第21章「最強たる者」
H.「言い訳」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城・中庭
「それでいいのかよ?」
バロン城の中庭。
観客が道を開けて作られた通路から現れたカインを見て、バッツは思わず尋ねた。先程、ファリスの船で会った時と同じ軽装だった。
しかも手には愛用の銀の槍ではなく、ただの木の棒―――いや、“ただの” というには少々長いが―――を手にしている。「 “いつもの装備じゃないから負けました” なんて言い訳すんなよ?」
「安心しろ。言い訳が必要な事にはならん」
「なんだそりゃ」
「フッ・・・本当に頭の巡りが悪いヤツだ。貴様などには絶対に負けないから、言い訳も必要ないと言っているんだ」
「なんだとこの野郎」憤るバッツに対し、カインは自身の身長ほどもある棒をバッツに向かって突き出し、即座に跳躍できるように身を低くして構える。
「フン・・・こっちはいつでも良い。さっさとかかって―――」
「なら遠慮無くッ!」カインの言葉の終わりを待たずにバッツが答え―――たかと思うと、いつの間にかカインの視界から、バッツの姿が消えていた。
『おおっと、いきなり挑戦者が飛び出したァ!』
拡声器から響いてきたロックの実況に、カインははっとして即座に左に向かって飛ぶ!
「チッ・・・!」
跳躍しながら、小さな舌打ちが耳元に届く。
振り返れば、つい一瞬前までカインが立っていた位置に、バッツがエクスカリバーを勢いよく振り下ろしたところだ。「おのれ・・・ッ」
カインは着地すると同時に、間髪入れずにバッツに向かって跳ぶ!
ドラゴンダイブ
カイン必殺の突撃だ。
例え木の棒であろうとも、まともに喰らえば命すら危うい。
だが―――「甘いぜっ!」
カインの棒がバッツを貫いた―――と思った瞬間、そのバッツの姿が掻き消える。
「なにっ!?」
カインは僅かに戸惑い―――しかし即座に左に向かって跳躍。
間一髪、何時の間にか背後に回り込んでいたバッツが振るった横一文字の一撃がカインの服の裾をかすめる。カインは跳躍しながら身を捻り、バッツと向き合う。
バッツはへっ、と笑って「随分と逃げるのが上手じゃんか」
その挑発に、カインは苛立たしげに「チッ」と舌打ちを返す。
「調子に乗るなよ」
「だったら乗らせるなよ!」言うなりまたもやカインの視界から、バッツの姿が唐突に消えた―――
******
「これは意外な展開となりました。まさかのあの “最強の竜騎士” が防戦一方になろうとは、誰が予想していたでしょうか!」
実況するロックの目の前では、バッツが一方的にカインを攻め続けていた。
どんなに攻撃力が高かろうと、相手が見えなければどうしようもないのか、カインはひたすら跳躍を繰り返し、バッツの攻撃を回避していた。「まあ、バッツの “無拍子” は反則技みたいなものだからね。カインでも見切るのは難しいと思うよ?」
「そういう陛下は、以前にバッツ選手と戦った時、完璧に見切っていたようですが」セシルの解説に、飛び入りで実況席に席を用意されたベイガンが言う。
「あれは “無拍子” を見切ったと言うよりは、バッツの動きを “予測” しただけだよ。あの時のバッツは、まだ戦闘に関しては素人に毛が生えただけのようなものだったからね。熟達した人間なら、どう動くか予測するのは難しくない」
「そーいや、あのレオ=クリストフも、バッツの動きを察知していたみたいだしな」段の上からファリスが呟く。
バロン城攻防戦でバッツがレオと相対した時、ファリスもその場にいた。
あの時レオは “勘” で動きを察知していたと言っていた。セシルのようにはっきりした予測ではなく、長い間戦い続けてきた歴戦の戦士としての経験則によるものだったのだろう。「あれ? でもそれだったらカイン=ハイウィンドだって同じ事ができるんじゃないの?」
ユフィが疑問を呟くと、セシルが答える。
「だから言っただろう? “あの時のバッツはまだ素人だったって” 」
セシルはカインに向かって死角から連撃を繰り出すバッツの姿を眺めながら続ける。
「今のバッツはあの時とは比べものにならないほど強くなってる」
レオ=クリストフ、セシル=ハーヴィ、そしてセフィロス―――
それら強敵と死闘を繰り広げるたび、バッツ=クラウザは戦士として強くなっていった。
(多分、僕じゃもう勝てないだろうな)
しみじみとセシルは思う。
こうやって傍から観戦しているならともかく、実際に向き合って戦うとなれば、バッツの動きを読み切れるかどうか自信はない。(僕は勝てない。けれど―――)
「むう、この調子ならばバッツ殿が勝ってくれそうですな」
ベイガンが唸るように言った。
バッツの方に賭けた彼としては、バッツが勝つのは望んだことではあるが、しかしバロンが誇る “最強” が負けるというのは、あまり気分がよくない。だがそんなベイガンに、セシルは苦笑して言った。
「残念だけど、そうは行かないよ」
「陛下? それはどういう意味でしょうか」どう見ても、戦いはバッツの方が優勢だ。
カインは逃げ回っているだけで、時折思い出したように突撃する―――が、それをバッツは全く危なげなくかわす。戦いの前に、セシルが言ったとおりにカインの一撃が的中すれば逆転勝利もあるだろうが、この調子ではカインの棍がバッツにかすることさえ永遠にないように思えてくる。
「確かにカインはバッツの攻撃を避け続けているように見える―――けど、それはただの “結果” に過ぎない」
「結果・・・?」
「あのー、解説のセシル陛下? 意味が解らないのでもう少し詳しく解説してくれませんか?」マイクを手にしたロックの問いかけに、セシルは軽く首を横に振った。
「説明するよりも見た方が早いよ―――そろそろだから」
楽しそうに笑いながら、セシルはバッツとカインの戦いを見る。
決闘は、相変わらずバッツが一方的に攻めていた。
そしてそれをひたすらにカインは全力で跳んで回避する―――「あれ?」
ふと、ロックは違和感に気がついた。
さっきからカインはバッツの攻撃を大きく跳躍して回避している。
だが、回避するだけならば、そんなに大仰に跳ぶ必要はない。(まさか、バッツの攻撃が怖くて必死で逃げてる・・・って、わけじゃないよな?)
