第20章「王様のお仕事」
Q.「浮気」
main character:エレン=ファーマシー
location:バロンの街

 

 ローザは男と一緒に街中を歩いていた。
 セシルではない。
 顔つきや体格はセシルと良く似ているが、その髪の毛の色は銀では無く金髪だった。

 変装のためにローザが身に着けているものと同じ、サングラスと帽子を身に着けているため、瞳の色は解らない。

 名前はジョン。
 ジョン=コラルレインというのが彼の名前であり、ローザの知る全てだった。

「どうかしたのかい? エレン?」

 いつの間にか彼の横顔を見つめ続けていたらしい。
 それに気がついてこちらに微笑みかけてくる彼に、ローザ―――エレンはかあっと顔を赤くして「なんでもないわ」と目を背けた。

 エレン=ファーマシー―――それが今のローザの名前だった。
 偽名を騙ったのは、 “ローザ=ファレル” の名前は、この街ではあまりにも有名すぎるからだ。
 それにもう一つ、ローザが愛しているのはセシルだけ。けれど、セシルとは関係ない “エレン” ならば彼を愛せる―――そうやって揺れる想いを無理矢理に納得させたのだ。

 ジョンとは一月ほど前に街で出会った。今日のように、セシルがあまりにも忙しくて相手をしてくれなかった時、特に目的もなく街を歩いていると、ガラの悪い連中に絡まれた。
 ねーちゃん、茶ぁしばきに行かへんかー。とベッタベタな強引なナンパだった。
 当然、ローザは嫌がったが、相手は腕を掴んで放してくれない。
 困っているところにジョンが現れた。
 彼はガラの悪い男をばったばったとなぎ倒し、ローザを救ってくれた。その姿に、ローザは一目惚れしてしまったのだ。

「もう・・・また僕を見てる。そんなに僕の顔が面白いかい?」

 ついつい気を抜くと、彼い視線が行ってしまう。
 けれどそれは仕方のないことだ。何故ならばそれだけ―――

「いいえ。ただ、ずっと見ていて飽きないほど、貴方のことが愛おしいのよ」
「エレン・・・」
「嫌かしら?」
「いや、嬉しいよ」

 そう言って彼は足を止めた。自然、彼と腕を組んでいるエレンの足も止まる。
 ジョンは、エレンの額に顔を近づけると、そのまま口付けをする。

「ふふっ・・・君があまりにも愛おしかったから、つい、ね」
「セシルったら・・・」
「嫌だったかな?」
「いいえ、とっても嬉しいわ」

 そうして二人は歩みを再開する。
 エレンはさっきよりも強く彼の腕を抱いて。

 幸せな気持ちで彼の体温を感じつつエレンが歩いていると、不意にジョンが尋ねてきた。

「・・・ところでセシルって誰のこと?」
「えっ・・・」

 どきり、とエレンは心臓が跳ね上がる。
 そう言えばさっき、思わずセシルの名を口にしてしまっていた。

「この国の国王と同じ名前だけど、もしかして君は―――」
「お、弟なの! 貴方にすっごく良く似ていて・・・甘えん坊で、良く私にキスをねだって来たの」
「弟さん?」

 慌てながら、エレンはアドリブで架空の弟を設定する。
 それから暗い表情を作り俯いて、力のない声音で続ける。

「ええ・・・・・・3年前に病で亡くなってしまったけれど」
「そうなんだ・・・ごめん、哀しいことを思い出させて」
「ううん、いいの。でも、もしかしたらまた名前を間違ってしまうかもしれないけれど、許してくれるかしら?」
「ああ、構わないよ」
「ホント!? やっぱりジョンって優しい人ね。大好きよ!」

 ぱあっと嬉しそうに笑いながら、心の中では “グッジョブ、私!” と親指を立てていた。
 これで、思わずセシルの名前を出してしまっても大丈夫だし、自分に似ているという弟を見たいとも思わないだろう。

「・・・どうしたの? ガッツポーズなんかとって」
「え? なんでもないわよ?」

 思わず握っていたらしい手をぱっと開くと、エレンはおほほほ、と笑って誤魔化した。

 

 

******

 

 

