第20章「王様のお仕事」
N.「カルバッハ公爵領」
main character:ファス=エルラメント
location:バロン南部地域・カルバッハ領

 

 ―――バッツたちがフォレス邸を後にした頃。

 バロンの街から少し離れた南部地域。
 その約半分を治めるカルバッハ公爵領。その領主の屋敷に、三人の客人が訪れていた。

 夕刻。
 もうすぐ日も暮れて、外で仕事している領民達も、仕事の後かたづけをして、家の中に戻る頃だ。
 領主の食卓で、その三人の客人を、領主のカルバッハ公爵と、その一人娘であるメルビアがもてなしていた。

 少し早い夕食のテーブルを囲み、公爵がワインで軽く舌を湿らせてから問いかけてくる。

「・・・どうですかな、我が領地は?」
「え、えっと・・・」

 問われ、ナイフとフォークを扱うのに苦労していた黒い肌の少女はその動きを止めた。
 黒髪黒目に黒い肌と、全身黒尽くめの少女だ。身に着けているものも、地味に茶色や灰色で構成されたものであり、夜闇に紛れていれば気づくことは難しいだろう。
 まるで暗殺者のような服装だが、よくよく見れば、その衣服はそういった仕事をするにしては上質のものである。

「良い土地だと思います。土も豊かであり、独自に発展している―――バロンでは農作物の多くは、トロイアから輸入しているようですが、ここでは逆にトロイアヘ輸出している物もあるとか」

 助け船を出すように、黒尽くめの少女の隣で、白い少女がスラスラと答える。
 対照的に、こちらは白尽くめの少女だった。髪は輝くようなシルバーブロンド、その肌は白く、身に着けているミニドレスも純白だった。

 白尽くめの少女の言葉に、黒尽くめの少女はコクコクと慌てて頷く。

「そうですか、それを聞いて安堵致しました」

 公爵は穏やかな笑みを浮かべる。
 そんな公爵に、こちらもにこりと笑みを返しながら、白い少女は隣の少女の足を軽く踏みつける。

「・・・・・・これくらい、さらっと答えんか」
「だ・・・だって、だって・・・」

 小声で白尽くめの少女―――エニシェルが隣の少女に言うと、黒尽くめの少女―――ファスが半泣きの表情になる。

「おや、どうなされましたかな?」

 公爵がファスの表情に気がついて、気遣ってくる。
 ファスは困ったように「あの、その・・・」としどろもどろに呟くだけだ。

「どうやら大使殿はお疲れのご様子で。だから折角の御馳走も喉を通らないと」

 エニシェルがそう説明すると、ファスはこくこくと頷く。
 少々不自然ではあったが、公爵は気にする様子もなく「そうですか」と頷いてから、背後に控える執事の青年に声をかける。

「聞いての通りだ。どうやらトロイアの大使殿はお疲れのようだから、客室へご案内差し上げてくれたまえ」
「了解致しました」

 執事は頷くと、ファスの席へと歩み寄る。それから片手を差し出して、

「お手をどうぞ」
「は、はいっ」

 人見知りする性格のファスは、おそるおそる執事の手を取ると、席を立つ。
 執事が席を退いて、ファスをエスコートしてくれる。
 一方で、エニシェルも自分から席を立ち、もう一人の客人―――自分たちの護衛役へと目を向ける。

「カーライル、貴様はどうする?」
「ああ、それならば私も―――」

 問われ、竜騎士団の副官を務める黒き竜騎士は立ち上がりかけて、

「あらあら、カーライル様はもう少しここに居ても宜しいでしょう? わたくし、もう少しお話ししたいですわ」

 カーライルの隣の席で、彼に一方的に話しかけていたメルビアがカーライルを押しとどめる。
 領主の娘を邪険にするわけにも行かず、カーライルは戸惑いながらも、愛想笑いを浮かべる。

「し、しかし私は大使殿の護衛でして・・・」
「あら、この屋敷の中で護衛が必要だとでも? そんなに私たちが信用おけませんか?」
「そういうわけでは・・・」

 ひたすら困り果てた様子のカーライルに、エニシェルが助け船を出す。

「信用していないわけではないが、ファス様はトロイアからやってきた大使である。故に陛下は片時も目を離すなと、カーライルに厳命してあるのだ。カーライルのことを気に入られたのは結構だが、そのことをご理解頂きたいな」

 エニシェルが言うが、メルビアは納得できない様子だった。
 強引にカーライルの腕をとって、挑戦的な視線をエニシェルへ向ける。

「大使様が大切なら、なにもカーライル様一人だけではなく、他にももっと護衛を付ければよいでしょうに。なんなら、ウチの領地から頼りになる者たちを貸し出してもよくってよ?」
「・・・・・・」

