第20章「王様のお仕事」
O.「デート」
main character:ロック=コール
location:バロンの街

 早朝。
 まだ朝日が出て間もない頃。
 カインは、自分の屋敷の玄関で、尋ねてきてくれた部下達と別れの挨拶をかわしていた。

「―――それではカイン隊長。早く城で会えることを願っています」
「安心しろ。そう遠くないうちに戻ることになる」

 カインはそう言って、尋ねてきた竜騎士団の面々を送り出す。
 彼らは、昨晩遅くに屋敷を訪ねてきて、一晩泊まって行った。もっとも、竜騎士団全員ではない。全員が全員、城を空けるわけにはいかず、半分は城の詰め所の残っている。

「さて、しばらく暇だが・・・」
「だったらこっちを手伝えよ!」

 後ろから声が掛り振り返れば。

「なんだ、使用人の分際で、随分な口の聞き方だな」
「誰が使用人だ! 部屋の掃除やらメシやら全部押しつけやがって!」

 と、怒鳴ったのは、エプロン姿のトレジャーハンター。
 全身埃だらけになって、ロックはカインを睨付けていた。
 カインは「フン」と面倒そうに視線を反らし、

「俺が頼んだのは部下達のメシの用意と、寝床の確保だけだが? なにも屋敷中を掃除してくれとは言ってない」
「言われなくてもこっちが気になるっつーの! ったく、どんだけ放っておいたんだこの屋敷。上等な絨毯よりも分厚い埃ってどんだけだよ!?」
「・・・貴様、意外にきれい好きなのか?」
「綺麗好きって言うか・・・トレジャーハンターの性分だな。誰も踏み入れていない場所を探索するってのは」

 文句を言いつつ、ロックは苦笑していた。
 人に放っておかれた場所というのは、トレジャーハンターにとってこの上ない餌のようなものだ。
 掃除というのは建前で、ロックは好奇心で屋敷のあちこちを探っていたに過ぎない。

「ま、お宝も見つかったしなー」

 そう言って、ロックは見せびらかすように大きな宝石のついたネックレスや、指輪をカインに見せつける。
 それを一瞥し、カインは大して興味なさそうに言い捨てた。

「欲しいならくれてやる。どうせあの女の忘れ物だろう。興味はない」

 あの女、というのはカインの母親のことだろう。

(まあ、どうせそう言うとは思ったけどな)

 思いつつ、ロックは宝石類を懐にしまい込む。
 それからカインに向かって雑巾を投げつける。

「・・・なんの真似だ?」

 雑巾をキャッチして、訝しげにカインが尋ねる。

「手伝えって言っただろ―――掃除だよ」
「フン、何故俺がそんなことを―――」
「後、残ってるのは書斎とお前の父親の私室。それから子供部屋だったかな?」
「・・・・・・」

 ロックの言葉に、カインの動きが止まる。
 それを見たトレジャーハンターはにやりと笑って、

「そんくらいは手伝ってもいいんじゃねえの? なんか懐かしいものでも見つかるかもしれないしな―――お前も、この屋敷に帰ってきたのは久しぶりなんだろ?」
「・・・・・・」

 はたきを肩に担ぐように持ち、ロックは近くの階段を昇り、二階にあるカインの父―――アーク=ハイウィンドの書斎へと向かう。
 それを見て、それから自分の手にした雑巾を見て、カインは「チッ」と舌打ちする。

「・・・まあいい。どうせ暇だ」

 そう言って、カインもロックの後を追って、階段を昇っていった―――

 

 

******

 

 

 ―――と、カインが珍しく掃除に精を出そうとしたその頃。
 朝早くから、ローザはバロンの城を訪れていた。

「あ、セシル♪」

 城の廊下で愛しい人の姿を見つけ、ローザは駆け寄る。
 ―――と、その間に近衛騎士団長が割り込んできた。

「申し訳ありませんが、ローザ様。今日は陛下と戯れるのは諦めてくだされ」
「え?」
「昨日一日、西街区を遊び待っていたせいで、やらなければならぬ事が溜まっているのです」
「でもセシル、今日は私とデートの約束じゃない!」
「ごめんよ、ローザ」

