夜明け頃。
 バロン南方の海域を、一隻の船がバロンの城へ向けて北上していた。

「―――ようやく城が見えてきたな」

 薄ぼんやり明るい、日の出直後の水平線。
 太陽と90度ほど北の方へと目を向ければ、辛うじて城の影が見て取れる。

「本当なら、もう少し早くつけたんだけどな・・・」

 甲板上で文句じみた事を言うのは、この船の船長である海賊ファリス=シュルヴィッツ。
 海風にやや痛んだ、くすんだ紫色の髪をなびかせて、じっとバロンの城の方を見つめている。

「―――それは致し方無いことだと存じます」
「おわっ!?」

 いきなり背後から声をかけられ、ファリスは大仰にのけぞって振り返る。
 見れば、メイド服姿のメイド―――もとい、使用人の女性が気配もなく立っていた。
 彼女はファリスの反応に「おや?」と首を傾げ。

「どうかなされましたか?」
「いきなり音もなく背後に立つな! 驚くだろ!」
「それは申し訳ありません」

 淡々と謝辞を述べ、頭を下げるキャシー。
 その行動に、あまりにも感情が薄いので、どうも本気で悪いと思っているようには見えない。

「しかしお言葉ですがファリス様。使用人たる者、主の影となって働かねばならぬため、この程度の隠形は当然のことであり―――」
「俺はアンタの主人じゃねえ!」
「それはそうですが・・・・・・」

 何故か、キャシーはなにかを言い辛そうに口ごもる。
 「なんだよ?」とファリスが尋ねると、彼女は「実は」と切り出した。

「・・・人様の背後に忍び寄って、驚かすのは割と楽しいものでして・・・」
「わざとか!? てゆーか、やっぱさっきの本気で謝ってなかっただろ!?」
「形だけでも謝っておけば許されるものだと、ジュエル様から教わりましたから」
「許されるかあああああああああっ!」
「・・・もしかすると、これが俗に言う “ツンデレ” というものなのでしょうか」
「ちげーよ!」
「・・・・・・なにやってんだ?」

 不意に、また背後から声をかけられて、ファリスは振り返る。
 気が昂ぶっていたのと、二度目という事もあってか、今度はそれほど驚かなかったか。

「・・・なんだ? 忍者とかメイドっていうのは、人様の後ろにこっそりと忍び寄らなきゃ行けないとかいう不文律でもあんのか!?」

 振り返って目にしたエブラーナの王子に文句を言う。
 言われたエッジは「あー」と気のない返事をして、

「単なるクセみたいなもんだ、気にするな―――それよりも」

 エッジはちらりとキャシーを見やる。

「同じ男として一応忠告しといてやるが、そいつの相手をまともにしないほうが良いぜ。他人をからかうことを趣味にしている悪趣味な女だ」
「元婚約者に酷い言い分ですね」
「勝手に消えてなにいってやがる! 一昔前だったら、抜け忍としてブッ殺されても文句言えねーだろが!」
「あら、もしかするとエッジ様、私のことを心配して―――」
「してねーよ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るエッジを見て、キャシーは「ふむ」と頷いた。

「成程、これが俗に言う “ツンデレ” というものなのですね」
「ちげーよ!」

 なにかどこかで聞いたようなやりとりをみて、ファリスは納得したように頷いた。

「確かに悪趣味だな」
「だろう?」
「お二人とも失礼ですね。私はただ、 “途中で嵐にあったのだから、到着が遅れたのも仕方がない” と言いたかっただけなのですが」

 はあ、と哀しげ―――なフリをして溜息を吐くキャシー。
 今、キャシーが言ったとおり、エブラーナからバロンへ向かう途中、ちょっと大きめの嵐に遭遇した。
 なんとか乗り越えたものの、船のあちこちが痛み、さらには海竜シルドラと船を繋ぐ綱が外れてしまったため、それを修理するのに大分時間が経ってしまったのだ。

「だいたい、ファリス様は男性ではなく女―――」
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 キャシーが何か言いかけた瞬間、ファリスが慌てて大声を上げる。

「あん? 男じゃなきゃなんだよ。まさか女だっていうのか?」
「そ、そんなわけあるか! 俺は海賊の頭だぜ!?」

 キャシーの口を塞ぎながら、ファリスはエッジに慌てて言繕う。
 だよなー、とエッジはファリスをジロジロと見つめ。

「どっからどう見ても男だし・・・な・・・・・・?」
「な・・・なんだ?」

 いつの間にか食い入るようにこちらを見つめてくるエッジに、ファリスは薄気味悪く感じ、少し身を引く。

「いや・・・男・・・だよな、どう見ても」
「あったりまえだろ!」
「だ、だよなあ・・・」

 あはは、と笑い飛ばすエッジの顔は何故か赤かった。
 それを見たキャシーの瞳がキラリと光る。

「エッジ様、もう一度よくファリス様をご覧下さい」
「な、なんでだよ?」

 問いながらも、誘われるようにエッジの瞳はファリスを凝視する。

「どこからどうみてもファリス様は男性です」
「そ、そうだな」
「しかし、何故かドキドキしてきませんか?」
「う・・・・・・」
「胸がときめいて、息が苦しくなってきませんか―――とても魅力的な異性を目にした時のように」
「うううっ・・・!?」

 ファリスを見つめたまま、胸を押さえ、悶えて呻き声をあげるエッジ。

「―――やはり思った通りですね」
「な、なにが・・・」
「エッジ様は男色に目覚めてしまったようです」
「誰がホモだよ!?」
「しかし・・・同性を見て欲情してしまうなど、健全とは言えないと思いますが」

