第20章「王様のお仕事」 
AH.「意地」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間

 

 けたたましい笑いの渦が場を満たす。
 原因は、この期に及んで自分が正統な王だと、アレックスが言い張ったからだ。

 カルバッハ公爵がセシルにやりこめられた様をすぐ傍で見ていながら、それでもセシルに玉座を明け渡せと迫る、その恥知らずな行為に騎士達は笑うしかなかった。

「なんという破廉恥なヤツだ」
「いや、それもしかたあるまい。父王からして民を見捨てて逃げ出すような破廉恥な王だった。ならば、その息子も同様と言うことだ」
「違いない違いない」

 カインも冷笑を浮かべ、リックモッドは大口を開けて一番大きな声で笑っていた。
 ただ、ウィーダスとベイガンはにこりともせず、厳しい表情で周囲のバカ笑いを眺めていた。

「・・・いい加減に―――」
「いいんだ」
「しかし陛下・・・」

 なにか耐えきれずに、ベイガンが騎士達の笑いを止めようとすると、セシルがそれを手で制した。
 玉座に座る彼は、周囲の笑いの中、ただじっとこちらを睨み続けるアレックスに、穏やかな笑みを浮かべる。それは、騎士達のような嘲笑ではなく、とても優しく、暖かな微笑みだった。
 その表情を見て、ベイガンは口を閉じた。

 ―――やがて、笑い声も多少収まってきたころ。

「それで? まさか “玉座を寄越せ” と言われて『はい解りました』、と僕が渡すとは思っていないだろうね?」
「・・・わっ・・・私と勝負しろ!」
「勝負?」

 と、再び騎士達から笑い声が上がる―――

「黙れ」

 笑いの出鼻を挫くように、セシルは言い放つ。
 言葉に秘められた、有無を言わせぬ迫力に、騎士達は一瞬震え上がり、ぎょっとした様子でセシルを見た。
 その時にはすでにセシルは穏やかな表情に戻っていたが騎士達はそれ以上笑うことも、声を出すこともせずに、息を潜めてことの成り行きを見守る。

「私と、1対1で決闘するんだ! 私が勝ったら―――」
「―――玉座を明け渡せ、か」

 頷くアレックスに、セシルは立ち上がる。

「良いだろう―――おい、誰かアレックス殿に剣を貸してやれ」

 セシルの言葉に、近衛兵の一人が剣を鞘ごとアレックスに渡す。
 アレックスは剣を抜くと、鞘を床に落として、段上のセシルを睨みあげる。

「降りてこい!」
「そっちが上がってくれば良いだろう。こっちはいつでも良い―――かかってきなよ」
「くっ・・・!」

 アレックスは剣を下段に構え、セシルに向かって玉座に続く階段を駆け上る。
 高さはそれほどでもない。すぐに駆け上ると、セシルに向かって斜め下から切り上げる―――

「へえ、それなりに剣は使えるようだ」

 と言う言葉を斬るように、、剣はセシルの目の前を通り過ぎる―――が、セシルには届いていない。
 剣の練習はしていたのだろう。貴族の嗜み、というより、魔物の多かったフォールスでは、何かしら武器や武術を身に着けることは自然なことだ。
 セシルの見立てでは、アレックスは並の剣士程度の腕はある、が。

 剣を振り上げて体勢が崩れた所に、セシルは一歩踏み込んで、アレックスの肩を押した。

「うわっ!?」

 それだけで彼は大勢を崩し、そのまま後ろに倒れて階段の下まで落ちる。
 先程も述べたように、階段はそれほど高くはない―――が、それでも落下すればかなり痛い。

「ぐ・・・うう・・・」

 痛みに堪え、しばらくアレックスは動くことはできなかった。
 ・・・剣を扱える、とはいえあくまでも “それなり” だ。幾度も死線をくぐり抜けてきたセシルに敵うはずもない。

