第20章「王様のお仕事」
AF.「最後のあがき」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン・街道

 

『やあ公爵、ご機嫌は如何かな?』

 草の向こうから聞こえてきた声にカルバッハ公爵は愕然とする。

「セ・・・シル・・・王―――!?」

 戦況は最悪だった。
 圧倒的だと思っていた自分たちの軍は、その10分の1程度の数のバロン軍を打ち破ることができず、まさに槍の如くとなった竜騎士団にズタズタにされて、全部隊は壊走。それを防ぐはずの督戦部隊は、傭兵達が逃げ出してしまったのか機能せず、民兵達は戦場に留まることなく逃げ出している。

 この戦場では、カルバッハ達貴族側の完敗だった。
 しかし、ここで負けてもカルバッハには秘策があった。
 バロン軍を引き付けている隙に、バロンの街に潜伏させていた傭兵達が騒ぎを起こし、その混乱に乗じて空っぽの城を陥落させる。
 どちらかが成功すれば貴族側の勝ちという、二段構えの戦法だったのだが。

「なぜ・・・ッ! 何故貴様がこの草を使っている・・・!?」

 フォレス家の連絡用に使っていたはずの “ひそひ草” からセシルの声が聞こえて、カルバッハは混乱しながら怒鳴り返す。

『 “貴様” だと!? 陛下に向かってその口の聞き方は―――』
『ベイガン、良いから少し黙っててくれ』
『しかしですなあ!』
『王命だよ?』
『うぐ・・・』

 厳しくセシルに言われ、ベイガンは静かになった。
 草の向こうからはガタゴトと振動音が響いてくる。どうやらチョコボ車にでも乗っているらしい。

『さて公爵―――いやカルバッハ。もううすうす気がついているとは思うけれど、君の企みは全て費えた。バロンの街に潜伏した傭兵は全て抑えたし、君の協力者であるザイン=フォレスにできることは何もない』
「ぐっ・・・」
『そしてそれは君も同じ事だ』
「・・・・・・っ!」

 カルバッハは何一つ反論できなかった。
 セシルの言うとおり、バロンの街での作戦は失敗に終わった。それは街の様子を見れば明らかだ。
 そして、こちらの戦況も全ての部隊は退却を始めている。

「何故だ・・・」

 誰かに問う、というよりは現状を信じることができないかのように、彼は呟いた。

「途中までは上手く行っていたはずだ! ほぼ私の思惑通りに事が進んでいたはず! なのにこれはどういうことだッ」
「・・・上手く行きすぎていた。そう言うことではないでしょうか」

 そう呟いたのはアレックスだった。
 カルバッハは自らの王を、しかし怒りを持って強く睨んだ。

「どういう意味だ!? まさか貴様が内通を・・・?」
『おいおい。自分の王に向かってその言いぐさは無いだろう?』
「だまれセシル! 王など飾りであれば良いのだ! この国は我ら貴族が支配する―――それがバロンのためである!」
「・・・!」

 カルバッハの言葉に、アレックスの身が震えた。
 が、何も言おうとはしない。何故なら、アレックス自身それは解っていたことだからだ。

(そうだ・・・自分が飾りだと言うことは納得していたことだ。・・・だけど)

 ざわり、とアレックスの胸の内に苦いモノが広がっていく。
 その原因はきっと―――

『貴族が支配することがバロンの為、か・・・』

 草の向こうから、バロン王の声が聞こえてくる。
 決して “飾り” ではない、真の王の言葉。

『そのために、領民達を兵士に仕立て上げ、ろくに訓練もせずに戦わせた、と?』
「その通りだ。貴族は国のために国を支配する。ならば、民達は国のために支配者たる貴族に仕えることが使命。貴族のために死ぬために生まれてきたのだ!」

 セシルが反論しないためか、調子づいたカルバッハは熱っぽく語る。
 はあ、と草の向こうから嘆息する音が聞こえた。

『貴族のためならば、民は死んでも構わないと?』
「当然だ。民は貴族のために存在するのだから」
『ならば貴族は国のためならば死んでも構わないということになるな』
「何を言っている? 貴族は国のためにも死んではならぬのだ! 民が幾ら死んでも国は滅びぬが、支配すべき貴族が死に絶えれば、国は滅んでしまうのだからな!」

