第21章「最強たる者」
D.「失わぬために」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・会議場
「さて、と。それじゃ話を聞こうか」
いつまでも港で立ち話をし続ける―――しかも、国王と異国の王子が揃って―――のも何だからと、セシルはエッジ達を小会議場へと案内した。
以前、カイン達が地底へ行く直前にも使った、円卓のある部屋である。
その上座に座って、セシルは場の面々を見回して言った。―――ちなみに、さきほど港に居たメンバーの内、ファリスとキャシー、それからマッシュはこの場には居ない。
ファリスとキャシーの二人は、会議に付き合う義理はないと言い捨てて、ファリスは船に残り、キャシーはファレル邸へと帰ってしまった。ルビカンテとの戦闘のダメージが残っているマッシュは、クラウドも居る医務室へと運び込まれた。
もっとも、船の中でも寝たきりだったようで、体力的には有り余っている様子だった。酷い火傷を魔法で治癒してもらえば、一日安静にしていればすぐに復活するだろう。「っていうかさ」
怪訝そうな顔をして発言したのは緑の髪の女性―――リディアだった。
彼女は、周囲の者たち―――特にエッジを見やり尋ねる。「何言い争ってたの?」
「私も気になるな。かなり殺気立っておったようじゃが」リディアの言葉にフライヤも頷く。
―――言い争っているところに現れたのは、フライヤとリディアだった。
フライヤは傭兵として(一応、フライヤはギルバートに護衛として雇われている)、雇い主を出迎えに来たという。
リディアはその付き添い。「ま、ブリット達の様子を見がてらね」
現在ブリット達は、エンタープライズが隠されていた隠し部屋に篭もっていた。
魔物が出歩いていれば騒動のタネになるからだが、セシルとしては「リディアの召喚獣」とでも言っておけば問題は―――全くないとは言わないが、それでも閉じ篭もる必要はないのではと思ったのだが、「セシルやバッツみたいな人達ばっかりなら良いんだけどね」
セシルの意見に、リディアはそう言って苦笑いをした。
ブリット達は魔物である。
そして本来、人間と魔物とは相容れられない者同士なのだ。
それは召喚士の村ミストでも同じことで、一度、リディアがブリットをミストの村へ連れて行き「リディアの友達だよ」と紹介したら、かなり酷い目に合わされたらしい。魔物だと言うだけで、ブリットは殺されかけ、リディアが泣きながら殺意を放つ大人達にすがりつき、リディアの母親であるミストが村人を宥めた隙に、ブリットは命からがら逃げ出したのだという。そのことが、ブリットにはトラウマになっていた。
だから、自ら進んで人間に関わろうとはしない。
セシルとブリットが初めて出会ったのもミストの村の外れであったし、それからカイポ、ファブールと旅をしたが、ブリットは決して人間達が住んでいるところに入ろうとはしなかった。かといって、ブリットは人間を憎んでいるわけではない。
人間と魔物は相容れない存在。
リディアに連れられて、友達として人間の村に訪れたブリットが “異常” なのであって、村に入り込んだ魔物を殺そうとした村人達の方が “正常” なのだということをブリットは理解している(この辺り、リディアは未だに納得しきれていない)。それに、リディアを初め、セシルやバッツなど友好的な人間も居ることを知っている。
だからこそ、無理に人間に関わろうとはせずに、閉じ篭もっているのだ。閑話休題。
そんなわけで、ギルバートの護衛であるフライヤはともかく、リディアはファリス達と同様にこの場に居る必要はない。
リディアとしても、どうしてこの場にいるか解らない。それなのに居るのは、セシルからの要請があったからだ。
その理由は―――「ていうか、こいつ何?」
リディアはエッジを指さして尋ねる。
「って、こいつじゃねえ! エッジ様だ!」
「だからそのエッジ様って何よ。なんかさっきから視線が鬱陶しいんですケドー」
「人をモノ見たくいうな! せめて “誰” って聞けよ!」そう言ってそっぽを向きつつも、視線はリディアの方をちらりちらりと盗み見している。
