第21章「最強たる者」
G.「決闘」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭

 

「はいそういうわけで! 正規の対決が、今! 始まろうとしています!」
「ちょっと待て」

 待たない。

「バロンが誇る “最強の竜騎士” に挑むは、ファイブル地方からふらりと流れてきた “最強の旅人” !」
「人の話を聞け」

 聞かない。

「最強対最強! 果たして勝利を手にし、賞品を手に入れるのはどっちだ!?」
「俺を無視するな」

 無視する。

「あ、実況は私、さすらいのトレジャーハンター・ロック=コールと」
「ウータイからやってきたマテリアハンター。ユフィ=キサラギでお送りしまーす」
「いい加減にしろおおおおおおおおおおっ!」

 絶叫。
 流石に五月蠅くなったので、ロックとユフィは背後を見上げた。

 ―――今、ロック達が居るのは城の中庭だ。
 庭にはすでに観客が集まっていて、ロックとユフィはそれらが見渡せるように、庭の隅に台を設置してその上に実況席を作った。
 そしてさらにその後ろ。実況席よりもさらに一段高くなった場所で、ファリスは椅子に座らされていた。

「なんだよ賞品」
「誰が賞品だ!?」
「あー、ツバ飛ばさないでよ。きったないなー」
「だったらこんなところに座らせるんじゃねえ!」

 ちなみに、ファリスは別に拘束されているわけではない。
 船に帰ろうとすればいつでも帰れる。
 ただ、なんで今まで大人しく座っていたかというと、単に呆然としていたためだ。

 バッツとカインが、ファリスの船でにらみ合っていたのがつい30分ほど前だ。
 そして今、気がつけばファリスは “賞品” としてひな壇の上に座らされ、決闘の舞台といつの間にか決まった中庭に押しかけてきた観客達を見下ろしていた。

 まるで魔法を使ったかのような手際の良さ―――いや、魔法をつかったとしてもこう素早くはいかないだろう。

「・・・お前ら一体なにモノだよ?」

 たった30分で、ギャラリーを集めて(見物料も回収して)、実況席を設置してお膳立てしたロックとユフィの二人に戦慄を覚える。

 そもそも、ロックはさっきまで男同士のキス(誤解)を目撃して戦闘不能になっていたはずで、ユフィもユフィで何時の間に現れたのかファリスは気がつかなかった。

「何者・・・って、いわれてもな。今の俺はトレジャーハンターな実況?」
「アタシはマテリアハンターな実況」
「・・・もういい」

 なにかを諦めたように、ファリスはがっくりと頭をたれる。
 が、すぐに顔を上げると、ロックとユフィに向かって言い放った。

「ていうか、俺は付き合う義理なんかねーからな。船に戻らせてもらうぜ」

 そう言ってファリスが椅子から腰を浮かせる。
 と、ロックはファリスを見上げたまま小さく頷いた。

「ああ、別に構わないぜ」
「賞品なくったって、あの二人はやる気マンマンみたいだしねー」

 そう言って、ロックとユフィは本当にどうでも良いらしく、再び前を向く。
 そんな二人にファリスは虚を突かれたように中腰のまま固まっていたが―――やがて。

「・・・チッ」

 舌打ちひとつすると、椅子に再び座り直した。
 人間、あっさり無視されると、逆に退きがたくなるものである。

「おや、帰らないのかい?」
「うるせーよ!」

 ロックとユフィと入れ替わるように、今度はセシルがファリスを見上げて尋ねる。
 ファリスからの不機嫌そうな返事に、セシルは苦笑しつつ姿勢を戻した。

「さて、今回はスペシャルゲスト! 解説に、バロン新王セシル=ハーヴィ様にお越しいただいております!」

 ・・・ロックに敬語で様付けで呼ばれると、なにか違和感があるなあ、とセシルは思いつつ、手元の魔法のマイク―――ちなみにバロン黒魔道士団謹製―――に向かって口を開く。

「あ、どうも。セシル=ハーヴィです。よろしくお願いします」
「・・・って、お前さあ。王様なんだから、そんな丁寧な言葉使うなよ。もうちょっと尊大に行け、尊大に」

 マイクが音を拾わないように、小声でロックが言う。
 セシルは苦笑して「それもそうか」と頷いて言い直した。

「私がバロン国国王セシル=ハーヴィであーる! よろしく頼む! ・・・・・・って、なんかこれ違うような気がする上に恥ずかしいんだけど」
「・・・・・・もういいや」

 はあ、とロックは溜息を吐くと、気を取り直して。

「さて、それでは早速ですが陛下に予想をお聞きしたいと思います。どちらが有利と思われますか?」
「そうだね、どちらもタイプが真逆だからね」
「真逆、というと?」
「バッツが無拍子で敵の死角に入り込んで真っ向から不意を突く “奇襲” タイプなら、カインは竜騎士の脚力で真っ向から突進して敵を打ち砕く “突撃” タイプだ」
「全く噛み合わなそうな二人ですね」
「うん、まさにそうだよ。だからどちらが有利ということは言えないな―――ただ、バッツの攻撃力は高くない、そしてカインの突撃は正に一撃必殺の威力だ。つまりこの戦いのポイントは一つ」