「く・・・お・・・っ!」

 歯を食いしばり、アレックスは立ち上がると再びセシルに向かって突進する。
 ―――そして同じように叩きのめされ、段の下へ転げ落ちた。

「ぐ・・・・・・」

 アレックスは悔しそうに顔を歪め、セシルを睨みあげる。

「どうして、剣を抜かないッ!」
「抜く必要がないだろう?」
「くそっ! バカにしてッ!」

 アレックスは怒りを込めて吐き捨てると、三度セシルに向かって突撃する。
 大きく剣を振りかぶり、セシルに向かって振り下ろす―――

 ―――今度もまた、セシルはあっさりと回避して、アレックスを叩きのめすとその場の全員―――アレックス自身思い込んでいた。
 だが・・・

「なっ!?」

 全く身動きひとつしようとせず、振り下ろされてくる剣を見つめたままのセシルに、アレックスの表情が怒りから驚愕へと変わる。
 直後、アレックスの剣はセシルの肩口に振り下ろされた。

「へっ、陛下ーーーーー!?」

 なんら心配することなく見守っていたベイガンは、ここに来て困惑気味に絶叫した。
 今の一撃、セシルに避けきれぬはずがなかった。
 だが、現実に刃はセシルの肩に振り下ろされている。

「ほら、抜く必要はないだろう」

 セシルは鎧を身に着けては居なかった。儀礼用の飾りとはいえ、 “王の鎧” でも身に着けていれば、それなりに防げたかも知れない。
 だが、現在のセシルは軽装で、服の肩に血が滲む。
 しかし、倒れることなく、苦痛に表情を歪ませることなく、セシルはにこりと微笑んだ。

「あ・・・あ・・・」

 人を斬ったのは初めてなのだろうか。アレックスは青ざめ、血に濡れるセシルの肩を凝視する。
 と、力無くしたアレックスの手から剣が滑り落ち、そのまま絨毯の上に落ちた。

「誰か! クノッサス導師を―――」
「騒ぐな。大した傷じゃあない」

 騒ぎ立てるベイガンを制止して、セシルは苦笑する。
 その額には、しかし脂汗が滲み出ていた。

「―――少々、痛いけどね」
「何故・・・ですか?」

 青ざめた表情のまま、アレックスはセシルに問う。

「何故、避けなかったんですか―――いえ、それよりも何故、私を斬らないのですか!」

 青ざめた表情のアレックスとは対照的に、セシルは苦笑したまま尋ね返した。

「逆に聞くけど。君は僕に斬られたがっているように思えるんだが・・・どうしてだい?」
「・・・!」
「そう・・・まるで僕に処刑される事こそが、自分に残された最後の役目だというかのように、ね」

 曲がりなりにもアレックスは王家の血を引くものだ。
 彼が生き残っていれば、また争いの火種になる。
 だからといってただ処刑してしまうのも後々問題になる。何しろ、ついさっきセシルがカミングアウトしてしまったばかりだ。ここで王家の人間を殺すことは、それこそ簒奪行為になってしまう。

 だからこそアレックスは、遺恨が残らないように処刑されることを望んだ―――と、セシルは考えたのだが。

「・・・違う」

 未だ青ざめたままではあったが、しかしアレックスの瞳には力が戻っていた。
 彼は、セシルの言葉を否定し、己の意志を口にする。

「 “最後の役目” などとそこまで高尚なものではない。これはただの意地だ」
「意地?」
「私は、今までずっとオーディン王の後継者として公爵に育てられて来た―――だからこそ、私はオーディンの息子として死ぬことを望む!」
「ならば何故僕を殺さない?」

 セシルは自分の肩の傷に手を添える。
 熱い。
 傷自体は浅いため、出血はさほどではない、が、随分と熱を持っている。痛みも次第に高まって来ているようだった。あと数分もすれば、立っているのさえ辛くなるだろう。

「さっき僕は避けなかったよ? それなのに僕はまだこうして立っている。それは君が直前で剣を引いたからだ」
「言っただろう。私はオーディンの息子として死にたいと。騎士王、剣皇、とも呼ばれた者の息子であれば、戦って死ぬことこそが本望だと解らないか!」

