第20章「王様のお仕事」
AE.「覚悟ある者」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの街・フォレス邸

 

「へ・・・へいかああああああああっ!?」

 ベイガンは絶叫し、思わず剣を取り落とした。
 セシルの元へ駆け寄って跪く―――が。

「・・・・・・」
「陛下!?」

 セシルは何も言わずにベイガンを手で押しのける。
 その力は弱かったが、セシルからとてつもない迫力を感じて、ベイガンは押されるままに尻餅をついた。

 間近で見ればやはり、紛れもなくセシルの身体に短剣が深々と刺さっている。
 未だ倒れないところを見ると、刃は急所は外れているのだろうか。それでも激痛はかなりのものらしく、呼気は浅く荒く、顔にはびっしりと脂汗が浮かんでいる。
 しかしその表情はかすかに歪んでいたが、笑みを浮かべていた。

“覚悟ある者達に―――”

 荒い息を少し整えた後、セシルは詠唱を再開する。
 それを見て、ロイドもベイガンも止めようと動きかけたが、セシルから感じられる威圧感に動きを止め、何も言えずにただ見守った。

“―――再び立つための癒しを与えん・・・”

 そして魔法が完成する。

「『ケアルラ』!」

 淡く、しかし優しげな光がセシルとルディを包み込んだ。
 光の中で、セシルは自分の腹部に突き刺さった短剣を引き抜く。一瞬、血が迸ったが、光が即座に傷を癒して血を止めた。

 やがて光が消え―――セシルは「ふう」と吐息する。

「あー、死ぬかと思った」
「軽ッ!? ていうか陛下、大丈夫なんスか!?」

 ロイドが問う。
 ちなみにベイガンは青ざめた表情で目を白黒させている。今にも失神しそうな雰囲気だ。

「あー、うんうん。大丈夫大丈夫」
「だから軽いッスよ!? 刺されたんですよ!? もうちょっとこう・・・慌てましょうよ!」
「うっわー、刺されちゃったー、痛かったー」
「やる気ねええええええええええええええええっ!」
「いや、どうして欲しいんだ君は」

 頭を抱えるロイドにセシルは苦笑―――と、セシルの腕の中で、ルディが小さく身じろぎする。

「う・・・?」
「ああ、気がついたようだね」
「・・・え?」

 ルディはぼんやりと目を開いて―――セシルの顔をしばらく眺めた後、不意にハッとして目を見開く。

「へ・・・いか・・・?」
「やあ、おはよう。まだ痛むかな?」
「なんで・・・僕が殺して―――ああ、そうか。ここがあの世という奴ですか・・・」

 ぼんやりと呟いて、ルディは少しだけ首を動かして周囲を見て―――はは、と笑う。

「へえ・・・死後の世界って、父様の書斎に良く似てるなあ・・・」
「いや生きてるから」
「・・・・・・なんで?」

 訳が解らないという風に、ルディはセシルを凝視する。
 セシルは確実に殺したはずだった。手応えは確かにあったのだ。
 最後の力を振り絞り、回復魔法を行使し、ルディだけ助けてくれる―――そんな淡い可能性もあったが、二人とも生きているのは計算外だ。

「どうして生きてるんですか・・・?」
「そりゃ回復魔法を使ったからね」
「でも、回復魔法を唱えていたのは僕を癒やすためで―――まさか、魔法って途中でも対象を変更できるんですか・・・?」
「さてね。出来るかもしれないけど、僕には無理だな。魔法、覚えたてだし」
「じゃあ・・・なんで・・・? 幾らなんでも、刺された状態で二度魔法を使うなんて事は―――」
「無理だよ。だから最初っから、対象を僕と君との二人にして魔法を唱えていたんだよ」
「ど、どういうことですか陛下ぁっ!?」

 最後の問いは、ルディが口にするよりも早く、ベイガンが叫んでいた。
 見れば、見たこともないような驚愕の表情を浮かべている。絵画にしてタイトルをつけるとしたら 『ガーン!』 だろうか。

「まさか、まさかまさかまさか! 最初から刺されることを予測していたのではありますまいな!」
「正解ー」
「正解ー、じゃありませぬうううううっ! なんでそんな危険なことをおおおおおおおっ!」
「いやあ、だって他人に白魔法を使うのって初めてだったし。近づかないと上手くやれる自信がなかったんだよ」
「そういうことではありませぬ! 何故、そんな危険を犯してまで魔法を使ったのですか!」
「出ないと死んでしまうだろう」
「死なせておきなされ!」