 メルビアの挑発じみた言葉に、エニシェルの目がすっと細められる。
 なにか良くない兆候だと察したファスが、思い切って大きな声を上げた。

「あ、あのっ・・・私もっ、カ、カーライルが傍にいてくれた方が・・・いいです・・・」

 それはファスにしてみれば、エニシェルの発言をフォローしたかっただけなのだろう。
 だが、メルビアは別の意味に取ったようだった。
 視線をエニシェルからファスへと向けて、険悪に睨む。

「なるほどね・・・大使の立場を利用して、カーライル様を独り占めする気? なんてイヤらしい娘なのでしょう! だいたい、こんな小娘が大使だなんて―――」
「メルビア! 言葉が過ぎるぞ!」

 流石に公爵が娘を叱責する。
 怒鳴られ、メルビアが口を閉じると、公爵は申し訳なさそうにファスに向かって謝罪をする。

「娘が失礼なことを言って申し訳ありませぬ。どうか、許して頂きたいのですが・・・」
「わ、私は別に・・・」
「そうですか! いや、流石はフォールス内で一番豊かなトロイアの大使殿。お国と同じく心も豊かでおられる」

 公爵はファスを褒めちぎり、それから改めて執事に命令する。

「アレス、大使殿をお部屋にお連れしろ。丁重にな」
「はい、公爵様」

 アレスと呼ばれた執事は一礼し、「こちらです」とファス達の前に進み、会食の場を退出する。
 その後にファスとエニシェルも続いて、少し遅れてカーライルも続く。今度はメルビアは止めようとはしなかった。

 客人三人がいなくなったのを見計らって、メルビアが不機嫌そうに声を上げた。

「あーあ、カーライル様ともう少しお話ししたかったですわ」
「メルビア。頼むからもう少し大人しくしてはくれまいか。今が一番大事な時なのだ。それをお前は、以前も勝手にバロン王に会いに行くなどと・・・」

 窘めるように公爵が言うが、さきほど叱責したような厳しさはない。
 メルビアの性格を見れば想像がつくだろうが、公爵は自分の娘に対して、かなり甘い親馬鹿なのだろう。

「お父様、大事な時期というのは解っています。けれど私、我慢するというのが嫌いなんですの。それから、自分の欲しいものを誰かに奪われることも!」

 そう言って、彼女は軽く爪を噛む。
 不機嫌になる時の彼女のクセだった。

「小娘の分際で、私の楽しみを奪おうだなんて・・・・・・まるであの女のよう!」

 メルビアの呟きに、公爵は「またか」とこっそり呟いた。
  “あの女” ―――メルビアが苛立つと、必ず “あの女” の話に繋がってしまう。

「思い出しても腹ただしい・・・あの下級貴族の娘が! いっつもいつもいつも目障りで!」

 下級貴族の娘―――ローザ=ファレルの事を思い出すたびに、メルビアは怒りで震える。
 ローザとメルビアは同じ貴族学校に通っていた同級生だった。
 同級生、とは言っても、方や貴族の中で一番広い領地を持つ大貴族、方や家柄は古いが没落した貴族の底辺。身分の差はハッキリとしていて、メルビアはいつもローザの事を見下していた。

 にもかかわらず、逆にローザはメルビアのことを全く意識していなかった。
 朝顔を合わせれば、当たり前のように挨拶をしてくるし、メルビアに対して媚びへつらうこともなく、言葉遣いも対等だった。

 それがメルビアにとっては気に食わなかった。
 そんな風にメルビアに “普通” に接してくるのはローザ一人だ。他の同級生も、上級生も、先生達も誰一人、メルビアには頭を上げることができない。
 なのに下級貴族のローザだけが、身分などまるで理解できていないかのように振る舞う。それが許せなかった。

 もう一つ許せないのはローザの人気だった。
 他の同級生達は、普段はメルビアに同調して、「下級貴族」と見下し、蔑んでいたが、メルビアの居ないところでは、いつもローザの話題で盛り上がっていたようだ。美しく、天真爛漫で、学力も高く、弓術の腕は神懸かり。その上、下級貴族とはいえ、 “あの” カイン=ハイウィンドと親しい仲とくれば、人気が出ないはずがない。
 メルビアの目が光っているので、大っぴらに友達づきあいはできないが、「今日はローザがどーしたあーした」とクラスメイト達が集まって、楽しそうに話をしていたようだ。メルビアはそういった場面に何度か遭遇したことがある。

