第20章「王様のお仕事」
AB.「暗殺冥土神拳」
main character:ディアナ=ファレル
location:バロンの街・ファレル邸

 

「いらっしゃいませ、お客様」

 サラマンダーが玄関の扉を粉砕すると、その先ではメイド服姿の女性が深々と頭を下げていた。
 予想外と言えば予想外の出迎えに、サラマンダー達は一瞬、思考を停止する。

「ディアナ! 危険じゃ、下がっておれ!」

 焦りのこもった叫びはディアナの背後から。
 怒ったような呆れたような、そんな複雑な表情でフライヤが槍を構えている。
 しかし、ディアナは彼女を振り返り、

「そうは行かないわ。お客様をお出迎えするのは、使用人の役目」
「お主は使用人ではなくて、この家の主人じゃろーがっ!」
「甘いわね! 今の私は使用人にして主人というよく解らない状態なのよ!」
「自分でもわからないんかああああああああっ!」

 なんかもう、それこそ訳が解らなくなってフライヤは絶叫する。
 ここら辺、ファレル耐性の高いセリス辺りなら「あー、はいはい」と受け流すことが出来たかもしれない。いや無理か。

「・・・あー、それで、そのメイドが俺達をどう出迎えてくれるってんだよ」

 傭兵の一人がにやにやと笑いながら言う。
 その言葉を聞いて、ディアナは眉をひそめた。

「まあ、なんてエロい」
「・・・なっ」
「あなた、今、いやらしいことを考えたでしょう?」
「べっ、別にそんなこと考えてねえよっ!」

 慌てて否定して、視線を反らす。
 その反応を見て、ディアナはふとあることに気づいた。
 そして薄く微笑む。

「あなた・・・メイドフェチね!」
「・・・っ!」

 図星を指されたようにぎくりと身を強ばらせる。
 それを見た仲間達が、身を引きつつ伺うように、

「お、お前、まさかそんな・・・」
「ば、馬鹿言うなよ。フェ、フェチだなんて、俺はそんな変態じゃ・・・」
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
「がはっ!?」

 ディアナの作り声に、傭兵は吐血した。

「ていうか、何故吐血・・・?」
「ぐ、ぐう・・・いつか言われてみたいと思った言葉が、こんなに威力があるとは・・・!」

 仲間の呆れた声に応える余裕もなくメイドフェチの傭兵は口元の血を拭う。

 当然ですが、フォールスにはメイド喫茶なんてありません。
 エイトス辺りにはあるかもしれませんが。

「ていうか、やっぱりお前ってメイドフェチ・・・」
「ち・・・違う! メイドさんが嫌いな男はいねえ! だから今のは正常な反応だ!」
「いや、吐血するのは正常じゃねえと思うけど」
「お、お前だって、今の台詞に少しくらいはドキッとしたろ!」
「う・・・」

 図星らしい。
 ほらみろ、とメイドフェチ(断定)の傭兵は勝ち誇り。

「・・・しかしまあ、これ以上は萌えたりしないぜ。俺はフェチじゃないからな!」

 そう言って、メイドフェチはディアナに視線を戻す。
 もうこれ以上は取り乱したりしないぞ、と不敵に笑う。
 そんなメイドフェチに、ディアナは腰に手を当て胸を張り、アゴをツンと上げて言い放つ。