 それから二人はデートを続けた。
 街中を散策し、小物売りの店を冷やかしたり。

 以前、ダムシアンが赤い翼の爆撃を受けた際に、そちらの方から流れてきた商人達が西街区のメインストリートを塞いでしまい、ちょっとしたバザーになっていた事があった。
 その時は異常な賑わいも見せ、バロンの城がファブール・ダムシアン連合軍によって落とされたとか、実は先王オーディンはすでに死んでいたとか、今までの王は偽物だったとか、その代わりにセシルが王位についただとか、ともあれ色々な事がありながらも街は活気づいていた。

 その商人達の殆どは、ダムシアンが復興していくと共に、徐々に戻っていってしまった。
 が、まだバロンに居座っている商人達も居る。殆どが与えられたスペースに簡易テントで店を作った、露店売りの延長のようなものだったが、中にはちゃんとした店を建ててバロンの街に定住する商人達も居る。

 エレンはそう言った店を選んでまわっていた。
 ある程度は変装しているとはいえ、知り合いの店に行けばすぐにばれてしまうだろう。
 それに、知らない店を覗いて、見たこともない品物を見るのは楽しかった。

「この後はどうするの?」

 ファブールの料理を食べさせてくれるレストランで、少々遅めの昼食を取った後、エレンはそう尋ねた。
 一年中寒いファブールの料理は、一口食べれば身体の中から暖まるような、香辛料たっぷりの辛めの料理だ。
 かつてファブールでホーリンに食べさせて貰った料理を思い出す―――ホーリンの顔を懐かしく思い出すと、自然とヤンのことも連想してしまう。
 地底で失われたヤンのことを思い出して、エレン―――ローザはあまり料理の味がわからなかった。そんなエレンの気持ちが伝わったかのように、ジョンも言葉少なに黙々と食事を済ませ、なんとも暗い昼食であった。

「うーん・・・ちょっと悪いけど、ご飯を食べたら少し眠くなってきたかな・・・」

 ふわ・・・と、ジョンは欠伸を噛み殺す。

「昨日は殆ど寝てないんだ」
「あら、折角のデートなのに、眠れなかったの?」
「折角のデートだから、興奮して眠れなかったのさ―――なんて、本当は仕事が忙しくてね。昨日はほとんど徹夜だったよ」

 ジョンがそう言うと、エレンは口を尖らせる。

「デート中に仕事の事は言わないで欲しいわ」

 仕事が多いと言って相手をしてくれない誰かさんを連想して、エレンは不機嫌になった。
 そんな彼女に、ジョンは「ごめん、ごめん」と苦笑する。

「そんなわけで、少し休憩したいな―――さっき、近くに良い宿があるって聞いたんだ」
「あら宿屋? ・・・本当に “休憩” だけで済むのかしら?」
「・・・どこでそんな言い回しを覚えて来るんだい?」

 エレンの返事に、思わずジョンは目を丸くする。

「前にリサが教えてくれたの。男の人に宿屋に誘われる時には注意しなさいって―――なにに注意しなければならないのかわからないけど」
「いや、それは解らなきゃ駄目だろう」
「貴方は知っているの? なら教えて貰えるかしら?」
「えっと、それは・・・・・・」

 思わず顔を赤くして彼は目を反らす。

「ま、まあ、そのうち・・・ね」
「そうやってはぐらかされると知りたくなるわ。ね、教えて?」
「・・・・・・と、とりあえず行こうか」

 ジョンは強引に話を打ち切って席を立つと、エレンと連れたって店を出た―――

 

 

******

 

 

 ―――セリスは不機嫌だった。
 ロックと別れて金の車輪亭を出た後、セリスはあてもなく街中を歩いていた。

 自分でもイライラしていると自覚する。
 その原因もはっきりしていた。

(ロックの奴・・・!)

