第20章「王様のお仕事」
T.「社交辞令」
main character:エニシェル
location:バロン南部・カルバッハ領

 

 

 カルバッハ公爵領から、バロンの街まで続く街道を、一台のチョコボ車が進んでいた。
 一般の、街道間を行き来する乗り合いのチョコボ車ではない。それよりも一回り大きく、頑丈に、そして豪華な装飾で作られた車を、二頭のチョコボが引っ張っていた。そのチョコボも普通のチョコボよりも大きく力強く、この車を引くために、特別に育てられたチョコボのようだった。

「―――申し訳ありません、カルバッハ公。我々も乗せていただいて」

 車の中。
 ファスと並んで座っていたエニシェルが、対面にアレスと並んで座るカルバッハ公爵に頭を下げる。それを見て、ファスも慌てて頭を下げた。
 と、公爵はやや困ったような笑みを浮かべて、両手を振る。

「お顔を上げてくだされ。たまたまこちらの都合と折り合っただけのこと。この程度で礼を言われては、逆に恐縮です」

 ―――昨日、公爵に呼ばれた用事というのは、バロンに用事があるから、しばらく領地を留守にするという話だった。
 公爵は居ないが、娘のメルビアは残っているので、気にせず滞在して良いと言う話だったが、エニシェル達もバロンに戻るという話を切り出すと、それならば同道いたしましょうという話になった。

「それに、バロン竜騎士団のナンバー2が護衛について下さるのなら、こちらとしても頼もしい」

 と、公爵は窓の外に視線を送る。
 そこには、黒いチョコボにまたがった黒い竜騎士が、チョコボ車と並ぶようにして低空飛行していた。
 黒チョコボのチョコだ。
 各領地を渡り歩いていた時は、ファスとエニシェルが乗って、カーライルは歩いていた。が、チョコに乗っていた二人が車に乗ったので、代わりにカーライルが、というわけだった。

 「黒チョコボ騎士の誕生だな」と、エニシェルはこっそり笑ったが、カーライルは真面目に「飛竜と違って安定感がありませんね。跳躍しようとすれば、おそらくチョコボの背骨を砕いて共に墜落してしまうでしょう」などと言うものだから、ファスが泣きそうな顔で青ざめた。いやむしろ泣いていた。
 そんなファスを見て、カーライルは慌てて「跳びません、跳びません!」と必死で首を横に振ったという一幕があったが、それはさておき。

 ―――ちなみに、車の外でチョコボ達の手綱を操っている御者が二人居るが、彼らは一応、御者兼護衛であった。
 それなりに剣を扱えるらしいが、この二人が束になってもカーライルには敵わないだろうと、エニシェルは見抜いていた。割と、公爵の言葉は本音なのかもしれない。

「そう言って頂けるならば、こちらとしても気が楽ですわ」

 ふふ、と微笑むエニシェルは、いつものような傲慢な態度ではなく、気品すら感じさせる貴婦人のようだった。
 ざっと1000年以上は生きている暗黒剣―――剣が “生きている” というのも妙な表現だが―――である、この程度の芸当はできるのだろう。

 そんな風に笑顔を浮かべながら、心の中では公爵の狡猾さに半ば感心していた。

(ふむ・・・どうやらセシルの言うとおり、妾達は盗聴されていたようだな)

 カルバッハ公爵領は、トロイアと交易のある領地だ。
 ならば、通信能力のある植物 “ひそひ草” を手に入れていてもおかしくはない。

 折良く、と公爵は言ったが、あまりにもタイミングが良すぎる。
 どう考えても、こちらがバロンへ戻るのに合わせたとしか思えない。

「どうかなされましたかな?」

 考え事をしていたエニシェルを伺うように、公爵が呼びかける。

「いえ、少し考え事を・・・」

 対し、エニシェルは表情を崩さずにさりげなく公爵から視線を外す―――と、その隣りに座るアレスと丁度目が合った。
 執事の青年は、こちらの視線に気がつくと、さっと目を反らす。

「そう言えば、彼はどうして?」

 ふと気になってエニシェルはなんとなく問う。
 ・・・普通に考えれば、公爵の身の回りの世話に連れてきたと言うところだろうが、エニシェルは昨日の会話がなにか引っかかっていた。

(こいつ、何故セシルの事などを聞いたのだろうか・・・)

「私の身の回りのことを任せるためですよ」

 案の定、エニシェルの想像通りの答えが返ってきた。
 が、理由はそれだけではないように思えてならない。
 「そうですか」と適当に答えながら、さてどういう事かとエニシェルが考えていると、さらに公爵は続ける。

