第20章「王様のお仕事」
AI.「処分」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間
「ん・・・・・・」
目を覚ませば天井が見えた。
そのまま手を伸ばしても、立って背伸びしても、飛び上がっても届かない程に高い天井。(・・・まー、カインなら届くだろうけど・・・)
最近見慣れた天井―――つまりここは王の寝室だった―――を眺め、セシルが寝起きの頭でぼんやりと考えて居ると、
「陛下! お目覚めになられましたか!」
安堵の溜息と共に、これまた最近聞き慣れた声が耳元で聞こえた。
そちらに頭を向ければ、心からほっとした様子のベイガンの顔が見えた。(・・・ああ、そうか)
状況を理解して、セシルは半身を起こす。
肩に突っ張られるような違和感。見れば、アレックスの剣を受けた肩に、白い包帯がしっかりと巻かれていた。「もう少しお休みになられた方が・・・」
ベイガンが気遣うように尋ねると、セシルは「いや、大丈夫だよ」と応え―――その声の力の無さに、自分で驚く。
(・・・なんか、割と消耗しているなあ)
「 “大丈夫” とは思えませぬ!」
全く同感の事をベイガンが言う。
セシルは内心の動揺を悟られないように気を配り、にこりと微笑んだ。
声に、気持ち力を込めて言う。「傷は大した事はないよ。多少まだ痛むけれど」
どれくらい寝ていたのか解らないが、傷の痛みや身体の倦怠感から考えて、結構な時間眠っていたようだ。
おそらく、半日は経っているだろう。「回復魔法は使わなかったのか」
セシルが言うと、ベイガンは「はっ」と頷いて。
「クノッサス導師が言うには、あまり回復魔法を多用するのはよろしくないと」
回復魔法は便利ではあるが、使えば使うほど肉体の自然治癒力が衰えていく。
簡単な例を挙げると、例えばチョコボ車などの乗り物は移動に便利なものだが、使い続ければそれだけ歩くことが少なくなり、足腰が衰えてしまう。
緊急の時や、自然治癒力を上回るような大怪我ならば仕方ないが、軽い怪我を安易に魔法で癒すことをクノッサスは推奨しない。(そういえば、以前にも白魔法を冗談で使用するなと怒られたっけ・・・)
「それに導師がいうには、陛下に今必要なのは回復魔法よりも休息であると」
「・・・・・・」その言葉に、セシルはとっさに言葉を返せなかった。
そんなセシルに、ベイガンは頷いて、「私も同感ですな。陛下、ここ一ヶ月ほど、あまり睡眠を取られておられなかったでしょう? ―――特に昨晩は」
「・・・・・・なんの話かな」恍けてみたが無駄だった。
ベイガンは責めるようにベッドの上のセシルを見下ろす。「・・・私が何も気づいていないと、本気で思っているのですか!」
喝! と、言葉は丁寧ながら語気は荒い。
「カルバッハ公爵の企みに気づいてからというもの、陛下は毎日のように政務を放り出して、ローザ様と一緒に遊び回っている―――と見せかけて、貴族達の反乱を探っておりましたな」
「そうだよ。・・・だけど、夜はちゃんと城に戻ってこの寝室で―――」
「昼間に放り出した仕事を片づけておりましたね」
「うっ・・・」気づかれていたのか、とセシルは言葉を詰まらせる。
セシルが出歩いている間、城のことはローザの父であるウィル=ファレルを始めとする、何人かの人間に任せていた。
しかし完全に丸投げするわけにも行かず、任せた仕事の報告を確認したり、或いは王であるセシル自身が判断し、指示しなければならないような案件もあった。街から戻ってきたセシルは、寝室に戻るとそれらの報告書を片付けなければならなかったのだ。
「仕事の事はウィル殿から聞きました」
「・・・内緒って言って置いたんだけどなあ」苦笑。
ベイガンに知られれば、ベッドに縛り付けてでも、休まさせられかねない。