 ロックの様子がなにかおかしい。
 地底に行くまでは普通だったのが、地底から戻ってきて、今日久しぶりに顔を合わせた時から、何か反応が不自然だった。

「こっちは色々と聞きたいことがあるっていうのに・・・」

 独り言を呟いて、彼女は自分の手をじっと見つめた。
 ゾットの塔で、ロックが掴んで助けてくれた、手。
 あの時の事を思い返すと、胸が熱くなる。

 こんな気持ちは初めてだった。
 剣を振るい、魔法を唱えて戦っている時は問題なのだが、何もしないでいるとロックのことを考えてしまう。
 そんな風になってしまったのは、一ヶ月ほど前、ロックに敗北してからだった。

 あの敗北の直後に感じていたのは怒りだった。
 自分を負かした男と、あんな手に引っかかってしまった自分への怒り。
 暫くは、ずっとその事ばっかり頭に浮かんでいてムカムカしていた。

 その苛立ちが変化したのは地底へ行った時。
 飛空艇から落ちかけたロックを助けたバッツを見た時、ふとゾットの塔でロックに助けられたことを思い出した。
 それからだ。ロックのことを怒りだけではなく、別の気持ちで想うようになったのは。
 恋愛感情ではない。が、相手が異性ならば恋へと発展する可能性がある感情―――

(きっと、興味があるのよね。私は)

 ローザに相談でもすれば、即答で「それは恋よ!」とでも言うだろうが、それは違うとセリスは思っている。
 レオ=クリストフ以外で、自分を助けてくれて、さらには負かした男だから興味がある。
 だから気になった。ロックが自分のことをどう想っているのか―――だから、地底世界で自分のことを敵か味方か、どう想っているのか尋ねたのだ。

 あの時、ロックがセリスのことをハッキリと “敵” と断言していたなら、セリスの “興味” もそれで終わっていたのかも知れない。
 けれど、彼は自分のことを “敵と思いたくない” と言ってくれた。

(・・・敵だと言ってくれれば、それで終わっていたのに)

 言いがかりじみていると自覚しながらも、そう思わずには居られない。
 今行動を共にしているのはたまたまで、お互い本来の役割に戻れば敵同士ならば、もうそれ以上の興味を持つことはない。持ってはいけない。
 けれど、ロックは敵と思いたくないと言った。それがセリスの中で揺らぎを生み、さらなる興味をかき立てる。

(ロックのことをもっと知りたい。・・・それに、私に似ているという、レイチェルっていう人のことを聞いてみたい)

 ロックの後悔。
 それがどんな人であり、ロックにとってどれだけ重いものなのか。
 自分と何処が似ていて、何処が違うのか。それを知りたい。

「・・・なのにアイツ・・・」

 今までのロックとはなにか違った。
 上手くは言えないが、なんというかセリスのことを持てあましているような感じだ。
 今までは割と普通に話していたはずなのだが、今日はどうにもぎこちない。

 ・・・それが、まさかセリスの態度の変化によるものだとは、彼女自身気がついていなかった。

(やっぱり、嫌われているのかしら・・・)

 想う。
 ロックは反ガストラ組織リターナの所属だ。どうしてトレジャーハンターがレジスタンスに所属しているのかセリスは知らないが、それなりにガストラに敵意―――或いは恨みの類を持っているからだろう。
 対して、セリスはそのガストラの将軍だ。嫌う理由はそれだけで十分だろう。

(・・・それは、嫌だな)

 敵ならば敵でそれでいい。
 けれど、嫌われるのはなんだか嫌だった。

 気分がもやもやとする。
 今すぐ何とかしなければどうにかならないほどのものではないが、何か居心地が悪いというか、引っかかりを覚えて気になる。
 自分はどうしたいのか、ロックにどうして欲しいのか、自分でもよく解らない。
 だからロックと話をすれば、なにかしら解決の糸口が掴めるかとも思ったが、結果は逆に余計に苛立っただけだった。

(こういう時は、ローザの性格が羨ましいわね・・・)

 ローザならば、こんなことでは悩まないのだろう。
 好きならば好き、嫌いならば嫌いとハッキリさせて、好きな人を全力全開フルスロットルで追い続ける。
 ・・・などと思っていたら、ローザの姿が見えた。

「あれ・・・ローザ?」

 先程、見かけた時の男と一緒だ。
 まるで変わらずに、中良さそうに二人は腕を組んで、近くの建物に入っていった。

「ローザ!」

 セリスも二人を追いかけて建物に入ろうとして―――動きを止める。

「え・・・ここって、宿屋?」

 しかも “金の車輪亭” のような、酒場や食堂を兼ねているわけではなく、宿泊専用の宿屋である。
 ちなみに時刻はまだ昼を少し回ったくらい。そんな真っ昼間から、男女が連れたって入ったと言うことは―――

「ま・・・まさか・・・」

 いやーんな想像をして、セリスは思わず赤面した。
 ガストラの将軍となるまで剣と魔法の英才教育を受けてきたセリスには、そう言った方面に免疫がない。
 加えて、このバロンに来てから知り合ったリサに色々と話を聞いたお陰で、妄想力はかなりレベルアップしていた。

(え、えええええ、ええと、ロ、ローザったらそんな、セシルが居るって言うのに・・・・・・!)

