第20章「王様のお仕事」
X.「開戦」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロンの街・城壁
バロンの街を取り囲む城壁のすぐ外に、バロン軍が展開していた。
両翼を陸兵団が固め、中央には竜騎士団が配備されている。
竜騎士団の数は目に見えて少なく、二つに分けた陸兵団の、さらにその半分にも満たない―――が、竜騎士団の精鋭部隊は、数で劣ろうとも戦力では陸兵団を上回る。その布陣を、カインは城壁の上から眺めていた。
傍にはカーライルの姿もある。「・・・ここからだと、兵数の差がよく解りますね」
ぽつりとカーライルが呟いたのは、竜騎士団と陸兵団の差ではない。
街から少し離れた場所に陣を敷く、貴族達の連合軍だ。
彼我の戦力差は、およそ1対10。普通に考えれば、まず勝てるはずもない数だが。「しかもあれだけの数を前にして、なおかつ “なるべく殺すな” とは・・・隊長も、随分と無茶を言いますね」
「そうか? ・・・セシルのヤツよりはまだマシなつもりだがな」意外そうにカインが答える。
カーライルの言うように、カインは兵達を配置する直前に、敵を殺すなと命令していた。「向かってくる者は殺しても構わん―――が、無抵抗の者、背を向けて逃げ出す者は決して殺すな! もしも故意に殺めた場合、厳しく処罰すると思え!」
その命令に、兵達からは不満の声があがった。
それはそうだ。ただでさえ戦力で劣っているのに、この上手加減などできる余裕があるはずもない。
だが、カインが説明を続けると、皆一様に納得して、カインの命令を受け入れた。「しかし貴族達もえげつない真似をしますね・・・いや、流石は貴族だと言うべきでしょうか」
皮肉を込めてカーライルが言う。
と、誰かの駆け足の音が聞こえた。
振り向けば、「カイン!」
陸兵団の長代理であるリックモッドだ。
彼は、息を切らせてカインの元に駆け寄ってくる。「何をしていた? もうすぐ戦いが始まる、さっさと配置に付け」
「その前に! お前、あいつらの正体に気がついてるか!?」リックモッドは貴族達の軍を指さして訪ねる。
その問いに、カインは「なんだそんなことか」と嘆息して、「カーライルの報告では、あれほどの数の兵士は貴族領に居なかったと言う。ならば答えは簡単だ」
カインは遠くに展開する、大軍を眺めて、
「あの兵士の殆どは―――貴族の領民達だろう」
流れの傭兵達を雇おうにも、殆どの傭兵達はダムシアンに集まる。
必然的に、雇える傭兵の数も質も低くなる。
かといって、一から兵士達を鍛え上げるには時間もないし、なによりそんなことをすれば流石に隠しきれない。
ならば残された手段は一つ。普段はクワやフォークを使っている領民達に、剣と盾を持たせて兵士に仕立て上げる。そのことにカインは気づいていたから “殺すな” と命じたのだ。
あの大軍全てが傭兵ならば手加減する余裕はなくとも、戦いの経験がない農民相手ならば、どれだけ数が多かろうとも、下手をすればただの虐殺になりかねない。カインの言葉を聞いて、リックモッドは安堵する。
「じゃあ、この伝言も必要なかったか?」
「伝言だと? セシルからか」
「ああ―――」頷いて、リックモッドはセシルから伝えられた言葉を口にする。
と、カインの表情が不意に険しくなった。「・・・ちっ。そうか、傭兵が全く居ないわけじゃない。ならば、使うとしたらそこか・・・!」
「セシルも同じ事を言ってたぜ―――どうするんだ?」リックモッドの問いに、カインは迷わずに即答する。
「俺が潰す」
「お前一人で大丈夫か?」
「無論だ―――と、言いたいところだが、南、南西、西と、貴族共は部隊を三つに分けている。俺一人では手が足りんな」
「なら、俺も行くぜ」リックモッドの言葉に、カインは頷く。
カインやセシルほどに技量はないが、腕力だけは有り余っている男だ。
全身鎧のような筋肉で覆われていて、並の傭兵の剣ならば、鎧を着ていなくても皮一枚で止めてしまうだろう。「ならば私も―――」
話を聞いていたカーライルも名乗り出る。
