第20章「王様のお仕事」
R.「闇」
main character:ルディ=ズィード=フォレス
location:バロンの街・フォレス邸

 

 

「・・・何故、傭兵達を西街区へ移したのですか!」

 苛立ちを抑えた声で―――しかし抑えきれずに少年は語尾を強くした。
 豪華な調度品に囲まれた、広い部屋の中だ。
 部屋の中には少年の他に、三人の男が居る。一人はフォレス家の次期当主であるラウド、他の二人はどちらも年配の男性だが、片方はラウドと似たような貴族の服を身に着け、もう一人は飾り気のない執事服に身を包んでいる。

 少年の言葉を、ラウドはフン、と鼻で笑う。

「そんなこともわからんのか。セシル王にここに傭兵達がいることを知られてしまった。そのことを下手に勘ぐられてしまえば、計画は水の泡だ・・・」

 それに、と彼は顔を歪めて吐き捨てる。

「傭兵などと言う汚らしい存在と共に暮すのは、あまり気分のよいものではない」

 前者よりも後者の方が主な理由だろう。
 ラウドは元々、この屋敷に傭兵達を駐留させることを渋っていた。

「加えていえば、作戦上、庶民の街にやっておいたほうが便利というものだ」
「・・・・・・っ」

 少年は返事をする代わりに爪を噛んだ。
 何のために傭兵達をこの屋敷に留めていたか、まるで解っていない。
 旅商人達に紛れ込ませ、長い期間をかけて少しずつ集めてきた傭兵。そうまで手間をかけたのは、すべてはセシルにこちらの動きを気取らせないためだった。
 だというのに、あの自称 “ただの旅人” とやらに激昂して、あっさりと伏せていたカードを開示してしまった。それだけでも致命的だというのに、今度は少年に黙って傭兵を街に追いやってしまったのだ。

 その内の傭兵の一人が、昨日セシルに見つかったという報告が今朝あった。
 何を言われたか知らないが、その傭兵は恐怖に駆られ、逃げるように街を出て行ってしまったらしい。契約違反だ、と報告を聞いたラウドは喚いたが、問題はそんなことではなかった。
 しかもそれは人が集まる宿での話だ。酒場を兼ねている宿ほどではないが、人が集まる場所である。噂は即座に伝播して、他の傭兵達もこちらの契約破棄して街を出ていく気配を見せている。

「おそらく、これはセシル王の策だと思われます。傭兵達に畏れを抱かせ、こちらの戦力を削ぐための」
「ふむ。確かに言うとおりかも知れぬ」

 それまで黙っていた年配の貴族が口を開いた。

「しかし本命はカルバッハ公爵だ。王の意識がこちらへ向いているのならば、それはそれで好都合というもの」
「父上の言うとおりですな」

 現当主であるザイン=ズィード=フォレスの意見に、ラウドが我が意を得たりとばかりに頷いた。

「そのカルバッハ公爵の元にも王の手の者が及んでいますが」
「無論聞いておる。トロイアの大使とかいう小娘のことだろう―――だが、まだ年端もいかぬ小娘に何ができる?」
「竜騎士団副官のカーライル=ネヴァンも同行しています」
「物を知らぬな。カーライルはあのベイガンと同じように、性格は直情径行。槍さばきはカイン=ハイウィンドに追随すると言われているが、謀略向きの男ではない。カルバッハ公爵ならば、容易くあしらえるだろう」

 くっくっく、とザインは嘲笑する。

「そのような男を密偵に選んだのだとしたら、セシル王の器も知れた物―――そうは思わんか?」
「全く持ってその通り」

 ラウドが相づちを打ち、執事も頷く。
 ただ一人、少年だけが渋い顔をしていた。

「それよりも問題は、街で流れている噂の方だ」
「カイン=ハイウィンドが反逆を企てているという噂ですか?」

 ラウドが尋ね返すと、ザインは「それだけではない」と呟いて傍らの執事に視線を向ける。

「ヒアデイル、例の噂は真か?」
「はい」

 ヒアデイルと呼ばれた執事は一つ頷くと、説明し始める。

「街では今二つ噂が流れております。ラウド様の仰るようにカイン=ハイウィンド反逆の噂に加えもう一つ、セシル王は実はオーディン王の実子ではないという噂です」

 ヒアデイルの話を聞いても、誰も驚くことはなかった。
 セシルが王の血を引いていない―――王位継承者ではないと言うことは、すでに知っている。むしろそれがあるからこそ、ザインとカルバッハは反乱を決意したのだ。
 王を倒せば単なる簒奪で、民は納得しないだろう。だが偽物を打倒すれば、この国は貴族達の物にすることができる。
 それに、ザイン達には切り札があった。

「その二つ目の噂のせいで、カイン=ハイウィンド反逆の信憑性が高まっております」
「カインが事を起こすというのは確実なのか?」
「いえ、確証は・・・ただ、噂が流れ始める直前、竜騎士達数名がカインの屋敷に集まったという情報もあります」
「ふむ・・・これは急がなければならぬかもしれんな・・・」