 顔を真っ赤にしたままうろうろと狼狽えるセリス。
 このまま踏み込んで、友人が不倫に走るのを止めるべきか、それともロックの言うとおり、友人として見て見ぬふりをするべきか―――セリスは本気で混乱していた。
 と、そこに―――

「おお! そこに見えるはセリス殿!」
「・・・えっ?」

 名前を呼ばれて振り返れば、そこには近衛兵を率いたベイガンの姿があった。

「これは丁度良いところにセリス殿」
「ちょ、丁度良いって・・・?」
「この辺りでローザ様をお見かけしませんでしたか? ローザ様らしき人が、金髪の男と連れたってこの辺りに居るという情報を聞いたのですが」
「ローザを? ローザを見つけてどうするの?」
「もちろん捕えます」

 あっさりきっぱりとベイガンは断言した。
 その言葉を聞いて、セリスは思い悩む。

(と、捕えるって・・・ローザを!? まさか、ローザの不倫を気づいたセシルが、早速兵を差し向けたって事ー!?)

「全く小賢しい真似を・・・今度という今度は許せませんな」

 そう口にするベイガンには、紛れもない怒りがあった。
 それを聞いて、セリスは確信する。ベイガン―――さらにはセシルは本気でローザを捕えようとしている。

「・・・捕えて、どうするつもり?」
「無論、二度と逃げ出すことができぬよう、城に閉じこめて24時間体勢で監視致します。今後一切、このようなことが起きぬように!」
「それは、流石に酷くはないか? だいたい、元はと言えばセシルの仕事が多いのが原因なんだし・・・」

 セシルが仕事に追われて、ローザをないがしろにしなければ、こんなことは起きなかったはずである。
 しかしベイガンは頑なに首を横に振った。

「王の仕事が多いのは当然のこと。それを理解しようとせず、このようなことを繰り返す方が悪いのです」

 そのベイガンの言葉に、セリスはショックを受けた。

「繰り返すって・・・今日が初めてじゃないのか?」
「おや、セリス殿はご存じなかったですか? このところはほぼ毎日ですな」
「そんな・・・」

 ショックだった。
 ローザの不倫は今回が初めてだと思い込んでいたのだ。
 だというのに、こうしてセシル以外の男と遊び歩くのは初めてじゃないという。

(・・・私には、何も相談してくれなかったのに・・・)

 何かというと、それが一番ショックだった。
 セリスにとっては、初めての友人と呼べる相手である。その彼女が、なにも言ってくれなかったことが、セリスを打ちのめした。
 だが、すぐに思い直す。

(きっと、ローザも苦しかったんだ。愛する人に邪険にされて、誰か別の人を求める事が。・・・それに、私だってロックのことを相談していない・・・)

 まあ、セリスがローザに相談しなかったのは、相談したところで「それは愛よ!」で片づけられると思ったからだが(そしてそれは高確率で間違っていない)。

(ならば、ここで私がローザの友人としてできることは・・・!)

「ベイガン。ローザなんだけど、ここには―――」
「ベイガン様!」

 ここにはいない、とセリスが言いかけたところに、近衛兵の一人が駆けつけてくる。

「どうした?」
「ハッ! なんでもローザ様らしき女性が、男と連れたってこの宿屋に入ったという目撃証言が!」
「いつの話だ!?」
「つい数分前の話です」
「解った。―――よし、総員集合せよ! 踏み込むぞ!」