「下級貴族の分際で! 下級貴族の分際で! それが今度は王妃になるですって!? そんな事許せるものですか! 生意気なローザ=ファレルゥゥゥゥ・・・!」
「解った解った。メルビア、落ち着きなさい」
「でも、お父様!」
「あともう少しだ。あともう少しで、偽物は失脚し―――そしてお前は、真のバロン王の妃となれるのだ・・・!」

 公爵がそう言うと、ようやくメルビアは落ち着きを取り戻したようだ。
 目に見えない誰かを嘲るような毒々しい笑みを浮かべる。

「そう・・・もうすぐ私は王妃となれる。ローザではなくこの私が! ・・・うふふふ・・・その時のあの女の顔が見物だわ。どんな顔をして嘆いて、私を悦ばせてくれるのかしら・・・!」

 ぺろり、と彼女は舌なめずりする。

 ―――この場に、もしもローザが居たのなら、きょとんとしてこういっただろう。

「え? 別に王妃なんてどうでもいいけど? セシルの傍に居られるなら、なんだっていいもの」

 と―――。

 

 

******

 

 

「こちらが客室となっております」

 と、アレスに案内されたのは、個室ではなく二人用の客間だった。

「ふむ・・・中々、良い部屋だな。領地も広いし、料理も中々だった。今までの中で最高だな」

 エニシェルが感想を述べると、アレスが一礼する。

「有り難う御座います―――しかし、宜しいのですか? カーライル様に別の部屋を取らずに」
「護衛を別の部屋にしてどうする」
「しかし、うら若き女性が、護衛とはいえ男と一緒の部屋というのも・・・ベッドも二つしかありませんし」

 アレスの言うとおり、この部屋にはベッドが二つしかなかった。
 とはいえ、大きめのベッドで、エニシェルとファスの二人なら、一つで十分余裕があるくらいだ。

「案ずるな。こいつはホモだからな」
「・・・あの、エニシェル。そうやって真顔で嘘を吐くのは止めて下さい」
「しかし貴様、私達に性的な意味で興味はないだろう」
「あたりまえです!」

 カーライルは即答する。

「ほらな?」
「って、そんなの当たり前じゃないですか! 騎士として―――」
「しかし貴様。カイン=ハイウィンドに性的な意味で興味があるだろう」
「えっ・・・」

 思わずカーライルは言い淀んだ。

「ほらな?」
「違ッ。今のは思いも寄らなかった質問に、虚を突かれただけでッ!」
「まあ、そんなわけで気遣いは無用だ。今まで回ってきた領地でも、こうしてきたからな」
「私の話を聞いて頂きたい!」

 なんか叫んでいるかとりあえず無視する。

「そうですか。それならば、これ以上はなにも言いません。それではごゆっくりとお休み下さい」

 そう言って執事は退室する。

「―――さて」

 と、エニシェルは部屋の中にある、ソファに腰掛けて他の二人に尋ねる。

「どう思う?」
「 “トロイア大使の視察” という名目で、色々と領地を見回ってきましたが、この領地が一番穏やかでしたね」

 エニシェル、ファス、カーライルの三人は、カーライルが口にしたとおり、貴族達の治める領地を視察していた。
 フォールスで一番生産力の高いトロイアは、エブラーナを含む他の国々へ、生産したものを輸出している。もっとも生産力は高くとも、商業はさほど発展しておらず、基本的には輸出の殆どはダムシアンであり、ダムシアンの商人達がフォールス各地や他の地方へと売りさばく形になっている。

 しかし、他の国々と全く取引しないわけではなく、特にダムシアンよりも近いバロンとは、貴族達が個人的に取引する場合もある。
 早い話、トロイアにとってバロンの貴族達はお得意様でもあるわけだ。そのお得意様の現状を視察するという理由ならば、名目として成り立つ。
 それを利用して、セシルはファスに頼んで、貴族達の様子を探って貰っているわけだ。

 ・・・ちなみに、ファスは聞かされていないが、実はファスの教育の意味もあったりする。
 トロイアの親善大使として派遣されたファスだが、実際はファスの我儘に、その姉がさらに我儘を言った形で、 “大使” というのは名前だけだ。が、どうせならファスが名実共にトロイア大使となって成長してくれればいいと、娘を想う父のような気持ちでセシルはファスを送り出したのだ。

「確かに、表面上は・・・な」

 どこか不機嫌そうにエニシェルが言う。
 ちなみにエニシェルは、ファスの付き人という名目で同行していた。カーライルは、さっきも話に出たとおりにファス達の護衛だった。
 二人を守るのに、カーライル一人というのは少ないかも知れないが、エニシェルの正体は剣であり、いざとなれば異空間へ逃げ込むこともできる。そして竜騎士のカーライルならば、ファスを抱えて跳躍すれば、大概の危険からは逃れられるだろう。

