じゃなかったって?」
「本気だったろうさ。少なくとも、二人とも本気のつもりだった」
「つもり・・・?」
「人間、本気になろうと思っても、そうそう本気なんて出せないものだよ。切羽詰まって追いつめられて初めて本気―――自身の全ての力を出し尽くせるんだ」カイン=ハイウィンドは追いつめられていた。ただの旅人にしてやられ、倒されようとしていた。
このままでは “最強” ではなくなってしまう―――カイン=ハイウィンドにとって “最強” とは命と同じくらい重い意味がある。
だからこそ、観客を犠牲にしてでもバッツを倒す必要がある―――が、それはセシルによって止められた。ならば方法はもう一つしかない。
己の全てを出し尽くし、バッツ=クラウザーを殺す。全力を持って殺す。それが今の戦い方だった。「カインは結構気分屋なところがあってね。その時の気分で彼の強さは増減する」
良い例がカイポの村の戦いだ。
二人がかりだったとはいえ、カインはあっさりとゴルベーザとバルバリシアに倒されてしまった。
あの時、カインは二人にあまり脅威を感じていなかった。ゴルベーザに関しては、セシル以上の暗黒騎士は居るはずがないと侮り、バルバリシアは所詮女だろうと高をくくっていた。本気を出すに値する相手ではないと、なめてかかっていた。セシル自身、ファブールでは完敗してしまったが、昔、兵士学校や城で行われた模擬試合では、何度かカインに勝ったことがある。
要するに、カイン=ハイウィンドという男は、実戦でなければその実力を発揮できない男なのだ。「バッツの方は? あいつ、フツーに “無念無想” を使ってるじゃんか」
「 “斬鉄剣” や “無念無想” を使うには集中力がいる―――逆に言えば、集中してれば自由に使えるって事だろ? そもそも、僕との戦いの時、バッツは追い込まれることで “無念無想” を発動させたんじゃないか」“本気” となったカインと相対し、バッツは死を確信した。
絶体絶命の瞬間だ。否が応でも集中力は高まる。「・・・ちょっと待て。じゃあ、今のバッツは “無念無想” どころか “斬鉄剣” も自在に使えるってことかよ?」
「使えるだろうね。使わないだろうけど」
「なんでっ!?」
「解らないかい? 当たらないからだよ」ただでさえ、バッツの斬鉄剣は命中精度が低い。
それを自らも動きながら、高速で動き回る相手に命中させる可能性は一割もないだろう。「で、でも当たる可能性があるなら―――」
「斬鉄剣は外れれば大きな隙ができる。それに、無念無想以上に消耗もする。1回か・・・多くても2回。それが外れれば、バッツは力尽きるだろうね。無念無想も併用しているなら尚更だ」
「そうか・・・無拍子と違って、無念無想は体力を消耗する・・・」集中することによって、肉体の潜在能力を無理矢理に100%引き出すのが “無念無想” 。
流石のバッツも、肉体の限界の力を “無拍子” で制御することは出来ない。「じゃあ、今のバッツは―――」
ロックが言うと、セシルは頷いた。
「カインと同様、いつ力尽きてもおかしくないはずだよ」
そう言って、大歓声の中繰り広げられる二人の戦いを、セシルはじっと見つめて―――
「セシルーーーーー! なによこの騒ぎはっ!」
女性の声。
周囲の声に負けじと叫ぶその声にセシルは振り返る。
すると、そこにはリディアが顔を真っ赤にして立っていた。「おや、どうしたんだい?」
「どうしたんだい? じゃないわよっ! なにこれ!? なんでお兄―――バッツがあの竜騎士と戦ってるの!」
「痴話ゲンカらしいよ」
「痴話ゲンカぁ〜?」リディアは、一瞬妙な顔をしたが―――すぐに、戦っているバッツ達を指さして、セシルに詰め寄る。
「痴話ゲンカってレベルじゃないでしょ! あれ、どう見ても殺し合いじゃない!」
「殺し合ってる訳じゃないよ。下手するとどっちか死ぬけど」
「同じことよ!」叫び疲れて、リディアはゼイハアと息を切らし、少し呼吸を整えると、さらに叫んだ。
「止めてよ! このままじゃお兄ちゃんが死んじゃう!」
「バッツが勝つとは信じられない?」
「素直に信じられたら、こうして怒鳴ってないわよ馬鹿ぁっ!」それもそうだ。
と、セシルは苦笑して立ち上がる。手にはマイクを持って。「まあ、そうだね。効果は十分だし―――そろそろ止めようか」
そう言って、マイクを持ったまま実況席を降りて、戦場の方へと向かっていく。
「お、おいセシル!?」
はっ、としてロックが思わず呼び止める―――が、周囲の声にかき消されて届かない。
「止めるって、あいつどうやってあの戦いを止める気だ!? 下手に間に入れば、巻き込まれて死ぬぞ!?」
「え・・・?」ロックの言葉を聞いて、リディアは真っ赤になっていた顔をさっと青ざめさせる。
「ぬ!? あれは・・・陛下! 何故、あんなところに!?」
熱狂してたベイガンが我に返って叫ぶ。
気づくのが遅い! と思いつつロックはセシルの姿を目で追う。