「べっ、別にご主人様のために、ご奉仕してるわけじゃないんだからねっ!」
「ツンデレメイドーーーーーーーーー!」

 あっさり萌えた。
 今度は鼻血を勢いよく噴射する。
 そんなメイドフェチに、ディアナはたたみかけるように、その場に盛大にすっ転んだ。

「きゃんっ☆」

 それはもう見事なコケっぷりだった。
 美しいとも言える、完璧な転倒。
 ディアナは痛みを堪え、身体を起こすと、上目遣いに涙目で傭兵達を見上げる。

「はうう・・・失敗しちゃいましたご主人様ぁ〜」
「ドジッ子メイドーーーーーーーーー!?」

 今度は耳血を垂れ流し、メイドフェチの傭兵は後ろに倒れ込む。
 それを仲間の傭兵が支えて、

「おいっ! しっかりしろ・・・」
「へっ・・・へへ・・・萌え尽きまったぜ・・・桃色によぉ・・・」
「気をしっかり持て! いいか、よく考えろ!」

 仲間の傭兵はディアナを指さして、

「メイド服に捕われずによく見るんだ! あのメイド、美人には違いねえケド、どう見てもありゃあ三十路は越えてるぜ!」
「まあ、19歳の娘がいるものねェ」

 そう言って、ディアナは服を払いながら立ち上がる。
 その言葉に、萌え尽きかけていた傭兵は気力を取り戻した。

「ふ・・・ふふ・・・なんだ、年増かよ。萌えて損したぜ」

 ゆらり、と血が少なくなって青白くなった顔でにやりと笑う。

「いくらメイドさんでもババアに萌えるかよ!」
「あら、あなたはなにも解っていないのね」

 ババア呼ばわりされたことも気にせずに、ディアナは悠然と言い放つ。

「私には娘が居ると言ったでしょう?」
「だからどうした! てめえがそれだけ歳食ってるってことだろう」
「娘が居ると言うことは、夫もいるということよ」
「夫・・・? はっ・・・ま、まさか―――」

 その言葉で―――
 傭兵は言葉を失う。

「そう―――つまり私は人妻!」
「ひ・・・人妻メイド!?」
「さらに!」

 きらーん、と瞳を光らせ、ディアナは腕を下腹部で組み、胸を強調するかのように押し上げた。

「私、割と着痩せする方なのよ」
「人妻巨乳メイド・・・・・・・・・・!」

 ごばあっ!?
 と、メイドフェチは口、鼻、耳、と顔中の穴という穴から血を噴き出させ、そのまま昏倒する。

「し、しっかりしろ! メイドフェチッ!」

 すでにそれが通称になってしまったらしい。
 他の傭兵達が叫ぶが、メイドフェチは完全に意識を失っていた。
 しかしその表情は安らかで―――満ち足りていた・・・・・・。

「・・・あー、終わったか?」

 すっかり待ちくたびれた様子で、サラマンダーが口を開く。
 話が終わるのを待っていた、というよりも、口を出すタイミングが掴めなかったらしい。

「お前、この屋敷の主人とか言ってたな。つまり、ローザ=ファレルの母親か」
「そういうことになるわね」
「そうか。俺達の標的はローザだけだったが―――お前も一応、捕まえさせて貰うぜ!」
「いかん! ディアナ!」

 危機を察したフライヤが叫び飛び出そうとするが、それよりもサラマンダーの手の方が早い。
 サラマンダーの巨大な手が、ディアナの身体を捕え―――ようとして、その手が空を切る。

