第21章「最強たる者」
C.「仇」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城
「戻ってきたというのは、エブラーナへ向かったギルバート様達のことでしたか」
バロン城の港に辿り着いて、そこに停泊している船を見つけてベイガンは不満そうに言った。
不満そうなのは、ようやくセシルを捕まえることができると思った途端に邪魔が入ったからだろう。ホントに上手いタイミングで来てくれたなあ、とセシルはベイガンの声を聞きつつこっそり思った。バロン城の港は、現在活動停止しているにも関わらず、結構な広さだった。・・・いや、活動していないからこそ、余計に広く感じるのか。
飛空艇がなかった時代では、船は重要な移動・輸送手段であり、その規模は陸兵団にも劣らなかった。バロン海軍と言えば、竜騎士団と並んで、バロン軍の花形だった―――そんな時代もあったのだ。リヴァイアサンが出現する以前の話ではあるが。現在はこの港は殆ど使われていない。
リヴァイアサンの脅威が消えて、活動再開しかけたが、それもゾットの塔の出現でお釈迦になった。
現在海兵団は、ゴルベーザに奪われた “赤い翼” の代わりとして、新しい赤い翼の乗組員として訓練中である。そんなわけで、今、この港には殆ど人が居ない。この港に居るのは清掃員も兼ねた衛兵くらいなものだ。
人が居らず、さらに広さが逆に閑散としているのを強調している。
だから、そんな場所で騒いでいれば、割と目立つ。「・・・何を騒いでるんだろうね」
船が接舷された桟橋の辺りで、何事か騒ぎが起きていた。
だが、その騒ぎの中に見知ったメイドの姿を見つけると、なんとなく原因を察してセシルは苦笑した。「まあいいや、さて挨拶でもしようか―――ベイガン?」
ふと、セシルはベイガンがじっと騒ぎを見つめているのに気がついて首を傾げる。
真剣に、複雑そうな表情で誰かを凝視していた。「どうかしたかい?」
「・・・いえ、陛下。少しばかり見知った顔を見かけたので・・・」
「?」見知った顔と言えば、そのその殆どが見知った顔ばかりだ。
知らないのは、なにやらキャシーと言い合っている青年―――おそらくはエブラーナの忍者だろう―――くらいなものだ。もう一人、その傍らに居る女の子もセシルは知らなかったが、なんとなく見覚えはあった。
―――流石にセシルもはっきりとは思い出せないようだが、セシルが見覚えのあったその女の子―――ユフィのことだ―――は一時バロン城で使用人として働いていた。その頃すれ違ったことくらいはあるのだろう。「・・・まあ、いいか」
そこら辺も含めて色々と話を気かなければ始まらない。
セシルは騒いでるキャシー達に近づいていく―――と、マッシュに肩を貸していたギルバートがこちらに気づいたようだった。
同時、セシルが知らない忍者の青年もこちらに気づいて―――(殺気―――!?)
いきなり険しい表情になると、こちらに向かって突進してくる。
駆け出しながら、殺意をむき出しにして、腰に下げた刀を引き抜いた。「陛下、お下がりを!」
言いつつベイガンが騎士剣ディフェンダーを抜きつつセシルの前に出る。
「死にやがれッ!」
忍者の青年―――エッジが殺意の言葉と共に斬りかかる。
電光石火の素早い一撃。
だが、ベイガンの剣はそれを危なげなく受け止めた。ガギィン! と鋼と鋼が激突し、互いに弾かれる―――「おおおおおっ!」
―――弾かれた瞬間、ベイガンは強引に剣を押し出した。
衝突の反発力に加え、さらに剣が押し返され、エッジは抗する間もなくその手から刀がはじき飛ばされる。「ちィッ」
刀を失ったエッジは、無理にそれを回収しようとはせず、懐に手を突っ込んで手裏剣を取り出す。
「エッジ、なにやってるんだよ!」
その腕を、ユフィが掴む。
エッジはユフィを振り向いて、今までになく怒りを顕わに怒鳴りつけた。「離せよッ! あいつは・・・あいつはオヤジの仇だッ!」
「あ・・・」ユフィはハッとして思い出す。
―――バロンでエッジと再会したのは、エブラーナがバロンを急襲した時だ。
その時、エブラーナ王エドワードの最後も聞いている。自爆したというだけで、死亡を確認したわけではないが―――状況を考えれば・・・。ユフィの力がゆるんだ隙に、エッジは腕をふりほどくと、手裏剣を―――