 尚も食い下がろうとしたローザに、セシルが苦笑を浮かべてやんわりと言う。

「そういうわけで今日のデートは中止だ―――どうも、今日は逃がしてくれそうにないしね」

 言われて気がつく。
 セシルの背後には、何人ものの近衛兵達が並んでいた。

「でもっ、少しくらいお話ししても―――」
「悪いね」

 しがみついてくるローザをやんわりと押しのけて、セシルはスタスタと歩き去る。
 その後ろをベイガン達近衛兵団が追いかけた。

「セシル・・・」

 少し泣きそうな表情で、ローザはその後ろ姿を見送った―――

 

 

******

 

 

「あら、お帰りなさい」

 ローザが家に戻ると、母が庭で掃き掃除をしていた。
 もちろん、メイド姿だ。

「・・・お母様。何度も言うけれど、そうやって使用人の格好をして家のことをやるのは、貴族としてどうなのかしら」
「何度も言い返すけれど、だってキャシーがまだ帰ってこないんですもの。私がやるしかないでしょう」
「新しい使用人を雇えばいいじゃない」
「キャシー以上の使用人で、しかも賃金が安ければそうしているわ。でなければ雇う意味無いもの」

 ディアナの実家は商人で、実はこのファレル家の元メイドである。
 商人として金銭に割と五月蠅く、元メイドとして自分やキャシーよりも能力の低いメイドを雇うくらいなら、自分でやったほうが早いとでも思っているのだろう。

「セリス達は?」
「出かけてるわよ? セリスは行き先聞いてないけれど、リディアとキスティスはフライヤと一緒に誰かのお見舞いですって」

 誰か、とはまだ城で昏睡中のクラウドのことだろう。
 なんでも、常識外れの力を使ったせいで、全身ボロボロらしい。バロンで一番の白魔道士の使い手であるクノッサス導師が診たところ、並の人間ならば完全に肉体が崩壊してしまうレベルだと、難しい顔をして言っていた。
 ソルジャーであるが故に、まだ意識は目覚めないものの、生命の心配はないらしい。

「それよりローザ。貴女、今日はセシルとデート、とか浮かれて今朝屋敷を出て行かなかった?」

 母の問いかけに、そんなに浮かれていたかしら、と思いつつ首を横に振る。

「またキャンセル。セシルの仕事が忙しいんだって」
「ふうん。なら今日はどうするの?」
「出かけるわよ―――別の男のコとね」

 そう言って、ローザはにんまりと笑った。

 

 

******

 

 

「あー・・・・・・あっ、と」

 陽が昇ってからしばらく経ち、ようやく街が目を覚まして動き始めた頃。
 カインの屋敷から外に出て、ロックは大きく欠伸をする。

「・・・つか、なにやってんだ、俺」

 広い屋敷を徹夜で掃除して、ついでに屋敷を訪れた竜騎士達とカインの夕食やら酒のつまみやらを作り、さらにはベッドメイクまでこなした。
 どうしてこうなったのかと思い返せば、それはただの成り行きだ。
 一昨日、カインの屋敷から城に戻り、セシルにカインの “伝言” をこっそりと伝えた後、カインを心配する竜騎士団の面々に捕まった。今回の処遇は一体どういう事なのかとか、カインの様子はどうなのかと根掘り葉掘り聞かれたので、知りたければ直接本人に聞けばいいじゃねえかと、カインの屋敷まで竜騎士達を連れて行った。

 ・・・今思えば、わざわざ一緒にカインの屋敷に戻る必要は無かったような気がする。

 そして、屋敷に戻れば、カインに使用人もいないから客をもてなすこともできないので、メシでも作ってくれと言われる始末。
 なんで俺がと断れば、槍を握って「殺すぞ?」とストレートに脅されれば従うしかない。あまつさえ、寝る場所も掃除してくれと言われてベッドメイクしていたら、毛布の隙間から金の指輪がころりと転がった・

 ―――そして気がつけば、カインの屋敷中の部屋を掃除してしまっていたというわけだ。しかも徹夜で。

「ああああああ・・・・・・眠い。すっげー、眠い」

 声に出して呟くと、さらに瞼が重くなる。
 まあ、それでも徹夜した甲斐はあった。カインが興味ないと言った宝石類。捨て値で売っても、一ヶ月は遊んで暮らせる価値はある。然るべき所に持っていって、上手く売りさばけば、一年は何もしなくても生活できるくらいだ。

