第20章「王様のお仕事」
V.「結末の始まり」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロンの街・ハイウィンド邸

「―――雲行きが怪しくなってきたのう」

 窓越しに空を見上げて、エニシェルは呟いた。

「確かに雨が降りそうな天気だな」

 エニシェルの台詞に釣られて、ロックも窓の外を見やり呟く。
 二人の言うとおり、先程まで青く晴れ渡っていた空は、今やどんよりと灰色の雲で覆われていた。

「いや・・・二、三日は降らないと思うぜ」

 窓の外も見ずに、ソファに寝ころんだまま言ったのはバッツだった。
 長い間旅をし続けてきたバッツには、ある程度天候の様子が読めるらしい。

「雨か―――チッ」

 バッツの対面のソファに腰をかけていた屋敷の主―――カインが舌打ちする。
 どうやらあまり雨は好きではないらしい。
 そのことをバッツが尋ねると、カインは別に大した理由じゃない、と前置きして。

「雨の空は “重い” からな。飛んでてあまり気分が良くならん」

 湿度が高いと、なんとなく身体が重く感じるのだという。
 特にそれは天高く跳躍したり、アベルの背中に乗って飛翔している時に、強く感じるのだそうだ。

「解るよーな、解らんよーな」

 なんとなく解る気がするが、高所恐怖症気味のバッツにしてみれば、空を飛ぶこと事態気分の良いものではない。

 と、コンコン、とノックのする音が室内に響く。
 直後、扉が開かれて、二人の男が姿を現わした。

「カイン隊長。サイファーと名乗る男が―――って、こら、勝手に入ってくるなと言っただろう。玄関で・・・」
「うるせえなあ」
「カーライル、構わん。通せ」
「はあ・・・」

 カインの言葉に頷き、カーライルは部屋の扉を大きく開いて、サイファーを室内に招き入れた。

「さて―――揃ったな」

 カーライルが扉を閉めると同時、カインが呟く。
 バッツが身を起こし、窓の外を眺めていたロックとエニシェルが振り返る。
 と、バッツがサイファーの方に視線をやり、

「そいやお前、随分と遅かったけど、なんかあったのか? お前が担当した砦って、俺やロックよりも近かったはずだろ?」

 バッツが言うと、サイファーは舌打ちする。

「チョコボに乗り慣れてなかったんだよ」

 サイファーの出身地であるエイトスでは機械技術が発達していて、乗り物と言えばチョコボではなく、自動車やバイクなどが一般的だ。

「くそっ。ていうかくそっ。なんで俺が伝令なんかしなきゃいけねーんだ!?」
「おい・・・!」

 イライラした様子のサイファーに、カーライルは窘めるように声をかける。
 だが、カインは冷笑を浮かべ、

「フッ・・・そう荒れるな。そのうち、好きなだけ暴れさせてやる」
「本当だろうな!?」
「カイン隊長にそんな口のきき方・・・」
「気にするな、カーライル。俺は気にしていない」
「隊長がそう言うなら・・・いいんですが」

 言葉とは裏腹に、釈然としない様子で、カーライルはしぶしぶと黙り込む。
 同類、と言うわけではないが、カインにはサイファーの気持ちは良く解った。自分も伝令など押しつけられたら、同じ反応をするだろう。

「それで、これからどうするんだ?」

 バッツが尋ねると、カインではなくロックが答える。

「あとは待つだけだ――― “仕込み” は全部終わってる」

 ロックが言うと、カインも「ああ」と頷いて。

「後は貴族どもの動き次第―――奴らが決起すると同時に、城へ・・・セシルの元へ乗り込む!」

 

 

******

 

 

「カルバッハ公爵、よくぞご無事で」

 フォレス邸の庭先に転移してきたカルバッハ公爵とアレックスの二人を見つけ、フォレス家の執事であるヒアデイルはうやうやしく礼をすると、屋敷の中へと案内する。
 屋敷の中では、フォレス家の当主であるザインと、次期当主のラウドの二人が待っていた。

「首尾の方は」
「まあ、予定通りと言ったところか」

 落ち着き払った調子でカルバッハ公は言う。
 だが、その背後に控えるアレックスは、強い不安を覚えていた。

 結局、最後の最後まで、余裕を崩さなかった。
 公爵がファスを人質に取った時も、アレックスが自分の正体を明かした時も、まるで想定内だと言わんばかりに、声一つ荒げることもなかった。

 公爵の言うとおり、確かにここまでは予定通りの展開だった。
 城に乗り込んで、「玉座を明け渡せ」と言ったところで、素直に応じるはずもない。そんなことは最初から分かり切っていたことだった。
 が、予定通り過ぎる気もする。まるで上手いことコントロールされているような・・・・・・。

(それになんだろう・・・何か、セシル王の態度に違和感があった気がする・・・)

 違和感の正体はわからない。
 ただ、なにか酷く気になる―――

「・・・そう言えばズィード卿。もう一人の息子はどうしたのだね?」

 ズィード、というのはザインやラウドのミドルネームだ。
 このミドルネームは、その次の “フォレス” と一緒で家名を表わしている。フォレス家は歴史の古い大貴族だ。そのため、幾多もの傍流が存在し、本家筋以外の “フォレス家” が多数存在する。
 それらと区別を付けるために、ミドルネームが付けられているのだ。

 ちなみに、ローザの家も同じように古い家柄だが、こちらはミドルネームが無い。というか必要ない。
 衰退してしまって、傍系は殆ど消滅したか、他の貴族に吸収されるかしてしまったからだ。

