第20章「王様のお仕事」
AC.「ファレル邸の決着」
main character:フライヤ=クレセント
location:バロンの街・ファレル邸

 

 

 傭兵が三人、襲いかかってきたのでとりあえず叩きのめした。

「ほらやっぱり楽勝じゃない」

 足下で呻き声を上げる傭兵達とセリスとを見比べ、何故か自慢げにローザが言う。

「ま。セリスにとっては役不足って感じよね」

 何故かメイド服姿のディアナまで偉そうに言う。

「ていうか、敵が襲ってきてるのに、なんで出迎えなんかするのよ・・・」

 セリスは途方もない脱力感を感じながら、ディアナに非難めいたことを言うと、彼女は自分の服の裾を見せつけるようにちらりと持ち上げて、

「だって今の私は、使用人にしてこの家の主人と言う、わけの解らない状態だもの!」
「あー、はいはい」

 やはりファレル耐性の高いセリスならば、普通にスルーできるらしい。
 ・・・単に、付き合いきれないというだけかもしれない。

「この程度の敵なら、リディアとキスティスの方は問題ないだろうけど―――フライヤは?」
「なんか赤くて大きい人と戦ってたわ。赤いけど小さいフライヤは、大きさの時点で負けてるわね」

 とりあえず後半は無視。
 その赤毛の男一人を相手するのが手一杯で、他の傭兵の侵入を許したとなれば、やはりキスティスの言うとおりに危険な相手なのかも知れない。

「けれど、フライヤなら大丈夫よ」

 と、断言したのはディアナだった。
 それをセリスはうさんくさそうに見る。

「あらなにかしらその目は? まるで “寝言は寝て言え” とでも言っているようだわ」
「そこまでは思ってはないけれど・・・根拠はあるの?」
「ええ」

 と、ディアナは頷く。

「相手の赤い人、怪我しているようだったわ」

 

 

******

 

 

 ―――赤と赤が交錯する。

 が、その動きは両極端だ。
 竜騎士としての跳躍力、加えてネズミ族特有の俊敏さで絶え間なく動き回り、四方八方から攻めるフライヤに対し、サラマンダーは殆ど動かず、仁王立ちになって飛び込んでくるフライヤを拳で迎撃しようとする。

「ぐっ・・・ぢぃっ!」

 フライヤの槍がサラマンダーの身体を浅く突く。
 痛みを堪えながら、サラマンダーは拳を振り下ろすが、振り下ろした瞬間にはすでにフライヤはその場には居らず、後ろに跳んで大きく間合いを取っている。

「・・・心配なかったようだな」

 その戦いを見て、セリスは呟く。その言葉を聞いて、ディアナが「でしょう?」と胸を張って返した。

 セリス達が玄関に辿り着いた時、戦いはフライヤの方が優勢だった。
 巧みなヒットアンドウェイで突いては退き、退いては突いて、少しずつ―――しかし着実にダメージを与えて行っているフライヤに対し、サラマンダーの攻撃は一度も当たっていない。
 もっとも、フライヤの華奢な身体では、サラマンダーの拳が的中した時点で戦闘不能だろう。
 そういう意味では、この戦いの行方はどうなるかまだ解らない。

「くっ・・・ちまちまと―――くだらん戦法だ!」
「生憎と、こういう戦い方しかできぬものでな」

 サラマンダーの挑発も、フライヤは涼しげに流す。

 フライヤは自分の “弱さ” を理解していた。
 ネズミ族で、さらには女性である自分は非力であると知っている。さらに、その身体もあまり頑丈ではない。

 だからこそのヒットアンドウェイだ。
 一撃で敵を倒すのではなく、何発、何十発―――必要ならば何百発でも槍を放ち、そして相手の攻撃は食らわずに敵を倒す。

 そのためには “全力で攻撃しない” 。
 フライヤの力でも、竜騎士の瞬発力で得た勢いのまま突進すれば、それなりのダメージを与えられるだろう。
 だが、それで倒せなければ、大きな隙を生むことになる。
 サラマンダーのように筋骨隆々の戦士の場合、下手に槍が突き刺されば抜くことができなくなってしまう可能性もある。

 だから、攻撃は加減して浅く。
 そして手数は多く。
 フライヤの武器はスピードしかない。だからそれを最大限に活かすための戦法だった。

「情けないと笑うなら笑え。私自身、あまり好む戦法ではない―――じゃが、これがフライヤ=クレセントの戦いでもある!」
「・・・おのれッ!」

 まるで赤い風のように自分の周りを駆けめぐるフライヤを、サラマンダーは捕えることができない。
 その一方で、フライヤの槍はサラマンダーの肉体を穿ち続ける。
 一撃一撃は大したことはない。目や喉など、弱い部分を守れば、他はある程度受けても致命傷にはならない。

 だが、全くノーダメージというわけにはいかない。
 僅かずつでもダメージは蓄積されていく。このまま続けられれば、いずれはサラマンダーは倒れるしかない。

(・・・スタミナ切れを狙おうにも・・・!)