 ベイガンの号令で、近衛兵達が即座に集まる。
 そしてベイガンは宿屋へと踏み込んだ。

「ちょっと、ベイガン! 私の話を―――」

 セリスもベイガンを追いかけるが、ベイガンはすでに宿の中に集中しているらしく、セリスの話を聞こうともしない。

「な、なんですかあなた達は!?」

 いきなり踏み込んできた兵士の集団に、宿屋の主らしき小太りの男が現れ、制止しようとする。
 そんな店主を、ベイガンはギロリと睨んで告げる。

「私は近衛兵団の長、ベイガン=ウィングバード。故あってこの宿内を改めさせて貰う! 良いな?」
「そ、そんな無体な! 営業妨害ですよ!?」
「我らが踏み込むことで生じた被害分は、あとで城に請求してくれれば良い!」

 そう言い捨てて、ベイガンは店主を押しのけると宿屋の中に踏み込んだ。

「良いか! ローザ様を見つけろ! ローザ様ならば、どれだけ変装しようともすぐに解る!」
『ハッ』

 ベイガン達の号令に応え、近衛兵達は宿の各部屋を押しあけて探索していく。
 とはいえ、真っ昼間の宿屋だ。そうそう客の姿はなく、居たとしても先程、セリスが想像したようないやーんな事をしに来たカップルが2、3組いるだけだ。

 きゃーきゃーと、いやーんな客の悲鳴を聞きながら、セリスはどうするべきかを必死で悩む。

(こうなったらいっそ、ベイガンを物理的に止めるか―――)

 セリスならばベイガンを倒すことは可能だ。奇襲ならば、なおあっさり片が付くだろう。
 しかしそんなことをやってしまえば、バロンとガストラの関係は悪くなる。いや、事情を話せばセシルもベイガンも割と気にしないかも知れないが、 “ガストラの将軍がバロンの近衛兵長に襲いかかった” という風聞が広まるのはあまりよいことではない。

(どうする・・・!? こうなったら、せめて兵士達よりも先にローザを見つけて、なんとか逃がすか・・・!?)

 見つけてしまえば転移系の魔法ですっ飛ばしてしまうのも良い。
 そう思って、セリスが動こうとしたその瞬間。

「ベイガン様! ローザ様を発見致しました! 男も一緒です!」
「うむ! そうか、今行く!」
「ちょっと、ベイガーーン!」

 呼ばれた部屋にベイガンは向い、セリスもそれを追いかけた―――

 

 

******

 

 

「な、なんだ君達は!?」

 ベイガンとセリスが部屋に踏み込んだ時、ローザの連れの男は泡食った声で兵士達を見回していた。
 金髪の男だ。どういうわけか、室内でもサングラスをしているせいで表情は解らない。
 男は、部屋に寝ころんでいて、半身を起こした状態。その後ろに膝を折って座っているローザが居た。こちらはサングラスは外している。
 状況からすると、どうやら男はローザに膝枕をしてもらっていたらしい。二人とも服は着たままで、どうやらセリスが妄想した、いやーんな事には至ってないらしい。

「探しましたぞ、ローザ様」
「ベイガン・・・」

 ローザは半ば諦めたような様子でベイガンを見上げる。
 その名前を聞いて、男はローザを振り返った。

「ローザ・・・? エレン、君は・・・?」
「ジョン・・・ごめんなさい。エレンというのは、偽名なの・・・」

 どうやらローザはエレンと名乗っていたらしい。男の名前はジョン。
 ―――と、二人の会話でそこまで解ったが、セリスはなにか違和感を感じた。ジョンという男の声に、どこか聞き覚えがあったのだ。

「き、君は僕を騙していたのか!?」
「ああ! ごめんなさい、ジョン! でも本当のことを言えば私は・・・」
「茶番はそれまでにして頂きましょうか」

 いつになく冷酷なベイガンの声。
 彼はローザ―――ではなく、ジョンの方を睨付けると、彼に向かって歩み寄る。

「う、うわわわわっ!?」

 ベイガンが迫ってくるのを見て、ジョンは半分起きあがった状態で、背後のローザを押しのけて後ろに下がる。
 だが、すぐに背中が壁にぶつかって、それ以上は逃げられなくなってしまう。そんな彼に、ベイガンはゆっくりと歩を進めた。

「や、やめてベイガン! お願い! 彼は関係ないの! 見逃して―――」
「そ、そうだ! 僕はそんな女なんか知らない! 騙されていただけなんだ! だからっ! 命だけは・・・!」
「ジョ、ジョン・・・?」

 男の命乞いに、ローザは愕然とする。
 その様子を見て、セリスは怒りを通り越して憎しみすら感じた。
 ローザのことを見捨てたジョンという男のこともそうだが、そんな男をほいほい愛したローザに対してもだ。

(・・・そんな・・・そんなものだったの。愛って言うのは・・・!)