そして翌朝は、玉座に縛り付けられて仕事をさせられるだろう。「それだけではないでしょう」
苦笑するセシルに対し、ベイガンは厳しい表情のままさらに続ける。
「王となり、国を護らねばならぬ責任感、暗躍するゴルベーザへの対応、貴族の反乱・・・・・・これだけ重なれば、並の人間ならばその心労だけで参ってしまうでしょう」
「・・・・・・」
「何よりも、陛下が心を痛めておられるのは昨日の―――」
「せしるーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」どばん! と、寝室の扉をブチ破るような勢いで開き、ローザが乱入してきた。
彼女はベッドに飛びつき、セシルの身体にすがりつく。「せしるっ、せしるっ、怪我したって聞いて、さっき飛んできたんだけど!」
「さっき・・・?」そう言えば今更ながらに疑問を感じた。
ローザなら、セシルが怪我をしたと聞けば即座に飛んでくるだろう。セシルが意識を失っていた時間は短くないはずだ。なのに、目覚めた時にローザの姿がなかったというのは―――「飛んできたんだけど! でも私が回復魔法をかけようとしたら―――」
「・・・やはりここにいましたか」新たな声。
ローザの身体がびくっと震え、さぁーっと表情が青ざめていく。
セシルの知る限り、ローザをここまで怯えさせる存在というのは、たった一人しか思い至らない。「お休み中の所をお騒がせして申し訳ありません、陛下」
開かれた扉の方を見れば、柔和な顔つきの白魔道士が、自身と同じ白のローブを身に着けた白魔道士を二人連れてやってきていた。
年の頃は、壮年から老年へと差し掛かる頃だろうか。
クノッサス=アーリエ―――バロン白魔道士団の長にして、魔法に関しては後進国であるバロンにおいて、もっとも優れた魔道士である。「いや、割となれてるから」
「そうですか―――さてローザ」
「は、はいっ!?」ガチガチに身体を強ばらせ、ローザはクノッサス導師を振り返る。
導師はそんな自分の部下に、深々と溜息をついた。「先程、私は命じましたね。訓練場で瞑想していろと」
「ええええとえとでもだってセシルが心配で! 怪我してるから私が治して上げないと―――」
「先刻も―――というより、常日頃から言っている事ですが、魔法というのは万能です―――が、人間は万能ではない。ゆえに、万能の力である魔法に頼り切ってしまえば、いずれ魔法無しでは人は生きていけなくなってしまう。だから、些細なことで魔法を使うことを、私は良しとしていません」
「だけどセシルは剣で斬られて!」
「傷は大したことありません。陛下がお倒れになったのは、怪我ではなく疲労が原因です」そう言って、クノッサスは一瞬だけセシルに目を向ける。それは先程のベイガンと同じ、責めるような―――それでいてこちらの身を案じてくれているようにセシルは感じ取った。
「でもっ!」
「それに貴方の白魔法は凶器です。怪我を治すために苦痛を与えてしまえば、陛下は疲れを癒やすことができません」穏やかな微笑みを浮かべながら、辛辣な―――というか単なる事実だが―――を放つ導師に、ローザは不満げに「うー」と唸るが、事実ゆえになにも返すことができない。
「解りましたか? 解ったのなら修行に戻りなさい。最近は、陛下の策につきあっていた事もあって修行を怠っていたでしょう」
「い、いやっ! 私はセシルの傍に居るの! セシルだって、私に傍にいて欲しいでしょう?」
「え? ええと・・・」問われ、セシルは即答できなかった。
普段ならば頷いただろうが、今は怪我をしている。
ローザの事だ、ここで導師が出て行ってしまったら、隙を見て白魔法を使おうとするに違いない。(というか絶対にヤる。断言できる!)
