第20章「王様のお仕事」
S.「正しき王」
main character:エニシェル
location:バロン南部・カルバッハ領

 

 ロイドとルディが図書室で会話していた頃。
 カルバッハ領では―――

「カイン隊長が・・・翻心!?」

 与えられた客室で、カーライルが声を上げる。
 その情報を伝えたエニシェルは「うむ」と重々しく頷く。

「地底であのハゲ―――もとい、ヤンを失ったことで、カインとロイドの二人が責任を取らされ、城を追い出されたらしい。カインの方は単なる謹慎処分だったが、それも気に食わずに、今、クーデターの準備を進めているとか」
「その情報は確かなのですか?」
「妾の魔法を甘く見るなよ? 情報収集魔法 “グーグル” を使えば、この程度の情報は一発で検索できる」

 注:そんな魔法は存在しません。

「そんな魔法が!?」

 しかし魔法に疎いカーライルは素直に信じた。
 ・・・ちなみに、実際はエニシェルはセシルと心で繋がっている。リディアと召喚獣のように念話と同じようなこともできる。早い話、今言った情報はエニシェルがセシルから伝えられたものだった。
 だが、それはカーライルには伝えていない。

 このカーライルという男は、ベイガンほど正直者ではないが、自分の感情を隠さない所がある。だから下手に手の内を教えて、それを敵にバラされては敵わない。

 視察にでる際にも、セシルが直に命令を出したら「自分はカイン=ハイウィンドの部下であり、王の命令に従うつもりはない」と言い切った。
 それはそれで間違ってはいないのだが、それを直接王に言い切るのはカーライルくらいなものだろう。ベイガンはムッとしていたが、セシルはさもありなんと苦笑して、改めてカイン経由でカーライルに命じた。

 それほどまでにカインのことを第一に考えているカーライルのことだ。こんな情報を聞かされては居ても立ってもいられないだろう。

「すみませんがお二人とも、急な用件ができました。明日、城へ戻りたいと思いますが、如何でしょう」

 エニシェルとファスの二人に、カーライルは言う。
 本音としては今すぐにでも戻りたい気分だろう。だが、カルバッハ公爵にも説明が必要であるし、慌てて帰ろうとすれば、カインのクーデターの話を感づかれる恐れがある。
 もしかしたら公爵もすでに理由を知っているかもしれないが、カーライルとしてはあまり気取られたくはなかった。

「貴族達の反乱の証拠は見つかりませんでしたが・・・」
「構わぬさ。見つからなかったと言うことは、まだ準備が整っていないか、そもそもセシルの勘違いという可能性もある。あやつは変なところで間抜けだからのう」

 くっくっく、とエニシェルは笑う。
 それにはカーライルも同感だったが、仮にも自国の王を貶めるわけにはいかないと、王への薄い忠誠心が辛うじて肯定するのを止めた。

「それよりも、カーライル。クーデターの噂が本当だとして、貴様はそれに参加するのか?」
「・・・それは」
「隠さずとも良い。先程の魔法で解ったことだが、実はセシル王は先王の息子ではないという噂が流れておる」
「なんですって!?」
「そしてそれが事実であることを妾も―――それからカインも知っておる」
「エニシェル・・・それは・・・!」

 ファスが何か言おうとするのをエニシェルは手を振って遮った。

「先王は誰も知らぬうちに偽物とすり替わり、失われていた。この国には王が必要だった。だからカインとベイガン、それにウィルの三人でセシルを王にでっちあげたというわけだ」

 だが、とエニシェルは言葉を区切って、

「王となってからのセシルの態度は目にあまるものがある。朝は中々起きずに、仕事は配下に任せっぱなしで、しかも事あるごとに城を抜け出して街に遊びに出かける始末」
「そこら辺は以前とあまり変っていないような気がしますが」

 セシルは真面目ではあるが、あまり勤勉な人間ではない。
 徹夜は一週間続けても平気だが寝起きは最悪で、そのせいで “赤い翼” 時代はロイドが毎朝セシルを起こすのが日課だった。
 部隊の訓練計画や、備品管理などの事務仕事もロイドや他の部下に押しつけていた。城を抜け出して遊び回っていたのは、どちらかというとカインに連れ出される事が多かったが。

 その一方で、部下の仕事は必ず全てチェックしていたし、ロイドが立てた訓練計画にはほぼ必ず参加し、 “赤い翼” 部下達と共に練度を高めていた。
 どんなに疲れていても剣を振るわなかった日はなく、だからそれを知る騎士達は「セシル=ハーヴィは真面目なのか怠け者なのか解らない」といつも言っていた。

