第21章「最強たる者」
E.「死なせぬために」
main character:バッツ=クラウザー
location:戦場跡
エブラーナからの船が、バロン軍港についた頃―――
バッツは一人 “戦場” に立ちつくしていた。
太陽は頂点を過ぎた頃だが、バッツは朝からこの場に立ちつくしていた。
「・・・・・・」
つい先日、バロン軍と貴族軍が激突した場所。
そして、何の罪もない民達が死んだ場所だった。死者は、その戦闘の規模にしては少ない方だったという。
死んだ者たちも、何割かは白魔道士の魔法で蘇ることができた。それでも確実に犠牲者は出ている。
すでに戦場だった場所から死体は片づけられている。
だが、地面を踏み荒らされた跡や、血痕などの戦いの傷跡はまだ残っていた。「・・・くそ、ったれ」
苦々しく、吐き捨てる。
彼の心にあるのは、どこまでも落ちていくような喪失感と、無力感だ。
それはかつてダムシアンでも感じた想い。ギルバートの恋人、アンナが “赤い翼” の爆撃で命を失った時と同じ想いをバッツは抱いていた。
あの時も、バッツは何も出来なかった。
戦うことも、守ることも、救うことも出来ずに、アンナが亡くなり、テラが憤り、ギルバートが悲しむのを見ていることしかできなかった。この戦争も同じだった。
クノッサスは、バッツのお陰で何人かは救われたというが、救われなかった者たちの方が圧倒的に多い。ひたすらに無力感を感じながら、その一方で思わずには居られない。
白魔道士団に護衛など必要なかった。白魔道士団は戦闘中の場所へ突撃したわけではない。戦闘の終わった場所で、死傷者を癒やしていただけだ。敵側にそんな白魔道士達を襲う余力はなく、結果としてバッツは一度も敵と戦うことはなかった。
バッツが、白魔道士団の護衛につく必要はなかった―――それは結果論かもしれないが、少なくともセシルにはそれくらい解っていたはずだとバッツは思う。
「セシルのヤツは、なんで俺を白魔道士の護衛に付けたんだ・・・?」
それは独り言ではなかった。
「そりゃ簡単だ。お前が “ただの旅人” だからだよ」
「・・・・・・」背後から帰ってきた返事に、バッツは驚くことなく憮然と振り返った。
「よお」
と、手を挙げたのはバンダナの青年。
ロックは、暗く沈んだ表情のバッツとは対照的に、明るく笑いながら歩み寄ってきた。「こんな所に居たのかよ。捜したぜ」
「俺が旅人だからって・・・どういう意味だよ?」不機嫌そうに睨んでくるバッツの視線を笑って流しつつ、ロックは答えた。
「旅人に戦争で出来ることは何もないってことさ。お前だって解ってるんだろ? 人を殺すことができないヤツが戦場で出来ることはなにもないって」
「・・・・・・」バッツ=クラウザーは “ただの旅人” ―――ではない。
無拍子を使いこなし、 “最強” と呼ばれたレオ=クリストフとも互角に渡り合った。
だが、この戦争においてはバッツの出番はない。「例えばお前が、敵の一人をブッ倒したからと言ってそれで戦いが終わる訳じゃない―――ファブールでもそうだっただろ?」
ロックはファブールでの戦争に参加していないはずだが、情報として内容は知っているのだろう。
あの時、バッツは一人で狭い通路を守っていた。
バロンの兵士を何人も打ち倒したが、それで戦局が変わったわけでもない。さらにその後、レオに倒されてしまった。「あの時は、狭い城内だったからお前一人でも守ることが出来た―――が、今回は野戦だ。お前の強さは認めるけど、破壊力のないお前の剣じゃあってもなくても一緒だぜ」
ここでいう “破壊力” とは敵部隊を崩すという意味の破壊力だ。
例えば、バッツが敵を一人殴り倒しても、それは部隊の破壊には繋がらない。竜騎士団のように圧倒的な突進力で敵部隊を切り崩し、蹴散らす―――破壊力とはそう言う意味だ。「・・・つまり、ファブールの時とは違って、俺が役立たずだから外されたって事かよ」
「建前はな」
「へ? 建前?」きょとんとするバッツに、ロックは戦場だった場所を見回す。