 酷いこと言うなあ、とセシルは苦笑する。
 と、ルディの呟きが耳に入った。

「最初から、気づいていた・・・?」

 信じられない、とルディはセシルに問う。

「なんで・・・どうして気づけたんですか!?」

 ザインに斬られたのは演技ではなかった。
 完全に死を覚悟しての最後の策だ。見破られるはずがなかったのに―――

 しかしセシルは事も無げに答える。

「僕が君の立場だったら同じ事をするからさ」
「え・・・?」
「状況は敗北寸前。そんな時に敵の総大将が乗り込んできた。それを倒せば一発大逆転―――だけど、まともに立ち向かって倒せる相手じゃない。それなら策略を用いる」

 ルディが書斎に飛び込んできた時、何かを仕掛けてくると直感した。
 流石に詳細までは感知できず、自分の身を犠牲にするとは読めなかったが。

「け、けど、僕がそこまでするなんてどうして思ったんですか・・・?」

 ルディ=フォレスはまだ14歳の少年だ。
 どうしてそこまでの覚悟があると信じられたのか、ルディには理解できない。

 すると、セシルではなくロイドが笑いながら言った。

「そこの王様はお前よりも幼い歳で、お前と似たようなことをしたんだよ」

 カインがセシルのことを初めて “王” と認めた事件のことを言っているのだろうか。
 確かにあの時は、セシルも自分の身を犠牲にして友達を護ろうとした。

「それに、その僕よりももっと幼くして、馬鹿げた覚悟で自分たちを犠牲にした双子の事を、僕は知っている」

 パロムとポロム。
 未だにバロンの城で石化している双子のことを思うと、セシルの胸が苦しくなる。
 それは後悔ではなく怒りだった。安易に自分の身を犠牲にしてセシルを護ろうとした双子への怒り。
 自分の中の冷静な部分は、それが身勝手な怒りだと解っている。
 だが、そうと解っていてもこの怒りを消し去ることはできない。

「・・・だから子供だからって、甘く見るつもりはない。むしろ子供だからこそ純粋な “覚悟” を秘めている」

 それに、とセシルは付け足して、ロイドを振り返った。

「君が要注意人物だってことは、ロイドから聞いていたし」
「兄様・・・が?」

 ルディは疑問を表情に浮かべ、ロイドを見る。

「そんなはずは・・・兄様が家を出た時は、僕はまだもっと幼かったし、それからずっと音信不通で、先日家に戻った後は、ずっと監視されていたから連絡なんて・・・」

 ルディの知る限り、セシルとロイドが会話したのは、バッツが屋敷に乗り込んできた時だけだ。
 そしてその時ルディに関する話題は、二言三言の会話しかなかった。

 ―――そう言えばロイド、彼は?
 ―――・・・俺の弟です。
 ―――義理の兄が居たことは知っていたけど、弟が居るのは初耳だったな。
 ―――家を出てからずっと音信不通だったので。
 ―――城に尋ねてくることは―――まあ、城は子供が遊ぶには危ない場所か。
 ―――さてね・・・そうかもしれませんが―――さあ、いい加減にお帰りなったらどうですか? 街は王様が遊ぶには危険な場所でしょう。

 その時の会話を思い出して―――はっとしてセシルを見る。
 セシルは愉快そうな微笑みを浮かべて、ルディに頷いて見せた。

「あの時の会話・・・暗号だったというのですか!?」
「暗号なんて大したもんじゃないよ。あの時、バッツのお陰でロイドの役目は終わったはずなのに、どういうわけか僕と敵対する態度を見せたからね。本来なら、あの時点でロイドはこっちに戻ってきても良かった―――なのに、この屋敷に残ろうとした」

 なにかあるのかと思い、ふと目についたルディのことを話に振ってみれば “音信不通” と言葉が返ってきた。
 フォレス家の現当主であるザインや、次期当主のラウドのことはセシルも話に聞いていたが、このルディの事はセシルも初耳で、ロイドも今まで音信不通―――つまり良く知らないという。