 セリスはローザのセシルに対する “愛” を尊敬していた。
 理解できない部分もあったが、それ以上にその強さに感動さえしていた。
 だというのに、ちょっとすれ違っただけでその愛を捨て、こんな情けない男を愛してしまう。それが愛だというのなら。

(私は、そんなもの要らない・・・)

 絶望と失望。その二つが入り交じった感情がセリスの胸中を渦巻く。
 目の前ではローザが裏切られたショックで言葉を失い、ひたすら命乞いをする男にベイガンが手を伸ばすところだった。
 だが、最早セリスはなにも感じない。何をしようとも思わない。このくだらない愛という醜悪な劇を見終わって、さっさとガストラへ帰ってしまおう。ロックのことももうどうでも良い。

(・・・そう。私が “ガストラの将軍” セリス=シェールだ。それ以外の私など必要ない・・・)

 全てが気の迷いだった。
 そう思いながら見つめるセリスの視線の先で、ベイガンは男の頭に手を伸ばして掴む。

「たっ、頼む! 助けてくれぇぇぇ・・・」

 涙ながらに訴える男に、しかしベイガンは冷淡に告げる。

「茶番は終わりだと言いましたぞ―――陛下!」

 言うなり、その頭を掴みあげる。
 いや。正確には、髪の毛だけだ。

「・・・・・・は?」

 思わずセリスは間の抜けた声を上げる。
 ベイガンが掴み上げたのは金髪の―――かつら。

「へ、陛下ってなんの事―――」
「この期に及んでまでまだ恍けますか!」

 ベイガンはかつらを投げ捨てると、続いて男のサングラスを乱暴に奪い取る。
 その下から現れたのは、セリスも良く知った、この国の若き王―――

「セ、セシル!?」
「まあ、セシル!?」

 セリスに続いて、ローザも心底驚いたように声を上げる。

「そんな! ジョンの正体がセシルだったなんて―――ちっとも気づかなかったわ!」
「嘘つけええええええええええええええっ!」

 げしっ、と思わずセリスはローザを蹴り飛ばす。
 あんっ、と床に倒れて、ローザはしなをつくってセリスを見返す。

「酷いわセリス! いきなり現れていきなり蹴るなんて!」
「さっきから居たわよ! っていうか、酷いのはどっちだー! こっちは本気でアンタが浮気したんじゃないかって心配で不安で色々と考えてっ」
「えー、ちゃんと浮気してたわよ?」

 ねえ、とローザはセシルに顔を向ける。

「ああ、でも浮気相手が実はセシルだったなんて」
「ふう、ローザ。どうやら僕は呪いのサングラスに人格を操られていたらしい。それを君の愛とベイガンの忠義が救ってくれた―――ああ、ええとすいませんごめんなさい」

 冷たい目でセシルを見下ろすベイガンに気がついて、セシルは居たたまれなくなって必死で謝る。

「へ・い・くわぁぁぁぁ? 今日はどっこにも出かけずに、王としての職務を全うすると言いましたよね? ローザ様の誘いも断って・・・あの時は、不覚にも涙が出ると思いました―――その直後に『ちょっとトイレにー』とか言って、さっさと逃げ出して・・・・・・私の気持ちを、貴方は裏切ったのですね?」
「・・・ち、違うんだベイガン! 僕はちゃんと仕事しようと思ったんだけど、ローザがどうしてもって言うから!」
「えええ! ずるいわセシル! 昨日一緒に入れなかった分、今日は二人っきりで過ごそうねって言ってくれたのはセシルじゃない!」

 なんというか。
 まるで三角関係だなあ、と思ってセリスは苦笑する。
 先程までの暗い感情は粉々に消し飛んでいた。
 というか、本気でローザが不倫するなんて考えた自分があまりにも愚かしい。

(・・・そうよね。ローザはどんなことがあってもローザだものね。どんなことがあったって、セシルへの愛を忘れるローザなんて有り得ない)

