第20章「王様のお仕事」
AA.「ファレル邸襲撃」
main character:セリス=シェール
location:バロンの街・ファレル邸
「―――よし、準備はいいな」
人気のない路地裏で。
貴族に雇われた傭兵が、3人集まって作業をしていた。辺りには油の匂いが立ちこめている。
どうやら傭兵達は周囲に油をまいたらしい。「後は火をつけて、城へ―――」
「そこまでだ!」
「!?」傭兵達は声のした路地の入り口を振り返る。
そこには黒い鎧に身を纏った騎士が一人立っていた。「なんだてめえはッ!」
「我らは暗黒騎士団―――」
「はあ? “我ら” って一人だけじゃねえかよ!」
「ここにはな。だが、他の場所では、仲間達が貴様達の悪行を食い止めているはずだ!」
「なに!?」驚愕する傭兵達に、暗黒騎士は暗黒の剣を抜きはなつ。
「さあ、大人しく降伏しろ―――死にたくなければな!」
「う、うるせええええええええっ!」三人の傭兵は、暗黒騎士に向かって襲いかかる。
狭い路地裏だ。歩くだけならば、二人並んで歩けるが、走るとなると一人が精一杯だ。縦に三人並んで向かってくる傭兵達を見て、暗黒騎士は暗黒の武具の力を解放する。
ゆらり、と黒いもやのようなもの―――ダークフォースが暗黒騎士の鎧や剣から立ち上った。「・・・な、なんだ!?」
ダークフォースを目にした先頭の傭兵が、得体の知れない恐怖にかられて足を止める。
「何やってんだ! どけえ!」
説明できない、本能的な恐怖に立ち竦む仲間を押しのけて、後続が前に出る。
傭兵は、暗黒騎士に向かって剣を振り上げ―――振り下ろす、が。「・・・っ!?」
振り下ろされた剣は、暗黒騎士の眼前で止められていた。
剣で防いだわけではない。防具が守ってくれたわけでもない。傭兵の剣は、暗黒騎士に届いていなかった。「な・・・なんだ・・・!? 剣が・・・ッ」
「これがダークフォースだ」呟き、暗黒騎士は混乱する傭兵を斬り伏せる。
「なんだ・・・なんだお前は・・・!」
「・・・・・・」倒れた傭兵を踏み越え、その後ろ傭兵に迫る。
すっ・・・と無造作に暗黒剣を振り上げると、傭兵は「ひいっ!」と怯えて剣を横にして盾にする―――が。「はっ!」
「ぎあっ!?」裂帛の気合いと共に振り下ろされた暗黒の剣は、あっさりと傭兵の剣を両断し、そのまま傭兵の身体を斬り飛ばす。
「残るは一人・・・」
「な、なんだこいつ―――人間じゃねえ!?」暗黒騎士はゆっくりと最後の一人に向かって歩みを進める。
それに合わせるように、傭兵もじりじりと後退していった。
と、後ろに下がった傭兵の踵に、なにやら固いものが当たる。「・・・? これは・・・」
四角い箱―――それは携帯用のライターだった。
火をつけるために、貴族から支給されたものだ。
傭兵は素早くそれを拾い上げると、暗黒騎士に背を向けて路地の奥へと下がる。暗黒騎士も当然、それを追いかけようとして―――「動くな!」
「・・・?」傭兵が暗黒騎士を振り返って、叫ぶ。
ライターを前に突きだし、シュボッ、と火をつけて言う。「そ、それ以上近づけば、火をつけるぞ!」
辺りにはすでに油がまいてある。
このライターを落とすだけで、路地裏は火の海となるだろう。「火事を起こしたくなければ・・・」
「好きにすればいい」
「な、なにっ!?」
「どのみち、やることは一つだけだ」暗黒騎士はそう言って、手にした暗黒剣の切っ先を水平にして傭兵へと向け、まるでバズーカでも構えるように、肩の辺りまで持ち上げる。
「ひ、ひいっ!?」
暗黒騎士との間は数メートル離れている―――が、何故か傭兵は、その構えを見ただけでさらなる恐怖を感じ、悲鳴をあげる。
怯え、手が震え、思わずライターを取り落としてしまう。「しまっ・・・」
しまった、と思うがもう遅い。
ライターは油の上に落ち、あっさりと火は燃え広がる。
傭兵が立っていたのは、油のまいた外だった。なので、傭兵自身は炎にまかれない。「ちっ、まあいい。これで目的は果たした。後は―――」
逃げるだけと、炎の向こうに消えた暗黒騎士を一瞥し、身を翻そうとしたその瞬間。
「暗黒剣よ! 我が命喰らいて力と成せ!」
暗黒
暗黒騎士の声と共に、ダークフォースが暗黒剣から迸り、燃えさかる炎を傭兵ごと吹き飛ばす!