(解らないね)

 セシルは口には出さずに思った。

(何故なら君には最初から殺気がなかった)

 最初の一太刀からして決死の覚悟、気迫は感じられた。
 けれど殺気だけは感じられなかった。
 アレックスは、セシルに殺されることを望んでいた。

(だがまあ・・・ “意地” か)

 今のアレックスの話を聞いて、セシルは気がついた。
 要するに彼は死にたがっている。
 オーディンの息子として死にたがっている。誰に認められずとも、それでも。

 それが、幼い頃からオーディン王の息子として―――貴族の道具として育てられた、アレックスが死ぬまで貫き通したい意志なのだろう。

(成程、ただの意地か)

 生き延びていれば、いずれは意志も揺らぐことがあるかも知れない。
 だが、死んでしまえばその意志は二度と移ろうことは無い。

 アレックスは身をかがめると、取り落とした剣を拾い上げる。

「剣を抜け! セシル! 剣を抜いて、私と―――」
「・・・人は、死ぬと言うことを知らなければならない」
「なに・・・?」

 セシルは微笑を浮かべ、呟いた。つい最近も聞いたその言葉に、アレックスは戸惑いを見せる。

「死ぬ覚悟があるのなら、生き抜く覚悟だって持てるはずだってことさ。・・・それとも、君の “意地” とやらは生き続ける事もできないほど貧弱なのかい?」
「! ・・・私はッ!」
「―――認めるよ」
「え・・・?」

 不意の言葉に戸惑うアレックスに、セシルは意地悪く笑って見せた。

「バロン王セシル=ハーヴィの名において、アレックス、君を先王オーディンの息子だと認めよう!」

 次の瞬間、謁見の間に喧噪が飛び交った。

 

 

******

 

 

「どういう事ですか陛下あああああああっ!」

 騎士達がざわめく中、一際声大きくベイガンが怒鳴る。
 そちらの方をセシルは振り向いて、事も無げに、

「言ったとおりだよ」
「何故このような逆賊を! だいたい、この男はオーディン様ではなく、先々王の忘れ形見だと陛下が言ったのではないですか!」
「さっきはああ言ったけれど、彼がオーディン様の息子だって証拠はないかも知れないが、そうではないって証拠も多分無いし」
「それは屁理屈というのです!」

 ぜいはぜいはあと、息を乱せるほど全力で怒鳴るベイガン。
 セシルはやれやれと肩を―――負傷していない方の肩を竦め。

「だいたい、息子か甥の違いだろう。 “同じ血を引いている” って意味は変わらない」
「その違いが重要なのです! 先王オーディン様は、民からも騎士達からも親しまれていました。オーディン様のためならば命をも惜しくないという者は私やセシル陛下を含め、今でも大勢います!」
「勝手に僕を含めないでくれよ」
「違うのですか?」
「・・・・・・」

 違う、とは言い切れず、セシルは押し黙る。

「それに比べて、先々王は全てを裏切って逃げ出しました。そのアレックス殿がどちらのご嫡男であるかによって、色々と問題が・・・」
「なら君は、彼がオーディン王の息子であると信じられれば忠誠を誓うわけだ」
「いや、それは・・・」
「というか、君が僕に忠誠を誓ってくれるのも、僕がオーディン王に目をかけられていたからなんだねえ・・・」

 はあ、とセシルは寂しそうに溜息を吐いた。

「お、お待ち下さい! 確かにそれは否定しませぬが、しかしそればかりではありません! 私自身、陛下こそがこのバロンの王に相応しいと思っているからこそ、剣を捧げているのです!」
「だったら、彼が誰の息子であるかなんて、大した問題ではないだろう?」

 そう言ってベイガンの反論を封じ、セシルは再びアレックスに向き直る。

「そう言うわけだよ」
「・・・どういう、訳ですか?」

 アレックスは剣を握りしめたままセシルを睨付ける。
 セシルの意図がまるで掴めないのだろう。だからそうしてセシルの言動に集中し、言いたいことを理解しようとしている。