だが、カインは首を横に振った。「いや、お前には俺の代わりに竜騎士団を率いて貰わねばならん。作戦は変わらない―――できるな?」
「解りました! 必ずや、カイン隊長の期待に応えて見せます」カーライルがビッと敬礼してみせると、カインは苦笑する。
「もう少し肩の力を抜け。今回の戦いは期待しなければならんほどの事でもない」
「あ、はい・・・」言われてカーライルは素直に力を抜いた。
「しかしもう一人はどうする? 俺ら二人だけでやるか?」
「・・・・・・」リックモッドの問いに、カインはしばし考えて―――
やがて不敵な笑みを浮かべる。「いや、一人心当たりが居る―――約束もしたことだし、暴れさせてやろうか」
******
サイファーは陸兵団の部隊に紛れ込んでいた。
それは勿論、貴族との戦いに参加するためだ。ちなみに一緒に行動していたバッツやロックの姿はない。あの二人はまた別のことをやっている。(チッ・・・敵を殺すな、か。めんどくせえ・・・)
戦争だと聞いて、思う存分暴れられると思っていたのだが、敵の殆どが非戦闘員で、手加減しろと言われれば陰鬱にもなる。
しかも作戦内容を聞いた限りでは、本命は中央の竜騎士団で、サイファーが配置された陸兵団は、殆どやることが無い。下手すれば、一度も剣を振らずに終わるかも知れない。
かといって、竜騎士団に配置されても、竜騎士達の機動力には流石についていくことはできない。(くそったれ・・・騙された・・・)
「好きなだけ暴れさせてやる」と言ったカインの顔を思い浮かべ、苛立ちを募らせる。
が、怒っていても何が変わる訳でもない。疲れるだけだ、と嘆息して、サイファーは自分の周りの兵士達を見回した。白いコートを着て、珍しいガンブレード使いと来れば、それなりに浮くと思っていたが、全くそんなことはない。
むしろサイファー以上に目立っている者もいる。
陸兵団は傭兵や平民の志願者からなる雑兵部隊だ。正規の訓練を受けてきた者はそれほど多くなく、殆どは自己流で己を磨いてきた戦士達で、それぞれ戦いのスタイルが違ってくる。そのため、装備など姿形も様々で統一性がない。陸兵団は、基本的には騎士達が小隊を率いて、部隊単位で作戦に当たる。が、その小隊の中でもさらに相性の良い物同士がコンビ、もしくはトリオで固まって共に行動するようだ。
例えば、接近タイプの剣士と、射撃タイプの弓士がコンビを組む、など。一応、規律はあるようだが、それほど厳しくはないらしい。
但し、騎士からの命令は絶対であり、命令違反は厳罰に処される。(・・・騎士の命令は絶対、ってのはともかく、割と俺に合っているかもな・・・)
ガーデンを卒業したら、ここに来るのも良いかも知れない。
などと一瞬だけ思って首を振る。(ケッ、何を考えてやがる。俺はこんな田舎臭いところで剣を振るうよりも、もっとロマーンティックな夢が―――)
思いかけて、不意に自分に影が差すのに気がついた。
なんとなく頭の上に気配を感じて顔を上げる―――と。「・・・んなっ!?」
頭上に、飛竜が飛んでいた。
その飛竜の上から声が響いてくる。「おい、金髪ハゲ!」
それが自分の事を言うのだと、サイファーは一瞬解らなかった。
「返事をしろ、金髪ハゲ!」
「って、誰が金髪ハゲだ! 俺はハゲてねえっ!」
「・・・割と広くないか?」
「広いって言うな! 広くねえよ!」サイファーが怒鳴り返すと、飛竜の上でカインはふむ、としばし考えて。
「なら金髪デコ」
「言い直すなああああああああああっ!」
「五月蠅いヤツだな」
「お前が五月蠅くしてんだよ! つーか、ちゃんと名前で呼びやがれ! ブッ殺すぞ!」
「解った解った―――アベル、下にいる金髪デコを捕まえろ」
「解ってねえええええええええ! ・・・って、は? 捕まえろ?」サイファーが首を傾げた瞬間、飛竜が勢いよく降りて―――いや、落ちてくる。
「おわっ!?」
反射的に身構えたサイファーの両肩を、アベルの両足がしっかりと掴む―――同時、その両翼を一度だけ羽ばたかせてホバリング。風で周囲の兵隊達をなぎ倒しながら、落下の勢いをゼロにする。
「い、いきなりなにを―――どわっ!?」