 一拍おいて、セシルは告げた。

「バッツ=クラウザーの “奇襲“ がカインを打ち倒すのが先か、カイン=ハイウィンドの一撃がバッツに的中するのが先か―――それに尽きると思うね」
「なるほどー。さて、それではズバリお聞きします。陛下はどちらが勝利すると思われますか?」
「それは言えないなあ」
「オイ」

 思わず素に戻ってロックがツッコむ。

「まあまあ、どちらが勝つかは後のお楽しみにしようよ―――っと」

 ユフィは不意にきょろきょろと周囲を見回す。

「あん? どうしたんだよ、ユフィ」
「いやー、以前のパターンだと、始まる直前になって邪魔が入って、結局アタシら実況できないじゃん?」
「そういやそうだな。でもまあ、お前はもうこの城のメイドって訳でもないし、相変わらずシドのオッサンは忙しそうだけど、俺に手伝えるようなところはないみたいだし」

 なにより、とロックはセシルを振り返る。

「今回は国王陛下のお墨付きだ。邪魔しようとするヤツなんざ―――」
「陛下ああああああああッ! こんなところに居られましたか!」

 突然の怒声に振り返ってみれば、ベイガンが観客達を押しのけて、実況席に猛進してくるところだった。

「・・・居たなあ、邪魔するヤツ」
「やあ、ベイガン。そんなに血相変えてどうかしたのかい?」
「どうかしたもなにもございません! エブラーナとの話し合いがついたと思ったら、さっさとお逃げになられて! なんでこんなところに―――」

 と、ふとベイガンはセシルの頭の上、もう一つ段上に座っているファリスを見上げ。

「くをらあああああああああッ! 貴様、海賊の分際で何故に陛下を足蹴にしておるかああああああああああっ!」
「ンだとこの野郎! 海賊ナメてんのか!」

 にらみ合うベイガンとファリス。
 そこへセシルが間に割って入る。

「いいんだよベイガン。かの・・・もとい、彼は “賞品” なんだから」

 彼女、と言いかけて言い直す。
 ベイガンは「賞品?」と怪訝そうな顔をしたが、すぐに険しい表情―――早い話、普段セシルに小言を言う時の顔になって。

「ともかく陛下! こんなところで油を売っているヒマはありませぬぞ! 王としてやるべき事は山のように―――」
「解ってる解ってるって!」

 絶対に解っていない様子で、投げやりにセシルは手を振った。

「だけどね、ベイガン。ちょっとこれを見た後でも良いだろう?」
「・・・先程から気になっていたのですが、これは一体なんの騒ぎなのですか?」

 今更のようにベイガンが尋ねてくる。

「バッツとカインの決闘だよ。そして僕はその解説に呼ばれたわけだ」
「決闘・・・ですか。何故またそのような事に・・・」
「痴情のもつれらしいよ?」
「ちげーよ!」

 セシルが頭上の ”賞品” を見ながら言うと、即座に否定の文句が返ってきた。

「まあ、理由はともあれ、あの二人の決闘だ。面白そうだろう?」
「それは・・・剣を振るう者としては、興味が無いわけではありませぬが・・・」

 ベイガンは腰の剣に軽く手を添える。
 が、すぐに首を横に振った。

「いや、しかしだからといって職務を放り出して良いという訳にはいきません! 陛下、今日という今日こそは―――」
「解った解った。じゃあ、こうしよう」

 セシルは指を一本立ててベイガンに提案する。

「これからの決闘、ベイガンはどちらが勝つと思う?」
「それは・・・やはり、カイン殿でしょうな」

 確信、とまでは行かないが、それなりに信頼してベイガンは答えた。
 バッツの実力を、ベイガンは良く知らない。
 バロン城での戦いで、偽物のオーディン王―――カイナッツォにやられてしまったのと、今はもうガストラへ戻ってしまったレオ将軍に、訓練で容赦なく叩きのめされていたことくらいだ。