 そう考えて、セリスはふと考える。
 それならば自分はどうなのだろう・ ガストラの将軍と、そうではない自分。二つのセリス=シェールが居る。どちらかが本物というわけではない。どちらかが偽物ではない。どちらも自分であり、だからこそ―――

(だからこそ、容易く一方を捨てられる)

 地底に向かう時、セリスは “ガストラの将軍” である自分を無視した。
 それまでにはなかった “自分” 。このバロンに来て、ローザや他の者たちと出会い、そうして生まれた新しい自分の想いを優先した。そしてそれが本当の自分だとも思った。

 けれど、今はどうだ。
 自分を変えてくれた一番のキッカケであるローザの愛が、くだらないものだと認識した時、新しい自分をあっさりと見限った。

(結局、私は何なんだろう・・・)

 ガストラの将軍である自分、そうではない自分。
 そのどちらが本当の自分か解らない。が。

「でもローザ。今日は流石に城にいないとベイガンが怒るから我慢してくれって言っても聞かなかったじゃないか」
「うー・・・だけど、セシルだってすぐに『ローザがそこまでいうなら仕方ないよねー』とか凄く嬉しそうに今日の計画考えたじゃない!」
「・・・お二人とも、一つ疑問があるのですが、何時の間にそんな会話を? 昨日は確か、お二人とも会っては居ないはずですよね?」
「それはね、セシルがトロイアから持ち込んだ “ひそひ草” って草を使って、昨晩話しこんでいたのー♪」
「あっ、ローザ! それは内緒だって・・・・・・」
「ほほう。では陛下、申し訳ありませんが、それは没収させて頂きます」
「はっ!? ずるいはベイガン! 誘導尋問だなんて!」
「誘導尋問・・・だったかなあ・・・?」

 三人のそんな会話を見ていると、自分の悩みなど下らないもののように思えてくる。
 まあ、いいか。と、セリスは考えることを止める。

「お喋りはこれくらいにして、城に戻ると致しましょうか―――連れて行け」

 ベイガンの号令に応え、近衛兵達がセシルを両脇から抑え、捕える。
 そのまま、まるで犯罪者を連行するかのように、部屋を出て行く。
 連行されるセシルを廊下まで見送ると、ローザはセリスを振り返って尋ねた。

「さーてと。そういえばセリスはどうしてここに? なにか用事があって出かけたんじゃないの?」

 とわれ、セリスはぎくりとする。

「いや、別に。ちょっと街中を歩いていたら、ローザ達を見つけて・・・その後でベイガン達と遭遇して・・・なしくずしに」
「ふーん。じゃあ、暇なのね? ならセシルも連れて行かれちゃったし、今度はセリスとデートね♪」
「女同士でデートって・・・ていうか、セシルを追いかけなくても良いの?」

 セリスが問うと、ローザはあっさり「ええ」と頷いた。

「セシルとは十分にラブラブしたし、今日はもういいの―――それに、セシルの本当の目的も果たせそうだしね」
「本当の、目的?」

 ローザは無言で頷くと、この兵達に連れ去られていくセシルの方を見る。つられてセリスも見る。
 廊下にはいくつもの部屋が並んで、その幾つかは開かれ、何事かと客達が顔を覗かせていた。
 と、その中の一人にセリスは違和感を感じた。

(・・・あの男・・・?)

 厳つい顔の男だった。顔覗かせているだけなので良くは解らないが、なんとなく流れの傭兵という感じがする。
 違和感を覚えたのはその男の様子だった。他の客達は好奇心と不満でセシル達を見ていたのだが、その男だけは明らかに緊迫した様子でセシルを伺っていた。
 と、その違和感にセシルも気がついたのだろうか。その男を見て、「ちょっと待って」とセシルがベイガン達に制止の声をかける。

「なんですか陛下。今更、城に戻りたくないと言うわけではありますまいな?」
「ああ。ちょっと顔見知りが居たんでね。挨拶していこうかと」
「そんなことを言って、また逃げ出す気でしょう」
「・・・あのね。本気で逃げ出す気なら、君達が部屋に踏み込む前に、さっさと魔法で逃げてるよ」

