第20章「王様のお仕事」 
Z.「偽らざる王」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城

 

 ・・・しばし時間は巻き戻る。
 カーライル率いる竜騎士団が、敵に向かって突撃した頃―――

「こんなところで何をしているんだ?」

 声をかけられ、バロン城の城門を守る、二人の門番は同時に振り返る。
 見れば、一人の近衛兵が立っていた。

「何って・・・見れば解るでしょう。門番だから門を守っているのです」

 唐突に問われた門番の一人が自分たちの “同僚” へと告げる。

 城の門番は近衛兵が担当している。それと言うのも、門番は或る意味では城の顔とも言え、来客と一番接する機会の多い役職だ。
 門番、というと低く見られがちだが、平素に置いては最も重要な兵士の役割の一つだ。外来の人間に無礼かつ無様な態度を取らないように、高度な教育を受けた近衛兵達が担当するのは当然だった。

「門なんて守っている場合ではないだろう!? 敵が大軍で攻めてきているんだ! 一人でも戦力は多い方がよいだろう?」
「それは、そうかも知れないが・・・!」
「城が落ちるか落ちないかの瀬戸際だ! 早く行くんだ!」

 門番二人は互いに顔を見合わせると、やがて頷き合う。

「そ、そうだな! もしも戦に負ければ、門なんか守ってる意味もなくなる」
「私達も行きましょう―――戦場へ! ・・・貴方はどうするんですか?」

 門番が尋ねると、声をかけた近衛兵は城内の方を振り向いて、

「俺は他に兵士が残ってないか確認してくる! その後で戦場に行くよ」
「解った。早く来いよ。でないと手柄はみんな取られちまうぜ!」

 冗談めかして門番が言い、二人の門番は門を飛び出していった。
 それを見送り、一人残った近衛兵はにやりと笑う。

「・・・これでいい。あとは、街に潜伏している傭兵達が火事を起こして―――」
「―――で、街が火に包まれて混乱している隙に、城を乗っ取ろうって?」
「!?」

 背後から聞こえてきた声に、近衛兵は振り返る。
 振り返れば、腰に黒い暗黒剣を下げたセシルが、ベイガンを伴って歩いてきていた。

「油断しすぎだな。足音くらいきづかないか?」
「へ、陛下・・・」
「悪いけれど、君達の計画は失敗だよ―――街にいる傭兵達は、今頃、暗黒騎士団に殆ど抑えられているはずだよ」
「な、なに・・・!?」

 言われて近衛兵は街の方を振り返る―――が、そろそろ一つ二つ、火の手が上がる頃だというのに、街は何事もない。

「そんな・・・何故だ・・・!?」
「たまたま、情報収集が得意なトレジャーハンターと知り合いでね。傭兵達の潜伏先は彼に調べて貰った。・・・それに僕も、怪しいところは見て回って確認したからね」

 そう言ってからセシルは苦笑して、横目でベイガンの方を見る。

「ベイガンには気苦労をかけたけれども」
「・・・そう思って頂けるならば、今後は王らしく振る舞って頂きたいですな」

 街へ出歩くのが頻繁になったのは、貴族の反乱計画を探るためだったが、それ以前からもセシルは城を抜け出したりしていた。
 特に、作法礼法やら帝王学の勉強などベイガンがさせようとすると、かなりの高確率で逃げ出していたのだ。

「まさか・・・最近、街を遊び歩いていたのは―――」
「そういうことだよ。貴族が雇った傭兵達―――テロリストって言うべきかな? それが何処にいるかを探るためだったんだけど・・・・・・いや、参ったよ。街に多くの傭兵が入り込んだ形跡はあるのに、何処にも見あたらない。・・・まさか、フォレス邸に隠れていたなんて、ね」

 貴族の屋敷に潜んでいる可能性は考えないでもなかったが、それを暴く方法は無い。
 フォレス家ほどの有力貴族ともなれば、踏み込むにも理由が居る。その理由を作るために、わざわざロイドを城から追い出したのだ。

(まさか、リサがキッカケになるとは思わなかったけど)

 その点では想定外だった。
 フォレス家のような大貴族は、庶民にとってみれば “世界が違う” 程に身分が違う。
 元貴族とはいえ、庶民に毛の生えたようなリサが、わざわざ尋ねに行くとは予想していなかった。

(これも愛ゆえに、かな)

 そうセシルが思っていると、

「くっ・・・かくなる上は、陛下―――お覚悟を!」

 近衛兵は剣を抜くと、セシルに斬りかかる。
 対してセシルは何も反応せずに、じっとそれを眺めていた。

「でやあああああああっ!」

 裂帛の気合いと共に、近衛兵が剣を振り下ろす―――が。

 ぎいいいいいいんっ!

