第20章「王様のお仕事」
AD.「最後の刃」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの街・フォレス邸
「くっくっく・・・」
チョコボ車の中に、不気味な笑い声が響く。
それを聞いて、セシルは苦笑した。「・・・随分と嬉しそうだね」
「無論ですとも!」先程から笑みを漏らしていたベイガンにセシルが言うと、即答が返ってきた。
彼は拳を握りしめ、力強く力説する。「あの無礼な輩に正義の鉄槌を下すことができるのですから!」
―――セシルとベイガンを乗せたチョコボ車は、バロンの街の西街区。フォレス邸へと向かっていた。
「正義かあ・・・」
「ええ、そうですとも!」興奮気味のベイガンを見て、セシルはそれ以上何も言わなかった。
ただ、心の中で呟く。(果たして僕は正義と呼べるのだろうか、ね)
「くっくっく・・・ああ、待ち遠しい待ち遠しい! 奴らがどんな顔をするか―――」
その時だ。
とん、と僅かに馬車が揺れた。
それは、馬車の走行の振動ではない。ほんの些細な音だったが、ベイガンは “気配” を感じて過敏に反応する。
「―――何奴!?」
「そう殺気立つ必要は無いよ。敵じゃない」セシルは慌てることなく、馬車の戸の方に手を伸ばし、鍵を開ける。
すると、ドアは外側に開かれて、そこから顔を出したのはバンダナの青年。「ロック殿!」
「丁度、車を見かけたもんでね―――邪魔するぜ」ロックは断りを入れると、返事を待つこともなく身を車の中へ滑り込ませる。
そして、セシルと向かい合わせの座席に座った。「首尾は?」
「上々」セシルの問いに、ロックはにやりと笑って答える。
「テロリスト共は全員暗黒騎士団が抑えてる。あと、街の外じゃ竜騎士団の突撃が成功して、敵は半壊状態―――ま、この分だとこちらの圧勝だろうな」
「そうか・・・」ロックの明るい声とは対照的に、セシルの声音はやや暗かった。
それを聞いて、ロックは苦笑する。「・・・バッツの奴が護衛について、クノッサス導師を始めとする白魔道士団が負傷者の救護に当たってる。敵味方問わず、な。それに竜騎士団だって無用に殺しはしないだろうさ」
「そうだな・・・」
「辛気くさい顔をすんじゃねえよ。何のために貴族共を引っかけて、反乱を起こさせたんだ? 準備万端で決起されるよりも、被害を少なくするためだろ。そしてお前の狙い通り、死人は殆どでないはずだ」
「・・・死んだ当人にしてみれば、自分以外の被害が多かろうと少なかろうと、関係ない話さ」
「・・・・・・」セシルの言葉に、ロックは押し黙る。
が、すぐにセシルはははっ、と無理に明るく笑って。「―――すまない、ちょっと感傷的になってしまったようだ。これから大詰めだっていうのにね」
「陛下・・・」ベイガンが気遣うようにセシルの表情を伺うが、そこには先程までの暗さはなかった。
だが、それが表面的なものに過ぎないことは、ベイガンもロックも容易に想像がつく。「―――さて、ロック。悪いけれどもうひとっ走り使いを頼む」
「使い?」
「ああ。各所の暗黒騎士団に伝令。任務終了したら、速やかに城に戻れと。そして “エンタープライズ” に、僕が戻るまで待機」
「エンタープライズに? 何のために」今回の作戦では、飛空艇の出番は無いはずだった。上空から爆撃すれば、一方的に攻撃できるが、それは大きな被害をも生むことになる。
そもそも飛空艇の殆どは出払っている。乗組員の飛行訓練をかねて、各国へと派遣されているためだ。だから、現在バロンに残っている飛空艇は、先日戻ってきたばかりのエンタープライズしか無い。「なに、ちょっとした誤算があったからね」
そう言って、セシルはにやりと笑う。
「最後の仕上げに必要なのさ」
******
―――少年は自室で窓の外を眺めていた。
窓は西側を向いている。
2階だが、一階部分の天井が高いために、2階であっても3.5階分の高さがあった。
なので、ここからは西街区の街並みがよく見える。「・・・失敗、か」
ぽつりと呟く。
作戦が開始したことは聞いていた。