セシルは恐怖と共に確信する。
だが、ここでローザを追い返すのも気が引ける。ローザにしてみれば、純粋にセシルのことを心配して駆けつけてきてくれたのだから。
と、セシルが迷っていると―――「答えないと言うことは、その通りということよね!」
「え、なんで?」思わず問い返す。
するとローザは満面の笑みで答えた。「だって私はセシルが好きで、セシルは私が好き。これって心が通じ合っていると言うことでしょう? つまり以心伝心! “なにも言わなくったって、僕の心は君と同じだよハニー” とセシルは言ってくれてるのよ!」
「いや言ってないよ!? 特にハニーの部分!」
「・・・じゃあ、セシルは私のこと嫌いなのかしら?」
「え?」途端に表情が暗くなったローザに、なんでそう言う話になるのか解らずに、セシルは困惑する。
「だって私とセシルの心が通じ合っていないと言うことは、私はセシルの事が好きだけど、セシルは私のことが嫌いって事じゃない」
「いや、その理屈はおかしいだろ」
「ならセシルは私のこと、好き?」(―――最近、こういう事に関して照れが無くなってきたのは良いことなのか、恥というものを何処かで落としてしまったからなのか・・・・・・)
そんなことを思いながら、セシルは迷いなく返答する。
「好きだよ」
おお、とベイガン達から小さく歓声が上がる。
・・・やはりちょっと照れくさい、と思いつつローザの表情を見る。
普段ならば、狂喜乱舞しかねない所だが、何故かローザは驚愕していた。「それなら、私がセシルの事を嫌いなの!?」
「いや、だからその理屈はおかしいって!」
「じゃあ、どういうこと―――」ぽん、とローザの肩が叩かれる。
彼女が振り返ると、そこにはクノッサスが連れてきた白魔道士が居た。ローザと同じ白魔道士団の一員で、先輩でもある。クノッサス導師に継ぐ実力を持つ二人の魔道士だ。「ええっと」
「『ホールド』」
「はうっ!?」ローザに向かって放たれた肢縛の魔法が彼女の身体を絡め取り、全身の感覚が薄れ、まるで糸の切れた人形のように床に崩れ落ちそうになる。
「おっと」
と、魔法を放ったのとは別の白魔道士がその身体を受け止め、そのまま部屋の外まで引き摺っていく。
「それでは陛下、お騒がせ致しました」
魔法を使った白魔道士がセシルに一礼すると、引き摺られていくローザを追って部屋を出て行く。
「あうう・・・せしう〜・・・」
全身が麻痺して呂律の怪しい鳴き声と共に、ローザが引き摺られて部屋を出ていくと、クノッサスも礼儀正しく部屋を辞した。
「まあ、とにかく」
ぱたん、と閉じられた扉を見て、ベイガンはセシルへ向き直る。
「反乱も片づきましたし、今日一日くらいはゆっくりとお休みくだされ」
「・・・いや、そう言うわけにはいかないよ」セシルは毛布を除けるとベッドから降りようとする。
「陛下」
「人を呼んであるんでね」
「それは・・・」誰です? と、ベイガンが問おうとした時だ。
コンコン、と扉がノックされ、再び開かれる。ただし今度は先程のように騒がしくはないが。「レイアナーゼ様?」
姿を現わしたのは、王の身の回りを世話する “近衛メイド隊” のメイド長だ。
オーディン王の乳母をしていたという話だから、それなりの歳のはずだが、どう見ても三十路以上には見えない。彼女は一礼すると、セシルに告げた。
「陛下に謁見を求める方がおります」
「馬鹿な。陛下が倒れたことは皆に伝えているはず。そうと知らずに来たのなら仕方ないが・・・一体、何者ですかな?」
「ロイド=フォレス様と、その弟君で御座います」レイアナーゼの出した名前に、セシルは頷くと立ち上がった。
「陛下?」
「僕が呼んだ二人だ―――行こう」静かだが、有無を言わせぬその言葉に、ベイガンは諦めたように嘆息した―――
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セシルが謁見の間を訪れると、フォレス家の兄弟は揃って玉座の前に膝を突いて頭を垂れていた。