「はい、そこまでだ」
眼前に刃の切っ先があった。
目の前に突き付けられた黒い暗黒剣に、エッジの身体が硬直する。エッジがユフィと話している隙に、セシルがデスブリンガーを召喚し、エッジに向かって突き付けたのだ。
「くっ・・・!?」
刃を突き付けられたと言って、それで動きが封じられるわけでもない。
エッジは後ろに下がって間合いを取ろうとする―――が、何故か身体が動かない。「なんだ・・・!? 身体が・・・っ」
ダークフォース。
その源である “恐怖” によって、エッジの身体は縛られていた。
如何に日々の修行で精神力を鍛えている忍者といえど、この世で最強の暗黒剣を、不意打ちで突き付けられれば、その “恐怖” に抗えるわけもない。「ベイガン、彼は?」
セシルが傍らのベイガンに問うと、逆の方向から答えが返ってきた。
「エブラーナ王が第一子。エドワード=ジェラルダイン王子です」
そう言って、いつの間にかユフィとは反対側の、エッジの隣で一礼していたのは、キャシーだった。
その後ろには、ギルバート達も遅れて集まってきている。「ベイガンが仇って・・・まさか」
「そいつが俺のオヤジ・・・エブラーナ王を殺したんだよ!」エッジの叫びに、セシルはベイガンに視線を向ける。
するとベイガンは頷いて。「確かに、私はゴルベーザに操られていた時、エドワード王と闘い、打ち倒しました」
「操られていた、だと? そんな言い訳が通じると思ってるのかよ!」
「いえ」エッジの言葉をベイガンは否定する。
「操られていようといまいと、私は同じことをしたでしょう―――あなた方がバロンの敵である限り」
「なんだとぉ・・・」
「つまりベイガンはこう言いたいわけだ」にらみ合うベイガンとエッジの間に入り、セシルが捕捉する。
「ベイガンは、近衛兵長としての役目を果たしただけであると」
ゴルベーザのダークフォースに惑わされていたベイガンだが、その行動指針は変わっていなかった。
オーディン王―――引いてはこのバロンという国を護ること。断固たる決意でそれを胸に秘めていたことは、操られていた時も変わりない。もしも操られていなくとも、エブラーナの忍者が城に乗り込んできたのなら、当然それを迎撃しただろう。
「役目だと・・・! だったら俺も、オヤジの・・・エブラーナ王の息子として、その無念を晴らして―――」
「馬鹿か君は」すっぱりと。
エッジの言葉を斬り捨てたのはセシルだった。
冷ややかな視線でみやり、嘆息する。
そんなセシルの態度に、エッジの怒りの矛先はセシルへと移った。「なんだとてめえ!」
「控えろ! いかに他国の王子とて、陛下に対して無礼であるぞ!」エッジの言葉遣いにベイガンがいつものように反応する。
しかし、セシルはなんともやる気無さそうに手を振って、ベイガンを制する。「いいよ、ベイガン。こんなやつに怒るだけ無駄だ」
「どういう意味だよ!」
「そのままの意味だよ。エッジ、と言ったね。君は今は無きエブラーナ王の代わりとしてここに居るわけだ―――そして、その王の無念を晴らすと言った」つまり、とセシルは言葉を繋げる。
「エブラーナは、バロンに対して宣戦布告をしたと受け取っていいわけだね?」
「・・・え?」
「ならばこれ以上の問答は無用だ。ゴルベーザを倒す前に、まずはエブラーナを潰す」
「な・・・な・・・」淡々と告げるセシルの言葉に、エッジは言葉を失う。
エッジだけではない、他の面々も―――ベイガンですらも、唖然としてセシルを凝視していた。「なんだとてめえ・・・」
エッジがようやくそれだけを絞り出すように言う。
だが、セシルはそれを無視して、エッジの後ろに居たファリスに向かって、「済まないが、そこの忍者二人をもう一度エブラーナまで送り届けてくれないか―――勿論、その分の礼金は支払おう」
「無視するんじゃねえ! 誰が戦争するつったよ! 俺は―――」
「君はエブラーナ王の名代として、この場に居る」エッジの言葉を遮り、セシルが静かな―――けれど異様な迫力をもって告げる。
「その君が、バロンの重鎮たるベイガン=ウィングバードを仇として、父王の無念を晴らすと言った。つまり、エブラーナはバロンを討つと宣言したということだろう」