サイファーの問いには答えず、アベルはまた二度ほど羽ばたくと、その巨体がサイファーを捕まえたままふわりと浮き上がった。
そのままさらに羽ばたき、空高く飛翔する。「なあああああああああああああああああっ!?」
「騒ぐな。約束通り、暴れさせてやるんだからな」
「こんな状況で騒がずに居られるかあああああああああああああっ!」サイファーの絶叫が、大空に響き渡った―――
******
「最初っから背中に乗せろッ!」
ぎりぎりと奥歯を髪、サイファーが怒りを込めてカインに言う。
「動き出したようだぜ」
サイファーの怒りは完全に無視してリックモッドが呟くと、カインも頷く。
眼下では、バロンの街を取り囲むように展開していた大軍が、ゆっくりと街へ向かって進軍していくところだった。「・・・愚鈍だな」
カインは侮蔑を込めて呟く。
空の上から見ているとは言え、確かに貴族軍の歩みは遅かった。「そう言うなよ、竜騎士団と比べちゃ可哀想だ―――それに、まともに進めているだけマシな方だろ」
苦笑しながらリックモッドが呟く。
大軍が動くというのは、意外と難しいものだ。
人間―――というかどんな生き物でもそうだが、足の長さというのは個々によって違う。勿論、歩く速度、歩調も違ってくる。例えば車輪の大きさが左右違う車があるとする。車輪が大きい方が、一回転した時に進む距離は長い。
そんな車が走ればどうなるかというと、小さな車輪を内側にして、カーブを描き、真っ直ぐには走れない。人間でも同じ事で、歩調の速い者と遅い者が並んで歩いた時、歩調を合わせずに並んで歩こうとすれば、真っ直ぐには進めない。
それが列だった場合、真っ直ぐに進めずに列が乱れる。2、3列なら問題ないが、何十列ともなれば、列同士がぶつかり合ってしまう可能性もある。また、一人がコケてしまった場合、前の人間を押し倒してしまい、ドミノ倒しのようになってしまったり、後続がつかえて中間の人間が押しつぶされる事もありうる。
しかも普通に更新しているだけならばまだ事故は起きにくいだろうが、戦闘中は悠長に歩いているわけにはいかない。
時には全速移動―――駆け足で進む、或いは後退しなければならない時もある。そんな時に誰かがコケたり、隣の人間と衝突してしまったりした場合、被害はさらに連鎖する。戦闘の経験がない民兵が、遅くともまともに行軍できていることは、リックモッドとしては少し驚きだった。
「行軍訓練はきっちりやってたみたいだな―――敵も無能ばかりってわけでもねえか」
「だが、それだけだ。まともに行軍できれば、それだけで威圧になると思ったのだろうが―――」と、カインが自陣営に視線を移す。
バロンの街の北門西門の前に配置された陸兵団に動きはないが、その間の竜騎士団が動きだす。
その陣形は縦に細長く、上空から見下ろせば、まるで槍のようだった。「 “槍” となった竜騎士団に貫けぬものは存在しない・・・!」
呟くカインの眼下で竜騎士団の先頭が、貴族軍の倍以上の速度で突撃し、敵の中央へと突き刺さった―――
******
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる貴族の軍へ向かって、カーライルは全速力で駆けていた。
いや、駆けるという表現は正しくない。正確には連続跳躍。風よりも速く、飛ぶが如くに突撃する。
その背後には、竜騎士団の面々が、しっかりとついてきていた。高速で跳びながら、陣形は少しも乱れていない。「・・・ひっ」
貴族軍の先頭の兵士が有り得ない速度で向かってくる竜騎士達に気がついて、表情を引きつらせる。
手にした剣と盾はまるで持ち慣れてない。やはりセシルやカインの予想したとおり、本職の戦士ではなく、農民を兵士として駆りだしたのだろう。
領主がやれと命じれば、逆らえないのが領民だ。恐怖に身体を強ばらせつつ、迫る竜騎士達にむけて剣を振り上げた。
対し、カーライルは短く呟く。「―――貫く」
ファルコンダイブ
カーライルが一瞬速度を上げた。
その勢いのまま、鎧と同じく黒く塗られた槍で先頭の兵士を貫く。ずだんっ!