理由はこれだった。
リディアが現れた瞬間、エッジの興味はベイガンから彼女へ移ったようだった。
何故か気になるようで、落ち着きなくリディアの様子を伺っている。ともあれ殺気立たれるよりはマシだ。
「彼はエブラーナ国の王子だよ。エブラーナの代表としてこの場にいる」
照れ隠しなのか、ちゃんと名乗ろうとしないエッジの代わりにセシルが紹介する。
ついでにエッジにも、「王子、彼女はリディアと言って、ここから北にあるミストの村の召喚士―――」
「―――リディアだって!?」声を上げたのはギルバートだった。
セシルが言葉を止め、場の視線がギルバートに集まったのに気がついて、彼は不作法だったと口に手をやる。
だが、驚きは隠せないようで、食い入るようにリディアを凝視していた。あからさまに見つめてくるギルバートに、リディアは不快感をあらわにしてセシルに尋ねる。「・・・これも何?」
「いや、ギルバート王子とは会ってるだろ?」セシルが言うと、リディアは小首を傾げ、
「ギルバートって・・・・・・こんなんだったっけ?」
なにやら記憶と食い違うらしい。
「こんなんって、そんな言い方はないだろ」
「あ、悪い意味じゃなくて、昔会った時よりもなんていうか・・・格好良いような気がするから」
「そ、そうかな」ちょっと照れたようにギルバートがはにかむ。
リディアは「うん」と頷いて。「なんか恋人の名前を情けなく惨めったらしく泣き叫んでいた覚えしかなくて」
「うぐ・・・・・・っ」
「あー、確かにリディアの覚えているギルバートはそんな感じかもね」ショックを受けた様子のギルバートにセシルは苦笑。
カイポやファブールなど、ギルバートが活躍していた場にはリディアは居なかった。「って、そうじゃなくて!」
リディアの記憶通りに情けない顔をしていたギルバートは、即座に我に返った。
セシルとリディアを交互に見やり、困惑を隠しきれない様子で尋ねる。「リ、リディア!? だってリディアはまだ子供だったじゃないか」
「子供の成長期って早いよね」
「だから違うっての!」セシルのボケにリディアのツッコミ。
「あたしが成長しているのは・・・・・・まあ、色々あったわけよ」
説明が面倒くさくなったらしい。
適当な説明に、しかしギルバートは追求することなく、もう一度だけ問う。「本当に、リディアなのかい・・・?」
「しつこいなあ。証拠でも必要なの!?」
「・・・いや、いいよ。信じる。でも、良かった―――本当に、良かった―――リヴァイアサンに呑み込まれたって聞いてたから・・・」感極まったのか、泣きそうな顔でギルバートが言う。
そんな彼に、リディアはしみじみと呟いた。「大げさすぎるっての・・・・・」
ギルバート達にしてみれば、つい一ヶ月とちょっと昔の話だが、リディアにとってはもう十年も昔の話である。
彼女としては “今更” の話なのだろう。「リディア・・・か」
しばらく黙っていたエッジが口を開く。
名前を呼ばれ、リディアはそちらの方へと顔を向ける。「なによ?」
「・・・お前、召喚士ってことは・・・やっぱミストの姉妹かなにかか?」
「お母さんを知ってるの?」
「「お母さん!?」」つい数ヶ月前までのリディアのことを知らないエッジとユフィが異口同音で叫ぶ。
さっさとファレル邸へと帰って行ってしまったキャシーも居れば、エッジ達と同様に驚いたかも知れない。「お母さんって・・・え?」
ユフィはミストの容姿を思い返して困惑する。
姿形は目の前に居るリディアと全く同じだ。強いて言うなら、雰囲気がミストの方が丸く穏やかで、リディアの方は攻撃的な刺々しさを感じる。ユフィもエッジも、リディアのことをミストの双子か年の近い姉妹だと思い込んでいた。従兄弟、という可能性もあるかなー、とは思っていたが、よもや親子だとは考えもしていない。「てゆーか、ミストって何歳!?」
「こんな娘が居るなら、少なくとも三十路―――いや、四十は越えてるよな!?」
「お母さんは今年で二十歳のはずだけど」
「「・・・・・・は?」」どう見ても二十歳前後のリディアの言葉に、エッジとユフィの目が点になる。