「いやしかし良かった! 貴女方とご一緒できて。美しい花があるとないとでは、行程の楽しさが天と地ほども違いますからな!」

 公爵がエニシェルとファスに笑いかける。
 子供相手になに言ってるんだこのエロ親父、とエニシェルは思ったが、まあ社交辞令の様なものだろうと思い、こちらも同じように返しておくかと口を開いたその時。

「いや・・・その・・・お、おじょーずですね、こーしゃくさま」

 エニシェルの隣で、ファスが蚊の鳴くような声で言った。
 社交辞令のつもりなのだろうが、慣れないことを口にした強い緊張のせいで、声が小さすぎる上に、辛うじて聞き取れた言葉も棒読みだった。
 思わず誰もが言葉を失う中で、ファスの顔がマグマのように真っ赤になる。

「いやいや、お世辞などではありませんよ、大使殿。貴女のような可憐なお嬢さんが大使で本当に喜ばしい」
「〜〜〜〜〜っ!」

 いち早く我に返った公爵がそう言うと、ファスはさらに真っ赤になって、椅子に座った腿に顔をつけるほど頭を伏せる。
 そんなファスを見て、エニシェルは必死で笑いを堪えていた。

(・・・く、くく・・・ファスの奴。確かに社交辞令の一つでも覚えろとは言ったがな)

 各領地の視察で、貴族との対応は主にエニシェルが行っていた。
 ファスはと言うと、エニシェルの後ろで、時折話を振られた時に、こくこくと頷くくらいしかやっていなかった。
 そんなファスに、エニシェルはせめて社交辞令程度の挨拶はできるようになれと言っていたのだが。

(まあ、ファスにしては頑張った方だ―――なんだ、やっぱり成長しているじゃないか)

 トロイアで初めて出会った時の第一印象は、お互いに最悪だった。
 それが、今ではこうして一緒に行動している。
 今のエニシェルは、白いミニドレス姿の “聖剣” モードだが、黒いミニドレス姿の “暗黒剣” モードになっても、ファスはもう気絶したりはしない。
 ・・・もっとも、まだ怯えたりはするので、ファスと居る時は極力、こちらの姿で居る。

 ファスの幼い強さを、エニシェルは知っている。
 エニシェル達が土のクリスタルを入手するために、トロイアへ赴いた数日間で、ファスがどれだけ成長したかを知っている。
 最終的にはチョコと一緒とはいえ、一人でバロンへ来ることさえできた。

 ・・・だが、それまでだった。

  “トロイア大使” の名目でバロンに来てからというもの、ファスはずっとエニシェルについて回っているか、チョコと一緒に与えられた部屋にこもっていた。
 本当は、ファスはセシルに逢いにバロンへやってきたのだ。が、当のセシルにはローザかベイガンが四六時中一緒にいる。ベイガンは魔物の部分を敏感に感じ取ってしまい、怖くて近づけない。そしてローザは―――・・・

(・・・まあ、恋敵だしな)

 エニシェルは苦笑。むしろ、恋敵とも呼べないかもしれない。
 ローザがセシルのことを愛しているのと同じくらい、セシルもローザのことを愛している。
 そんなことは一目見れば解ってしまう―――だから、ローザとセシルが一緒にいる時に、ファスは近づけない。

 というわけで、半引き籠もり状態だったファスが、滅茶苦茶だったとはいえ、公爵と談笑―――といえなくもないような―――ができたことは、ファスと共に行動してきたエニシェルにとって嬉しいことだった。
 内容は爆笑ものだったが。

 ちらり、とエニシェルは苦笑を浮かべているアレスの方を見やる。
 だが、すぐに視線を窓の外へと向ける。

(まあいい。妾のやることは済んだ―――あとはセシルの仕事だ)

 

 

******

 

 

 領地を発って早三日。
 途中、他の領主の屋敷にお呼ばれしたり、駅―――フォールスでいう “駅” が、チョコボ車の中継点のことである―――を中心に生まれた街に寄ったりして、ゆっくりと城へと向かう。

「・・・急いでいれば、もう城についている頃なのですが」

 途中、休憩した時に、カーライルがエニシェルにしか聞こえないようにぽつりとこぼした。
 彼としては、一刻も早くカインの元へ戻りたいのだろう。だが、流石にファス達を放って一人で先に戻るわけにはいかず、チョコの背の上でじっと我慢していた。