玉座に座り、ベイガンに視線を送る。ベイガンは一つ頷くと、跪く二人に向かって告げた。
「面を上げよ」
ベイガンの言葉にロイドが顔を上げ、一拍おいてルディが顔を上げた。
ロイドは特に普段とは変わりないが、ルディの方はどうにも緊張して強ばり、顔が青ざめてすらいた。「・・・呼んだ理由は解っているかな?」
セシルが問うと、ルディがうわずった声で「は、はいっ」と答える。
「私の・・・処分です、ね」
「そうだ」セシルが肯定すると、ルディは観念したようにぎゅっと目を閉じた。
―――今、ルディの心の中は、無力感と絶望で一杯だった。
結局、ルディは何一つ成すことが出来なかった。
父や兄たちを御しきれず、街の中に潜ませた傭兵達の決起は防がれ、最後にまさに命を賭けて放った策も、完全にセシル王に見透かされていた。(結局、僕はなんなんだろう・・・)
なにも出来ないまま、こうして処刑されようとしている。
それが、ルディ自身の存在意義を見失わせていた。恐怖はない。
いや、処刑されることに恐怖が無いと言えば嘘になる。
だが、死ぬことはすでに覚悟していた。その覚悟はもう失われていたが、しかし自分の命はもう無いものだと諦めていた。命に未練はない。
だが、悔やみがあるとすれば―――「・・・陛下!」
目を閉じたまま、天に祈るように跪いたまま頭を下げて、ルディは叫ぶ。
「私の命はどうなっても構いません! ですが、父や兄の命―――それから、フォレス家の存続をどうか・・・!」
虫が良すぎると嘆願しながらも思う。
国を奪い取らんと反乱を起こし、王へ刃を向けたのだ。ルディ一人の命であがなえる罪ではない。と、そのルディの言葉で気がついたかのように、セシルはロイドに向かって尋ねる。
「・・・そう言えば、君らの父親と義兄はどうした?」
その問いに、ルディはびくりと身を震わせた。その隣で、ロイドが淡々と答える。
「逃げました」
「うわ、本当に逃げたのか・・・というか逃げ出した者の助命を願ってどうするんだ」
「・・・・・・」ルディは答えない。答えられない。
ただでさえ、大罪を犯してしまったというのに、本来その責任を取らなければならない当主は逃げ出してしまった。家が潰されても仕方がない―――というより、当主が居なければ存続することは出来ない。「わ・・・私が当主代わりとなって参上致しました! だから、どうか父や兄には恩赦を―――」
「安心しなよ。逃げ出してしまった者を追いかける余裕なんてないから」
「・・・!」セシルの言葉に、何かがひっかかったようにロイドが怪訝な表情をみせる。
と、その隣でルディが顔を上げて、泣きそうな顔で安堵する。その表情を見てセシルは苦笑。
(・・・兄はともかく、血の繋がっているとはいえ、自分を斬った親の身をどうして案じられるのか)
それが血のつながりと言うものなのだろうか、と血縁の居ない―――居た覚えもないセシルは考える。
(僕が彼の立場だったら、そんな親は親とも思わないだろうな)
血縁は居なかった―――が、血の繋がっていない親の居たセシルはそう考える。
セシルの親代わりだった “神父” が良い親かどうかは解らない。ただ、セシルは彼のことが好きであったし、尊敬もしていた。「さて。それで君とフォレス家の処遇だけど・・・」
「は・・・はいっ」緊張した面持ちで身構えるルディ。
「さっき君は “自分の命はどうなっても良い。だから家は存続させてくれ” と言ったね?」
「はい。その言葉に嘘偽りはございません」
「でも当主も、その後継者も逃げちゃったよね。その上君が死んだら・・・誰も家を継ぐ人間がいなくなって、事実上フォレス家は失われると思うんだけど」
「それは―――ロイド兄様が継いでくれれば・・・」
「冗談じゃないな」にやり、と意地の悪そうな笑みを浮かべてロイドが言い捨てる。
その言葉に、ルディが驚いた顔で兄を見返す。「に、兄様!?」
「悪いがウィル、俺は家を出た人間だ。今更フォレス家を継ぐ気はねえ」
「で、ですが・・・」