 淡々と追いつめていくキャシーの言葉を否定するように、エッジはぶんぶんと頭を振り乱す。

「違ーーーーーう! 俺はホモじゃねえ! 男に惚れるくらいだったら、ユフィと付き合う方がまだマシだっつーの!」
「どういう意味だそれはーーーーーーー!」

 どがムッ!
 喚くエッジの背後から、ユフィが勢いよく蹴り倒す。

「のがッ!?」
「勝手に人を引き合いに出すなー! 言っておくけど、アタシはアンタと付き合うくらいなら、そこの海賊と結婚した方がマシだっつーの!」

 甲板の上に倒れたエッジの背中に飛び乗って、ユフィが怒鳴る。

「って、そりゃ当たり前だろが! じゃあてめえ、俺と付き合うのとキャシーと結婚するの、どっちがマシだ!?」
「はあ? 女同士結婚できるわけないじゃないか! この馬鹿エッジ!」
「だからそういう話なんだっての!」

 踏んで踏まれた状態のまま、ぎゃあぎゃあと喚き合う忍者二人。
 それを見ていたファリスは呆れたように呟いた。

「仲良いなー、あいつら」
「喧嘩するほどなんとやら、ですね」

 ファリスの言葉を受けて、諸悪の根源はやれやれと肩を竦めた―――

 

 

******

 

 

「絶対居るって!」
「はあ? 居るわきゃねーだろ」

 バロン城の飛空艇ドックにて。
 シドが一仕事を終え、遅めの朝食―――というか早めの昼飯でも食いに行こうとした時のことだ。
 二人の弟子が、何事か言い合いをしていた。

「なにを言い争っとる?」

 シドが尋ねると、弟子達は口々に「「親方!」」とシドに口を向け、

「聞いて下さいよ、親方!」
「実はコイツが昨日の夜」
「オバケを見たんですよ!」
「オバケ?」

 聞き慣れない単語に、シドは訝しむようにその言葉を呟いた。

 オバケ。
 まあ、早い話が “よく解らないもの” の総称である。
 正確には、 “よく解らないけれど、なんか不気味で怖ろしげなモノ” 。

「見た、じゃなくて、聞いたんだろ?」
「そうだけど・・・どっちだっていいだろ、そんなの」
「何を聞いたんゾイ?」

 シドが尋ねると、オバケの声を聞いたという弟子は頷いて。

「昨日の夜なんですけど、寝る前に少し外の空気を吸いたくて、外に出たんです」

 ちなみにシド達は、現在は新しい飛空艇の調整や改造、さらにはテラたちが進めている各国を繋ぐ “デビルロード” の設計の相談も受けたりと、寝る間もないほど忙しい。
 寝る前、と言っても仮眠程度のモノで、それでも深夜、日が変わったあとだろう。

「そしたら、なんか地の底から響くような声が、文字通り足下から聞こえてきて―――」
「空耳じゃないのか? もしくは風の音が変な風に反響したとか」
「いいや。あれは絶対に何者かの声だった」
「じゃあ、誰かがどこかで話でもしてたんだろ」
「周りには誰もいなかった! 大体、足下から聞こえてきたんだぜ? あそこらには地下室なんてないはずだし・・・」

 地下室、という言葉を聞いて、シドはふとあることを思い出した。

「おい、その声が聞こえたという場所はどこゾイ?」
「え? ・・・ええと、塔の近くです。宝物庫になっている東の塔」
「・・・・・・」
「親方?」

 なにやら考え込んでいるシドに、弟子が声をかける。
 シドは「ふむ」と呟くと、弟子達に向かって、

「よしわかった。この件はワシが調べとくゾイ。だからこれ以上、言い争うな」
「って、親方は信じるんですか、コイツの言うこと!」

 納得行かないように、もう一方の弟子が言う。

「信じるも何も、実際に調べてみないとわからんゾイ。ゴーストか何かだったら、誰かが襲われる前に退治せねばならんしな―――・・・お」

 シドはオバケの声を聞いたという弟子にもう一つ尋ねる。

「そう言えば、そのオバケは何と言っておったゾイ?」
「ええと・・・良く聞き取れなかったんですが、なんか “負けない” とか “勝つ” とかそんなことを聞いたような・・・・・・」
「ふむ・・・?」

 シドは首を傾げ、少しなにやら考えたが―――先程自分で言ったとおり、調べてみないと何も解らないと結論づけて、そのまま弟子達を誘い、飯を食べにドックを出た―――

 

 

******

 

 

 ―――バロン城の地下。

 そこに、一人の騎士が存在していた。

「ようやく・・・全てを思い出すことができた・・・全てを取り戻せた・・・・・・」

 全身を甲冑に包み、完全装備―――に見えたが、ただ一つ足りないモノがある。

 剣だ。

 肝心の武器を、その騎士は持っていなかった。
 腰にも背にも鞘らしきものはなく、手に提げ持っているわけでもない。

「準備は整った。後は―――」

 それでも騎士はそう呟いた。
 当然だ。
 何故ならば、その騎士の剣は騎士の内にある。

 神剣ミストルティン。

 あらゆるものよりも硬く、あらゆるよりも柔らかい、変幻自在の神剣。
 それはその騎士の精神より生み出される剣だ。

「今度はこそは勝つ。そして二度とは負けぬ―――」

 それはかつては王であったもの。
 それはかつては人であったもの。
 それはかつては―――

「 “最強” の称号・・・返して貰うぞ、カイン―――そして、セシル!」

 知られざるバロン城の地下室で。
 かつて “騎士王” オーデインと呼ばれた騎士は、静かに、しかして断固たる強い意志を込めて呟いた―――

 

 


INDEX

NEXT STORY