 逆に、カイン=ハイウィンドの強さは十二分に良く知っている。彼が “最強” と冠される理由も知っている。
 だからこそ、自然とカインが勝利すると思った。

「そうか、じゃあもしもカインが勝ったら、これから先、一ヶ月くらいは君の言うことを素直に聞くよ」
「・・・は?」
「逆に、カインが勝てなかったら、今日はこれ以上の小言は無しにしてくれ―――どうだい、良い条件だろう」
「つまり、賭け、というわけですか・・・?」
「その通り。さあ、どうする? 乗るかい?」
「む・・・むう」

 今日は、というが、まだ空は青いものの、陽は随分と傾いている。
 あと少しでもう夕方だ。
 ベイガンにとって好条件―――というか、セシルにとってなんの得もない賭けだ。

(賭け事はあまりやったことはないが、どうせここで断っても逃げられるだけですな)

 ベイガンはそう結論づけて頷いた。

「が、しかしそう言うことならば、私はバッツ殿が勝つ方に賭けることに致します」

 セシルにはあまり得のない賭け―――逆に言えば、それだけセシルには “自信” があるということだ。
 素直に考えれば、ベイガンはカインに賭ける―――それくらいはセシルも考えているだろう。だからその裏をかく―――

「はい、じゃあベイガンはバッツに賭けるということで」
「は?」

 もう少し動揺するかと思っていたのに、セシルはあっさりと頷いて見せた。
 裏をかいたつもりだが、逆にその裏まで読まれていたのではとベイガンは焦る。

「ちょ、ちょっと待って頂きたい。やはりカイン殿に―――」
「じゃあ、カインで」
「い、いや・・・や、やはりバッツ殿で・・・・・・」
「・・・どっちでもいいけど、さっさと決めなよ。そろそろ始まるよ?」

 セシルの言う通り、観客達から歓声が上がる。

「さあ! 遂に入場してきました! まずは挑戦者バッツの入場です!」

 何時の間にバッツが “挑戦者” となったのかは不明だが、まあ便宜上だろう。
 示し合わせたように観客達が身を退き、中庭の入り口―――城の渡り廊下から中央へと道が作られる。その花道を、普段通りの姿格好をしたバッツが歩いてきた。

「青のコーナー、ファイブル地方リックスの村出身、127.9ポンド・・・バッツ〜〜〜クラウザァァァァァァァッ!!」

 ロックが紹介文を読み上げると、さらなる歓声が上がった。
 その歓声の中を、バッツは黙々と中央に向かって歩く。

 そして。

「おおっと、反対側からはチャンピオンの入場だァッ!」

 何時の間にカインが “チャンピオン” に(以下略)
 ともあれ、バッツが現れたのとは反対側に花道がつくられ、カインが颯爽と歩いていく。
 こちらは普段の竜騎士の鎧を身に着けては居らず、さっきまでの軽装に、殺傷能力のない、カインの身長ほどもある木の棒―――いわゆる “棍” と呼ばれる棒―――を手にしていた。

「赤コーナァァ! フォールス地方バロン出身、134.5ポンド・・・カイン〜〜〜ハイ、ウィンドォォォォォォォッ!!」

 バッツが紹介された時に負けじと、大きな歓声が上がる。
 観客達が見守る中、中庭の中央でカインとバッツは向かい合った。

 それを見やり、セシルはベイガンに言う。

「ほら、早く決めないと始まっちゃうよ」
「う、うぬぬぬぬぬぬ・・・・・・で、ではやはりバッツ殿で!」

 普通に考えれば、カインの勝ちだろうとベイガンは考えている。
 だからこそ、あえて逆を選択した。
 それを聞いて、セシルはにたりと笑って頷いた。

「よし、それじゃあ賭け成立だね」
「う、うう・・・む」

 どこまでも余裕綽々のセシルに、ベイガンは一抹の不安を隠せない。
 やはりカイン殿が勝つのでは―――と、自分が選んだのとは別の方が正しいような気がしてならなかった。

 というか。
 セシルの賭けに乗った時点で、ベイガンの負けは確定していたりするのだが。
 当然、そんなことは当のベイガンは気がついていない。

「ちっ、ちなみに陛下はどちらが勝つとお思いで?」

 ベイガンの問いに、セシルは意地悪く笑ったまま答えた―――いや、答えなかった。

「それは言えないなぁ」
「・・・別に今更、賭けを変えようなどとは思っておりませぬ」
「そんなことは心配してないさ。ただ、言いたくても言えないんだよ」
「は?」

 意味が解らず、ベイガンが首を捻ったその時―――

「おおっと、いきなり挑戦者が飛び出したァ!」

 拡声器で拡大されたロックの解説が周囲に響き渡った―――

 


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