「ルディか・・・奴ならば―――」
「父上!」

 丁度良く、その当人が焦りの声を上げて登場する。
 ルディは、カルバッハ公爵の姿を見つけて一瞬絶句し、しかしすぐに父に詰め寄った。

「父上、これはどういう事ですか!? 公爵が居ると言うことはまさか―――」
「騒がしいぞルディ! 公爵様の前で・・・」
「そんな事を言っている場合じゃありません! まだ時期が早すぎます。もう少し様子を見て―――」
「ええい、五月蠅い。―――ヒアデイル、そいつを連れて行け」

 主の言葉に、執事は「かしこまりました」と頷くと、ルディの肩を掴んで、屋敷の奥へと連れて行こうとする。

「は、離せ!」
「なりません。お聞きわけ下さい、ルディ様」
「くっ・・・」

 ルディはヒアデイルの拘束をふりほどこうとするが、執事の力は強く、少年の力では抗うことすら敵わずに、そのまま退場。
 それを見送り、ラウドがやれやれと嘆息する。

「あの通り、今更臆病風に吹かれてしまったらしい。ハーミットの話によると、ロイドに色々と吹き込まれたらしいが」
「あれの母親も、貴族の誇りを持たぬ、情けない女であった。ルディやロイドがああなってしまったのも仕方あるまい」

 ザインも吐き捨てるように呟く。
 と、不意にアレックスが「あ」と声を上げた。

「どうした?」

 カルバッハがアレックスに視線を向ける。

「先程のセシル王、エニシェルやカーライルの事に関して、何も言及しませんでした」

 それが違和感の正体だった。
 アレックス達がバロンに辿り着いた後、エニシェルとカーライルは「行かなければならないところがある」と言って別れた。
 その行き先がカインの屋敷だと予め知っていたこともあり、その時は全く気にしなかったが、仮にも王命を受けた者が報告もせずに勝手な行動を取るというのはあり得ないことだ。王も王で、そのことをなにも言わなかった。

 ・・・ということを、アレックスが説明したが、他の面々の反応は薄かった。

「なんだそんなことか。別に気にする話でもない」
「そうだな。あの時は私達の存在に気を取られ、気にする余裕が無かったのかも知れん」
「或いは、間抜けにも付き人が居ないことに気づかなかったということもあるなあ」

 ザイン、カルバッハ、ラウドの三人はそう言って嘲笑する。
 言われてみれば、確かに大した事ではないのかもしれない。気にしすぎと断じてしまえばそれまでだ。
 何より、先程のルディのように “臆病者” と呼ばれるのは嫌だったので、それ以上は何も言わない。

「・・・それよりも、問題はこれからだ。勝てるのだろうな?」

 ザインが尋ねると、カルバッハは「うむ」と自信たっぷりに頷いた。

「今頃は、正統なる王位継承者の出現で、セシル王を始めとする騎士達は慌てていることだろう。その混乱を立て直す間も与えずに、一気に攻め落とす―――そのための策だ」

 そう言って、カルバッハは愉悦混じりの笑みを浮かべた―――

 

 

******

 

 

 一方、その頃―――

 バロンの街近くにある、街道沿いの砦。
 エニシェルが、奇怪なチョコボに乗ったバッツを見かけた砦だ。

「退屈だなー・・・」

 物見台の上に昇っていた兵士の一人が、言葉通り退屈そうに呟く。
 最近は、特になんの事件も起きていない。
 赤い翼時代のセシルの大作戦によって魔物達は激減。最近、また増えてきたようだが、それでも緊張を張りつめなければならないほどでもない。

 ちょっと前までは野盗がはこびって居てそれなりに忙しかったが、リックモッド率いる陸兵団の活躍によって、それも鎮圧されている。

 この所、物見台の見張りの仕事が退屈すぎて嫌になる。
 半日交替の仕事だが、やることと言えばひたすら周辺に異常がないか見張るだけ。その異常なんてものは滅多に無い。というか全くない。
 初めてこの物見台に昇った時は、その高さと絶景に興奮したものだが、もう何十回と見張り役をこなせば、そんな興奮も消え失せる。

 暇潰しに本でも持ち込みたいところだが、見張りが本に夢中で異常を見逃しましたじゃ済まないので、そういった暇潰しの類は持ち込み厳禁だ。
 以前、持ち込んで見つかった奴がこっぴどく叱られていたことを思い出す。

「やれやれ・・・なあんか、貴族共が反乱起こすって噂もあるけどよー。だったらさっさと景気よく攻めてこいってんだ―――あれ?」

 ふと、気がつく。
 かすかに空気を震わすような振動音。それは無数の足音にも聞こえた。

「・・・なんだぁ?」

 目を凝らして音の響いてくる方を見つめる―――と、その表情が段々と青ざめていく。

「本当に・・・来やがった・・・!?」

 貴族達の領地へと続く街道。
 チョコボ車が四、五台並んでも余裕のある広い街道を、防具に身を包んだ無数の兵士達が更新してくる。
 その数は万よりも多く、蛇のように連なるその行列は、尻尾の方がはっきりと見えないくらいだ。

「てっ、敵襲ーーーーーーーっ!」

 兵士はガンガンと鐘を鳴らすと、慌てて物見台から地上に降りていく。

 ―――その行軍は、この砦だけではなかった。
 バロンを取り巻く複数の砦。そのどれもが同じような大軍を目にして、最早戦おうとすらせずに砦を放棄して、城へと逃げ戻った。

 行軍は、バロンの西から南へ広がるそれぞれの貴族領から行進され、次の日の早朝にはバロンの街を完全に包囲することとなる。
 その数、軍事国家バロンが誇る八大軍団の約10倍以上。

 まさに圧倒的な兵数差。
 数だけ見ても戦いにならぬような戦だが、実際にその戦いを生き延びたものは口を揃えて同じ事を言う。
 曰く、

「それは “戦い” と呼べるものではなかった。強者が弱者におこなう、一方的な蹂躙であった―――」

 


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