そんな二人に、セシルは苦笑してフォローした。「リディアはこう見えても、まだ七歳なんだ。最近の子供って、発育が凄いよねー」
「だから違うっての!」
「 “この世界” では七歳しか歳をとってないだろう?」リディアのツッコミをセシルはさらに切り返す。
言われた言葉に対して、思わず詰まり―――やがてじろりとセシルを軽く睨む。「・・・ボケてたんじゃないの?」
「まあ、そりゃあ普通に考えて、たった一ヶ月程度でここまで成長するなんて、普通は考えないよね」あっはっは、と笑うセシル。
からかわれていたと知って気分を害したのか、リディアはぷいっとそっぽを向いた。
それを見て、もう少しだけ笑って、セシルは不意に真顔になる。「さて―――そろそろ本題に入ろうか」
と、エッジの方へと目を向けて、
「エブラーナの王子、エドワード=ジェラルダイン殿。そちらの意向をお聞かせ願いたい」
「い、意向・・・?」突然に話を振られ、エッジは戸惑う。
「我らバロンと手を結ぶか否か―――」
「それは・・・」エッジはセシルの背後に控えるベイガンの姿を見る。
ベイガンは特にエッジの視線を気にした風はなく、平然と立ち続けていた。「・・・やっぱり俺はオヤジの仇と手を組むことは出来ねえ・・・!」
「エッジ・・・!」ユフィが窘めるように声を上げるが、しかしエッジは意見を変える気は無さそうだった。
「エブラーナのことはエブラーナでなんとかする!」
「・・・それが、エブラーナの総意であると受け取って良いのか?」セシルに言われ、エッジは一瞬逡巡したが―――すぐに意を決したように頷いた。
「ああ! 悪ぃがこれで話はお終いだ! ユフィ、帰るぜ!」
「ちょっと待ってよエッジ・・・」席を立つエッジを見て、ユフィも慌てて立ち上がる―――と。
「バッカじゃないの?」
会議場を出ようとしたエッジの背に、侮蔑の言葉が飛ぶ。
なんだと、とエッジが声のした方を振り返れば―――「ようやく、さっきの言い争いの内容が解った。つまりアンタは、わざわざバロンまで手を借りにやってきた挙句、ムカつくヤツが居たからやっぱ気が変わった―――そう言うことね」
「ちげーよ! そいつがっ、オヤジの仇が居るなんて思わなかったから―――」
「どう違うのよ!」リディアは立ち上がり、エッジを睨付ける。
「それはアンタの我儘でしょ! それでアンタ達だけで戦って、力が足りなくて誰かが・・・アンタのくっだらない我儘のせいで死んで―――それにアンタは耐えられるの!?」
「うるせえっ! 俺達は負けねえ! 誰も死なねえよ!」
「だったらなんでここに居るのよ! 自分たちだけじゃ敵わないって思ったから助けを求めて来たんでしょうが!」
「ぐ・・・っ」リディアの言うとおりだった。
たった一人。炎のルビカンテ相手に手も足も出なかったからこそ、エッジはバロンにやってきたのだ。「・・・もう一度聞くよ。アンタ、自分の我儘のせいで誰かが失うことに、本気で耐えられるの?」
「・・・・・・・・・」
「あたしは―――耐えられない」
「・・・お前・・・?」いつの間にか。
リディアは涙を零していた。
唇を振るわせ、嗚咽を漏らすことなく、ただ涙を流していた。それは悔恨の涙だ。
彼女にとってはもう十年以上も昔の話。
それでもその後悔は色褪せることなく、リディアの心の中に残っている。ファブールで、ローザを探しに行くとティナが言った時。
もし、自分も行くと言い出さなければ、もしかしたらティナを失うことはなかったのかも知れない。
ティナは、リディアを守るために、再びガストラの手に落ちたのだから。それだけではない。
地底で彼女は他にも仲間を失った。「ティナも・・・・・・ヤンも、ギルガメッシュも・・・・・・失って・・・・・・失わないために力を手に入れたはずなのに! なのに!」
涙で潤んだ瞳でリディアはエッジを睨む。
「いい加減にしてよ! もうこれ以上、誰かが死ぬのは・・・・・・っ!」
それ以上は嗚咽を堪えるので精一杯のようだった。
言葉は無く。口をつぐみ、エッジを真っ向から睨付ける。「お、俺は・・・・・・」
リディアの眼差しを受け止めることも、視線を反らすこともできずに、エッジはただ立ちつくす。
(俺は誰にも死んで欲しくねえんだよッ!)