 ザインが呟くのを聞いて、少年は慌てて口を挟む。

「お待ち下さい! これはセシル王の罠の可能性があります!」
「罠?」
「はい。幾らなんでも噂の流布が早すぎます。カイン=ハイウィンドが謹慎処分を受けて、まだ数日しか経っていないというのに、こうもハッキリした噂が流れるというのは・・・」
「誰かが意図的に噂を流している。それがセシル=ハーヴィだというのか?」
「はい」

 少年が頷くと、ラウドがはっはっは、と哄笑を上げる。

「何を言うと思えば。では貴様は、後の噂―――セシル王が正統後継者ではないという噂も自分で流したと言うつもりか? 己の不利になるような噂を流して、どういう意味がある」
「それは・・・」

 それは流石に少年にも解らなかった。
 カイン=ハイウィンドの反逆に信憑性を持たせるにしても、この噂が真実だと知れ渡れば、あまりにも致命的すぎる。
 もし何かの策で、こちらの反乱を打ち崩したとしても、騎士や民達は王に不信を抱くだろう。下手をすればカインとは別に騎士や民達の反乱が起きることもあり得る。

「どうも貴様はあの王のことを買いかぶっているようだな? スラム育ちの “親無し” の何が怖ろしいというのだ!」
「その “親無し” が今や王となっています! 運や巡り合わせだけでそこまで登り詰められるものではないでしょう」
「は! どうだかな!」

 少年は反論するが、ラウドとは取り合わない。
 と、そんな二人をザインが仲裁する。

「二人ともその辺りにしておけ―――しかし、確かにお前はセシル王を高く評価しすぎているようだ。頻繁に城を抜け出し、街で女と遊び呆けるような王を、どうしてそこまで気に掛ける?」
「・・・彼はロイド=フォレスが家を捨てようとするほど心酔した人物です」
「ロイドが認めた人物だからだというのか?」
「そう言うわけでは―――」

 少年が尚も言いかけた時、ラウドがそれを遮って怒鳴りつける。

「もう良いわ! そんなにも心配ならば、ロイドの奴でも見張っていろ! どうせ奴はセシルのスパイに決まっている!」
「! まだ話は―――」
「五月蠅い! 邪魔だ! ヒアデイル、そいつをつまみ出せ!」

 癇癪を起こしたように喚き散らす。
 どうやら少年がいちいち口を挟むのが気に食わなかったようだ。

「ま、待って下さい!」
「すみませんが、命令ですので」

 ヒアデイルは申し訳なさそうに謝ると、少年を部屋から追い出す。
 それを見送り、ラウドはやれやれと首を振る。

「ふん、子供のくせに詰まらないことをぐちぐちと―――」
「しかし、計算外のことが起ったのも事実。よもや旅人風情に、集めた傭兵達が一蹴されるとはな」
「雇った傭兵が弱かっただけのことでしょう。ふん、所詮は流れ者。宛てにするべきものではないということですな」

 ラウドの言葉に、ザインは「うむ」と頷く。

「だが、無視していい話でもない。傭兵達が逃げ出し、カインが反逆を起こす前に、事を進めなければならぬかも知れぬ・・・」

 ザインは静かに呟く。
 それこそが、セシルの狙い通りだとは夢にも思わずに―――

 

 

******

 

 

「兄様、ここに居られたのですか」

 ロイドは図書室に居た。
 フォレス家の図書室は、市井の図書館にも引けを取らない規模だった。
 中には禁書と呼ばれる類の本もあるらしいが、それはどうも封印がかけられているようで、読むどころか本を開くことすらできない。本来なら、そう言った本はミシディアの魔道士にでも預けた方がよいのかも知れないが、それもフォレス家の財産だとして、今でもこの図書室の一角に納められている。

「ああ、何もすることが無くて暇だからな」

 と、ルディが歩み寄ると、ロイドは机に座って分厚い本をめくりながら、顔も上げずに答える。
 その背後には執事姿の青年―――ヒアデイルの息子で、ハーミットという名の執事がじっと立っていた。

「何を読んでいるのですか?」
「LOVELESS」
「確か・・・セブンスの方の物語でしたっけ? 未完結のラブストーリーだとか」
「未完結じゃない。最終章が失われてるって話だ。それから原典は単なるラブストーリーじゃないとか、そう言った論文なんかもあったな―――まあ、こいつは演劇用に改編された単なるラブストーリーで、ちゃんと “お話” としての終わりも書かれているようだが」

 などと言いつつ、ロイドはページを飛ばし、終わりのページを見ながら言う。

「面白いですか?」
「さあな。俺には合わないが―――ラブストーリーなんざみんなそうだが、複雑でキレイ過ぎる」
「恋とはそういうものでは無いのですか?」
「いいや。恋愛なんて、もっと単純でくだらないものさ。―――当人たちにとっては複雑で難しくて、何よりも尊く美しいモノだとしても、傍から見れば滑稽でしかない」