「君のその “意地” を貫いてみろって事だよ。―――さて、玉座をくれてやることはできないが、先王の嫡子だというのなら、相応の地位と領地を与えなければならないな」
「お待ち下さい陛下ぁッ!」
「・・・なんだよベイガン。いちいち五月蠅いなあ」

 ちょっと迷惑そうにセシルが振り向くと、ベイガンはかつて無いほどの剣幕でまくし立てる。

「この男はカルバッハ公爵と共に陛下に刃向かった者ですぞ! それを相手の言い分を認めるばかりか、領地まで与えるとは・・・! 今回は失敗しましたが、いずれまた力を蓄えて反旗を翻すことも―――」
「とりあえず領地はカルバッハ公爵が治めていたところでいいか。慣れ親しんだ土地の方が勝手がわかるだろうし」
「へいくわあああああっ! 私の話を―――」
「どういうことだそれはああああああああああああっ!」

 ベイガンの声と同時、今まで黙っていたカルバッハが絶叫する。

「私の領地をアレックスに与えるだと! そんな事が―――」
「―――許されないとでも思っているのかな?」

 セシルが先んじて台詞を言うと、カルバッハは言葉に詰まる。

「まあ、安心しなよ。命は取らないから。領地と財産と爵位は没収させて貰うけど」
「なんだと!」
「これからは “アレックス領” の農民としてのんびり暮すんだね」
「き、き、き、き、き、き、き、き・・・・・・」

 貴様、とでも言いたいのだろうが、あまりにも血圧が上がりすぎて、カルバッハは顔を真っ赤にしたままそのまま倒れてしまう。
 そんな “恩人” を振り返り、アレックスが不審にセシルを見やる。

「何を考えているのですか? まさか恩を与えて懐柔しようと考えているのなら大間違いだ」
「・・・・・・」

 アレックスの言葉にセシルは応えない。

「そこの近衛兵長の言ったとおり、私はいずれ力を付けて、貴方からその玉座を奪い取る」

 明らかな挑発。

「ああ。やってみなよ」
「! 私にはできないとでも!?」

 挑発を挑発で返され、アレックスは鼻白む。

「いいや。君ならきっと、そこで倒れている元伯爵よりも上手くできるだろうさ」

 にやりと笑うセシルに、アレックスは何となく言いたいことを察した。

 今までアレックスは、カルバッハ公爵の言いなりだった。
 だから今度は、 “道具” ではなく、今のように自分の意志で意地を貫いてみせろ―――そう言いたいのだと、何となくアレックスは感じた。

「・・・後悔、しますよ」
「後悔しなかった事はないよ。今も、今までも」
「・・・・・・」

 セシルの返事にアレックスは何か応えようとしたが―――しかし、それ以上何も言わずに、倒れたカルバッハに肩を貸して立ち上がらせると、それを引き摺るようにして謁見の間を退室していった。

「陛下・・・」

 アレックスが外に出るのを見送って、力のないベイガンの声が聞こえた。
 振り向けば、困惑した様子でベイガンが見つめてきていた。

「私には陛下の心が解りませぬ。王家の血を引くというアレックスだけならばまだしも、何故に黒幕であるカルバッハの奴めに恩赦を・・・・・・」

 言うまでもなく反逆罪は重罪だ。
 当人だけではなく、一族郎党全て処断してもおかしくはない―――どころか、当然とも言える。

「恩赦か・・・」

 セシルのその呟きは、とても力の無いものだった。

「ベイガン、君は本当に良い人だね」
「は?」
「君に比べて、僕はなんという外道なんだろうか・・・・・・」

 熱に浮かされたようなセシルの言葉に、何か様子が変だとベイガンが思っていると、不意にセシルの身体がぐらりと揺れた。

「陛下!?」

 と、セシルの身体を慌てて支えてみれば、熱を感じる。肩の傷だ。

「いやあ、ちょっとそろそろ限界かなー」
「かっ、回復魔法! 誰か、クノッサス導師を呼べ―――!」

 

 


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