第20章「王様のお仕事」
W.「二つの誤算」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロンの城・謁見の間

 

 

 早朝。
 まだ頭を出したばかりの太陽に照らされて眼前に広がる兵士達。
 バロンの街を取り囲むようにして展開するそれらを眺め、カルバッハ公爵は満足そうな笑みを浮かべる。

「クッハッハッハ・・・・・・これだけの数が居れば、例え八大軍団と言えど止めることはできぬ! その上、愚かな王のお陰で、その軍団も完全とは言えぬとくれば、勝ったも同然と言うことだ!」

 最強の竜騎士カインは謹慎中。ならば、その配下のカーライル達竜騎士団も、セシルの命令に従わない可能性もある。
 さらに、昨日に謁見の間に入る寸前ですれ違った暗黒騎士団の長、ウィーダスの事もある。なにやら憤慨して謁見の間から出てきたが、城内の内通者からの知らせでは、どうも暗黒剣の取り扱いで、王と一悶着あったという。
 海兵団は赤い翼も再編成中、白・黒の魔道士団はまだ戦力と呼べるほどの力はない。

 ならば、まともな戦力は陸兵団くらいなものだが、その陸兵団も傭兵やごろつきに毛が生えたような者たちだ。
 それに、セシルが偽物の王だと知れば、全体の士気は低下する。こちらが勝てない要素など何一つ存在しない。

 ―――などと、公爵が勝利を確信している背後で、次の王となるはずのアレックスはどうしても不安をかき消すことができなかった。

(勝ったも同然・・・本当にそうだろうか・・・)

 確かにこちらの兵力は圧倒的だ。
 数で言うなら、バロン軍の10倍近く居る。それも、バロン八大軍団総数での話だ。
 それだけ見れば、確かにこちらの勝利は揺るがないと思える。しかし―――

「・・・・・・」

 アレックスは背後を振り返る。
 距離があまりにも遠いので見えるはずもないが、その方向には、バロンへ来る途中に通った砦が建っているはずだった。
 魔物や野盗への対策として、常にそれなりの戦力が常駐している砦だ。
 その砦の兵士達は、この大軍団を目にした瞬間、全く抵抗せずにあっさりと逃げ出したという。
 確かに戦いになるような戦力差ではない。何も抵抗しなかったというのも気に掛る。まともに戦わなくても、遠くから矢の一つでも射れば、わずかでも足止めになったはずだった。

(それに・・・今朝、こうもあっさりと街を抜け出せたのも・・・・・・)

 カルバッハとアレックスは、夜が明ける前にフォレス邸を出て、街を抜け出した。
 途中、街を巡回する兵士を見かけたが、二人を捜している様子はなかった。
 それどころか、昨日、謁見の間を逃げ出して以降、追っ手が掛る気配もない。フォレス邸に兵士達が訪れることすらなかった。

 昨日も感じた不安感が蘇る。
 全てはセシル王の掌の上で踊らされているだけなのではないか・・・?

(公爵は、まだ掴んでもいない勝利に目が眩んでいるような気がする―――しかし、それを指摘しても聞き入れてはくれないだろうな・・・)

 一応、アレックスは王家の者と言うことになっている。
 それは間違いなく本当のことであるが、立場は明らかに弱かった。
 公爵を始めとする貴族達は、アレックスを復権のための道具としか見ていない。アレックスも今までカルバッハに保護された恩もあり、王家の血を引くと言っても、貴族達が居なければなにもできない。

(私は・・・弱いな。それに比べ、セシル王は―――)

 昨日、初めて対面した “偽りの王” を思い返す。
 最近の噂を聞いていたせいだろうか。遊び呆けてばかり居る、愚かな王。そんな事ばかり聞いていたせいか、最初見た時は全く威厳というものを感じなかった。
 これならば、確かに公爵の言うとおり、王として相応しくない、バロンのためにも打倒しなければならないと思った。だが。

 公爵がファスを人質に取り、アレックスの正体を明かしても、余裕を崩さなかった。
 そんなセシルを見ているうちに、何か得体の知れない恐怖を感じ、背筋を冷たいモノが走った。

 

 ―――本当にオーディン様の息子なのか?