だが、それから1時間以上経つのに、街には火の手も上がらず騒ぎすら起きていないようだった。(・・・セシル=ハーヴィが、この屋敷に来た時点で、この反乱は終わっていたのかも知れないな)
声に出さずに呟く。
いや、そもそも最初からセシル王の掌の上だったような気さえする。なんにせよ、これで全ては終わりだ。
反乱の首謀者であるフォレス家とカルバッハ家は、良くて取り潰し、普通に考えれば当主は処刑、一族郎党も同じく処刑か国外追放だろう。(ロイド兄さんだけは許されるでしょうが)
間違いなくロイドはセシル側の人間だ。
少年にとってはそれだけが救いだった。
別に、ロイドの身を案じていたワケではない。ただ、ロイドが当主としてフォレス家を継げば、フォレス家は存続できる。貴族にとって家名というのは命よりも重要なものであり、家を未来永劫存続させ、発展させていくことこそが使命であると、少年は幼い頃からずっと聞かされてきた。
「・・・おや?」
ふと、屋敷の門の所にチョコボ車が止まったことに気がつく。
見れば、車の中から二人の男が降りてくる。「あれは―――」
その姿を認めて、少年の口元に薄く笑みが浮かんだ。
「まだ、僕にできることがあるみたいですね」
一人呟き、少年はある決意を抱き、そのための準備をすると、自室を後にする。
もう二度と、この部屋には戻ることがないと覚悟をして―――
******
「どういうことだッ!?」
フォレス家の書斎の中に、怒号が響き渡る。
この家の現当主、ザイン=ズィード=フォレスは苛立たしげに近くの椅子を蹴りばした。
床に音を立てて倒れる椅子を一瞥すると、鼻息荒く執事の方を振り返る。「まだ連絡はこんのかッ!」
叱責じみたザインの声に、ヒアデイルは老体を恐縮させて頷く。
「は・・・傭兵からの報告はありませぬ―――ですが、カルバッハ公爵より状況の問い合わせが・・・」
「ぐぬ・・・っ」どうやらカルバッハ公爵の方も戦況は思わしくないようだった。
しかしこちらも状況は動いていない。そろそろ西街区の方では火の手が上がり、傭兵達から連絡の一つでも来なければおかしいのだが・・・「ち、父上、もしかして傭兵共は失敗したのでは・・・」
ラウドがおそるおそる言う。
だが、ザインはそれを否定する。否定するしかなかった。「失敗する要素がどこにある! 傭兵達が街中に火をつけるなど、セシルの奴は知らぬはず。もしも勘づいていたとしても、手駒はカルバッハ公爵の軍を相手するので精一杯のはずだ」
「―――ところがそうでもないんだな」
「!?」新たな声に、ぎょっとして振り返る。
見れば、いつの間にか書斎の扉は開き、息子のロイドが立っていた。その背後には、ロイドの監視を命じていたもう一人の執事―――ハーミットが、何故か青ざめた表情で控えている。「まともな兵士ならともかく、農民にクワの代わりに剣を持たせたにわか兵なんかじゃ、竜騎士団の突撃は止められない」
ロイドはにやにやと笑みを浮かべながら、書斎の中に入る。
それを見て、ザインは顔を真っ赤にして激昂する。「ロイド! 今は貴様の相手をしている暇はない! 失せろ!」
「暇、じゃなくて無いのは余裕だろ」ロイドの口調は、軽薄なものへ変わっていた。
先日、この屋敷に戻ってきたばかりの時は、貴族然とした口調だったはずなのにだ。
そのことに気がついて、ラウドははっとしてロイドを指さす。「・・・まさか貴様が、我々の計画を漏らしたのか」
「なにっ!? しかし、貴様は常にハーミットが監視していたはず―――」ラウドとザインの的はずれな言葉に、ロイドは深々と溜息をつく。
「・・・これが自分の身内だと思うと、情けなくて涙がでてくる」
「なんだと!?」
「あのなあ。この街に入る時は、一応兵士のチェックが必要だろが。流れの傭兵くずれが入ってくりゃあすぐに解る」
「そんな事は知っている! だが、我々のことは内緒にしておけと、傭兵達には言い含めてあるはずだ。 “貴族に雇われた” などという事は解らぬはず―――」
「一人や二人ならな。・・・けどな、一ヶ月足らずで傭兵が百人以上も街の中に入れば、誰だっておかしいと思うだろうが」
「う・・・」日に多い時は10人近くも傭兵たちが入ってくれば、兵士達も異常を感じる。