 さらに深い溜息が草を通じて聞こえてくる。
 その嘆息の尻に繋げるようにして、セシルは言った。

『人は、死ぬと言うことを知らなければならない―――』
「? ・・・なんだそれは?」
『人間は、生まれを選ぶことはできないが、死に方は選べると言うことだよ―――何のために死ぬか、誰のために死ぬか、そんなことは他人が決める事じゃない』
「くだらん! 人は生まれた時から運命が決まっているのだ。民は民として、貴族は貴族として生きて死んでいく」
『それも事実だ・・・が、それは一つの選択肢に過ぎない。民として生まれ、民のまま死んでいくことを望む者もいれば、自らの運命を拒んでのし上がる者もいる―――逆に、貴族として生まれながらも惨めな死に方をする者もいる。・・・君のようにね』
「な、なんだと・・・?」

 その時になってようやく、カルバッハは自分の置かれている状況というものを思い出した。
 身を強ばらせ、冷や汗が流れる。

『・・・先程僕は言ったよね?  “民が貴族のために死ぬならば、貴族は国のために死ぬ” と。でもそれを君は否定した。ならば問う、貴族はなんのために死ぬべきだ?』
「き、貴族は死んではならぬと言ったッ!」
『そうか』

 肯定、とも諦め、ともとれるセシルの返事。
 それは今までの言葉よりも随分と冷めていて、カルバッハを突き放すような声音だと、アレックスは聞いていて思った。

『ならば君の言葉通りにしてやるよ』

 その言葉を最後に、ブチッ、と何かが千切れる音が聞こえて、それ以上なにも―――車の音も聞こえなくなった。おそらくは、向こうの草をセシルが引きちぎったのだろう。

「どういうことだっ!」

 カルバッハが叫ぶ―――が、草は何も応えない。

「ぐっ・・・」

 ぱさり、とカルバッハは手にした草を地面に投げつけた。
 と、その時になって、無数の足音がすぐ近くまで迫っていることに気がついた。おそらくそれは、退却してきた自軍だろう。そしてその後ろには、バロン軍も迫っているはず―――

「公爵! この場は危険です!」

 側近が分かり切った警告を言う。
 一瞬、頭に血が上り、「貴様のような愚鈍な人間がいるから我らは負けたのだ!」と怒鳴りつけそうになったが、ぎりぎり残った理性がそんなことをしても意味がないと押しとどめる。

「・・・仕方がない。こうなれば一旦、領地まで退くしかあるまい」

 苦々しく言い捨てて、カルバッハは踵を返す。
 そこへアレックスが問いかけた。

「ちょっと待って下さい。報告によれば、我々の軍は総崩れとなって退却中です。退くにしても誰かが殿(しんがり)を務めなければ、敵の追撃に一方的に殲滅される恐れが・・・」
「何を言っている! 民草がどれだけ刈られようとも私の知ったことではないわ! 今は一刻も早く領地に戻り、次の手を打たねばならん!」
「それが国を統べようとする者のいうことですか!」

 アレックスは思わず声を荒らげた。
 今までアレックスはカルバッハに怒鳴るどころか、反論することさえ殆ど無かった。だから公爵はその気迫に一瞬だけたじろぐが―――すぐに忌々しそうに見返して、

「ふ、ふん! 王家の血を引くとはいえ、庶民と同じ生活をしていれば、その魂までもが卑しくなる! 所詮、貴様もあのセシルと同じ “親無し” というわけか!」

 “親無し” と言われ、アレックスの身が震える。
 だが、すぐにかぶりを振って、

「・・・私は、貴方からの恩を忘れません。例えそれが私の身体に流れる血を利用するためだけだったとしても、その気持ちは変わりません―――ですが」

 アレックスはキッとカルバッハを睨む。

「ですが、貴方のやりようがこの国のためだとは思えません! 貴方があのセシル王よりも正しいとは―――」
「黙れ! 貴様は私に使われて居ればよいのだ!」
「・・・っ。解りました、これ以上はなにも言いません―――が、これからは私の好きにさせて貰います」
「なに・・・? まさか、セシルに寝返るつもりか!? いや、やはり貴様が内通を―――」

 カルバッハの言葉を聞き、そこまで信用されていないのかとアレックスは哀しく思った。
 だが、その哀しみは表に出さず「いいえ」ときっぱりと否定して、

「私が殿を務めます。その隙に公爵は民達を連れてお逃げ下さい。それが私にできる最後の―――」
「それを許すことはできんな」
「・・・え?」

 まさか異を唱えられるとはアレックスは思わなかった。
 最早、戦況は確定している。これから大逆転など、奇跡が起っても有り得ない。
 この戦いに勝てれば傀儡の王として利用できたが、負けてしまえばアレックスに価値はない。そう思ってたのだが。

「貴様はまだ利用価値がある・・・まだ、私は負けてはいない・・・!」
「公爵、貴方は何を・・・!?」
「アレックスを拘束せよ! そして速やかに領地へ戻るぞ!」
「公爵!」