いつの間にかセシルは、戦場にたどり着いていた。観客達よりも数歩だけ前に出ている。「い、いけませぬ! 陛下、そこは危険ですぞ!」
ベイガンが叫ぶが、当然聞こえるはずもない。
聞こえたところで、危険なのはわざわざ言われなくても解っているはずだが。「? ・・・あいつ、なにをやるつもりなんだ?」
ロックはセシルがデスブリンガーを召喚して乱入するつもりだと思っていた。
だが、セシルはそれ以上前には出ようとはせず、しばしその場に立ち止まって―――やがて、三歩ほど右に動いた。それからバッツ達の戦いを眺めながら、右手を横へと突き出す。何をやろうとしているか、ロックは全く意味が解らなかった。と、一際大きな歓声が上がる。
見れば、カインの一撃が決まり、バッツの身体が吹っ飛ばされたところだった―――
******
肉体はすでに限界を超えていた。
「おおおおおおおおおおおッ!」
カインの攻撃を紙一重で回避して、バッツが反撃する。
神速の斬撃。エクスカリバーは切れ味0の剣だが、この速度ならばそれだけで鉄をも切断できる。
だが、相手も同じ神速だ。同等の速度で逃げられては、切れ味は発揮しない。「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」
元から消耗していたカインと同じくらい、バッツは心身共に消耗していた。
“無念無想” のままであれば、疲労など気にならないのかも知れないが、その動きは単調になる。セシルと戦った時、セシルは無念無想の動きについていくのがやっとで、なんとか互角に戦えたが、同じ速度のカイン相手では、あっさりと殺されてしまうだろう。「くそったれ・・・厄介な相手だぜ」
無拍子に反応し、無念無想の速度にもついてくる “最強” の竜騎士。
セシルが解説したとおり、バッツ=クラウザーにとって相性最悪の相手だろう。
その最悪の相手を目の前にして、しかしバッツは笑っていた。「貴様こそ。旅人の分際で、この俺に泥をかけるとはな」
“最強” の竜騎士が、旅人如きに互角に戦われたとあっては、 “最強” の威光も陰る。
これは元々、カインが勝って当たり前の戦いだった。それがこんなに手こずっている。
忌々しい―――と舌打ちしながらも、カインの口元は嬉しそうにほころんでいた。本来なら、二人ともすでに終わっているはずだった。
どちらも体力がつき、戦う力など残っていないはずだった。
それなのに、二人ともまだ戦っている。「うおおおおおおおお!」
「おああああああああ!」どちらが合図したわけでもないのに、同時に動き出す。
カインは真っ直ぐ。バッツはそれを回り込むように弧を描いて。先程から、二人とも同じようなことばかり繰り返していた。
カインはバッツに向かって一直線に突進し、バッツはそれを紙一重で回避して反撃する。同じ事を繰り返し―――しかし、徐々に二人とも速くなっていく。
カインはさらにさらにと突進の速度を上げ、バッツが避けきれない程に速く貫かんとする。
バッツはさらにさらにとカインの突進を紙一重で避け、その身を斬り裂かんと反撃速度を高めていく。どちらも少しずつ少しずつ、しかし際限なく二人は速くなっていく。
そしてどちらかが完全に相手を上回った時、それは必殺の一撃となって相手は間違いなく死ぬのだろう。
それを二人とも解っていて、それでも止まりはしない。これはすでに決闘ではなかった。
かといって殺し合いでもない。
戦いですらなかった。「ああああああああああああああああ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」カインの棍がバッツの服の裾をかすめた。
直後、バッツの反撃が、カインの服の背中ごと皮膚を薄皮一枚斬り裂いた。相手が速くなれば、さらにこちらも速くなる。
こちらが速くなれば、さらに相手も速くなる。これは決闘でも殺し合いでも戦いですらない。
自分がどこまで速くなれるのか。
自分がどこまで強くなれるのか。これは儀式だった。
限界を超え、どこまでも高みへと辿り着くための儀式。
それはひとりではできないことだ。
自分と同等の相手が居てこそ、その相手で自分の力を計ることができる。バッツにとって、カイン=ハイウィンドは相性最悪の相手だった。
カインにとって、バッツ=クラウザーは忌々しく面倒な相手だった。しかしこの “儀式” においては、誰にも代え難い、最高のパートナーであった。
「らあああああああああああああああああああああああああ!」
「るおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」大歓声の中、二人は何度目になるかわからない激突を繰り返し―――
「―――っ!」
カインの肩が、バッツの肩と擦れ合う。
「うお・・・・・・っ」
完全にぶつかったわけではない。肩が触れ合った程度だ。
だが、常軌を逸したカインの突進は、それだけでバッツの身体をよろめかせる。(勝った・・・!)