 ならばこれがロイドが懸念した存在なのかと “危ない” という単語を会話に混ぜると、ロイドは歯切れの悪い返答を返す。ロイド自身、本当にルディが危険なのかははっきりしていないらしいが、これ以上色々と話し込んでいれば勘づかれる可能性があるくらいには聡いのだと、セシルに帰るように促した。

「陛下とは割と付き合い長いからなー。これくらいの腹芸はできるってことだ」
「しかし、陛下!」

 困惑したように叫んだのはルディではなく、ベイガンだった。

「先程と同じ事を申し上げますが、その少年の狙いが解っていたのなら、何故危険をおかしてまで助けようとしたのですか!? 急所が外れていたから良かったものの、運が悪ければ即死ですぞ!」
「だから、急所は外したじゃないか」

 苦笑してセシルはあっさり言った。
 ――― “見切りの極み” 。敵の動きを完全に見切る事によって、敵が攻撃を仕掛ける寸前にすでに回避行動を終えている見切りの極意。
 流石に密着状態では完全回避というわけには行かないが、急所を外させることくらいではできる。

「は・・・はは・・・」

 力無くルディは笑う。

「・・・兄様の言うとおりだ。僕なんかが、敵う相手じゃなかった・・・!」

 そう言い残し、ルディは目を閉じる。
 どうやら眠ってしまったらしい。

「まあ、結構出血もしていたからね。僕の回復魔法じゃ、怪我は治せても失った血までは戻せない」

 セシルはルディを抱きかかえると、立ち上がる。

「ファレル邸に行くよ。セリスかキスティスなら、もうちょっとちゃんと癒やすことができるかもしれない」

 もう一人、白魔道士の使い手が居るが、彼女のことは触れないでおく。
 ―――ちなみにその頃セリスは、その “もう一人” の白魔法によってダウンしていたりするが、神ならぬセシルにはそんなこと知りようもない。

「陛下、この者達は?」

 ベイガンがザイン達を見やる。
 自分の達のことを言われ、この屋敷の当主らはびくりと身を震わせたが、セシルはそちらの方を見ようともしない。

「放っておけばいい。もうそいつらにできることは何もない。処罰を待つか、それとも自害して果てるか―――あるいは逃げだそうと、どうでもいい」

 それはとてつもなく冷たい声だった。
 まるで人の精神を引き裂く氷の刃の様な声音。
 さっきまでそんな素振りは見せなかったが、どうやらルディ本人の目論見通りとは言え、自分の息子をしかも背中から斬り捨てたザインに対して怒りを感じているらしい。

(いや、少し違うか)

 ロイドは心の中で呟く。
 セシルが怒っているのは、おそらくはルディの立場だ。
 親や義兄から疎んじられ、子供だからとその言葉を聞き入れられて貰えない。

 もしもこの貴族の反乱が、完全にルディの指示通りに事が運んでいたなら、セシルの思惑通りには行かなかったかも知れない。
 傭兵の存在を念入りに隠され、その動きも掴めずに後手後手にまわり、街は被害を受けて、最悪は城が落ちていたのかも知れないのだ。
 それを考えたら、むしろザイン達の存在は有り難かったと言える。

 だが、その一方でルディがどれだけ力を尽くし、それを踏みにじられたのかと考えるとやるせない怒りを覚えるのだろう。
 ザインに斬られた時、ルディは愕然とした表情を浮かべていた。
 斬られることは狙い通り―――しかし、だからと言って実の親に後ろから斬られるというのは、一体どんな気持ちなのだろうか。その時に浮かべた表情は、演技ではなかったのかもしれない―――

「ああ、そうだ」

 と、セシルは書斎を出ようとして―――ふと足を止める。
 抱き上げていたルディを、ロイドに預けてからザイン達を振り返った。

「・・・帰る前に一つ。アレを渡して貰おうか」
「あ、あれ・・・?」

 何のことか解らずにザインは困惑する。
 セシルは「ああ」と頷いて、

「 “ひそひ草” だよ。カルバッハ公爵との連絡用の」
「そ、それで何をする気だ!?」
「なに。公爵と話をしたいだけだよ―――ああ、解っていると思うけれど君達に拒否権はないから」

 にっこり笑って、セシルは腰のデスブリンガーに手をかけた。

 その脅しが効いた―――というよりは、すでに逆らう気力が無くなっていたのだろう。
 ザインは執事のヒアデイルに命じ、あっさりとセシルに “ひそひ草” を引き渡した―――

 


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