 そしてそれは王になっても変わらない。

「いや、他にもローザと一緒にデートばかりして・・・色惚け、そう色惚けてしまった!」
「女性関係ならカイン隊長の方が悪食ですよ? 最近は落ち着きましたが、酷い時は日替わりで連れている女性が違いましたし。嘘か本当かは知りませんが、時間単位で違ったこともあったとか―――」
「ええい、やかましい、黙れ! ともかく王としては不適切だったということだ!」
「それは認めますが」

 今度は薄っぺらい忠誠心も意味がなかったらしい。あっさりとカーライルは頷く。
 すると、ファスがぷーっと頬を膨らませて反論する。

「セシルは、そんな駄目なところばっかりじゃないよ?」
「ほほう。例えばどんなところが良いというのだ?」
「え? ええと・・・・・・」

 問い返され、ファスはしばらく考えて―――不意に、顔がかあっと赤くなる。

「は、恥ずかしくて、そんなの言えない・・・」
「なっ!? まさか陛下は、こんな子供に手を出したというのか?」
「わっ、わたしはもう大人だもん。子供じゃない・・・」
「なっ、なにーーーーーーー!?」

 カーライルはわなわなと拳を振るわせる。

「おのれあの鬼畜王! まさかロリコンだったとは!」

 大誤解。
 ちなみに、ファスが思いついたセシルの “良いところ” とは優しい、とか格好良いとかそんな感じの事である。念のため。

「やはり放ってはおけませんね! 打倒するべきだと確信しました!」
「ではやはりカインと共に反旗を翻すわけじゃな?」
「もちろん―――はっ!?」

 しまった、とばかりにカーライルは慌てて口をつぐむ。
 と、エニシェルは軽快に笑って、

「安心せい。セシルに告げ口する気はない―――むしろ、妾も協力してやろうか?」
「宜しいのですか? しかし―――」

 実はカーライルはエニシェルの正体を知らなかった。
 セシルがどこからか連れてきた謎の少女で、どうやら魔法を使えるということだけ。

「まあ、無理にとは言わんがな。その場合、妾はセシルにつくことになるが・・・」
「・・・そう言われては、協力して貰わないわけにはいきませんな」

 正体も目的も解らないが、先程のような情報収集魔法(注:くどいようですがそんな魔法はありません)でこちら側の情報が筒抜けにされたらたまらない。いっそのこと始末してしまえば後腐れもないだろうが、魔法で逃げられてしまえばそれまでだ。

「あれ? そう言えば、さっきの魔法で貴族達が反乱起こすか起こさないかって解らないんですか?」
「あ・・・」

 思ってもなかったことを言われ、エニシェルは思わず間の抜けた声を上げる。

(・・・しまった。そういう発想はなかった・・・)

「エニシェル?」
「あ、いや・・・・・・魔法にもできることとできないことがあるのだ」

 不覚突っ込むなと目で訴えつつ、しどろもどろに説明する。
 苦しい言い訳だったが、それが嘘かどうかを判別する術はカーライルになく、素直に納得してくれた。

「エニシェル、セシルの敵になるの・・・?」

 不安そうな顔でファスがエニシェルの白いミニドレスを引っ張る。
 すると、彼女はファスを振り返るとふっと微笑む。

「安心せい、悪いようにはせぬ」
「・・・ん。解った、エニシェルを信じる」

 ファスが頷くのを見て、エニシェルは再びカーライルに視線を戻す。

「それでは明日、バロンに戻るとしようか。・・・おそらく、カインは貴様の帰りを待ちわびている。貴様が戻り次第、すぐにでも立つだろうな」
「そうですか?」
「うむ。元々、カインを尊敬している騎士は多い。カインが事を起こせば、殆どの騎士達は付き従うだろう―――クーデターを起こすのに何の準備も必要ない」
「成程。確かに―――では・・・・・・」

 と、コンコン、と客室のドアがノックされる。
 カーライルとエニシェルは一瞬だけ視線を交し、エニシェルが頷くとカーライルが応えた。

「どうぞ。開いていますよ」
「失礼致します」

 そう言って礼をして入ってきたのは執事のアレスだった。

「おくつろぎの所、失礼致します。公爵様が話があるそうなので、ご足労ですが・・・」
「うむ。こちらも話があったところだ。丁度良い」

 そう言って、エニシェルは座っていたソファから立ち上がる。
 それにカーライルとファスも続いた。

「それではこちらに―――・・・その前に、一つ宜しいでしょうか?」

 部屋を出る寸前、アレスが尋ねてきた。

「なにか?」
「その・・・陛下・・・セシル王の事なのですが」

 聞こうか聞くまいか、悩んでいる素振りを見せる。
 が、やがて決断したのか、真っ直ぐにエニシェルを見つめて質問する。

「陛下は・・・王として正しいのでしょうか?」
「質問の意図がわからんな」
「あまり良くない噂を聞いていますので・・・気になって」
「それは勿論―――」
「カーライル」