「ぐあああああああっ!?」
悲鳴をあげ、ダークフォースに打ちのめされる傭兵を見つめ―――
やがて、その傭兵が何も言わなくなると、暗黒騎士は静かに呟いた。「任務完了・・・だな」
******
「妙だな・・・」
サラマンダーはぼそりと呟く。
それを聞きつけた、仲間の傭兵が尋ね返す。「何が?」
「わからんか? 街が静かすぎる―――そろそろ火事の一つが起きても良いはずだが・・・?」まあいい、とサラマンダーは疑問を振り払う。
他人の事を気にするよりも、まずは与えられた依頼をやり遂げることだ。
そう思い直して、サラマンダーは目の前の屋敷を見上げる。おそらくは、西街区でもっとも広い敷地だ。
幾つかある、公園よりもさらに広い。言わずと知れたローザの実家、ファレル邸だ。
その屋敷の前に、サラマンダー以下、10人ほどの傭兵達が集まっていた。「・・・目的はセシル王の婚約者、ローザ=ファレルの確保―――行くぞ!」
サラマンダーは言うなり、目の前の門を全力で殴り飛ばした―――
******
ローザの部屋の中には4人の女性が居た。
内3人は、ベッドやイスに座ったり、窓の傍で外の様子を伺っていたりして、動きを止めている。
ただ一人、相変わらずメイド服姿のディアナが、さっきまで彼女達が口にしていた紅茶のティーセットやお茶請けなどを片づけるために動き回っていた。「・・・来るぞ」
窓の外を見つめていたセリスが呟く。
その眼下、赤い髪の傭兵が、門を殴り飛ばして破壊するところだった。ファレル邸に敵が攻めてくるかも知れないという可能性を、ローザがセシルから聞いていた。
こんなに早く事を起こすのは想定外だったか、それでもいつ来ても良いように、セリス、キスティス、フライヤ、リディアの四人はずっとファレル邸で寝泊まりしていた。
そして、屋敷の外に不審な男達を見かけたのがつい先程。その男達が今し方、門を強引に打ち破って敷地内へと入り込んできた。「敵は何人くらいなの?」
同じ部屋にいたキスティスが尋ねる。
問われ、セリスは屋敷内に踏み込んでくる傭兵達を見やり、「10人・・・だな」
「えー」と、不満の声を上げたのはローザだった。
「なにか不満?」
キスティスが問うと、ローザはセリスの方を見て。
「少なすぎない? ここにセリスが居ることくらい解ってるでしょうに」
どうもローザ的にはセリスの事を低く見られたようで不満らしい。
その友人の言葉に、セリスは苦笑して、「過大評価して、戦力集中されるよりはマシだ」
「でもセリスなら、100人くらいで攻めてこられても大丈夫でしょ?」
「流石に100人相手をするのは嫌だな・・・」敵の強さにもよるが、三流の傭兵ならば魔法を二、三度唱えれば壊滅できる自信がある。
が、好んで相手をしようとは思えない。しかし10人というのも少ないと言えば少ない。
遠目なのではっきりとは解らないが、傭兵達の装備はどれも安物だった。
装備品で敵の強さを決めつけるのは危険だが―――例えば、バッツ辺りなどは装備が安物だろうが上等品だろうが関係ない―――それでも目安にはなる。見積もったところ、大した敵ではないようだ。
聞いた話では、一流の傭兵はダムシアンに雇われるそうなので、必然的に二流以下の傭兵ということになる。「・・・まあ、あの程度の数ならば、私の出番はないかもね」
「―――そうかしら?」と、キスティスがセリスの隣りに並んで窓の外を見る。
その中で、門を殴り壊した赤毛の傭兵を見やり、「あの赤毛の男、傭兵の中で一人だけ格が違うわ・・・」
「解るのか?」
「情報分析は得意なの」
「そう言えば、青魔道士だったかしら?」バブイルの塔で、魔物の能力を使っていたことを思い出す。