 サラマンダーは忌々しくフライヤを睨付ける。
 フライヤは間断なく動き回っている。通常なら、どんなタフな人間でも疲労で動きが鈍るはずだ。
 しかし、竜騎士の特殊能力 “竜剣” によって、フライヤはサラマンダーを槍で突くたびに、少しずつ熱を奪いそれを自身のエネルギーにしている。早い話、サラマンダーが倒れるまで、フライヤが疲労で動けなくなるということは有り得ない。

(こちらの攻撃は当たらず、一方的に攻撃されるだけ―――)

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 喚き、拳を振り回す―――だが、そんなヤケクソな攻撃が当たるはずもない。
 やがて振り回す拳にも勢いが無くなり、止まる。

「く・・・・・・っ」

 ついにサラマンダーは膝を突いた。
 いや、まだ体力は尽きていない。戦おうと思えばまだ戦える。
 だが、身体は動いても心が折れてしまっていた。

「・・・降参するか?」
「くっ・・・」

 フライヤがサラマンダーの真っ正面で足を止め、問う。
 対して、サラマンダーは項垂れたまま答えない。

(・・・・・・身体が完全な状態だったなら・・・・・・)

 サラマンダーは怪我を負っていた。
 それは数日前に、バッツに受けた脇腹への一撃。
 セシルの白魔法と、後日意識を取り戻した後、生命力を活性化させる格闘家の奥義 “チャクラ” で他のキズは癒えたが、そこだけは完全には回復しなかった。
 普通の人間だったら即死だったろう。それほど、バッツの最後の一撃は強烈だった。

 その脇腹はまだ痛んでいる。
 立っているだけならばともかく、踏み込もうとすれば痛みが走り、動きが鈍る。
 フライヤの動きは速い。だが、サラマンダーが完調だったなら、こうまで一方的な戦いにはならないはずだった。

(こんなこと、言い訳にしかならんと解ってはいるが・・・)

 自分自身に対する苛立ちを噛み締め、サラマンダーは再び立ち上がる。

「まだ、やるのか?」

 フライヤの問い。
 その言葉は、呆れや侮りの混じった声ではない。
 覚悟を問うかのような、真摯な言葉だった。

「・・・・・・」

 サラマンダーは何も答えず、拳を握り、構えを取ることで応える。
 フライヤは嘆息し―――槍を構えた。

「焔のサラマンダー・・・噂に違わぬ強い男だった」
「抜かせ。こうまで一方的にやっておいて、良く言う・・・」
「お主の怪我がなければ、すでに私は終わっていたかもしれん」
「・・・! 気がついていたのか・・・」

 ちっ、と舌打ちしながら、サラマンダーは口元をゆるめる。

「・・・ならば、もう隠す必要はないな」

 サラマンダーは目の前のフライヤを睨付け、彼女に自身の全てを集中する。

 すでに勝敗は決していた。
 サラマンダーとフライヤの戦いの話ではない。
 逃げたはずのディアナが、セリス達と一緒に玄関に戻ってきたと言うことは、屋敷内に侵入した傭兵達は全滅したのだろう。
 サラマンダー達の襲撃は失敗した。もし、ここでフライヤを倒したとしても、ローザ=ファレルを奪うことは敵わない。

 ならば。

(仕事も後のことも関係ない―――俺のプライドに賭けて、目の前の竜騎士を・・・潰す!)