 

 そう、問われた時は、息が止まった。
 表情は苦笑を浮かべていたが、その瞳は笑って居らず、まるでこちらの心を見透かすように見つめられていた。

 その時、初めて目の前の王の強さを知った。
 あの玉座に座り続けることが、どれだけのプレッシャーなのか、想像するだけで息が苦しくなる。
 王となって、まだ一ヶ月程度しか経っていないというのに、まるで何年も王として君臨していたかのように自然体だった。

 アレックスはずっとカルバッハに庇護され、王ではなく庶民として暮してきた。
 その自分を正統な王だとして立て、バロンを貴族の手に取り戻す―――とカルバッハに言われた時は、心臓が止まるかと思った。 “王” になれと言われ、感じたのは喜びではなく、プレッシャーだ。何日も眠れない日が続き、体調を幾度と無く崩した。自分が王だと言うことを口にすることすらできず、こんな自分は王の器ではないと何度も思った。

 その自分が、あの時、はっきりと自分は王の息子だと宣言できたのは―――

(怖かった、からだ・・・)

 セシルが、ではない。
 自分自身の弱さが、だ。

 偽物の王の前で、自分が真の王だと名乗れないようならば、自分の存在価値とはなんなのかと。
 ここで挫けてしまえば、二度と立ち上がれずに終わってしまう―――それが怖かった。

(・・・結局、私は王たる器ではないのだな。自分の事ばかりで精一杯で、飾りの王として貴族達の道具となることしかできない・・・)

 今まではその運命を受け入れていた。
 これからもずっと道具のままだと思っていた。
 だけど―――

(本当に・・・このままで良いのだろうか・・・)

「アレックス様? どうかなされましたか?」

 カルバッハ公爵が声をかけてくる。
 敬語を使っているのは、事情を良く知らない兵士達の前だからだろう。

「いや・・・少し考え事を・・・」
「そろそろ城へ向かわせた使者が帰る頃です。戦になるか、それとも降伏するかは解りませんが、どちらにしろあの国はもうすぐ貴方のものですぞ」

 ハッハッハ、と笑う公爵に釣られたように、アレックスは愛想笑いを浮かべる。
 笑いながら、ふと思い出す。
 アレックスが自分が王だと名乗った瞬間、ほんの僅かだったが、セシルは嬉しそうに微笑した―――そんな気がしたのだが、あれは気のせいだったのだろうか―――

 

 

******

 

 

 謁見の間には、陸兵団の騎士達が詰め込まれていた。

 ―――バロンでは、軍に入る際にまず普通の兵士として陸兵団か海兵団に配属される。その後、功績を上げた者が王より直々に騎士叙勲され、家名を戴き “騎士”となるのだ。
 騎士となった者は、陸兵団や海兵団で部隊を任されて指揮官になったり、竜騎士団や飛空艇団に配置換えされることもある。
 ちなみに、竜騎士団、暗黒騎士団、飛空艇団の三つの軍団は、全て騎士で構成されている。騎士でなければ配属されないということだが、逆に言えば配属されれば騎士となるという意味でもある。

「それで、使者にはなんとお答えに?」

 陸兵団で、長の代理を務めるリックモッドが代表して、玉座に座るセシルに尋ねた。
 すでに陸兵団を率いていると言っても過言ではないリックモッドだが、「ガラじゃねえ」の一言で、頑なに長になることを拒んでいた。

「勿論、貴族如きに従うわけにはいかないだろう?」

 ふふん、と不敵に笑ってセシルが言う。
 そんなセシルの調子に、リックモッドは少し違和感を覚えたが、

(・・・まぁた、こいつはなんか企んでやがるな・・・)

 セシルとは陸兵団の頃からの付き合いである。
 ある程度の腹芸は通じ合える。
 それならば、とリックモッドは険しい表情で、さらにセシルに詰め寄る。

「では戦うつもりですか? あの大軍と!」
「無論だ」
「・・・勝てますかね・・・?」
「そうだな・・・流石にまともに戦っては勝てまい。だから、戦わない」
「は・・・?」

 戦うと言った直後に戦わないと宣言するセシルの意図がわからず、リックモッドは素で声を上げる。

「簡単な話だ。あの大軍ならば、それだけ食料も必要になる。一週間も耐えきれば、兵量も無くなって撤退するしか無くなる」
「しかし・・・一週間耐えきると言うのは難しいのでは・・・?」
「いや、簡単さ。城に閉じ篭もって橋を上げれば、それ以上は攻めてこれないだろう」
「って、バロンの街を見捨てるつもりか!?」

 思わず素になってリックモッドが叫ぶ。
 セシルは「ああ」とあっさり頷いて。

「街なんかどうなったって良いだろう? この国の王は僕だ。僕が無事ならばそれで良い」
「セシル、お前本気で・・・」

 リックモッドは絶句する。
 その背後で、騎士達がひそひそと囁きあう。

「―――あれが、王の言う言葉かよ・・・」
「・・・やっぱり、あの噂は本当なんじゃないか? 偽物だって・・・」
「ああ。話によると、本物の王はカルバッハ公爵に保護されているとか・・・」