 即答しかけたカーライルを、エニシェルは手で制した。
 黒い竜騎士が言葉を止めるのを確認して、エニシェルはすぐには応えずにアレスを見る。

 まだ年若い青年だ。
 しかし、執事としてのキャリアはどれ程かは解らないが、作法は完璧で、良く気配りも効く。
 決して己を主張しようとはせずに、主人の影に徹し続けている。執事としてとても優秀な男だ。

「逆に問うが、王としての正しさとはなんだ?」
「え・・・そ、それは、やはり民のために尽くすことが・・・」
「逆だ。王が民に尽くすのではない。民が王のために尽くすのだ」
「いや・・・それはそうかもしれませんが・・・」

 民は王のために働き、税を王に献上する。
 それは何処の王国でも変わらないシステムだ。
 もっとも、バロンの場合は、王―――というか国が直接民から税を取るのではなく、それぞれの領主が領民から税を取り、それを王に献上するという形になっているのだが。

「ならば “正しい王” とは、民に尽くされて、酒池肉林の日々を過ごすことが正しき王ということになる―――そう言えば、先々代の王がそうだったらしいが」
「・・・!」

 先々代の王と、エニシェルが言った瞬間、アレスの表情が強ばる。
 それは怒りや哀しみにも似ていたが、強いて言うなら “苦しみ” と言うような表情だった。

「 “愚賢王” ヴィリヴェーイですか。優秀な人間だったそうですが、その才覚を王としてではなく、自らの欲望のためだけに使ったという」

 欲を尽くし、そのために近隣諸国とも関係が悪化し、それが理由でエブラーナに攻められた時も、どこからも援軍が来なかった。
 エブラーナが城まで迫ってくる前に、あっさりと国を見限って、自分だけ安全に城を逃げ出した。それ以降、行方不明となっている。

「しかし、王は民に尽くされる代わりに、国を護るという役目があるはずです!」
「ふむ―――つまり貴様は、セシル陛下が国を護れるような王かどうかを知りたいというわけか」
「はい」

 頷くアレスに、ふむ、とエニシェルは少し考えて。

「それは答えられぬ質問だな。国を護れたかどうかなど、実際に結果が出るまで解りはせぬ。どんなに良く国を治めていても滅びる時は滅びる。逆に王がどれだけ愚かであっても、続くこともある」
「・・・・・・・」

 エニシェルが言うと、アレスは釈然としない顔で黙る。
 そんな執事の青年を見て、クク、と彼女は笑う。

「少し卑怯な答えだったが―――つまるところ、貴様はセシルが、王として相応しいかどうかハッキリさせたいのだろう」
「その通りで」
「しかし、これも卑怯な言い方だが、妾が “相応しい” と言えば、貴様は陛下を認めてしまうのか?」
「それは・・・」
「他人に保証されて生まれる信頼など意味がないぞ? 王として正しいか正しくないか、それを知りたければ人に聞くより、本人に会って話をしてみろ」
「一介の執事が、王に面会などできるはずがないでしょう」
「セシルならば、相手が執事だろうが乞食だろうが気にせんよ。なんなら妾が紹介文でも書いてやろうか?」

 エニシェルが言うと、アレスは首を横に振った。

「それは有り難いのですが―――その必要はありません」
「そうか? ・・・ならば、これで話は終わりだ。公爵殿をこれ以上待たせるのも悪かろう―――カーライル、ファス、行くぞ」
「う、うん」
「・・・というか、何故エニシェルが仕切っているのですか?」

 カーライルに指摘され、エニシェルは「あ」と今更気がついたように声を上げる。

「・・・そう言えば、妾はファスの付き人というポジションだったのう―――これ、ファス。早く前を歩かんか」
「え? えー、いいよう、私がエニシェルの付き人で」
「貴様が良くとも、周りが駄目だというのだ。いいから早く歩け歩け!」
「そ、それも付き人の態度じゃないと思う・・・」

 半泣きの表情で、ファスはエニシェルの前に立って歩き出す。
 と、ファスの後をついて行くエニシェルの後ろから、

「―――ありがとうございました、エニシェル様」

 アレスの声。振り返れば、執事の青年が深々とお辞儀をしていた。

「別に礼を言われるようなことを言ったつもりはないんだがの」

 苦笑して、エニシェルはファスの後に付いて歩いていった―――

 


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