「ち・・・違う! エブラーナは関係ねえ! 俺は親父の息子として―――」
「何度も言わせるな。君はエドワード王の息子という ”個人” ではなく、エブラーナという一国の ”代表” としてここに来ている。ならば、君の意はエブラーナ国の総意と受け取らざるを得ない。或いはなにか? 君達はバロンと手を結ぶ代償として、ベイガンの命を差し出せとでも言うつもりかい? 言っておくが、僕にとってエブラーナなんかよりも、彼の方がよっぽど大事だ。どちらにしろ、手を結べないというのならここまでだ!」それだけ告げて、セシルは踵を返してエッジに背を向けて、そのまま立ち去ろうとする。
遠ざかっていく後ろ姿を、エッジは呆然と見つめ―――「ま・・・」
「お待ち下さい!」エッジが思わず呼び止めようとしたその瞬間、キャシーがセシルの前に回り込む。
行く手を塞ぐように、両手を左右に伸ばし、セシルに懇願する。「今、バロンに攻められては、エブラーナという国は終わってしまいます。どうか怒りを抑えてくださりますよう・・・」
普段の無感情な様子からは想像も出来ないほど、感情的にキャシーは懇願する。
そんなキャシーに、セシルはもう一度嘆息して。「・・・別に僕は怒ってる訳じゃない。ただ呆れてるだけだよ」
くるり、とセシルはエッジを振り返り、
「自分の役目もわすれ、ただ感情的になって暴れようとする―――忍者って言うのはみんなあんなものなのかい?」
「なんだとォ!?」
「いえ。エッジ様は、少々・・・いえ多少・・・もとい、多々修行が足りない御方ですので」
「キャシー! てめえは裏切り者か!」エッジの非難に、キャシーは普段の無感動な表情に戻り、冷ややかにエッジを見やる。
「別に。私としては、すでにエブラーナの忍者でも、エッジ様の婚約者でもございませんので。だからエブラーナやエッジ様がどうなろうとも、割とどうでもよいのですが」
うわひでぇ。
あまりにもあっさりとしたその本音に、セシルを含めたその場の全員はそんな感想を抱いた。「ただ、ジュエル様には一生を費やしても返しきれないほどの恩を受けたので、ジュエル様が苦しんだり、あまつさえ死ぬようなことにはしたくありません」
「ああ? その言い方だと、ここでバロンと敵対したら、確実にエブラーナは滅んで、俺やオフクロは死んじまう見たいじゃねーか」
「・・・なるほど」キャシーはやれやれと肩を竦めて嘆息する。
「セシル様の気持ちが少しだけ解りました」
「どういう意味だよ!?」
「呆れた、ということです。それくらいの状況も解らないのですか」
「・・・う」無論、エッジとて馬鹿ではない。
先日のルビカンテの脅威を忘れたわけではない。あの男には手も足も出なかった。ミストが召喚した巨人が倒してくれたかもしれないが―――流石にそこまで楽観することはできない。
あのルビカンテが暴れ回ったせいで、エブラーナはさらに戦力低下してしまった。これではバブイルの塔からゴルベーザ達を追い出すどころか生き延びることすら危うい。「エブラーナが生き延びるためには、バロンの協力が必要不可欠でしょう」
「う、うるせえ! それでもオヤジを殺した奴らと手を組めるか!」半ばやけになってエッジが突っぱねる。
と、そこへベイガンが口を挟んだ。「そのエドワード王のことですが、正確に言えば私は殺しておりませぬ」
「ああ!? いまさら何をいいやがる!」
「とどめを刺していないと言うことです。私が最後に確認した時は虫の息でしたが、死亡は確認しておりませぬ。その後、あのケフカというガストラの魔道士が、どこぞへ連れて行ったようですが・・・」そう言われてエッジはしばし考え―――
「それが本当だとして。だからお前を許せって?」
「いいえ。ただ、伝えておくべきことかと思いましたので」と、ユフィがエッジの腕にすがりついて言う。
「ちょっとエッジ。気持ちは解るけど、ここは抑えておこうよ。もしかしたらエドワード様、生きているかも知れないんだよ? だから―――」
「解ってるよ!」ユフィを振り払いエッジは叫んだ。
「解ってるけど、でも俺は―――」
「何騒いでるの?」突然、別の声が割り込んできた。
そちらの方を見れば、赤いとんがり帽子のネズミ族と、緑の髪の女性がセシル達の後ろからやって来ていた―――