 カルバッハの側近達に両腕を掴まれ身動きできないアレックスが叫ぶ。
 だが、カルバッハは答えない―――いや、その叫びを聞いてすら居なかった。

「そうだ・・・まだ私は負けたわけではない。まだ手はあるのだ・・・」

 自分に言い聞かせるように呟いて、カルバッハは自分の領地の方へと歩き出した―――

 

 

******

 

 

 ―――どれほどの距離を歩いただろうか。

 自分の領地へと続く街道を、カルバッハ達は歩き続ける。
 チョコボ車は無い。
 バロンへファス達と一緒に乗ってきた車は、セシルに謁見する際に城に預けてそのままだ。その後はテレポストーンを使って逃げ出し、フォレス邸からこっそりと街を抜け出して自軍と合流したために、今は足になるようなものはなかった。

 バロンの近くにはチョコボの森があることは知っていたが、その正確な位置までは知らず、仮に知っていたとしても、チョコボを捕まえるのに必要なギザールの野菜もない。
 そういうわけで仕方なく、カルバッハ達は歩きで領地へ向かっていた。

「・・・・・・追っ手は来ないようですね」

 アレックスが後ろを振り返って見る。
 暫くは拘束されていたが、逆らっても無駄だと判断して、今は素直に歩いている。

 ―――すでに辺りは闇夜だった。
 空に浮かぶ二つの月が地上を照らし、そのお陰でなんとか歩けている。
 灯りは付けていない。わざわざ追っ手の目印になるようなものを使ったりはしない―――が、振り向いても追っ手らしき灯りは一つも見えない。
 そのことを不審に思っていると、カルバッハが「くっくっく」と含み笑いを響かせる。

「・・・どうやら民が身体を張って追撃を防いでくれたようだな。まあ、もっとも単に数だけは多い烏合の衆を刈るのに、騎士共が手こずっているだけかもしれんが」
「そんな言い方は・・・! 貴方が集めたのでしょう!」
「うるさい! 道具は黙っておれ!」
「・・・・・・」

 言葉通り、 “道具” が何も言わなくなると、カルバッハは気をよくしたのか、アレックスに笑いかける。

「まあよい。お前にはまだまだ役に立ってもらわなければならん」
「役に・・・? しかし、戦いに敗れた今、私にできることは何もないでしょう」
「ふん。確かにこの国ではな・・・」
「 “この国では” ・・・? どういう意味です?」
「解らぬならばそれで良い。解らぬまま、ただ私に使われておれば良いのだ・・・」
「・・・・・・」

 カルバッハが何を考えているかは解らないが、ともあれあまり良くは無いことだとアレックスは感じ取った。
 また民を犠牲にするような非道を行うのか、とアレックスはカルバッハの真意をはっきりさせようと口を開きかけ―――その時だ。

「公爵! 前方に灯りが・・・」
「うん?」

 誰かが声を上げ、それに釣られてカルバッハを始めとする他の者たちも顔を上げて前を見る。

 ―――カルバッハ達と共に行動する者たちの数は少なかった。
 最初は傭兵や、逃げてきた民兵なども合わせて百人は居たはずだが、逃げる途中でカルバッハを見限ったのか、次第にその数は減って、いつの間にか十人にも満たない数だ。
 残ったのは公爵に忠誠を誓った―――というよりは、単に迷っている者たちだろう。このまま逃げても捕まれば重罪。ならば、一か八かカルバッハに賭けてみるべきか、と考えている者たちだ。

「灯り・・・あれは松明か?」

 街道の行く手、そう遠くない位置に灯火が見える。
 よくよく見れば、人影も辛うじて見える気がした。
 そんな近くまで灯りに気がつかなかったのは、誰もが足下を見て歩いていたせいだろう。

 旅人か? と、誰かが呟いた瞬間。

 ぼっ、ぼっ、ぼぼっ、ぼぼぼぼっ!

 唐突に、その灯りを中心にして、左右に灯火が広がっていく!

「!?」

 幾つもの灯りのせいで、人影ははっきりと見えた―――が、未だに輪郭しか見えない。
 それは、松明を持つ者は黒ずくめで―――漆黒の鎧を身に着けているからだと、カルバッハは気がついた。

「なっ・・・暗黒、騎士団・・・!?」

 バロンに居るはずの暗黒騎士団の存在に、カルバッハ達は足を止める。
 と、その黒い鎧の集団の中から、それとは正逆の白い鎧の青年が姿を現わした。その背後には、松明を手にして付き従う近衛兵長の姿もある。

「セシル・・・!」
「やあ公爵、ご機嫌は如何かな?」

 先程、ひそひ草で会話した時と同じ挨拶で、セシルはにこやかに手を挙げる。

「な、何故だ・・・!? 何故、貴様がここにいる!?」
「飛空艇で先回りしたからだよ。聞こえなかったかい? 君らの頭上を飛ぶ飛空艇のプロペラ音が」
「くう・・・っ」