当然、その異常は王へと報告される。その報告を聞いて、セシルは貴族達が戦力を集めていることに気がついたのだ。「し・・・しかし、我々が傭兵達を集めたのを知ったところで、作戦内容までは―――」
「よそ者ってのは意外と目立つんだよ。それに何のために陛下が毎日毎日城を抜け出して、街を遊び歩いていたと思ってる?」
「まさか・・・傭兵達の居場所を探るために・・・?」
「そのまさか。―――ま、陛下も最初は少し困ったようだけどな。傭兵が街中に入った情報はあるのに、どこにもそれらしき姿はない。貴族が自分の屋敷に匿っているかも知れないという可能性はあったが、確証もないのに押し入るわけにはいかない」そこまで言って、ロイドは自分を指さした。
「そこで俺の出番ってわけだ―――難癖付けて城を追いだし、実家・・・つまりここに戻らせる。それで何らかのリアクションがあればと、陛下は期待したようだが―――意外な方向から大成功ってワケだ」
「う・・・」呻き声を上げたのはラウドだった。
ようやく自分の失策を悟ったらしい。
それを見て、ロイドはにやりと笑う。「そーだよ。アンタが隠していた傭兵をわざわざ晒した挙句、屋敷から追い出してくれたお陰で随分と楽になった。陛下の洞察力の鋭さは並じゃないし、それに加えて情報収集なら天下一品のロック=コールまで加われば、傭兵達を見つけるのは訳がない」
「では・・・私達が雇った傭兵達は・・・」ザインが力無く問うと、ロイドは即座に返答する。
「傭兵達は暗黒騎士団が全て抑えた。ついでに言うと、街の外でも竜騎士団が大活躍でカルバッハ軍は壊滅寸前だとよ」
「な・・・何故そこまで詳しく知っている!?」
「それはもちろん―――」
「―――僕が教えたからなんだけどね」また別の声。
書斎の入り口を見て、ザインとラウドは、ハーミットが青ざめていた理由がようやく解った。
扉の影から二人の男が姿を現わす―――それは勿論。「やあ、先日はどうも。色々と企んでくれたみたいだけど、ようやくこれで終わりだよ」
「セシル・・・王・・・!」現れた若きバロン王を、ザインは憎々しげに睨付けた―――
******
「さて、観念して貰おうか」
書斎の中に足を踏み入れる。
それに気圧されるように、ザイン達は後ろに下がった。「くっ・・・」
(こちらの方が一人多い―――)
セシルとベイガン、ロイドの三人に対して、ザイン側はラウドに執事二人で四人だ。
ザインの考えが伝わったのか、他の三人から殺気が発せられる―――が。「・・・一応、忠告してやるけどな。止めといた方が良いぞ」
ロイドが困ったように悩むような、それでいて呆れたような―――そんな難しい表情で言う。
以前も弟のルディに同じ忠告をしたが、それは企みとは無縁の、純粋な気遣いだ。
一応でも自分の身内だ。痛い目を見ると解っているのに、放っておくのはなんとなく目覚が悪い。「俺は弱いけど、この二人は別格だ。ロクに剣も抜いたことのない貴族が束になっても敵う相手じゃない」
ロイドはザインとラウドの腰に下げている剣を見る。
宝飾の施された剣で、貴族にとっては飾り程度の意味しかない剣―――だが造りはしっかりとしていて、切れ味もある。
もっとも、どんなに良い剣であろうとも、使い手が悪ければナマクラにも劣る。「黙れこの裏切り者がっ!」
だが、そんなロイドの忠告は、単なる挑発にしか聞こえなかったようだ。
ラウドが吼え、腰の剣に手をかける―――その時。「お待ち下さい!」
書斎の中に、一人の少年が飛び込んできた。
彼はセシルの目の前に回り込むと、セシル達とザイン達の丁度真ん中に立ってセシルと向かい合う。「ルディ!」
「どうか私の話をお聞き下さい!」ルディはセシルに懇願するように言う。
「ルディ! ここは子供の遊び場ではない! 下がっておれ!」
少年の背後でザインが怒鳴る。
彼にしてみれば、ルディが何を言い出すか気が気ではない。
これ以上悪化する事はないほど状況は最悪なのだが。しかし、次にルディが言い出したことは、ザイン達にとって予想外の言葉だった。
「この度の反乱、首謀者はこの私なのです!」