「お、お、お、お、おおおおおおおおおおっ!」

 だんっ!
 と、地面を蹴り、フライヤに突進する。
 足を踏み出すたびに、脇腹に激痛が走る―――が痛みを意識の外に追い出して、拳を振り上げた。

 対し、フライヤはそれを跳んで回避しようとして―――その表情が驚愕に染まる。

「しまっ―――」
「おおおおおおッ!」

 フライヤの身体の動きが止まる。
 そこに、サラマンダーの一撃が叩き込まれた―――

 

 

******

 

 

 赤いネズミ族の竜騎士の身体が宙を舞う。
 その小柄な身体は、木の葉のように舞い、屋敷の壁に叩き付けられた。

「が―――は―――っ」

 壁に叩き付けられ、床に落ちてさらに叩き付けられる。
 1回だけフライヤの身体が跳ねて、それきり動かなくなった。

「フライヤッ!?」

 ローザとセリスが倒れて動かないフライヤの元へと駆け寄る。

「・・・あの人!」

 ディアナは、サラマンダーの方―――今までフライヤが立っていた場所を見る。
 そこには、一人の傭兵が倒れて、その手にはフライヤの靴が片方握られていた。サラマンダーに殴り飛ばされた際に、すっぽ抜けたようだった。

「へっ・・・へへっ・・・ざまあみやがれ」
「メイドフェチ! あなたまだ生きてたの!?」
「その名前で俺を呼ぶな! つーか、あんなんで死んだらすげえ惨めだわ俺ぇ!」

 ディアナが叫んだとおり、それは先程萌え死にしたはずのメイドフェチ(仮名)だった。
 どうやら、フライヤの立っていた位置に倒れていたらしく、丁度フライヤが立ち止まった時に目が覚めたらしい。そこで、サラマンダーが殴りかかった時にフライヤの足を掴んで―――結果は見ての通り。

「あ、あんまり俺をナメんじゃねえぞ! 俺はいつかビッグになって大きな屋敷を買ってメイドを―――がはっ!?」

 ベラベラと喋りながら立ち上がったメイドフェチに、サラマンダーは拳を叩き付けた。
 メイドフェチは叩きのめされ再び地面に倒れる。それを一瞥し、サラマンダーは吐き捨てるように呟いた。

「余計なことをしやがって・・・!」
「―――仲間割れか?」

 声に顔を上げれば、セリスがこちらを向いていた。
 ―――その向けられた瞳を見た瞬間、サラマンダーの背筋が凍り付く。

(なんだ・・・この迫力は―――)

 自分よりも年下のはずの少女に、サラマンダーは気圧されていた。

(これが・・・セリス=シェール・・・ガストラの常勝将軍・・・)

 セリスは、自分の背後で倒れているフライヤを振り返る。
 と、ローザが必死の形相で、一心不乱に回復魔法を唱えていた。

「『ケアルガ』!」
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ・・・回復魔法を唱えたはずなのに、地獄の鬼も驚くような凄まじい絶叫がフライヤの口から放たれる。
 そして、フライヤは白目を剥いて、再び動かなくなった。

「ローザ・・・」
「だ、大丈夫! 怪我はちゃんと治ったみたいだし!」

 焦った様子でローザがセリスに弁解する。
 一応、ローザの言うとおりにフライヤの怪我は治ったようだった。
 それを確認して、セリスは再びサラマンダーに向き直る。

「この結果、貴様にも不本意だったようだな」
「・・・・・・」

 サラマンダーは応えない。
 構わずに、セリスは続けた。

「さてどうする? このまま退くというなら見逃してやるが」
「見逃す、だと?」

 セリスは頷く。

「お前達の負けだということは解っているだろう? 屋敷の裏口から侵入した連中も、今頃は倒されているはずだ」
「・・・・・・」
「後はお前一人。最早、戦っても無駄だ。だからさっさと逃げればいい」
「・・・嘗めるなよ、小娘がッ!」

 サラマンダーは怒りを顕わにして、セリスを睨付ける。

「俺一人しか残っていない・・・だと? だからどうした! 俺一人だけで十分だッ!」
「逃げない、というわけか」
「当たり前だ!」
「そうか―――」

 ふ、とセリスの口元に冷笑が浮かぶ。

「なら、容赦なく叩き潰す!」
「やれるならな!」

 セリスが左手で剣を抜く。同時に、サラマンダーがセリスに向かって突進する。
 勢いのまま振るわれた拳はセリスの顔面を突き抜けた。

「!?」

 確かに拳はセリスの顔面を捉えている―――が、拳に手応えはない。
 なんの手応えもないまま、サラマンダーは拳を前に突き出したまま、たたらを踏む。
 と、セリスの姿が幻となって消えた。

 ―――分身魔法ブリンク。
 その名の通り、分身を生み出す魔法だ。

「どこに―――」
「―――ここだ」

 声はサラマンダーのすぐ隣り。
 彼は、反射的にセリスの方へ身体を向ける―――と、見ればセリスは細い身体を精一杯捻って、両手で持った剣を背中の方へ回していた。
 そしてサラマンダーがそれに気づくと同時、身体の捻りを解放し、その回転力で勢いよくサラマンダーの左脇腹―――バッツの一撃を受けたのとは逆の脇腹だ―――へと叩き付ける!