 我慢しているのはカーライルだけではなかった。

「うー・・・」

 揺れる馬車の中、青ざめた顔でファスが唸っていた。
 エニシェルが、車酔いかと思って回復魔法をかけたが、効果はなかった。それでよくよく観察してみると、じっと窓の外を見ている―――というか恨みがましく、チョコの背に乗るカーライルを睨んでいた。
 ファスにしてみれば、慣れないチョコボ車の旅よりも、チョコの背に乗っていた方が遙かに気楽なのだろう。しかし、乗せてくれた公爵の面子も潰すわけにも行かず、こうして必死に我慢しているというわけだ。

 しかし我慢するのは立派だが、その様子は病人にしか見えない。
 公爵やアレスが声をかけるが、ファスは「だいじょぶ」と短く返すだけ。

(・・・仕方ない。しばらくカーライルと交代してもらうか・・・?)

 ただ、カーライルは護衛でもある。
 護衛対象であるファスが外に出て、自分が車の中で休むなど、納得してくれるだろうかと思いつつ、とりあえず窓から首を出してカーライルを呼ぼうとしたところで。

「お、砦か」

 窓の外。チョコボ車の行く先に、街道沿いに立つ砦があった。
 砦と言っても、大人よりも高い程度の柵を立てて区切られた敷地内に、物見台と宿泊用の施設を建てただけのもので、どちらかというと兵士達の駐屯地という意味合いが強い。
 貴族と騎士が決別した後、バロン各地の治安を守るために建てられた砦の一つだ。

 現在、砦に駐屯しているのは主に陸兵団の兵士達である。
 飛空艇団 “赤い翼” は海兵団の人員を使って再編中。
 竜騎士団、暗黒騎士団は数が少なく、特殊な部隊なので、通常はバロンの城に詰めて、必要に応じて各地に派遣される仕組みになっている。
 近衛兵団は勿論、王の身を守ることが使命であり、白魔道士団、黒魔道士団はまだ研究段階で、まともな戦力になるのはそれぞれの長と、他数名程度だ。

 と、その砦からなにやらチョコボらしきものが飛び出してきた。
 チョコボらしき、というかチョコボだと思うのだが、はっきりとそうだと言えないのには理由があった。

 まず、大きい。
 この車を引くチョコボ達も大きい方だが、そのチョコボはさらに巨大だった。
 さらには悪魔の如きねじくれた山羊の角が生えていたり、遠目でもハッキリと解るくらいに、目が爛々と赤く輝いていたり―――しかも極めつけは。

「GYOEEEEEEEEEEEE!」

 この鳴き声。
 もの凄いスピードで遠ざかって行くにも関わらず、その鳴き声は良く響いてきた。
 チョコボというより、チョコボに良く似た凶悪な魔物である。いやチョコボは元から動物ではなく、魔物や幻獣に分類されているのだが。

「・・・なんだ、あれは・・・?」
「あれはファレル家のチョコボですね」
「なに? あれはやはりチョコボなのか!? ―――というか、ファレル家って・・・ローザの?」

 見たこともないチョコボだったが、ローザの名前が出てくると、なんとなくあーいうのを飼っていても納得してしまうから不思議だ。

(というか、今バッツが乗っていたような気がするんだが・・・)

 チョコボ(?)の背には茶髪の青年が乗っていた。ような気がする。
 もの凄い勢いでバロンの城の方へと疾走・・・いや爆走していたが、あれを乗りこなせるのはバッツくらいなものだろう。

「気になりますか?」

 と、カーライルは砦の方へと目を向ける。確認してきましょうか、と暗に言っているのだ。
 しかしエニシェルは「いや」と答えた。

(バッツが動いていると言うことは、十中八九セシルが絡んでいるということだ。ならば妾が気にしなければならぬことでもない)

「それよりもカーライル、少しファスと交代してやってもらえんか?」
「交代?」
「ファスの奴が、チョコに乗れなくて禁断症状を起こしておる」
「禁断症状って・・・いやしかし駄目ですよ。護衛を外に出して、車の中に閉じ篭もるなんて・・・・・・」

 思った通りの返事が返ってきた。
 ならば、とエニシェルはにたりと笑って。

「それなら、ファスと二人でランデブーということで」
「・・・って、二人乗り!? 危ないですよ!」
「そうなのか、チョコ?」
「クエッ」

 黒チョコボは景気よく返事した。

「大丈夫みたいだが」

 エニシェルがそう言うと、カーライルははあ、と嘆息して。

「解りました。そこまで言うのなら、次休憩した時に」
「頼むぞ―――ああ、しかしだな」

 不意に、エニシェルはいやらしく笑って言った。

「密着してチャンスだからってイタズラするなよ?」
「しませんよっ!」

 

 


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