「・・・まー、つっても今はあんまり金は必要ないんだけどな」

 バロン―――というかセシルに協力している現状では、食うもの寝る場所は城が用意してくれている。
 必要経費も国が持ってくれるし、ギルを多く持っていてもかさばるだけだ。まさに宝の持ち腐れである。

(まあ、シクズスに帰ってから換金するか、誰か可愛い女の子にプレゼントでもするか―――)

 とか思っていたその時だ。
 丁度、その “可愛い女の子” が目に映る。

「・・・って、あれ? セリス?」

 通りの向こうから、最早見慣れた女剣士が歩いてくるのに気がついた。
 向こうもこちらに気づいたようで、少し小走りになってこちらに駆け寄ってくる。

「ロック!」
「よお、セリス。久しぶり―――って、本当に久しぶりだな」

 自分の言葉に、思わず驚く。
 こうやってまともに向きあうのは、地底で別れて以来だ。
 バブイルの塔から脱出した際に、顔を合わせてはいるが、あの時は色々とあって話すどころではなかった。バロンに戻ってからは、セリスはすぐにローザに連行されてしまい、ろくに話していない。

「そうね、久しぶりだわ」

 そう言ってクスッと笑うセリスの表情は、なんだかとても輝いて見えた。

(・・・って、あれ? こいつって、こんなに可愛かったっけ・・・?)

 表情には出さないように必死で努めながら、ロックは心の中で戸惑う。
 セリスが美しいのは前から知っていた。
 だが、こうして久しぶりに見るセリスはなんだかいつもと違って見えて―――

(な、なんかドキドキする。なんかこう、なんかこう、なんかこう・・・!)

 目の前の女の子を抱きしめたい衝動に駆られる。
 その衝動を必死に堪え、外には出さないように気力を振り絞る。

「どうしたの? 黙り込んで」
「いや、別に」

 堪えた。
 なんかとっても自分自身を褒め称えたいような気分になりつつ、ロックはセリスに問いかける。

「そういうお前こそどうしたんだよ、こんな所で。まさか俺に会いに来たとか」
「ええ、そうよ」
「ははは、なんてそんな訳ないよな。どうせカインのヤツにでも会いに―――って、なに!?」

 なにか聞いてはいけない何かが聞こえてしまった気がして、ロックは首を傾げた。
 そんなロックに、セリスは怪訝そうな表情でもう一度同じ事を言う。

「だから、ロックに逢いに来たのよ。城に行っても居なくて、丁度、竜騎士たちに会ったから、試しに聞いてみたらカインの屋敷だって・・・」
「え、なんで・・・?」

 反射的に尋ね返したロックの頭は真っ白だった。
 有り得ない可能性というか期待が渦を巻く。

(まさかセリス、俺のことを―――)

「なんとなく気になったのよ。・・・ほら、レオ将軍も私が地底に行ってる間にガストラに戻ったようだし、これでシクズスの同郷は貴方と私だけじゃない?」
「・・・ああ、そうだな。そうだよな同郷だもんな。気になるよな」

 期待していた分、がっくりと気落ちする。

(ハ・・・! なんで気落ちしてるんだ、俺。別にセリスのことなんてどうも思っちゃ居ないだろ俺)

 というか、そもそも本来ならば敵同士。
 ロックにしてみれば、仇であるガストラの将軍だ。

「ロックはこれからどうするの?」
「どうするって・・・特に何も・・・」
「暇なら少し付き合わない? 聞きたいこともあるしね」
「いや、その・・・」

 ロックは口ごもる。
 暇であるし、別にセリスに付き合ってもなんの問題もないはずだが。

 勘違いだと解ってがっくりきたものの、胸の動悸はまだ収まっていない。
 このまま一緒に居て、色々と我慢できなくなったらどうしようなどと考える。

(まあ、ここは適当に用事があるとか言って、逃げるとするか)

「・・・特に用事もないし、別に俺は構わないけどな」

(って、あれええええええええええ!?)