バッツの攻撃力は低い。
何度も打たれればそれなりに痛いだろうが、カインならば一撃程度受けてもは問題なく耐えられるはずだ。
逃げるのではなく、ダメージ受ける覚悟で足を止め、攻撃を受け止めて反撃した方が良い。実際に、レオやセシルは自分から仕掛けることはなく、バッツの “奇襲” を受け、それから反撃することで互角に戦った。「おいセシル。カインが “逃げてる” のはただの結果だって言ったよな?」
実況口調も忘れロックが問うと、セシルは頷いた。
「つまり、結果的に逃げてる訳じゃなくて、実際はその逆―――」
そうロックが呟いた瞬間。
わあああっ、とまるで爆発でも起きたかのように、観客達から歓声が上がった―――
******
「ちょこまかちょこまかと逃げやがって!」
もう何度剣を振るったか覚えていない。
背後から仕掛けた一撃を、またまたカインに跳躍されて回避されて、バッツはイライラとカインを睨んだ。
随分と動き回ったが、バッツはまだ息一つ切らせていない。長い間旅をしてきたためにスタミナがある、というのも理由の一つだが、バッツの “無拍子” は無駄な動きを一切省いた体術の極みだ。無駄がない分、体力の消耗も少ない。対して、跳躍して着地し、バッツを振り返ったカインの方は浅く息切れしていた。
「・・・・・・前言撤回させてもらう」
「あん?」
「一つ言い訳させてくれ」思っても見なかった言葉を言われ、バッツはきょとんとする。
「は? 今更何をいいやがる」
心底呆れた様子でバッツが言うにも構わずカインは “言い訳” を口にした。
「確か、貴様とはファブールで軽くやり合っただけで、まともに戦ったのはこれが初めてだったな」
ファブールで、まだゴルベーザがバロンを支配してきた頃の話だ。
一番初めにカインとバルバリシアが城を強襲し、それをセシルやバッツ、それにヤンが迎え撃ったのだ。「それ以降も、俺はお前の戦いを見ることはあまりなかった。地底で、あの召喚士達と決闘したのを見たくらいか?」
「何言ってるんだ? お前・・・?」てっきり装備の事で言い訳するのかと思っていたバッツは、カインの “言い訳” の意味が解らずに困惑する。
そんなバッツにカインは「フッ・・・」と笑って。「なに、単なる “言い訳” だ。貴様如きを相手に、ここまで手こずってしまったという・・・な」
「おい、その言い方だと、これからお前が勝つみたいじゃねえか」
「ほう。馬鹿でもそれくらいは解るのか」
「なんだとォ!」激昂するバッツとは対照的に、カインは静かに笑みを浮かべて棍を構えた。
「次で終わりだ。・・・もちろん、お前がな」
「ああ? やれるもんならやってみやがれッ!」れッ! と言葉を言い終えるか終わらないかのうちに、バッツは動く。
カインの死角へと飛び込み、その無防備な真横から襲いかかった。別にさっきまでとなにも変わらない。
バッツがカインに向かって剣を振り上げた時、ようやくカインは反応を見せる。
低く構えた腰を、さらにわずか落として跳躍の “タメ” を作る。また “逃げる” ための跳躍だ。(今度は逃がさねえ!)
こっちこそ終わりにしてやると、バッツはさっきまでよりも素早く深く踏み込む。
この一撃が当たっても、それで倒せるとは思わないが、ダメージを蓄積していけばそれだけ動きも鈍くなるはずだ。バッツは剣を振りかぶり、それをカインに向かって振り下ろそうとした―――その瞬間。
(・・・えっ!?)
激しい衝撃が、バッツの全身を吹き飛ばした―――