魔物の能力―――青魔法を使う魔道士の事を一般に “青魔道士” と呼ぶ。青魔道士は、魔物の特性を見抜き、その能力を分析して自分も同じように使用する―――そのため、分析能力に優れているのだ。「言われてみれば、そう呼べるのかしら。青魔道士を名乗ったことはないけれど」
と、キスティスが言った瞬間、ドゴン、と階下で破壊音が響いた。
どうやら、赤毛の傭兵が玄関を殴り飛ばしたらしい。「玄関は・・・フライヤが待機していたわね」
「そうね。彼女がそうそう負けるとは思わないけど・・・」思案顔でキスティスが呟くのを見て、セリスはふと首を傾げる。
(そう言えば、フライヤの戦っている所って見たことがないな・・・)
ナインツにあるネズミ族の国ブルメシア。
その国の最強の竜騎士フラットレイのただ一人の弟子。「・・・見にいってみようかな」
「あ、なら私も行くわ」と、手を挙げたのはローザだ。
セリスは半目になって彼女を睨む。「敵は貴女を狙っているんだけど」
敵の狙いは考えるまでもない。ローザの身柄の確保だ。
セシルに対する人質にするつもりなのだろう。「そんなこと知っているわよ」
「だから、貴女を守るためにフライヤとリディアがそれぞれ、玄関と裏口を守ってるんでしょうが」
「それで、セリスとキスティスは、玄関と裏口以外の場所から侵入された時のために、私のボディガードしてくれているのよね?」
「う・・・」言い返されて、セリスは言葉に詰まる。
「そうね、確かにその通りよ。見物なんて行けるわけがないわ」
敵の戦力が思ったより少なかった事に油断していたのかも知れない。
これは遊びではないのだ。好奇心まかせに行動していたら、足下をすくわれかねない。「・・・いえ、行った方が良いかもしれない。あの赤毛の男が少し気になるわ」
キスティスが呟く。するとローザも同調して、
「私なら大丈夫よ。セリスが守ってくれるし」
「簡単に言うわね・・・」
「言うわよ。セリスのこと、信頼しているもの」
「う・・・・・・」ローザに言われ、セリスはしばし黙る。顔にわずかな赤みが差しているところを見ると、どうやら照れているらしい。
階下では、時折、振動や鋼の激突する音、人の叫び声など、戦闘音が響いてくる。「・・・そうね。敵の数が少ないなら、攻勢に出てさっさと片付けた方が良いかも知れないわね」
「なら私はリディアの方を見てくるわ。セリス、ローザのことは頼んだわよ」そう言って、キスティスは部屋を出て行く。
「私達も行きましょうか。キスティスが気にした赤毛の男も気になってきたし」
「そうね、お母様も心配だし」
「・・・・・・は?」言われてふと気がついた。
ついさっきまではこの部屋に居たはずのディアナの姿が見えない。「ちょっと待て! ディアナは何処に行ったんだ!?」
「え? お客様が来るならお迎えしなくちゃって、玄関に」
「アホかああああああっ!? ていうか何時の間に!? 出て行く気配なんてなかったわよ!?」セリスが叫ぶと、ローザはふっ・・・と笑う。
「お母様を甘く見てはいけないわ」
「甘く見た見たつもりはないんだけど」セリスはそれなりに神経を張りつめていたはずだった。
だから、部屋を出ようとする気配ぐらい気付けるつもりだったのだが。「お母様は、 “暗殺冥土神拳” をキャシーに教え込んだ師匠なのよ!」
「・・・なにその聞いたこともない暗殺拳は・・・?」
「暗殺拳じゃないわ。暗殺冥土神拳よ!」
「ああ、もう、どっちでもいいわよっ! それよりもさっさと玄関に行くわよ! あの赤毛の男の実力が本物なら、フライヤ一人じゃディアナを守りきれないかもしれない!」
「お母様ならきっと大丈夫よ」
「・・・なんでだろう。根拠なんか無いはずなのに、その言葉に説得力があるのは・・・・・・」
「それはつまり、セリスが私とお母様のことを信頼してくれているということよね!」
「・・・多分、違うと思う」そんなやりとりをしながら、二人は部屋を飛び出した―――