 騎士達のざわめきは次第に大きくなっていく。
 それが最高潮に達した時、セシルは玉座を勢いよく立つと、騎士達を睨み降ろす。

「なんだ・・・? この僕になにか言いたいことでもあるのか・・・?」
『・・・・・・』

 セシルに睨まれ、騎士達は言葉を失う。
 静かになった謁見の間を眺め、セシルは「フン」と鼻を鳴らす。

「何もないなら話は終わりだ、さあ僕の命令に従って僕を守れ!」
「! セシ―――」

 流石にリックモッドが耐えかねて、詰め寄ろうとしたその時だ。

 バァン! と、謁見の間の扉が勢いよく開かれた。

「―――ならば俺が皆を代表して言ってやろう!」

 

 

******

 

 

 声に押されるようにして、謁見の間に集まった騎士達が、真ん中に道を作る。
 扉と玉座を結ぶようにできた道の向こうに、謹慎中の筈のカインが立っていた。その背後にはカーライルとエニシェルの姿もある。
 その姿を見て、セシルは眉根を寄せて親友の名を呼ぶ。

「カイン・・・謹慎を言い渡していたはずだが・・・?」
「フン・・・この一大事に家にこもってなど居られるか!」

 そう言いつつ、カインは騎士達の真ん中を通って、セシルの元へと歩み寄る。
 その後を、カーライルとエニシェルの二人も続いた。

「・・・まあ、いい。状況は聞いているだろう? カイン、お前も僕の盾となって僕を―――」
「はああああっ!」

 ずだんっ!
 と、カインはセシルの目の前まで跳躍し、勢いの乗った拳を顔面に叩き付ける。

「があああっ!?」

 頬を殴られ、悲鳴をあげてセシルは玉座にもたれかかるようにして倒れる。
 騎士達がざわめき、謁見の間の空気が震える―――と、騒然とする騎士達をカインは振り向いて、声高らかに言う。

「勇敢な戦士達に問う! お前達の使命はなんだ!?」

 カインの言葉に、ざわめきが止まる。
 それらを眺め、カインは玉座に倒れ込んだセシルを振り向かずに親指で指さし、

「この愚劣な王を護るために命を落とすことか!?」
「・・・違う!」

 騎士の誰かが叫ぶ。
 その言葉が波紋となったかのように、周囲の騎士達も次々に「違う」「違う!」と否定していく。

「ならば何のためだ!」
「弱き民を護るため!」
「この国の平和を守るために!」
「その通りだ!」

 次々に声が上がる。
 絶叫とも言うべき声に連鎖に、広い謁見の間が叫びで支配される。
 騎士達がひとしきり叫び終わった後、カインは頷いて告げた。

「ならばやるべき事は一つだ―――王も貴族も関係ない。この国を乱す敵を倒すのみ!」
「しかし、カイン。あの大軍だぜ? 勝てるのかよ?」

 一人だけ冷静にリックモッドが問うと、その不安が騎士達に広まる―――だが、カインは不敵に笑って。

「勝てる! 俺が勝たしてやる! ―――だから、戦う意志のある者は俺についてこい!」

 そう、宣言してカインはカーライルを伴って、再び騎士達の真ん中を通って、謁見の間を出て行く。
 その姿は、堂々としていて、まるで勝利を確約しているかのようだった。
 カインの後ろを、騎士の一人一人が続き、謁見の間に集った騎士達のほぼ全てがカインに続いて出て行った。それは、ベイガン配下の近衛兵達も同様で、謁見の間に残ったのは、殴られたまま倒れているセシルと、先程から何も言わず微動だにしないベイガンに―――

「おいセシル、最後に一つだけ聞かせろ。さっきのは本音か?」

 リックモッドが、玉座に顔を伏せたままのセシルに問う。
 が、セシルが答えない。

「おい、セシルッ!」
「・・・嘘に決まっておるだろうが」

 もう一人、残っていたエニシェルが呆れたように言う。
 そんな彼女に、リックモッドは苛立ち紛れに怒鳴った。

「じゃあ、なんで答えねえんだよ!?」
「答えられんからだろう」
「は?」

 きょとんとするリックモッドの前で、エニシェルは玉座からセシルを引きはがすと、顔を振りむかせる。
 その顔を見て、リックモッドはぎょっと驚いた。
 セシルの顔面は真っ赤に染まっていた。カインに殴られた時、口の中を激しく切ったらしい。歯も何本か折れているかも知れない。エニシェルが回復魔法をかけると、ようやくセシルは一息ついて、

