第21章「最強たる者」
B.「帰還」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城

 

 昼もなから過ぎた頃。
  “いつものように” バロン城内では鬼ごっこが繰り広げられていた。

「お待ちくだされ、陛下あああああああああああああっ!」

 走りながら絶叫し、ベイガンが爆走する。
 その目の前を走るのは、当然のようにセシルだった。

(待てと言われて待つようだったら、普通は逃げないなあ)

 そんなことを思いつつ、セシルは疾走する。

 ベイガンは全力疾走だが、セシルの方はまだまだ余裕がありそうだった。
 セシルも足が遅い方ではないが、どちらかというとベイガンの足が遅い。元々、特に速いとは言えなかったが、魔物の因子を組み込まれたせいか、見た目よりも体重がある。ただ、鈍くなった代わりに、持久力は人並み外れ、丸1日全力疾走で走りつづけることもできる。

 城で働く使用人や、騎士や貴族達の間をすり抜け、セシルは廊下を走り抜ける。
 すれ違った者たちは、走る二人の姿を見て、「ああ、またか」と苦笑する。つまり、セシルが王になってから日常茶飯事の光景となっているということだ。

「陛下! 最早、貴族の反乱も収まったでしょう! そうやって職務を放り出して逃げる理由は無いはずです!」

(僕が逃げているのは仕事からじゃなくて、勉強からだよ)

 一応、今日の分の仕事は終わらせてある。
 まあ、セシルの仕事と言えば、王に対する直接の陳情を処理する他は、軍事・内政の仕事を誰に任命するか人を割り振る程度だ。しかしそれも、内政面はウィルやベイガンに任せ、軍事関係は各軍団長に一任すればいい。

 貴族の反乱のような大事件や、大がかりな軍事作戦でもないかぎり、実はセシルがやらなければならない仕事はあまりない。

 ただ、臣下がどんなことを行ったかの報告書は受け取り、それを毎日―――というか毎晩夜遅くまで確認はしている。
 セシル曰く「いやあ、僕は夜型だから、夜の方が集中できるんだよ」などと言って、夜更かししてから朝寝坊してベイガンに説教されるという悪循環。

 余談だが、先王オーディンは今のセシルほど余裕はなかった。
 毎日大量の陳情を処理できず、さらには内政もセシルのように誰かに完全委任することなく、どんな些細なことでも自らが執り行なおうとした。
 臣下を信頼しなかったわけではなく、ただ良くも悪くも真面目だったのだ。ただ、その分、誰からも慕われていたため、王の負担にならぬようにと周囲も全身全霊をかけて王に尽くし、それはそれで上手く回っていた。

 ―――だが、逆に言えば王を信頼し過ぎていた、ということもある。
 だから王が偽物とすり替わった時、誰もがオーディンの命令に疑問を感じながらも、意見しようとは思わなかった。セシルを除いて。

 セシルがあまり積極的に内政にかかわらず、人任せにしているのはその辺りに理由があった。
 正しいからと信頼しきっていれば―――依存、と言い換えても良い―――もしもそれが間違った時、誰も正す人間が居なければ間違い続けることになる。

 ―――話が反れた。
 なんにせよ、セシルが逃げているのは、彼自身が突っ込んだように仕事ではなく勉強だった。
 具体的に言うと、王としての公式の場での礼法作法等。
 ベイガンに言わせれば、そういったことを学ぶのも王の仕事の内なのだろうが。