「・・・なに!?」

 ディアナが避けた―――その瞬間すら見ることができなかった。
 回避したというよりも、いつの間にか、目の前にディアナの姿が存在しなかったのだ。

「どこに消えた!?」
「ディアナ・・・!?」

 サラマンダーだけではなく、フライヤもディアナの姿を見失い、周囲を見回す。
 と、そのフライヤの背後から、

「私はここよ」
「「なっ、なにいいいいいいいいいいいっ!?」」

 フライヤとサラマンダー、二人は同時に驚いてディアナを振り返る。

「何時の間に・・・!? 全然、動きが見えなかったんじゃが・・・!?」
「見えなかった、のではなく、気づかなかったのよ」
「なに・・・?」

 ディアナの言葉に、フライヤは意味が解らず疑問の声を上げる。
 しかし、傭兵達の一人が何か思い至ったように声を上げた。

「ぬうっ! 今のは・・・」
「し、知っているのかサンダーボルト!?」

 サンダーボルトと呼ばれた傭兵は「うむ」と頷き、

「あれは話に聞く “暗殺冥土神拳” !」
「・・・なんだその、聞いたこともない暗殺拳は・・・?」

 サラマンダーが突っ込むと、サンダーボルトは首を横に振る。

「暗殺拳では御座らん。正確には暗殺拳を取り入れたメイド技能の一つ!」
「・・・なんでメイドに暗殺拳が必要なんだ・・・」

 どうしようもない脱力感を感じて、サラマンダーはがっくりと肩を落とす。
 ファレル空間に取り込まれた者特有の症状だった。

「―――よくご存じね」

 ふふっ、と笑って肯定したのは、勿論ディアナだった。
 彼女は、フライヤとかサラマンダーの胡乱げな視線を受けながら続ける。

「使用人とは、主人の影となり、その後に付き従って働く者・・・・・・超一流の使用人は、主にその仕事を気づかせない」

 極端な話。
 食後の食器を片付ける時に、食器をガッチャガッチャと音を立てながら片付けていては、主人が食後の一服を落ち着いて楽しめない。
 だからこそ、使用人はその仕事を主人に気づかれないよう密やかに、かつ静かにスムーズに行わなければならない。

 カッ、とディアナの目が見開かれる。
 その背後では、ピッシャァァァン! と、雷が落ちた―――ような気がするほどの迫力を感じた。

「すなわち、任務を密やかに遂行するという意味では暗殺者と同じ! そこで、動きにとある暗殺術を取り込む事によって、己の気配を限りなく薄くし、主人の気に障ることなく仕事を行う―――それが暗殺冥土神拳!」
「うん、解った。とりあえずセリス達の所まで引っ込んでいてくれるか?」

 とりあえず色々と考えることを諦めて、フライヤがディアナに告げる。
 すると暗殺冥土神拳の使い手は素直に頷いた。

「やりたいこともやり終わったし、オッケーよ」
「やりたい事って?」
「勿論、お客様のお出迎えに決まってるじゃない」
「・・・・・・」

 何も言う気力が無くなって、フライヤはディアナに背を向ける。
 そして、サラマンダー達に向き直り、槍を向ける。

「さて・・・貴様らが貴族の雇われということは聞いている―――ローザを人質にすることが目的ということもな」
「ふん、そう言うことなら話は早い―――ローザ=ファレルはここに居るんだろうな?」
「居る。が、フライヤ=クレセントの名にかけて、この場は通さん!」
「フライヤ・・・聞いたことあるぜ。確か、ブルメシアの竜騎士にそんな名前のネズミ族が居たが―――」

 などと。
 そんな掛け合いをしながらも、二人はどことなく安堵の表情を浮かべていた。
 ようやくまともな展開になってきたことに、ほっとしているのだろう。

 サラマンダーは背後の仲間達に向かって叫ぶ。

「お前ら! ここは俺が引き受ける! お前達はローザを探せ!」
「「「おうっ!」」」

 と、応えたのは3人。
 実は、玄関に突入する前に、サラマンダー達は二手に分かれていた。
 5人ずつに別れたが、メイドフェチは出血多量で戦闘不能。なので、残りはサラマンダーを除けば3人だけというわけだ。

「行かせるか!」

 フライヤが屋敷の中に侵入しようとする傭兵達に槍を向ける―――が、

「お前の相手はこの俺だ!」
「・・・!」

 サラマンダーの拳が唸りを上げて襲いかかってくる。
 その気迫に、相手の強さを感じ取り、フライヤは他の傭兵達を見逃し、サラマンダー一人に集中せざるを得なかった。

(この男・・・できるな―――すまぬがセリス、雑魚は任せた!)

 心の中で、ローザを守っているルーンナイトに詫びつつ、目の前の赤毛の男に問う。

「名前を聞こうか」
「サラマンダー=コーラル」
「焔のサラマンダー!? 外観からもしやと思ったが」

 名を聞いて驚くフライヤの反応に、サラマンダーも僅かに驚いて笑う。

「ほう・・・光栄だな。俺の名を知っているとは」
「傭兵暮らしも長いのでな―――もっとも、そういう名前の強い男が居る、という噂しか知らぬが」

 そう言って、フライヤは自身の “竜気” を高める。
 青白い闘気をまとい、告げる。

「ならば相手にとって不足はない! 行くぞ!」
「おおッ!」

 そして戦いが始まった―――

 

 


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