槍は、兵士の防具を砕き、胸を打つ。
カーライルは槍の刃ではなく、逆の石突きを相手に向けていた。
それでも、勢いの乗った打撃力が凄まじく、一撃で兵士は即気絶して、そのまま後方へと吹っ飛ぶ。一拍遅れて、他の竜騎士達も、同じように兵士達を石突きで打ち倒していく。
カーライル達は兵士を打ち倒した勢いのまま跳躍し、敵兵のまっただ中に飛び込む。「う、うおあああああああああああっ!」
飛び込んできた竜騎士達に、民兵達は戸惑い、恐怖しながらも手にした剣で斬りかかる。
が、その剣が振るわれるよりも速く、竜騎士達の槍が兵士達を貫く。
今度は手加減抜きだ。刃が肉を貫き血がしぶく。槍を引き抜けば、噴水のように鮮血が噴き上がった。「あ、あ・・・ああああああああああああああああっ!?」
噴き上がるほどの大量の血など、そう見慣れているものではないだろう。
隣の兵の胸からごぼごぼとあふれ出る血を見て、或いは噴き上がる鮮血を身体に浴びて、民兵達は言葉を失い、中には腰を抜かすものまで居た。「い、いやだ、俺はもういやだああああああっ!」
惨状から少し離れた場所に居た兵の一人が絶叫する。
涙や鼻水をだらしなく流し、剣を放り捨てて逃げ出そうとする。それを見た他の者たちも、我先にと逃げはじめる。「こっ、こら! 貴様ら何をしている! 戦えーーーーーーーっ!」
士気崩壊して逃げまどう民兵達を、叱咤する声があった。
カーライルがそちらを見れば、チョコボに乗った男が見えた。
民兵よりも上質な武具に身を包んだ―――陽光に煌めく鎧は、どうやらミスリルのようだ―――民兵とは毛色の違う男。どうやらカルバッハに賛同した貴族の一人で、指揮官のようだった。貴族の指揮官は剣を抜く―――それもミスリル製のようだった―――と、近くの民兵にチョコボの上から剣を突き付ける。
「戦えと言うのがわからんか!」
怒鳴る、が兵士は首を降って泣き叫ぶ。
「死にたくねえ! 俺は死にたくねえ!」
「貴様ら如きの命がなんだというのだ! 死ね! 我らのために戦って死ね―――」
「貴方が死になさい」
ファルコンダイブ
ずぶ、とカーライルの槍が、大きく開かれた貴族の口を貫いた。
破壊力はカイン方が圧倒的に上だが、速度だけならばカーライルの方が早い。
その超高速の一撃だ。貴族は自分が貫かれたことすら気づかずに、絶命しただろう。「せめてものの慈悲です・・・」
チョコボの上から転げ落ちた貴族から、槍を引き抜いてカーライルは呟いた。
と、貴族に剣を突き付けられていた男と目が合う。男は「ひぃっ」と悲鳴をあげるが、カーライルが「行きなさい」と手を振ると、転げるように逃げ去っていった。「・・・・・・」
カーライルは貴族の他に、地面に転がる複数の死体を眺めて痛ましそうに顔を歪める。
自分たちが殺した民達だ。
戦いなのだから、敵を殺したことを悔やんでいてはきりがないとは解っているが。(・・・かといって、戦士でもない民達を手にかけるのは・・・!)
「副長」
竜騎士の一人に声をかけられて、カーライルを頭を切り換える。
周囲の民兵達は逃げ去った―――が、周りを見回せば逃げたのは全部ではない、戸惑い、戦おうか逃げようか迷っている者も居る。カーライルは、自分たちが向かっていた方向を見やり、言う。
「このまま真っ直ぐ突破します―――行きましょう」
『ハッ』そして竜騎士団は戦場を跳び抜ける―――