第21章「最強たる者」
I .「力と技」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城・中庭

 

 

 バッツが跳躍直前のカインに向かって剣を振り上げる。
 しかし、その剣を振り下ろすよりも早く、カインの身体が目の前に迫ってきた。

(え・・・?)

 刹那、思考が止まる。
 今度は逃がさない、と思っていた相手が、向こうから飛び込んできた。
 いかな “無拍子” を使いこなすバッツでも、攻撃始動直後に行動キャンセルできたりはしない。

 ヤバイ、とか、マズイ、とかそう言った事を思う暇もなく、バッツはカインの体当たりを受けて吹っ飛んでいた。

『お・・・おおおっ!? なんと先制攻撃を決めたのはカイン=ハイウィンドだーーーーーー!』

 カインの体当たりで、意識までも飛びそうになったところでロックの喧しい解説が耳に響き、辛うじて意識をつなぎ止める。
 気がつけばバッツは、周囲を取り囲んでいた観客達に受け止められていたらしい。倒してしまった観客の一人に「悪い」と謝りながら立ち上がり、戦場へと戻る。

「くそ・・・」

 さきほどまでの優勢はなかったかのように、バッツは苦々しくカインを睨む。
 すると向こうはニヤニヤと笑いながら「ちっ」とわざとらしく舌打ちする。

「一撃では終わらなかったか―――運が良いな」
「チクショウ・・・てめえ、何をしやがった・・・?」

 カインと相対しながら、バッツは未だになんで自分が吹っ飛ばされたのかよく解らない。
 それほどまでに虚を突かれた一撃だった。防御するどころか身構えることすら出来ず、もしも吹っ飛ばされた後に周囲に観客が居らず、地面に落下していればそのまま気絶してしまい、カインの言うとおりに完全に終わっていただろう。

『逃げ回っているとばかり思われたカイン=ハイウィンドですが、今のは見事なカウンターでした。これは一体どういうことでしょうか、解説のセシル陛下?』
『カインは “逃げていた” わけではないということだよ。常に “攻撃” していたんだ―――ただ、それが当たらなかっただけで』
『当たらなかった?』
『そう。少し考えてみればわかるけど、カインは常に自分の死角となる “横” へと跳んでいた。もしも逃げたいのなら、視界内の真っ正面―――つまり、直前までバッツがいた場所へ跳んだ方が安全だ』
『成程。だからカイン=ハイウィンドは自分の死角―――バッツ=クラウザーが居ると思われた場所へ見当つけて跳んでいたわけですか』

 実況と解説を耳にして、バッツはようやくカインの体当たりを身に受けたことを理解した。

「つまりテメエは最初っから、俺に向かって突進していたわけかよ?」
「そう言うことだ」
「へっ、成程。 “最強の竜騎士” が逃げ回っちゃあカッコがつかないしな―――けど」

 全身に響き渡るような痛み―――たった一撃を受けただけで、かなりダメージを受けてしまった。これをあと二度三度喰らえば、立ち上がることはできないだろう。
 しかし、そうとわかっていてバッツはニヤリと笑って見せた。

「そうそうまぐれ当たりが通用すると思うなよッ!」

 言いつつ、無拍子でカインの死角へと飛び込んだ。
 だが、カインは慌てることなく落ち着き払い呟く。

「残念だが―――」

 腰を落とし跳躍の構え。
 それから左側へと視線を送る―――そこには!

「!?」
「―――まぐれではないッ!」

 そこには、バッツの姿があった。
 今まさに剣を振るおうとしたバッツへ向かって、カインは跳躍する。カイン=ハイウィンドが得意とする必殺の一撃―――

 

 ドラゴンダイブ

 

「くをっ!」

 青白い “竜気” を全身に纏わせて突っ込んできたカインの棍を、バッツはぎりぎりで身をよじって回避する―――が、棍は回避できたものの、そのあとのカイン本体までは避けきれない。カインの肩がバッツの胸に激突し、再びバッツは吹っ飛ばされた―――

 

 

******

 

 

「おっと、これはどういう事でしょう。バッツ=クラウザー、二度連続で吹っ飛ばされたぁ!」

 実況席で、ロックが叫ぶ。
 その隣ではユフィも不思議そうな顔をして、

「おかしいですねー、カイン=ハイウィンドの跳躍が “攻撃” だったとして、さっきまでは当たらなかったのに―――あ!」

 ユフィが呟いている間にも、もう一度カインに攻撃を仕掛けたバッツが、同じように吹っ飛ばされる。

「先制の一撃から数えて三回連続! これはもう、まぐれとは言えません!」
「まぐれじゃないからね」

 ユフィの言葉を受けて、セシルが言った。

「ようやくカインもバッツの動きが読めてきたようだよ」
「しかし陛下、先程は今のバッツ殿の動きを読むのは難しい―――というような事を仰っていたように思いますが」

 ベイガンの疑問に、セシルは頷く。

「そうだね、 “今の” バッツの動きを完全に予測するのは僕でも難しい―――けれど、別に完璧に予測する必要はない」
「というと?」
「予測が外れてもいいんだよ。例えばカインがバッツの動きを8割方読めてたとする。すると残る2割は外れるわけだ―――けれど、外れたら外れたで、カインの跳躍はそのまま回避行動に繋がる」