その声に、場の全員が驚く。
「ちょっと待て。幾らなんでもンなわきゃねーだろ! 確かにお前は頭はキレるみたいだが、だからこそこんな馬鹿げたこと考えるのは―――」
「ロイド、ちょっと黙ってて」
「陛下・・・?」ロイドが反論すると、それをセシルが押しとどめる。
それからルディをじっと見つめて、面白そうに小さな笑みを浮かべて、「続けて」
「ありがとうございます―――確かに実際に動いたのは父やカルバッハ公爵達です。が、父や兄、他の貴族達を唆して事を起こさせたのはこの私!」ルディは見つめてくるセシルを、瞬きもせずに真っ正面から見つめ返す。
「・・・しかしその反乱も、水泡に帰しました」
「そしてもう逃れられぬと悟って、自ら出頭してきたというわけかい?」
「はい。悪いのはこの私一人。他の者たちに罪は御座いません。私自身は死罪をも覚悟しております―――ですが、陛下にお慈悲があるのならば、どうか父や他の者達におとがめ無きように、お願い致します!」そこまでルディが言い切った時だ。
突然、ザインが剣を抜き放ち、自分の息子を背後から斬りつける。「うあ・・・・・・っ!?」
「この愚か者めが・・・!」
「ち、父上・・・?」ルディは信じられないものでも見たかのように、首を捻って背後を見て―――そのまま仰向けになってその場に倒れた。
背中の傷口から溢れた血が床に広がり、ルディの身体の周りに血溜まりを作る。「て・・・めえ! 自分の息子に!」
ロイドが怒りを顕わにする、が、ザインは冷淡にロイドを見やり、
「フン。自分の息子だからといって―――いや、息子だからこそ、この私の手で引導を渡したのだ!」
「貴様ッ! 陛下に刃を向けただけではなく、息子にまで・・・ッ!」ベイガンも怒りを隠そうともせずに腰の剣に手をかける。
「何を怒ることがある? 今、その反逆者の言ったとおりだ。全てはルディの企み。我らはその諫言に踊らされたに過ぎん―――聡明な陛下ならば解って頂けるでしょうな?」
「何を馬鹿な! そんな戯言を―――陛下!?」ベイガンがひたすら激昂する前で、セシルは血溜まりに膝を突いて、ルディを抱き起こす。
「へい・・・か・・・」
ルディにはまだ息があるようだった。
うっすらと目を開けて、セシルの顔を確認して呟く。
その目を見て、セシルはにっこりと微笑んだ。「大丈夫、助けるから」
そう言って、魔法の詠唱をはじめた。
唱えるのは―――「そうか、回復魔法!」
「むっ・・・」ベイガンの呟いた言葉に、ザインは愕然と詠唱するセシルを見つめる。
ルディに罪を負わせて殺したつもりが、これでは意味がない。
それどころか、自分を裏切った父のことをルディは許さないだろう。(・・・こ、こうなれば―――)
ザインは、今ルディを斬って血が滴っている剣を持つ手に力を込める。
セシルは詠唱に集中している。今ならば―――「そこまでだ」
いつの間にか―――
「うっ・・・ベ、ベイガン・・・!」
―――ザインの首元に、幅広の騎士剣 “ディフェンダー” の切っ先が突き付けられていた。
「これ以上の狼藉を働くのならば、容赦はせん」
「お、おのれ・・・近衛兵如きが・・・!」
「他の者も動くな! 動けばこ奴の首を跳ね上げるぞ!」そう言われては、ラウドや執事達は動けない。
それを確認し、ベイガンはザインから目を離さないまま、ロイドへと呼びかける。「ロイド殿、すみませぬが医者に連絡を。陛下の白魔法はまだ覚えたてで効果は期待できないので、ちゃんとした治療ができる者を―――」
「陛下ッ!?」不意にロイドの悲鳴が上がった。
はっとしてベイガンが振り返ると、そこには―――「ヘ・・・陛下・・・!?」
回復魔法を唱えていたセシルの腹部に、短剣が根本まで突き刺さり、そこから血が滴り落ちていた―――
******
激痛が少年の意識を貫く。
背中を斬られたはずだが、痛みは斬られたというよりも、まるで細長い金槌で、背中を殴られ続けているような感覚だった。うっすらと目を開ければ、そこには銀髪のバロン王の顔があった。
「へい・・・か・・・」
ルディは反射的に口は呟いていた。
それを聞いて、セシルは微笑む。「大丈夫、助けるから」