「ぬううっ! こうなれば陛下! ご無礼を!」
「ん?」

 と、セシルが振り返ると、ベイガンが走りながら片腕をこちらに向ける。
 手を伸ばしても届かない距離だ―――普通ならば。

「ハァッ!」
「げ」

 ベイガンの片腕が膨れあがり、その腕が大蛇の頭へと変化する。
 大蛇はセシルが走るよりも数倍の速度でその身を伸ばし、あっと言う間にセシルの襟首をくわえこんだ。

「うわ・・・っ!?」

 襟首を掴まれ上半身を引かれ、足だけが前に出たためにバランスを崩し―――そのまま尻餅をつく。

「い・・・たた・・・・・・」
「大丈夫ですか、陛下」

 腕を元に戻し、ベイガンが駆け寄ってくる。
 涙目で、恨みがましくベイガンを見上げ、

「大丈夫かって、君がやっておいて・・・・・・くそ、まさか魔物の力まで使ってくるとは思わなかった」

 セシルの誤算、というか油断だった。
 ベイガンは、今まで追いかけてきても危害を加えるようなことを決してしようとはしなかった。魔物の力を使ったのも今回が初めてだ。

「申し訳ございません。この無礼に対する罰は如何様にも受けますので」

(・・・これが皮肉じゃなくて、本気だからなあ)

 罰なんか与える気のないセシルは苦笑する。
 ベイガンに手を借りて立ち上がる。
 まあ仕方がない、今回は負けだから素直にお勉強でもしようか―――と思ったその瞬間。

「ああ、陛下。ここに居られましたか」

 一人の男がセシル達を見つけ、近寄ってくる。
 ウィル=ファレル。ローザの父にして、セシルが信頼する臣下の一人でもある。
 いつもにこやかなな温和な男―――というか、セシルは彼の微笑み以外の表情を見た記憶がない。未だに ”陛下” だの ”セシル王” だの言われるのに違和感のあるセシルだが、とりわけこの人から王様扱いされるのは、違和感を通り越してなにか怖ろしい罠に陥っているような被害妄想を感じてしまう。

(それだけこの人が苦手ってことなんだろうけど)

 子供の頃から知っている人だが、昔から何を考えているか読めない人だ。さらに、ローザを完璧に御しきれる数少ない人物でもある。そのことから、セシルは昔から彼のことを苦手としていた。嫌いというわけではなかったが。

「ええと、何かご用ですか? ウィルさん」
「ははは、陛下。臣下の者に向かって丁寧な言葉をなさる必要はないでしょう。ベイガン殿に叱られます」

 朗らかに笑いながらウィルが言うと、話を振られたベイガンは驚いたように目を見開いて。

「い、いえ決して叱るなどとは! ウィル殿はいずれ陛下の義父となる御方でありますれば―――」
「落ち着きなよベイガン。ウィルさんはからかっているだけだから」
「からかうつもりはありませんよ? 陛下は陛下らしく、威厳を持って下々の者に接して欲しい―――ベイガン殿もそうは思われませんか?」
「む、確かにそのとおりで―――」
「はいそこまで」

 何か話が妙な方向へ行きそうだったので、セシルが強引に流れを断ち切る。
 苦笑いを浮かべ、ウィルに問いかける。

「それで結局、何故僕を捜していたんですか? まさか僕とベイガンをからかうためにというわけではないでしょう?」
「まあね。どうやらセシル君―――おっと、陛下の待ち人が帰ってきたようだから、それを伝えにね」
「公式の場でなければ、昔通りで良いですよ」

 セシルはそう応えたが、ウィルは微笑を浮かべて答えず「それでは別の仕事があるので」と言って立ち去っていった。

「陛下、待ち人とは・・・?」

 ウィルを見送りつつベイガンが問うと、セシルはにやりと笑って。

「ベイガン、今日のお勉強はキャンセルだ。エブラーナからのお客さんを迎えなければならないんでね」

 

 

******

 

 

 湾の入り口に突き立った “ゾットの塔” がそろそろ当たり前の光景として受け入れられるようになってきた、バロンの城の軍港。
 ファリスの海賊船が桟橋に着くと同時、船に橋を渡す前にエッジが船から飛び出した。

「あー・・・ようやくついたな」

 肩こりをほぐすように首を回して伸びをする。

「なんかその仕草、オヤジ臭い・・・」

 同じように船から桟橋に跳躍してきたユフィが言うと、なにやらショックを受けたようにエッジは振り向く。

「なっ!? 誰がオヤジだ!?」
「まー、気持ちは解るけどね。こんなに長い間、船に乗ってたことなんて初めてだったし」
「・・・おいおい、忍者ってのは落ち着きねえなあ」