 カルバッハは自分についてきた者たちを振り返る。

「お、お前たち! 私とアレックスを護るのだ!」
「え・・・」

 カルバッハの配下の者たちは顔を見合わせて戸惑い―――そして誰も動こうとはしなかった。
 その様子に、セシルは肩を竦める。

「無茶を言うな。こっちには暗黒騎士団が勢揃いだ。そうでなくても、それくらいの数、僕とエニシェルだけでも蹴散らせる」

 そう言って、セシルは腰のライトブリンガーをぽんと叩いた。

「おのれセシル! 貴様は何処まで―――」
「君の思惑を読めているのかって? 多分、おおよそは解っているつもりだよ―――例えば、王家の血を引くアレックスをダシにして、どこか別の国―――そうだな、エブラーナか、でなければフォールス以外の国へ亡命するとか」
「・・・っ!」

 松明の炎に照らされたカルバッハの表情が、怒りから愕然としたものへ変化する。
 それを図星の反応だと見て取って、アレックスは信じられないものを見るかのように、カルバッハを凝視する。

「まさか公爵、本気で・・・!」
「ぐ・・・・・・」

 最後の策―――と本人は思っているが、実際はただのあがきでしかない―――を見破られ、カルバッハは何も言えなくなる。
 代わりに、とばかりにセシルが苦笑しながら、

「アレックスを正統な王として売り込み、祖国奪還の大義を掲げて他国の強力を得てバロンに攻め込む―――どうせそんな下らないことを考えていたんだろう?」
「くだらない、だと・・・?」

 ようやくカルバッハが絞り出すように言葉を発した。
 彼は、松明の明かりをバックにしたセシルの黒い表情を睨付け、

「それは貴様もやったことだろう! バロン討つべしと大義名分を掲げ、ファブールとダムシアンを唆してバロンを奪い取った簒奪者が何を言うか!」

 カルバッハの台詞に、背後でベイガンの殺気が膨れあがるのを、セシルは感じ取った。だが、ベイガンには予め何も言うなと言い含めてある。それが功を奏したらしく、ベイガンは怒りに耐えるだけで何も言わない。
 セシルは、カルバッハの言葉に対して、素直に頷いた。

「まあ、それは否定しない」
「陛下ぁっ!?」

 流石に我慢できなかったのか、ベイガンが声を上げる。
 セシルは苦笑して、近衛兵長を振り向いた。

「だって、ホントのことだろう?」
「陛下は他国を唆したりはしなかったでしょう! ファブール、ダムシアンが立ったのは、先にバロン―――いえ、ゴルベーザがクリスタルを奪い取ったからであり、二国は反撃のために兵を起こしたのでしょう! そこに陛下の思惑などはなく、あくまでも両国の意志であります!」
「・・・その場に居なかったのに、よくそうスラスラと言えるものだね」

 当時はゴルベーザ側だったベイガンは、ファブールとダムシアンの思惑など知らないはずだった。
 だが、セシルの疑問を、ベイガンは冷ややかな視線で返した。

「・・・陛下がトロイアへ赴いている間、誰が戦後処理を行っていたと・・・?」
「うっ・・・いや、それは有り難いと思っているよ。本当に」

 セシルがトロイアから戻ってきた時、戦後処理の殆どは終わっていた。だから、バロンとファブール、ダムシアンの戦争で、セシルが特別何かしなければならないと言うことはなかった。
 もっとも、セシルはバロンを攻め落とした立役者の一人である。そのセシルが、バロンを治めるということで、ある程度のことは決着が着いていたみたいだが。

「まあ、それはともかく」

 強引に話を切り替えて、セシルはカルバッハへと向き直る。

「君の思惑が、僕がやったことと似ていることは認めるけれど、決定的に違うことが一つある」
「当然だ! 貴様は簒奪者だが、こちらは正統な―――」
「ああ、そう言う意味じゃない」

 カルバッハの口上を遮って、セシルは笑いながら言う。

「僕は成功したけれど、君は失敗したということさ」
「くっ・・・おのれ―――」
「捕らえろ!」

 セシルは命じる―――が、それは背後のベイガンや、暗黒騎士団に命じたものではなかった。

「カルバッハとアレックスの両名を捕らえれば、他の者の罪は問わないものとする!」
「なっ―――!?」

 慌ててカルバッハは背後を―――自分の配下の者たちを振り返る。
 だが、その時にはすでに、最後まで付き従っていた若干名の者たちが、カルバッハとアレックスへ飛びかかるところだった―――

 

 


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