「あ、ありがとう、助かったよエニシェル」

 真っ赤な顔のままセシルは苦笑する。

「いやあ、血のせいで魔法が唱えられなくってさあ。死ぬかと思ったよ」
「まともに受けるからですよ。わざと避けなかったでしょう」

 そう言ってハンカチを差し出したのはベイガンだった。
 セシルはそれを受け取って顔を拭う。

「おい、セシル。こいつは一体どういうことだ?」

 訳が解らずにリックモッドが尋ねる。
 セシルは血を拭い終わると、ハンカチをベイガンに返して、

「エニシェルが言っただろう、嘘だって」
「だからなんでそんな嘘を吐くんだよ!?」
「偽物の王だからだよ」
「はあ?」
「リックモッドさんも聞いているはずだよ。僕が偽物の王だって噂は」
「ああ・・・でも、それがどうかしたのか?」

 リックモッドもセシルがオーディンの息子でないことは知っていた。
 だから、セシルの言葉の意味が解らない。

「リックモッド殿のように、陛下を陛下として認めている者だけではないという話ですな」

 ベイガンが説明する。

「騎士や貴族達の中には、陛下が “オーディン王の息子で、正統な王位継承者” だから王と認めているというのが殆どです。そんな者たちが、陛下が偽物だと思ってしまえば・・・」
「まあ、やる気無くなるわな」
「そう言うこと。どんな精鋭でも、士気が低ければ山賊にだって勝てやしない」
「・・・成程な。だからお前の代わりにカインの奴が音頭を取ったってワケか」
「 “最強の竜騎士” は或る意味、僕なんかよりもよっぽどカリスマがあるからね。そのカインが『勝つ』と断言すれば、どんな相手だろうと士気崩壊することはない」

 セシルに説明されて、リックモッドは唐突に笑い出す。

「かっかっか! ・・・ったく、なんだよ、やっぱり演技か! ちょっと信じちまったじゃねえか!」
「それで陛下、ここまでは予定通り―――ということで良いのですか?」

 ベイガンが尋ねる。
 実はベイガンも、セシルから詳しい話は聞いていない。今回命じられたのは、事が終わるまで何も言わずに動くな、とセシルに命令されたことくらいだ。
 先程の説明も、自分で考えた結論だった。
 だが、セシルは首を横に振る。

「二つ、大きな誤算がある」
「誤算?」
「一つは本物の王位継承者が出てきたこと。まさかそんな切り札を持っているとは思わなかった」
「陛下は、あのアレックスという青年が、本物だと・・・?」

 ベイガンの問いにセシルは頷く。

「・・・ただ、全てが本当だとは思わないけれどね」
「ふむ。・・・それでもう一つは?」
「敵の数だよ。多すぎる―――多い割に、エニシェル達が視察した時は、あれほどの数の兵士を見なかったんだよね?」
「うむ。ある程度の傭兵は “治安” の名目で雇っていたみたいだが。だが、あの大軍ほどの数は流石にない。・・・・・・隠れていたらどうかは解らんがな」
「隠れていても、カーライルなら気づくよ。例えば農民に兵士が変装していても、戦士の気配というのはそうそう隠せない」
「なら、あの兵士達は・・・・・・ちょっと待てまさか!」

 リックモッドがあることに思い至ってギクリと身を強ばらせる。
 セシルは神妙に頷いて、

「多分、その通りだと思う」
「やべえぞ! カインの奴は気づいてるのか!?」

 そう言って、リックモッドは慌てて謁見の間を出ようとする―――それをセシルは呼び止めた。

「リックモッドさん、カインの元へ行くなら伝言を頼む」
「伝言?」
「ああ―――」

 そう言って、セシルは “ある言葉” を口にした。
 それを聞いて、リックモッドは厳つい顔をさらに厳しく歪め、

「あいつら・・・それを使うつもりだってのか!?」
「少しは傭兵も雇っていたというのなら、使うとしたらそれしかない・・・そこまで愚かではないことを祈りたいけどね」
「ちっ・・・これだから貴族ってのはよッ!」

 怒り言葉に滲ませて吐き捨てると、リックモッドは勢いよく謁見の間を飛び出した。
 それと入れ替わりに、黒尽くめの騎士が現れる。

「陛下」
「ウィーダスか」

 暗黒騎士の長は、セシルの前まで来ると跪いて礼をする。

「暗黒騎士団の配置、すでに完了しております」
「ご苦労様―――悪いね、詰まらない真似なんかさせて」
「いえ、ご命令とあらば。むしろ陛下の深謀遠慮に感服しております」
「そう言ってくれるなら、僕も助かる―――しばらく、ここは任せるよ」
「ハッ!」

 暗黒騎士団の長が頷くのを見て、セシルは傍らの二人に呼びかける。

「さて・・・じゃあ、行こうかベイガン、エニシェル」
「陛下、どちらへ・・・?」

 ベイガンに問い返され、セシルは苦笑して答えた。

「―――今回、一番の貧乏くじ引かせたヤツの所だよ」

 

 


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