 セシルは転移魔法が使える。だから逃げようと思えば簡単に逃げられるはずなのだ。

「ほんの少しだけだよ。時間はそうかからない」
「・・・いえ、駄目です。承伏できませぬ」

 どうやら今日、セシルに “裏切られた” のが後を引いているようだ。いつも以上に頑なにベイガンは拒否する。
 仕方ないなあ、とセシルは嘆息して。

「絶対に逃げないよ―――君の首を賭けてもいい」
「そこは、普通自分の首を賭けるものでしょう」

 そう言って、しかし「ですが」とベイガンは苦笑する。

「妙に説得力があるのは何故でしょうかな」

 笑いながら、配下の兵達にセシルの拘束を解くように命ずる。
 開放されたセシルは、さっそく件の傭兵の部屋へと向かった。その傭兵は、セシルが気づいた瞬間に顔を引っ込めて、ドアを閉じていた。

「鍵が掛っているな―――ベイガン」
「御意に」

 頷いて、ベイガンは腕を魔物へと変化させると、その力でドアを容易く打ち破る。
 ことの成り行きを見守っていた宿の店主が悲鳴をあげるが、修繕費の倍の金を払うと言ったら大人しくなった。

「さて、と」
「な、なんだお前らあ!?」

 セシルが部屋に踏み込むと、男は裏返った声で喚く。
 そんな男にセシルはにっこりと微笑むと。

「やだなあ、昨日会ったばかりじゃないか」
「は、はああ? お、俺はアンタなんか知らねえ・・・ですよ」

 相手がこの国の王だと気づいたのだろう。男はぎこちない敬語で首を横に振る。
 しかしセシルは微笑んだまま、ベイガンを振り返る。

「ほら、ベイガンも覚えているだろう?」
「いえ、私は初めて見る顔ですが・・・」
「そんなことは無いと思うけどなあ―――ほら、昨日、バッツに叩きのめされて倒れていた傭兵の中の一人だよ」

 バッツの名前が出た瞬間、傭兵はびくりと反応する。

「って、ああそっか。気絶したら僕のことなんか覚えてるわけ無いよねー」

 あっはっはと笑うセシルに、ベイガンは感心する。

「はあ・・・流石ですな、陛下。あの場にいて、しかも倒れていた傭兵の顔をを覚えているなどとは・・・」
「まあね。人の顔を覚えるのは得意なんだ―――だから、昨日のあの場にいた傭兵達は全員覚えているよ。うつぶせで顔が見えなかったのもいるけれど、装備や体格で判別できるし」

 そしてセシルは、再度傭兵の男を振り返る。

「ねえ君? 僕は昨日の傭兵達を全員はっきりと覚えている。街ですれ違えば即座に解るくらいにね―――これがどういう意味か解るよね?
「あっ・・・ひっ・・・?」

 傭兵はなにかを言おうとして、しかし何も言えなかった。
 セシルの迫力に完全に呑まれてしまっている。

「さて。じゃあベイガン、城に戻るとしようか」

 あうあうと、言葉を失っている傭兵を放っておいて、セシルはあっさりと部屋を出た。
 廊下で、こちらの様子を眺めていたローザとセリスに軽く手を振って挨拶して、宿の主人に侘びの言葉を言ってから宿屋を出る。

「あ、あの陛下・・・?」

 宿を出ると、すぐにベイガンが問いかけてきた。

「昨日の傭兵達の事を覚えているのは解りましたが、それが一体どういう意味に繋がるのですか?」
「さあ?」
「は?」
「そんなの僕にも解らないよ。適当に脅しただけだから」
「はい?」

 それこそ意味が解らない。
 ベイガンが困惑していると、セシルは懐から黒いショートソードを取り出した。
 それをベイガンへ差し出す。

「悪いけれど、これを暗黒騎士団に返しておいてくれ」
「これは・・・暗黒剣!?」
「そう。まあ、訓練用で、それほどダークフォースが強いワケじゃない」
「なるほど・・・これを使って、先程の傭兵に恐怖を植え付けたわけですか。しかし何のために・・・・・・」

 ベイガンの再度の問いかけに、しかしセシルは苦笑しただけで答えない。

「そのうち解るよ―――さて、仕込みは済んだ。あとは待つだけだ・・・」

 一人呟いて、セシルは城への帰路へついた―――

 

 


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