 何故か思ったことと正反対のことを呟いてしまい、心の中で困惑する。

「なら決まりね。こんなところで立ち話もなんだし、リサの店にでも行きましょうか」
「話なら・・・」

 なんとなく、ロックはカインの屋敷を見やる。
 と、セリスは少し不機嫌そうに口を尖らせる。

「ロックは女の子とのデートに、別の男の家に行くの?」
「でっ、でーとっ!?」
「・・・あら、違う? 男と女が一緒に出歩けば、デートって言うんじゃないの?」

 そう言ってきょとんとするセリスも可愛かった。

(じゃねええええええええええっ!)

 心の中で絶叫。
 なにか、なにかがおかしいというか調子が狂う。

(あれだ! なんか地底で話をした時からだ! なんかあの時から、なんかセリスの印象が変わってきて・・・)

 思えば、地底でロイドに地上に戻って飛空艇を改良して貰ってきて欲しいと言われた時、素直に従ったのはセリスの事があったからかもしれない。

「ロック・・・? なにか顔が赤いけれど?」
「あ・・・え・・・? ちょ、ちょっと熱っぽいのかな。疲れたし!」
「そう? じゃあ、デートは止めてゆっくり休んだほうがいい?」
「そうだな。そこらへんの宿屋で二人っきりでご休憩―――って、何いってんだ俺はあああああああああああっ!?」

 ガンガンガンガン、とロックは近くにあった、カインの屋敷の塀に頭を打ち付ける。

「ちょ、ちょっとロック!? どうしたの!? 熱のあまりに頭がおかしく・・・っ!」
「な、ななななな、なんでもないですよ? 全然平気ですよ!?」

 平気じゃねえよッ、と心の中で自分自身にツッコミつつ、セリスにニカッと笑ってみせる。
 その視界が真っ赤に染まった。

「・・・あれ、なにか生暖かい物が顔に―――」
「血ーーーーーー! ホントに何やってるのよ、貴方は!」

 セリスが慌てて回復魔法を唱えると、ロックの額からどばどば流れていた血が止まる。

「あの、ロック・・・? 本当に調子悪いみたいだし、今日は城に戻ってゆっくり休めば?」
「あ、ああ・・・そうだな。調子悪いし―――」

(お言葉に甘えて帰るわ、とでも言って帰ろう。これ以上、セリスと一緒にいたらどうなってしまうか俺自身わかんねえ・・・!)

「―――早く落ち着きたいから、さっさとリサの店に行こうぜ」

(って、あれええええええええええええええええええええええええっ!?)

 またもや意志に反して身体は勝手な事を口にする。
 冷静な思考はセリスと別れたほうが良いと言っているのに、本能は別れることを認めない。そんな感じ。

「いいの? ・・・無理はしないでね? 怪我は魔法で治せても、体調不良とか病気は魔法では癒せないから」

 などと心配してくれるセリスもまた可愛

(―――って、やべえってマジで! セリスが愛しすぎて困るんですがどうしたらいいんですか神様ー!?)

 信じてもない神様に向かって問いかけるほど、ロックの精神は混乱しきっていた。
 そんなロックの腕に、セリスが自分の腕を絡めてくる。

「ちょっ、セリスさん!? 何を!?」
「え? 何って、調子悪そうだからロックを支えて居るんだけど」

 といいつつ、支えるどころか逆に腕に抱きつかれて引っ張られ、歩きにくい。

「支えて・・・?」
「いや、私も少しおかしいなって思うんだけど、以前、ローザと一緒に街を歩いてる時に、恋人同士がこうして腕を絡めて歩いているのを見て『歩きにくそうだな』って私が言ったら、ローザが『一見、歩きにくそうに見えるけれど、実際は支え合っているようなものなのよ♪ とってもイイ感じなのっ♪』とか言ってたから」
「いやそりゃもう当然、良い感じですよ。支え合ってますよ!」

 何故か敬語で答え、空いてる手で親指を立てる。

「そっか。ならいいんだけど」

 そう言って、さらに腕を抱く力をぎゅっと強めて、ロックに密着してくる。
 街中だからか、セリスは今日は鎧は付けていない。だから感触とか体温とかがダイレクトに伝わってくるのを感じつつ、ロックは天を仰いでしみじみ思った。

(やべえ・・・俺、今日死ぬかもしれねえ・・・)

 そんなことを思いつつ、ロックとセリスは金の車輪亭へとゆっくり向かっていった―――


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