「僕としても、今更ロイドに抜けられるのは困るよ。新生 “赤い翼” を任せられるのは、ロイド以外にはいないんでね」セシルが追い打ちをかける。
ルディは愕然としてセシルと兄の二人を見比べ。「で、ではどうすれば・・・・・・」
「簡単な話だよ」
「簡単な話ッスね」セシルとロイドは示し合わせたようににやりと笑い。
「君がフォレス家を継げばいい」
「え・・・?」セシルの言葉を、ルディは一瞬理解できなかったらしい。
ぽかんと口を開けてセシルを見上げ―――「ちょ・・・ちょっと待って下さい! 僕はもうすぐ処刑される身で・・・」
「うん? 僕がいつ君を処刑するなんて言ったかな?」処分する、とは言ったけどね、とセシルは言う。
「そんな・・・僕は王に刃向かうという罪を―――」
「刃向かっただけだろ。そんなこと言ったら、このベイガンなんて超大罪人だ」
「は!? 陛下、その言葉はあんまりですぞ!」ベイガンの抗議に、セシルは苦笑して。
「いっつも僕に対して小言を繰り返してる」
「それは陛下がバロンの王らしい態度をされないからで・・・」
「ほら今もそうだ」愉快そうにセシルが言うと、ようやくそれがからかわれているだけだと悟って、ベイガンは口をつぐむ。
「言っておくけど、君のしたことなんてこの程度のことだよ。君がやったことのせいで、僕はなにかを失ったかい?」
「あ・・・・・・」ルディ―――というか、フォレス家の策でバロンになにか被害がでたわけではなかった。
街に潜伏した傭兵達は全て暗黒騎士団に抑えられ、ファレル邸を襲撃したサラマンダー達も、フライヤやセリスの活躍で倒された。ルディの最後の策もセシルに見抜かれて、結局セシルは何も誰も失っていない。「でもそれは結果論で」
「あれ、そんなに処刑されたいのかい?」
「え・・・? いや、そんなことは・・・」
「だったら素直に僕の “処分” を受けるんだね」
「・・・・・・」ルディはしばし黙して―――口を開いた。
「一つ」
「うん?」
「一つだけ質問させてください」
「なにかな?」
「この度の反乱で、陛下は本当に何も失われていないのですか?」その問いに―――セシルの表情から笑みが消えた。
「・・・・・・さっき、答えたような気がするけどね」
「確かに私達―――フォレス家の策は陛下になんの打撃も与えられなかった。ですが・・・街の外で行われた戦闘。あれで陛下は―――」
「・・・失ったよ。とても大事な―――取り返しのつかないものを」苦々しく、セシルは言った。
カルバッハ公爵率いる民兵とカイン率いるバロン軍。
あの戦いはバロン側の圧勝だった。バロン軍に何の被害はなかった―――が。「・・・民の命がいくつも失われてしまった」
「何故ですか?」
「・・・・・・」セシルは答えない。
いや、何かを答えようとして口を開いたが、しかしすぐに閉じてしまった。
そんなセシルにルディはさらに問う。「何故、あの戦いで民の命が失われたのですか!」
「無礼であるぞ!」答えられないセシルに変わって、ベイガンが怒鳴る。
「何故、民が失われたかだと? そんなこと、あのカルバッハが民を動員したからに決まっておるだろう!」
「そう言うことを聞きたいのではありません!」怒鳴り返すルディの声、その気迫に思わずベイガンはたじろいだ。
「陛下は私達の策を完全に見切り、抑え込みました。ならば同じように、あの戦いでも誰も犠牲にせずに―――いえ、その戦いすら起こさないようにもできたのではありませんかッ!」
「口を―――」慎め、とベイガンが怒鳴ろうとした時、セシルがそれを制した。
彼は、深々と嘆息し、弱々しく笑う。「・・・そこまで買いかぶられるのは困るな」
その力のない言葉に、ルディはハッとする。
「僕にも出来ることと出来ないことがある。城下街に居る君達ならともかく、城から離れた公爵達の動向を完全に読み切り、抑えることなんてできはしない」
今まで緊張していたために気がつかなかったが、セシルは酷く消耗していた。
顔色は悪く、玉座に座る姿もどこかくたびれている。
なによりも―――「あれは、仕方のない犠牲だった・・・!」