それから魔法の詠唱を開始した。
セシルの魔力が高まり、その身体が淡く優しい光に包まれる。(優しい、人なんだな・・・)
熱心に詠唱を続けるセシルを見て思う。
(敵である僕を助けようとしてくれている―――優しい王だ・・・)
ルディは今までセシル=ハーヴィという人物像がよく解らなかった。
人々の評判はあまり良くはない。
旧市街育ちの “親無し” だということが悪評の原因の一つだが、それだけではなく、何故か良い噂の目立たない人だった。例えば、親友であるカイン=ハイウィンドと比べられることが多く、それでいてカインに比べて見劣りすると言われているが、そもそもセシルの他にカインに対抗できる者などそうはいない。
カインに並んでバロン軍のナンバー2という立場だが、それもナンバー1であるカインの引き立て役ぐらいにしか思われておらず、 “ナンバー2” という立場を評価されることは滅多にない。若くして精鋭部隊である “赤い翼” の長を務めたり、魔物掃討作戦を行ったりと、功績はあるというのにそのどれもが、どういうわけかセシルの手柄だと認められにくい。
“赤い翼” の長に就任されたのは、本来任命されるはずだった近衛兵長であるベイガンが拒否したためであり、そのために “押しつけられただけ” というイメージがあるようだった。
魔物掃討作戦も考案したのはセシルだが、実際に魔物を撃破していったカインや、ファブールのヤンなどの活躍が目立っている。そんなわけで世間一般の評価は、特に悪くもないものの、良くもない。
その一方で、セシルを良く知る者たち―――カインやベイガン、それにロイドを始めとする赤い翼の団員や、リックモッドたち陸兵団で話を聞けば、この上ないほど評価が高いようだった。
何よりも、フォールスで一番の美女と言われている、ローザ=ファレルが心より愛している。だから今までルディは掴みかねていた。
が、今こそ確信する。
セシル=ハーヴィの本質は “優しさ” なのだと。兄であるロイドはセシルの本質を “闇” だと言った。それは間違いではない。
何故なら、闇とは恐怖の対象であると同時に、優しいものでもあるからだ。
人は、夜の闇に包まれることによって安らかな眠りにつき、心身を休めることができる。陽の光が無くては人は活動できない。だが夜の闇が無くなれば、人は安らぎを失う。
セシル=ハーヴィもそれと同じなのだろう。
優しい人間だから我が強くなく、目立つことがない。
しかし優しい人間だからこそ、それを知る者たちはそれを求め、憧れる。それは兄であるロイド=フォレスもその一人なのだろう。
(優しき王・・・あなたならば、良き王となれたかもしれません―――が)
それは、賭けだった。
ザインに斬り捨てられ、それをセシルが助けるかは賭けだった。
セシルが白魔法を使えることは情報と知っていた。ならば、ルディが斬られた時に助けるならばセシルだろうと思っていた。ルディは、自分が父に疎んじられていることを知っていた。
だから、この反乱が自分の責任だとルディが訴え出れば、ルディを斬り捨てて罪を押しつけようとすることは予測できた。そしてそうなったならば、セシルは自分を助けようとするだろう。
もっともそれは優しさなどではなく、今回の事件の事情聴取するためだと思っていた。或いは、そんなこと気にせずに、ルディを助けずに見殺しにする可能性もあった。
しかしその場合でも、ルディは無駄死ににはならない。
自分が罪を負うことによって、他の貴族達は罪を免れるかも知れない。自分一人の命で父達が助かるならば、それは無駄死にではない。だが、ルディは賭けに勝った。
予測とは違ったが、セシルはルディを救おうとした。(その優しさが、命取りです!)
セシルは詠唱に集中するためか、目を閉じて言葉を紡いでいた。
それを見て、ルディは隠し持っていた短剣を握りしめる。
そして、最後の力を振り絞り―――(僕たちの、勝ちです!)
―――セシルの身体へと短剣を力の限り突き立てる。
刃が皮と肉を貫く確かな手応え。
殺した―――、と確信した瞬間ルディは力尽き、その意識は闇へと包まれた―――