「これは俺の憶測だけどな。セシルのヤツは、お前に見せたかったんじゃないか? この戦いを―――これからの戦いを」
「これからの、戦い?」ロックは頷いて、今度はバロンの城を振り返った。
「セシル=ハーヴィは今やバロンの王様だ。今までのように、例えばファブールの時のようにたった一人で出撃する、なんて事は許されない」
だから地底に行くにも、エブラーナへの使者も、セシルは自分ではなくロイド達に任せた。
「これからのセシルの戦いは、常に “セシル=ハーヴィ” 個人じゃなく、 “バロン国王” として戦わなければならない。つまり、セシルが戦うとなればその下の兵士達も動くことになる。今回みたいな大規模な戦い―――戦争になる」
「・・・今回のように、多くの人が死ぬってことか」
「多くねえよ」バッツの台詞に、ロックがきっぱりと言い返した。
「・・・今回は少ない―――少なすぎるくらいだ」
ロックの吐き捨てるような言葉に、バッツは口をつぐんだ。
今回の戦いは、戦争とは言えないような一方的な戦いだった。ただ、バロン軍が貴族軍を叩き潰すだけの戦い。数ヶ月前、ファブールの戦争で失われたモンク僧やバロン兵の数は、今回の比ではない。
バッツは確認する前に城を飛び出してしまったからよく解っていなかったが。バッツは長い間旅していて、戦争というモノを全く知らないわけではない。
このフォールスや、故郷であるファイブル地方では、近年大きな戦いは起こっていなかった。
だが、シクズスやエイトスなどでは、当たり前のように戦争をしているという。そして、ロックはそのシクズスの出身だ。
犠牲が少ない、と苦々しく言ったのは、自分の故郷で起こっている戦争を思い出したからなのだろう。「お前がどこまでセシルのヤツに協力する気かは知らないけどな。あいつと一緒に戦うと言うことは、これからはもっと多くの人間が死ぬところを目にするかも知れないって事だ。それを伝えたかったんじゃねーかな」
敵はゴルベーザ。
魔物の軍勢を操り、四天王という強力な配下を擁する男だ。
まともにやり合えば、ファブールの時とはさらに比べようもないほどの被害が出てしまうだろう。「大勢の人が死ぬ―――お前に、その覚悟は・・・」
「ねえよ」即答。
バッツは憮然としたままロックに言い返す。「人が死ぬ覚悟なんてあるわきゃねえだろ。俺は死なせたくないからこそ、ここに居るんだからな!」
はっきりと言い返してきたバッツに、ロックは思わず言葉を失う。
が、やがて「へっ」と笑い。「なんだよ。てっきり落ち込んでると思ったんだが、割と元気じゃんか」
「そう何度も何度も落ち込んでられるかよ!」
「じゃあ、なんでこんなところでぼーっと突っ立ってるんだよ!?」
「それは・・・」バッツはなにかを言いかけて―――上手い言葉が見つからないのか、視線を宙にさまよわせて―――やがて言葉を見つけたのか、ロックに言う。
「それこそ “覚悟” してたんだよ」
「人が死ぬ事への覚悟か?」
「誰かを死なせないための覚悟だ」その答えに、ロックは違和感を感じて首を傾げた。
「・・・そりゃあ “覚悟” じゃなくて “決意” って言わないか?」
「あ、そうか。まあいいじゃん、どっちでも似たようなもんだろ」(まあ、どっちでもいいってことにゃ違いないか)
そうロックが思っていると、今度はバッツが尋ねてきた。
「そういうお前はなんでここに?」
「お前が城に居なかったからさ。伝えてやろうと思って」
「何を?」
「エブラーナに行ってたマッシュ達が帰ってきた」
「帰ってきた・・・って、じゃあ、ファリスもか?」
「まあ、アイツの船で行ったから、当然一緒に帰ってきただろうな―――」
「おいなにやってんだ早く戻ろうぜ!」
「―――って、早ぇなオイ!?」ロックの言葉が言い終わらないうちに、バッツは街へ向かって走り出していた。
仕方なく、ロックも走ってそれを追いかける。(しっかし、カインと言い、なんであそこまであの海賊に執着するかね? まさかマジでそっちのケがあるんじゃねーだろうな)
バッツの背中を見ながら、ロックは自分の考えに薄ら寒いモノを感じていた―――