「陛下に剣を向けるとは・・・・・・」

 怒りを押し殺した声でベイガンが呟く。
 近衛兵の剣は、ベイガンの “ディフェンダー” によって防がれていた。

 ベイガンが力任せに剣を跳ね上がると、近衛兵の手から剣がはじき飛ばされる。
 続けて、ベイガンは己の剣を自分の部下の喉元へと突き付けた。

「この愚か者があ!」
「ひいっ!」
「はいはい、そこまでにしておきなよ、ベイガン」

 パンパン、と手を叩いてセシルがベイガンに声をかける。
 だが。

「いえ、陛下! 王を護るべき近衛兵が、王に刃向かうなどあってはならぬ失態! この上はこの私の手で処断した後、私自身も責任を―――」
「責任取って死ぬとか言い出さないだろうね? 近衛兵長を降りるって言うのも無しだよ。この国には―――僕には君が必要だ」
「しかしっ!」
「王命だ、ベイガン。剣を降ろせ」
「むううう・・・ご、ご命令とあらば仕方ありませぬ・・・」

 心底釈然としない様子で、ベイガンは剣を鞘に収めた。
 と、近衛兵が気が抜けたようにその場にへたり込む。
 ベイガンはそんな近衛兵を睨み降ろし、

「・・・何故、陛下に刃を向けた?」

 問う。
 近衛兵の殆どは、貴族の出身だ。
 騎士と険悪な貴族達だが、近衛兵として王の近くに居ることは、貴族としても大きなプラスになる。
 だから、貴族達は積極的に、自分の嫡男ではない息子―――家を継がない、次男や三男坊などを近衛兵として城に入れようとする。

 しかし、あからさまに騎士と反目しているような貴族を近衛兵にしたりはしない。
 現在の近衛兵団は、一人一人ベイガンが素性や性格等を確認してから採用した者たちだ。だから、ベイガンとしては信頼のおける部下の筈だった。

「わ、私は・・・」

 未だベイガンの怒りは収まりきらず、下手すれば今にも眼下の近衛兵を斬り殺してしまいそうな雰囲気だ。
 そんなベイガンの視線を避けるように、近衛兵はセシルへと視線を移す。

「私は、偽物の王に仕えるために近衛兵になったわけではありません!」
「なにをっ!」
「ベイガン様こそ、なぜその男を王と認めるのですか!? それこそ先王に対する裏切りでしょうに!」

 その言葉に、セシルはふとした疑問を抱いた。

(そうだ・・・どうしてベイガンは僕のことを、オーディン王の息子に仕立て上げたんだ?)

 周囲を納得させるため、というのは解る。
 だが、ベイガン=ウィングバードは誰よりもオーディン王に忠誠を誓っていた男だ。そのベイガンが、国のためとはいえ、セシルをオーディンの息子と偽るのは確かに不自然だった。

(・・・それに、嘘のつけない男が、どうして今まで僕をオーディン王の息子だと偽り続けることができたんだ・・・?)

 そんな疑問を抱いていると、ベイガンは深く溜息をついた。

「そんなことも解らぬのか」

(ごめん解らない)

 思わずセシルは心の中で呟く。

「簡単な話だ。陛下は―――セシル王は、偽物ではない」
「嘘だ! 知っているぞ! そいつは先王の息子ではないということを」
「否である。陛下は紛れもなく先王オーディン様の息子なのだ!」
「は?」

 ベイガンの思わぬ言葉にセシルは、つい声を上げた。
 そんな王を、ベイガンは半目で振り向く。

「・・・何故、陛下が驚くのですか?」
「いや驚くよ」
「・・・まさかベイガン様、今度はそのセシルにダークフォースで操られて・・・」

 口をついて出た近衛兵の言葉に、セシルは思わず納得しかけた。
 もしかしたら無意識のうちにベイガンの思考を操ってしまっているのか―――と思いかけて即否定する。

(・・・ないな。ゴルベーザのように人を操る術なんて知らないし、大体、操ってるのならもう少し僕に都合の良いようになってるだろうし)

「失礼なことをいうな! 操られて等おらぬ!」
「では何故! セシル=ハーヴィが王の血を引いていないことは事実でしょう!」
「それは事実だ。・・・が、親子の絆というのは、血のみで決まるものではない!」