 そう言って、ロイドは本を閉じた。
 それから改めて弟の方に顔を向ける。

「その様子じゃ、作戦会議は芳しくなかったようだな」
「・・・なんの話ですか?」
「恍けるならそれでもいいけどな。一つだけ忠告しておいてやる―――止めておけ」

 にやにやと笑いながら言うロイドに、ルディは感情を外に出さないように―――しかし緊張を止めることはできず、強ばった無表情で首を振る。

「先程から何を言っているか解りません」
「この前、陛下を間近で見て、 “怖い” って思っただろ」
「・・・!」

 ロイドに言われ、ルディはぎくりとする。その言葉は当たっては居た。しかし―――
 傭兵達の半数以上をあっさりと倒したバッツを、セシルは簡単に止めて見せた。が、ルディが “怖い” と思ったのはそこではない。

(まるで当たり前のように自然に現れて、普通に去っていった)

 元からセシルのことを過小評価していたこともあり、セシルがバッツを止めたことも大したことの無いように思えてくる。
 その “大したことのない” セシルに止められたバッツも軽んじられ、傭兵達があっさり倒されたというのに、ラウド達にはまるで危機感がない。
 大体、敵地とも言える場所に、ベイガン一人だけ連れ添って現れる神経からして尋常ではない。狙撃されるとか考えたりはしなかったのだろうか?

(兄様達は完璧に騙され、セシル=ハーヴィという存在を見誤っている・・・)

 ルディはロイドを見る。
 少年だけは、兄や父のようにセシルを過小評価していない。
 それというのも、ロイドがいたからだ。

 かといって、先程ラウドが勘違いしたように、ロイドが認めた相手だから―――というわけではない。
 ルディは昔のロイドを知っている。以前ロイドは、ラウドほど間抜けではなかったが、性格は似たようなものだった。傲岸不遜でプライドが高く、自分の思い通りにできぬものは何もないと思い込んでいた。

 それがローザに振られ、セシルに出逢ったことであっさりと変わってしまった。

  “親無し” で身分の低かったセシルを立てるために、常に愛想笑いを浮かべ、口調すらも安っぽく変えてしまった。
 さらには、以前だったら遊び程度にしか付き合わなかったような、身分の低い元貴族の娘―――リサと恋人関係となってしまった。
 そう言った話を人伝に聞いた時には、随分なショックを受けたことを覚えている。人間というのは、そんなにも変えられるものなのかと。そのロイドを変えた原因がセシルだとするならば、並の人間ではないだろう。

「なんだ? 俺の顔になにかついているか?」
「いえ・・・」

 と、ルディは視線を落とす。
 本に添えられているロイドの手。その手は荒れていて、火傷や切り傷のあとさえあった。ルディの綺麗な手とはまるで違う、労働者の手だ。
 ロイドは飛空艇の事を知るために、良く技師達に混じって飛空艇の整備を手伝っていたらしい。その時に、技師長であるシドに気に入られ、リサと交際することになったと聞いている。

「カイン隊長の陰に隠れてるせいで、あの人は世間じゃあまり評価されない。唯一評価されているのが、魔物掃討作戦でこの地方の魔物達を激減させたことだ―――が、それすらも人によっては、カイン隊長やファブールのヤン僧長、さらには俺の力があったお陰だと言う奴もいる」

 それ自体は間違っていない。ヤンやカインの力がなければ、敵わなかった作戦だろう。
 だが、それらの力が揃っていれば誰にでもできるという事でもない。

「・・・あの人の本質は “闇” なんだよ。真昼の明るさの中ではその存在を忘れ去り、夜になれば家に閉じこもって眠って過ごしてしまうモノ」

 光の下で生活する人間が本能的に認めず、拒絶するモノ。

「人は闇を怖れるから、闇を認めずに光を求める。あの人もそれと同じだ―――誰もがセシル=ハーヴィを認めず、その回りの光・・・カイン=ハイウィンドやローザ=ファレルの事ばかり見てしまう。だけど」

 にやり、とロイドは笑う。

「その闇を認めず、直視しようともしなければ、いつの間にかその闇に呑み込まれる―――今のラウド達みたいにな」
「兄様は・・・・・・」

 言いかけて、ルディは一旦言葉を止める。
 が、ロイドは騙せないと――― “闇” のずっと傍にいた兄は騙せないと気づいて、ルディは尋ねた。

「貴方は私達の敵ですか?」
「味方じゃあないな」
「ならば敵だと言うことですか?」
「そう思いたければ思えばいいさ―――けどな、今回俺は何もしないぜ? ・・・ああ、いや」

 ロイドは首を振って言い直す。

「一つだけ―――さっきも言ったが忠告だ。陛下の恐さに気がついたなら “止めておけ” 。しばらくは何もせずにじっとしていろ」
「味方ではない貴方の言葉を信用しろと?」
「別に。信じたくなけりゃそれでいい―――そっちの勝手だ、好きにしな」

 そう言って、ロイドは立ち上がり “LOVELESS” を手に取ると、別の本を取りに書棚へと向かう。その後に、影のようにハーミットが付き従う。
 それを見つめ、ルディはしばらく立ちつくしていたが、

(・・・これ以上。ここにいても無駄ですね。監視はハーミットが居ますし、僕は僕のやれることをやるとしましょうか・・・) 

 そう考え、嘆息すると踵を返して図書室を退室した―――

 

 


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