 

 スピニングエッジ

 

「があああああああああっ!?」

 渾身の一撃を腹部に受けて、サラマンダーの口から強制的に息が吐き出される。
 メキメキメキ、とつい先日も感じたような破壊音が、身体の内部から響き渡る。

(だが・・・これに耐えれば・・・ッ!)

 強烈な一撃だが、攻撃が強力だと言うことは、それだけ隙も大きいと言うことだ。
 セリスの一撃にギリギリで耐えきると、サラマンダーはセリスに向かって手を伸ばし―――ふと、イヤな予感を感じた。そう言えば、バッツと戦った時も同じ事を考えなかったか―――と。

 その予感を感じ取った瞬間、それは現実となる。

 

 スピニングシザース

 

 いつの間にか、右脇腹にセリスの剣が食い込んでいた。
 見れば、セリスは剣を左手を逆手にして持ち、右手は柄に添えるようにして握られていた。
 つい一瞬前までは、確かに順手で握り、サラマンダーの左脇腹に叩き付けられていた剣が、どういうわけだか逆になっている。

「なに・・・が―――」

 ―――起きたのかわからないまま、サラマンダーは左右ほぼ同時の連撃に耐えきることができずに、気絶してその場に倒れる。

「・・・ふん」

 と、セリスは剣を鞘に収めて―――がくり、とその場に膝を突く。
 息を荒くして、随分と憔悴していた。

「セリス!?」

 ローザが心配そうにセリスに駆け寄る。
 セリスは「心配ない」と苦しそうに微笑を浮かべた。

「ちょっと、MPを使い切っただけだから・・・」

 アクセラレイター。
 セリスの “切り札” である。

 サラマンダーを倒した技のタネがそれだった。
 最初のスピニングエッジでサラマンダーの左脇腹を打撃した直後、アクセラレイターで超加速して、逆の脇腹にスピニングエッジを放ったというだけの技だ。

 ただ、アクセラレイターを使えばMPは全て消費し、また、超加速状態では身体を動かすにも負荷が掛りすぎる。たった二撃はなっただけというのに、セリスはもう身動きできないほどに消耗していた。

(効果の割には消耗が激しすぎるからって封印した技だった―――ちょっと頭に血が昇っていたかな)

 セリスは心の中で反省する。
 同時に苦笑して。

(ホント、冷徹怜悧な常勝将軍様はどこに消えたのかしらね。仲間がやられたからって、自分を抑えきれなくなるなんて)

  “ガストラの女将軍” だったらあり得ないことだ。
 昔なら、戦闘中に仲間が死んだとしても、何とも思わなかったはずだ。こちらの戦力が減った、程度に残念には思ったかも知れない。
 戦場ではそうであるべきだと教えられてきたし、それが正しいと自分でも思っていたからだ。

 今でもそれが正しいとは思う。戦場で、いちいち仲間の損害に感情を動かしていれば、冷静な判断ができなくなる。
 一般兵ならばそれでも良いかもしれないが、指揮官がそうなってしまえば、部隊が壊滅する危険性だってあるのだ。

(だけど、 “今” の私はこれでいい)

「セリス! ホントのホントに大丈夫!?」

 心配そうにこちらを伺う、ローザを見ながらそう、思った。

「今、回復魔法使うからね!」
「って、ちょっと待って―――」

 待たない。
 セリスの制止の声も虚しく―――・・・・・・

 

 

******

 

 

「ちょっと! 大丈夫!?」
「セリスの悲鳴が聞こえたようだけど・・・?」

 と、慌てて玄関に飛び込んできた、リディアとキスティスが見たのは―――

「え・・・えへへ・・・」

 と、愛想笑いを浮かべるローザと、その傍らで白目をあけて気絶しているセリスとフライヤ。
 それから、倒れている二人の傭兵と、その間をマイペースに掃き掃除なんぞしているディアナの姿だった―――

 

 


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