 つまり、バッツの攻撃は絶対にカインには届かず、逆にカインの攻撃は必中とは行かずとも、着実にバッツへダメージを与えていく。

「バッツの “無拍子” は確かにとてつもない能力だ―――けれど、実はカインも同じような能力を持っているんだよ」
「あれ? さっきはバッツとカインはタイプが真逆だって言いませんでしたー?」

 ユフィの疑問に、セシルは頷いた。

「真逆、というのはそのままの意味でね。背中合わせって言った方がいいかな?」
「・・・すいません、全然わかりません」

 つまりね、とセシルは説明する。

「バッツの “無拍子” の最大の利点は、静止状態からいきなりトップスピードで動くことができるって事なんだよ。完全に制止していたのが、いきなり死角へと飛び込んでくるものだから、相手はバッツの姿を見失う―――ここまではいいよね?」

 うんうん、とユフィは頷く。

「けれど “ゼロから一瞬でトップスピードで始動できる” という意味では、カインも同じなんだよ―――ただしカインは強引な “力” 任せで、バッツは “技” で、というように本質は正反対だけどね」
「あ・・・!」

 竜騎士としてのとてつもない瞬発力。
 確かにバッツの “無拍子” と同じような能力と言えなくもない。

「もっとも、 “無拍子” のように予備動作無しで跳躍することはできないから、バッツのように相手に気づかれないように死角へ飛び込む―――なんて真似は出来ないけれどね。だけど―――」

 というセシルが呟いた視線の先では、またバッツが吹っ飛ばされるところだった。

「自身を瞬発力で強引にゼロからトップスピードまで加速させるカインの跳躍は、バッツの無拍子よりも “破壊力” がある」
「だから、単純なぶつかり合いだと、一方的にバッツが吹っ飛ばされるというわけですね?」

 ロックが尋ねると、その “ですます調” にまだ慣れないのか、セシルは苦笑して頷いた。

「並の人間なら、バッツが死角に消えた瞬間に気づかず、気づいて戸惑う頃には攻撃されてる―――けれど、カインなら反応が少しばかり遅れても、その “跳躍” で対応できる―――僕のように相手の動きを読み切って戦う相手は、バッツにとって相性が悪い。けれど、バッツ=クラウザーにとって相性が最悪なのは・・・・・・」
「カイン=ハイウィンド、ということですかな」

 ベイガンが呟くと、セシルは頷いた。

「ということは、やはりこの戦いはカイン殿の勝利で?」

 ベイガンが複雑そうな表情で訊く。
 バロンの騎士として、カイン=ハイウィンドが勝利するのが望ましい―――が、バッツに賭けていたのが残念でならない。まあ、賭けに負けたところでベイガンがなにを損するわけでもないし、無かったモノとして諦めようと溜息をついた―――が。

「さて、それは―――」
「そう上手くは行かないだろうぜ」

 セシルが何か言おうとしたその時、頭上から声が降ってきた。
 見上げれば、ファリスが愉快そうな笑みを浮かべている。

「ファリス殿? それは一体どういう意味でしょうかな?」

 すでに勝負はついたようなものだ。
 バッツに為す術はなく、カインが一方的にバッツへ攻撃を命中させている。誰の目にも、バッツの敗北は明らかである。

 しかしファリスはセシルを見下ろして、

「そこの王様は解ってるんだろ? アレじゃあバッツは倒せねえ」

 ファリスに話を振られ、セシルは苦笑を返す。
 ベイガンは意味が解らず、二人を交互に視線を送るが―――そんな近衛兵長に、ファリスはにやりと笑って言った。

「ま、さっき陛下様が言ったのと同じだ―――見てれば解る」
「おっとぉ!? ついにバッツ=クラウザーの足が止まったァッ!」

 ロックの実況に振り返ってみれば、さっきまで何度吹っ飛ばされても果敢に攻めていたバッツが立ち止まっていた。
 エクスカリバーを地面に突き立て、それを杖代わりにして立っている。痛みを堪えているのか、とても険しい表情でカインを睨んでいた―――

 

 

******

 

 

(くっそー、いてえ・・・)

 全身から痛みがガンガンと響いてくる。

 エクスカリバーに体重をあずけながら、バッツはひたすら全身の痛みを堪えていた。

(チクショウ失敗した。油断さえしなけりゃあんなのまともに喰らわなかったのによ・・・っ!)