何よりも、絞り出すように放ったその言葉の中に、表現のしようがない痛みと後悔が含まれているように感じられて。
だから、ルディはその時になって初めて気がついた。
民が失われ、誰よりも苦しみ、痛みを感じているのは、このバロン王なのだと。「申し訳ありません、陛下」
王の胸中も察せずに、酷い言葉をぶつけてしまった。そのことを、ひたすらに恥じ入りながら頭を垂れる。
「いや、構わない―――それでどうするんだい?」
少しだけ力を取り戻した声で、セシルが問う。
その問の答えは、すでにルディの中にあった。(・・・陛下はやるべき事をやり、それでいて失ったものを痛みとして受け止めている。ならば僕も、僕に出来ることを―――)
「―――はい。私にどこまで出来るかわかりませんが・・・やらせていただきたいと思います」
「安心しろよ。お前なら、前当主よりもまともにできるさ」ロイドの保証に、ルディは複雑そうな顔をする。
「で、できれば兄様に家を継いで欲しかったのですが」
「俺が継いだら即潰すぞ―――ま、手伝いくらいはしてやるよ」そう言って、ロイドはセシルの方に視線を向けて、
「それでは陛下、お話は以上で―――」
「いや、勝手に終わりにしないでくれよ」
「「え?」」てっきりこれで話が終わりだと思っていたフォレス兄弟はきょとんとした顔でセシルに注目する。
王は、にやりと意地悪くロイドに視線を投げて、「君の処分がまだ済んでいない」
「俺の・・・って、どういうことッスか!?」
「おやあ? 解らないのかい? 自分が罪を犯したことを・・・」ロイドが思い当たる “罪” と言えば、フォレス邸でセシルを否定した事くらいだ。
だが、そもそもあれは―――「罪って・・・いや、実家に戻ったのはそもそも陛下の策で―――」
「そうじゃない」セシルはゆっくりと首を横に振って否定してから、告げる。
「君は人を一人傷つけただろう? それも君にとって大事な人を」
「って、ちょっと待って下さい! それってリサの事ッスか!?」
「他に誰がいるんだい?」
「だからあれは陛下の策のせいでしょうが!」
「ほほう。つまり君は、僕が “リサを泣かせろ” なんて策を立てたと言いたいのかい?」
「いや、だからあれは仕方のないことで―――」
「恋人泣かせちゃいけないよなー」からかうように言うセシルに、ロイドの頭の中でブチッと何かがキレた。
「その言葉だけはアンタに言われる筋合いはねえええええええええええええっ!」
「おいおい、国王に向かって “アンタ” とは酷い暴言だな」というわけで、とセシルは笑いを堪えながらロイドに告げる。
「ロイド=フォレス。しばらくの間、城内に立ち入ることを禁ずる」
「・・・また自宅謹慎ッスか?」
「いやそれも許さない。ついでに他の宿泊施設に泊まることも許可しない」
「はあ? どこで寝ろって言うんですかっ! 野宿でもしろと?」
「いいや? 知り合いの家にでも泊めて貰えばいいだろう?」その一言で。
ロイドはセシルの言いたいことを理解した。
そんなロイドに、セシルは思い出したかのように付け加える。「ああ、そうそう。しばらくシドは城の工房にこもてるから。だから毎晩一人で寂しい思いをしているんじゃないかなー。誰とは言わないけど」
「陛下」
「なんだい?」
「謹慎処分でも、反逆罪でもなんでも受けますから、一つだけ俺の願いをきいてくれませんか?」
「なにかな?」
「一発殴らせて下さい」
「つまみ出せ」にっこり笑ってセシルが命じると、謁見の間に居た近衛兵達が素早くロイドを捕らえる。
「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおお! 覚えてろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「あの、ていうか、どうして僕まで―――・・・・・・」抗することもできず、近衛兵達に引き摺られていくフォレス兄弟を、セシルは愉快そうに見送った―――