 船の乗組員が桟橋へ、大きな板を文字通り橋渡ししたその上を、ファリスがゆっくり歩きながら言う。

「それは違います。 “忍者が” ではなく “エッジ様とユフィ様” が落ち着きないのです」

 エッジやユフィがなにかを言うよりも早く、静かにきっぱりと言ったのはキャシーだ。
 元忍者で現在はメイドという特殊な経歴を持つ彼女は、ファリスの後に続いて船を降りながら、さらに続ける。

「忍者が皆、エッジ様とユフィ様みたいだと思われるのは心外ですね」
「おいこらキャシー! どういう意味それは!」
「ちょっと待ってキャシー! アタシをエッジなんかと一緒にしないでよ!」
「・・・てめえも何ぬかしやがる!」
「なんだよー!」

 にらみ合う二人の忍者に、元忍者のメイドはハッとして頭を下げた。

「これは申し訳ありませんでした。訂正させて頂きます」

 そう言って、ファリスへ向かって言い直した。

「忍者が皆、エッジ様のように落ち尽きなくて助平で短絡的かつ直情的な以下略と思われるのは心外ですね」
「おいこらキャシィィィィィィィィィィッ!」

 エッジが怒鳴りながらキャシーに掴みかかる。
 対し、キャシーは―――動かずに、全く抵抗しなかった。エッジの手がキャシーの腕をしっかりと掴む。

「あ、あれ?」

 あまりにもあっさり捕まえられたので、逆にエッジの方が戸惑う。
 そんなエッジを、キャシーは冷淡な視線で見やり、

「どうかなさいましたか?」
「え・・・いや、その・・・・・・なんで逃げないんだ?」
「逃げる暇もなく捕まりましたが」
「嘘つけ! お前だったら余裕だろーが!」
「まあそれはさておき。こうして捕まってしまったわけですが、これから私はどうなってしまうのでしょう」
「え、ええと・・・」

 キャシーの疑問(?)にしかしエッジは戸惑うばかりだ。

「エッジ様へ罵詈雑言をぶつけてしまったばっかりに、殴られてしまうのでしょうか? 蹴られてしまうのでしょうか? それとも “ジャンル:メイドさん” とかそんな感じにいやらしいことを―――」
「だあああああっ! なんもしねーよバッキャロー!」

 掴んでいた腕を放し、エッジは後ろに下がった。
 それを見て、キャシーは「ふう」とわざとらしく溜息を吐いた。

「・・・へたれ2号ですね」

 ちなみに1号はこの国の王様。

「うっせーよ! チクショウ、いつか覚えてろ・・・・・・!」
「―――と、今までに同じ言葉を12回ほど言われましたが、全て余すところなく覚えております」

 スカートの裾をつまみ上げ、優雅に一礼。

「証明しましょうか?」
「ぬああああああああっ! こいつわあああああああっ!」
「エッジ、とりあえずアンタの負けだから。諦めた方が良いと思うよ、色々と」

 流石に哀れに思ったのか、ユフィが同情したように声をかける。

「・・・賑やかだなー」

 最後になって、船を降りてきたマッシュが苦笑してコメントした。
 まだルビカンテとの傷が完全に癒えていない―――なにせ、回復魔法の使い手が居なかったので、船にあったポーションと、ギルバートの呪歌で癒やしただけだ―――ので、ギルバートに肩を貸してもらっている。

「とりあえずマッシュの怪我を癒やさないと―――あれ?」

 ギルバートは港の入り口に向かおうと視線を向けた先に、こちらへ向かって歩いてくる二つの人影を見つけた。

「セシル・・・? わざわざ迎えに来てくれたのか―――」

 と、ギルバートが呟いた瞬間。

「・・・! てめえはッ!」

 唐突に、エッジが怒声を上げて、セシル達に向かって飛びかかっていった―――

 

 

 


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