 一番最初のカインの一撃。
 下手すれば、それでもう終わっていたかも知れなかった。
 まだこうやって立っているのは、単に運が良かっただけだ。

「フッ・・・意外としぶといな・・・」

 余裕綽々にカインは見下すように視線を向ける。
 その視線をにらみ返しながら、バッツは考えていた。

(俺の攻撃は届かない。かといって “斬鉄剣” や “無念無想” を使うのを黙って見逃してくれないだろうしな)

 元々使う気はなかったが、もしも斬鉄剣を使おうとしても、技を放つ前に潰されてしまうだろう。カインの跳躍力ならばどんなに離れていても、一瞬で間合いを詰められてしまう。

「フン、何も言う気力もないか―――もう終わりか?」
「うるせえな! 今、どうするか考え中だ!」

 バッツが言い返すと、カインは冷笑を浮かべて、棍を前に突きだして、身を低く構える。
 跳躍する時の構えだ。

「え・・・?」

 まさか、と思いつつバッツはエクスカリバーから身を起こし、剣を地面から引き抜く。

「終わりならば―――こちらから行く!」

 

 ドラゴンダイブ

 

 言うが早いが、カインは地面を蹴った。
 どばんっ! と、蹴り出した地面が砕け、はじき出されたようにカインがバッツへ迫る!

 さっきまでとは比べものにならないほどの速く、勢いのある跳躍。
 先程までの跳躍は、バッツの攻撃に対応したものだった。
 だから “タメ” も不十分で、カインは全力で跳躍することはできなかった。

 けれどこれは違う。
 十分に力をタメ、脚力を爆発させ、100%の力での跳躍。
 カイン=ハイウィンド本来のの必殺技だ。

 青白い “竜気” を身に纏い、棍の先だろうがカインの身体だろうが、触れればそれで終わってしまいそうな迫力があった。

「―――ッ!」

 迫り来る破滅の化身を、しかしバッツは横に跳んで回避する。
 並の人間ならば完全に回避することは出来なかっただろう。それほどまでに速い刹那の一撃だ。
 だが、バッツの無拍子はそれを避けきった。目の前を通り過ぎるカインを見送り、息を吐く―――が、その瞬間、回避されたと気がついたカインが、足を前に出して棍を地面に突き立て、その二つで急ブレーキをかける。

 全てを破壊するような勢いを持った跳躍だ。普通ならば、ブレーキかけたところでそう簡単には止まらない―――はずが、跳躍時と同様に地面を砕きながらも、ほぼ一瞬で停止する。

「おおおおおおッ!」

 そして間髪入れずに再度跳躍する!

「やべ―――え?」

 必殺の一撃を避けて気がゆるんでいたバッツは、慌てて回避しようとして―――その動きが止まる。
 カインの二度目の跳躍は、バッツとはまるで反対側の方へと跳んでいた。

「―――チッ!」

 見当が外れたと理解して、カインは忌々しそうに舌打ちしながらバッツを振り返る。

「フウ・・・・・・やはり完璧に動きを読む、というわけには行かんか」
「お、驚かせやがって・・・」

 バッツは安堵の溜息をつく―――が、まだ戦いは終わっていない。
 打つ手がないことには代わりはない。

(くそう・・・どうしようもねえ。このままアイツに吹っ飛ばされ続けるだけなのかよ・・・・・・!)

 悔しく思い、しかしカインに対する有効な攻撃を思いつかない。
 バッツにできるのは、逃げ続けることだけだ―――

(待てよ?)

 その時、天啓のようにバッツの脳裏にあることが閃いた。
 それは今の状態で、唯一カインに負けない方法。

「いやいやいや、だけどこれってかなりズルイだろ」
「何をぶつくさ言っているッ!」
「!」

 バッツが考えごとをしている隙に、カインが目の前に迫ってきた。

「おわっ!?」

 それをバッツは辛うじて回避するが、直後、カインは急停止してさらに跳躍する―――今度は、バッツを避けた方向へと。

「ぐあっ!?」

 カインのショルダータックルが、バッツをまたもや吹っ飛ばした。
 バッツの身体は大きく吹っ飛んで、初撃と同じように周囲の観客に受け止められる。

「ハァ・・・ハァ・・・これで―――」
「・・・・・・ちぇっ、やっぱり他に手はないか」

 息を切らせ、カインが見送った先、しかしバッツは再び起きあがる。
 それを見て、苛立たしげにカインは舌打ちする。

「本当に・・・しぶといヤツだ・・・!」
「そら当然だ」

 にやり、と不敵に笑ってバッツが言った。

「あんたら兵士は王様のために死ぬことが商売だろう? けど、旅人は自分のために生き続けることが商売なんでな!」

 彼は自分自身を親指で指し示し、

「死なないことは得意でね―――旅人サンをなめるなよ?」
「ほざけ!」

 怒号を放ち、カインはバッツに向かって跳躍した―――

 

 


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