勝利を確信し、カインは急ブレーキをかけると、バッツに向かって再度の跳躍を行う。
もう何度も限界以上の跳躍を繰り返している。踏ん張るだけで足が悲鳴をあげ、苦痛のサインを脳に叩き込んでくる。骨にヒビくらいは確実に入っている。本来なら、跳ぶことはおろか、立ち上がることすらままならないはずの状態。そんな足を、しかしカインはこれで一生潰れても構わないと思い―――いや、そんなことを考えもせずに、己の足を砕くかの如く、地面に叩き付け、跳躍する。カインの棍がバッツに向かって伸びる。
バッツがよろめいたのはほんの僅かだが、超高速領域の二人にとって、ほんの僅かの隙は致命的だった。
眼前に、カインの棍が迫る。バッツには、それがスローモーションに見えた。(やばい・・・)
“無拍子” ならば体勢を立て直せる。
だが、無拍子の遅さでは、神速の突きを避けきれない。
だからバッツは避けることを諦めた。「くっ・・・・・・!」
代わりに、手にしていたエクスカリバーの切っ先を根に向ける。
腕を伸ばして、肩と腕と剣、それから棍が真っ直ぐ一直線になるように合わせる。棍がエクスカリバーの切っ先を打つ。その衝撃は剣を伝い腕を伝い、バッツの肩を直撃する!
「―――!」
ごきっ、と肩が外れる音がはっきりと身体の内側から聞こえ、意識が飛びそうな激痛と共に、バッツは声のない悲鳴をあげてエクスカリバーから手を放す。
肩が砕け、腕がもげるかと思ったが―――しかし、棍はバッツの肩の骨を外すので精一杯だった。ミキッ―――
エクスカリバーの切っ先が、棍の頭を割っていた。
これだけの戦闘で、今までただの木の棍が砕けなかったのが不思議なくらいだが、棍はバッツには殆ど命中することなく、カインが跳躍のブレーキに使ったのと、 ”本気” になった時、エクスカリバーの上からバッツをついたくらいだ。ともあれ、棍は頭から割かれそれはカインの手元まで割れていく。
カインの手元で割れるのは止まったが、その先は二つに分かれてしまっている。これではもはや “棍” としては使えない。カインは舌打ちしながら棍の残骸をその場に捨てた。それを見て、バッツは肩の痛みを堪えながらにやりと笑うが―――直後、その表情をぎくりと強ばらせる。「武器が無くとも!」
カインがさらに跳躍し、バッツへ突撃する。
バッツは当然の如く避けようとするが―――「ぐあっ!?」
肩に激痛が走り、動きを止めた。その隙を、カインは見逃すはずもない。
ドラゴンチャージ
カインの体当たりがバッツに直撃する!
いや、正確には直撃ではない。接触の瞬間、バッツはギリギリ後ろへ跳躍し、衝撃を受け流していた。
ただ、幾ら受け流してもカインの渾身の体当たりだ。全身に衝撃が暴れ回り、特に骨が外れた肩からは耐え難い激痛がまた走る。(やべえ・・・受け身をとらねえと・・・)
衝撃と激痛に意識が朦朧とする中、なんとか空中で体勢を立て直そうとする―――だが。
「よっ・・・と」
「!?」いきなり誰かに受け止められた。
また観客に受け止められたのかと、苦痛でいつの間にか閉じていた目を開く―――その瞬間、痛みを忘れて目を見開いた。「セ・・・セシル!?」
実況席に居たはずのセシルが、何故かバッツを抱き止めていた。
「ここまでだよ」
セシルはバッツにそう言って、持ってきていたマイクに向かって叫ぶ。
「この勝負、バロン王セシル=ハーヴィが預かる!」
その宣言は中庭中に響き渡り、観客達は騒然となる。
構わずにセシルは続けた。「大変良い勝負を見せて貰った! 出来ることならばその決着を見届けたいと私も思うが、見ての通りカインの武器は壊れ、バッツもこれ以上はまともな動けそうにない!」
「ば、馬鹿言うな! 俺はまだ戦える!」そう言って、バッツはセシルから離れようと前に―――出ようとした瞬間、膝が折れた。
「!?」
「無理は良くないな、バッツ」にこやかに笑うセシルを、バッツは信じられないものでも見るように見つめ、そして再び。
「うお―――ぐ!?」
立ち上がろうとして、体勢を崩し、セシルの腕に体重を預ける。
「セシル、てめえ・・・!」
「見ての通りだ! 片や武器を失い、片やまともに動けない! だからこの場は私が預かることにする!」
「ふざけんな! てめえ、何様のつもりだ!」喚くバッツに、セシルは「王様だよ」と苦笑して。
「このまま続ければ、最悪、どちらかが失われるかも知れない。私はそれを望まない―――皆もカインもバッツも、他の者たちも、不満はあるだろうが私に免じて納得して貰いたい! よいな!」
そう言われてしまえば、王に異論を返す者など―――バッツを除いては―――いなかった。
―――かくして。
最強の竜騎士と、最強の旅人の決闘は、煮え切らない結果となって終了した―――