「ここ・・・いやな、感じがする・・・」

 エニシェルの言葉を受けて、不安そうに呟いたのはファスだった。
 黒尽くめの少女は、エニシェルの隣りに腰掛けて俯く。

「少しだけ “視” てみたの・・・ここ、不安で、イヤで、悪い運命が渦巻いてる・・・」
「似たようなものを妾も感じたな。嘆き、哀しみ、苦しみ、憤り・・・人がある程度集まれば、こういった負の感情は感じられるものだが、ここは今までのどの領地よりもそれが濃い。見た目は穏やかで平穏だが、かなり深い闇があるな・・・」

 少女二人の話を聞いて、カーライルは神妙な顔をする。

「聞いていると、見た目よりも危険な感じがしますが・・・どうします? 私としてはさっさと城へ戻ることを進言しますが」
「だが、セシルに頼まれた “反乱の証拠” はまだ掴めておらぬが」
「・・・今までの領地でも、最近になって傭兵を雇い入れているところはありましたが、反乱を起こすには到底足りない数でしたしね」

 基本的に、質の良い傭兵達はダムシアンに集まる。
 何故なら、ダムシアンの方が条件が良いからだ。その代わり質が求められ、その質に満たなかった者たちが、バロンに流れて貴族に雇われるというわけだ。
 だから、貴族達が雇う傭兵は能力はそれほど高くない。カーライルは今までの領地で、何度か雇われた傭兵達と手合わせしてみたが、全く相手にならないほど弱かった。

「気になるとしたら、大量の食料を仕入れていることでしょうか。飢饉に備えてと口々に言われましたが、まあ十中八九出任せでしょうね」
「だが、その程度では反乱の証拠などになるはずもない・・・か。そして、このカルバッハ公爵領では、今までの領地のように傭兵を雇ったり、食料を仕入れている様子もない。本当になにもないのか、それともよっぽど上手く隠蔽しているのか・・・」
「これ以上、ここに滞在しても、得る物はないと思いますね―――個人的には城に戻りたいですし」

 最後にカーライルがぼそりと呟いた言葉に、エニシェルはにたりと笑う。

「くっくっく・・・お前、あの娘に言い寄られるのがイヤなのか? 流石はホモだのう」
「だから勝手なこと言わないで頂きたい! ・・・というか、全く好みのタイプじゃないんです」
「なんだ、好きな女がおるのか?」
「いいえ。ただ好みはあります。控えめで、物静かな―――」
「ファスのことか?」
「えっ?」

 エニシェルの言葉に、思わずカーライルは言葉を詰まらせる。

「そうかそうか。ファスのことが―――」
「違います! まだ子供じゃないですか!」
「しかし好みのタイプだろう? 控えめで物静か」
「・・・確かに、このままの性格で成長してくれれば・・・って、そういう話じゃないでしょう!」
「照れるな照れるな。ひゃっひゃっひゃ」

 からかうエニシェルに怒鳴るカーライル。
 と、そこへそれまで黙っていたファスが声を出す。彼女はじっと、カーライルを見つめた。

「あの・・・カーライルに言われて、ずっと考えてたんだけど・・・・・・」
「えっ、な、なんでしょう?」

 真っ直ぐに見つめられて、カーライルは緊張した。

(ま、まさか、彼女も私のことを―――? しかし私は・・・ああ、数年後だったら・・・)

 が、次にファスが言ったのは、カーライルが期待(?)したのとは別の話だった。

「私は、もう少しここに残りたいと思うの」
「いや、気持ちは嬉しいのですが―――って、え?」
「カーライルはイヤかも知れないけど、今戻るよりも、ここに居たほうが良いような気がするの」
「あ、そっちの話ですか・・・」

 いつの間にか肩に力が入っていたらしい。
 カーライルは脱力して、肩を落とす。

(いや、別に期待したとか、がっかりしたとか言う気持ちはないんですが・・・)

 誰にともなく、心の中で言い訳している彼を無視して、エニシェルがファスに問いかける。

「 “運命” を視たのか?」
「・・・ううん。ただ、なんとなくそんな気がするだけ。・・・駄目かな」
「妾は別にどちらでも構わん―――貴様は?」

 カーライルに問うと、彼は気を取り直してコホン、と咳払いする。

「私は貴女達の護衛です。貴女達の決定に従いますよ」
「ならば決まりだな―――しばらく厄介になるとするか」

 エニシェルが宣言すると、ファスは「うん」と頷いた―――

 

 

 


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