 力強い言葉だった。
 その言葉に呑まれ、近衛兵は押し黙る。

「私はオーディン様の傍に仕えていたから良く知っておる。オーディン様が、陛下のことをどれだけ気に掛けていたかを。陛下の幼い頃、アーク殿の息子であるカイン殿を通し、陛下の話をオーディン様は我が事のように、一喜一憂してお聞きになられたことを、今でも私は覚えている」
「・・・あの、それ初耳なんだけど―――ていうか、まさかカインが僕と同じ市民学校に通っていたのは・・・」
「いえ、オーディン様は関係ありませぬ。アーク殿のが勝手に気を利かせたのですよ」

 にっこりと笑ってベイガンが答え、さらに続ける。

「特に忘れられないのが、陛下が陸兵団に入った時の事ですな。オーディン様は『できれば、セシルには一般人として穏やかに暮して欲しかったのだがな・・・』と言っておられましたが、その実、自分の元で剣を振るうことを心の底から喜んでおりました。しばらくは、勝手に浮かび上がる笑みを堪えることで必死でしたな」
「あー・・・そう言えば、陸兵団に入った当初、訓練時によくオーディン様を見かけたんだけど・・・・・・あの時、会釈する度に厳しい表情で睨まれたのは・・・」
「笑顔を堪えていたのですよ」
「あの時は、陛下に嫌われているのかと・・・」

 いつ陸兵団を追い出されるか、毎晩不安でよく眠れなかった覚えがある。

「オーディン様は、酒が入ると陛下の話ばかりされましたな。特に、何かと理由を付けては、当時の陸兵団の長であったアーサー殿と酒を酌み交わし、陛下の近況を―――」
「あー、ちょっと待ってちょっと待って。もう、いいから」

 話が止まらないベイガンに、セシルは制止の声をかける。

「なんか段々恥ずかしくなってきたから、その続きはあとで聞くよ」
「そうですか? ―――とにかく、血は繋がって居らずとも、陛下は間違いなく先王の息子である」
「そんな詭弁・・・」
「詭弁? 私が詭弁を弄するような男に見えるというのか!」
「う・・・」

 ベイガンの言葉に、近衛兵は二の句が告げなかった。
 その様子に、セシルは苦笑する。

「確かに、ベイガンは詭弁なんて使えるガラじゃないな」

 つまり、今言った言葉は全て事実であり、ベイガンの本心と言うことだ。

(ベイガンが僕を正統な王位継承者だと偽ることができた理由―――なんのことはない、偽っていなかっただけか)

「ベイガン、もういいよ」
「陛下?」

 セシルはベイガンの前に出て、尻餅をついた近衛兵の傍にしゃがみ込む。
 目線を合わせ、セシルは彼に笑いかけた。

「君が僕を王と認めないならそれでもいい。もしも王として失格だというのなら、いつでも後ろから斬りすててくれても構わない」
「陛下!?」
「・・・けれど、しばらくは僕を試してくれないか? 今、この国には―――いや、このフォールスには僕のような人間が必要なようだから」

 それだけを言うと、セシルは立ち上がる。

「さて・・・少々、遅くなったけれど、行くとしようか―――ベイガン」
「ハッ」

 そして二人は、近衛兵をその場に残して、城の外へと歩き出す。
 城から出た時に、ふとセシルは尋ねた。

「・・・ベイガン、さっき言ったオーディン様の事は真実かい?」
「陛下まで私を疑うのですか?」
「いいや、確認しただけだよ―――・・・ベイガン」
「なんでしょうか?」

 セシルはベイガンに微笑み、そして万感の想いを込めて言葉を作る。

「・・・君が生きていてくれて、本当に良かった―――」

 その言葉に、ベイガンは息を止めて―――やがてゆっくりと吐き出す。

「勿体ないお言葉です。―――それに、礼を言うのはこちらのほうですな」
「どういうことだい?」
「私は、陛下が居てくれたからこそ、こうして生き恥をさらしているのです。・・・もしも陛下が居られなんだら、私はオーディン様を失った後悔に耐えきれず、生き延びたとしても自ら命を断ったでしょう」

 その言葉に、セシルは苦笑した。

「・・・本当に堅いヤツだな君は。素直に礼を受け取っていれば良いのに」
「性分ですからな」

 そう言って、ベイガンも苦笑を返した―――

 


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