エブラーナを出る直前、ルビカンテの襲撃の際に叫んだ言葉を思い出す。
誰にも死んで欲しくない。そのためにはバロンの助けが必要だ。だからエッジはここに居るのだ。
それは解っているが―――しかし。誰もが押し黙る中、不意にセシルが口を開いた。
「・・・敵であるゴルベーザは、未だその目的が見えていない。事はバロンやエブラーナ・・・いや、このフォールス地方だけの話では収まらないかもしれない―――」
もしかすると多くの者たちが死ぬような事になるかも知れない。
「ゴルベーザの目的を止めるには、バブイルの塔へ進入し、クリスタルを奪い返さなければならない―――そのために、エブラーナの協力が必要だ」
セシルはそこまでいうと、涙を拭っているリディアを見て苦笑する。
「とはいうものの、正直にいうと、僕はエブラーナの協力を得られなくても仕方がないと思っていた」
バロンとエブラーナの戦争の歴史は古く、長く、それでできた溝は果てしなく深い。
エッジがベイガンを親の仇だと恨むのと同様に、エブラーナを仇だと思っているバロンの人間は少なくない。もちろん、その逆も然り、だ。だから、エブラーナとの同盟は、駄目元のつもりだった。
「でも気が変わった。確かに、これ以上誰かが失われるのは目覚めが悪いよね」
だから、とセシルはエッジへと告げる。
「どんな事をしても、エブラーナには協力して貰う。どうしても協力できないというのなら―――」
「攻め落とすというのかい?」ギルバートが不安そうに問う。
先程までは、セシルもそう考えていたが―――しかし、今は首を横に振った。「向こうが協力してくれないというのなら、こちらが勝手に協力するだけだ」
「それは “協力” とは言わんと思うが」フライヤがつっこみを入れると、それに続いてベイガンが尋ねてくる。
「陛下。勝手に、と仰いますが、エブラーナの協力無くしてバブイルの塔を攻めるのは難しいのでは・・・?」
もっともな疑問に、セシルは「そうだね」と頷いてから。
「とりあえず今考えているのは、 “赤い翼” が仕上がり次第、バブイルの塔を守っている魔物達を蹴散らす。そうやって隙を作ってやれば、あとはエブラーナの忍者達が勝手になんとかしてくれるんじゃないかと思うんだけど」
「・・・そう上手いこと行きますかな・・・?」ベイガンの懸念するとおり、セシルが口にした案は大きな穴がある。
まず第一に、 “魔物を蹴散らす” というが、そう簡単に蹴散らせる数でもない。以前の “赤い翼” ならばともかく、現在の “赤い翼” はようやくまともに飛空艇を飛ばせるようになった程度だ。
魔物の群れを一蹴できるようになるのを待てば、ゴルベーザは目的を達してしまうだろう。第二に、エブラーナ忍者がそれで “なんとかできる” かどうかもわからない。
策とは呼べない、単なる思いつき。
だが、セシルがその思いつきを口にしたのは、エッジに聞かせるためであった。
バロンがエブラーナに協力して、何が出来るのか―――何をしようとするのか。そしてその見返りに、エブラーナに何を期待しているのかを。「―――エドワード殿」
未だ立ちつくしたままのエッジに、セシルは呼びかける。
「ベイガンを―――バロンへの憎しみを忘れろとは言わない。仇を取りたいというのなら、いつでも受けて立とう―――けれど、今は僕たちと共に戦ってはくれないだろうか? バロンのためでも、このフォールスの平和のためでもない。自分たちの近しいモノを失わないために」
「・・・・・・・・・」セシルの言葉に、エッジは黙ったままだった。
が、不意にその肩を、ユフィがぽんっと叩いた。「なにも言えないアンタの負けだよ。エッジ―――どうするべきか、もう解ってるんだろ?」
その一言に背中を押されるようにして―――
「へっ・・・」
にやり、と笑って彼はまだこちらを睨んでいるリディア―――すでに涙は止まっていたが―――を一瞥し、それからセシルへ顔を向ける。
「・・・こんな綺麗なねーちゃんに泣かれたんじゃしょうがねえ―――ここは一発、手を組むとしようじゃねーか!」