第20章「王様のお仕事」
M.「スケープゴート」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロンの街・フォレス邸

 

「ロイド・・・ッ!」

 姿を現わしたロイドに、バッツの怒りが再燃する。
 何が何でもアイツをぶっ飛ばして、リサに泣きながら謝らせてやると決意する。

 ・・・リディア辺りがその様子を見ていたら、「単純兄貴」とでも言ったかも知れない。

「ロイドォォォォッ! てんめええええええええっ!」
「なんだ、バッツか。何のようだ?」

 激昂するバッツに対し、ロイドはやる気無さそうに見下ろしてくる。

「リサが泣いた! てめえに裏切られて、泣いたんだ!」
「それで怒っているのか? ・・・暇なヤツだ」
「なんだとこの野郎!」

 バッツはロイドに向かって駆け出そうとして―――その眼前に、赤い傭兵が立ちはだかる。

「・・・貴様の相手はこの俺だ」

 普通の傭兵ならば、あっさりと昏倒しているほどの打撃を二度も受けて、なおも立ち上がるサラマンダーに、バッツは怒りを込めて睨付ける。

「アンタじゃ相手になんねーってのが解らねえのかよ?」
「・・・百も承知だ」

 侮辱とも取れるその言葉を、しかしサラマンダーは素直に受け止める。
 事実は事実。自分と目の前の “ただの旅人” の間には、実力の開きがありすぎる。

 だが―――

「それでも俺は倒れるわけにはいかない・・・この拳に賭けてもな」

 だが、戦士としての誇りがサラマンダーを奮い立たせていた。 
 その誇りを見せつけるように拳を突き出してくるサラマンダーに、バッツは嘆息すると、腰のエクスカリバーに右手を添えた。剣を抜く―――そう察知したサラマンダーは、緊張に身体を強ばらせた。素手だった時も一方的に叩きのめされた。この上、剣を抜かれたら―――

 対し、バッツは二度ほど剣の柄を撫でるように軽く叩くと、僅かに腰を落とす。まだ手は剣の柄を握らずに、添えたままだ。

(退くつもりだったんだけどなあ・・・)

 思いつつ、サラマンダーの背後、ロイドの姿を見る。

(アイツを見ちまった以上、退くってのは無しだよな!)

 そのためにも目の前の邪魔な傭兵を片づけなければならない。
 ロイドを殴るだけなら、サラマンダーを避けて行けばいいが、連れていくとなれば流石に邪魔されるだろう。

「―――その剣は虚空の剣」

 呟くのは精神集中の呪文。
 強烈な一撃を放つための “無念無想” を発動させるための呪文だ。

「その剣に意志は無く、意志無き剣に意味は無し」
「・・・魔法か!?」

 唐突に呪文を呟きだしたバッツに、サラマンダーは身構える。
 だが、魔法にしては魔力のような力を全く感じられない。

(魔法では・・・ない!? しかし―――)

 バッツは剣に手を添えたまま、ぶつぶつと呟くだけで、動く気配を見せない。
 だが空気が張りつめていくのを感じ、肌が粟立つ。
 戦士としての本能が、特大の危険信号を掻き鳴らす。

「倒すために倒し、勝つために勝つ」
「ぐ・・・おおおおおおおっ!」

 次第に高まっていくイヤな予感に、得体の知れない恐怖に突き動かされるようにサラマンダーはバッツに飛びかかる。
 その感覚は間違いではなかったが―――あまりにも遅すぎた。

「―――しかして、得られるモノは “無意味” のみ・・・」

 サラマンダーの拳がバッツに振り下ろされる。
 拳はバッツの顔面に迫り―――だが、それが触れるか触れないかといった瞬間、バッツの言葉も終わる。

 

 居合い斬り

 

 一瞬。

 サラマンダーの拳が命中する刹那、その拳を避けるかのようにバッツの頭が下がる。
 それは、サラマンダーに向かって一歩踏み込んだ結果だ。
 踏み込みは、良く踏み固められた地面をさらに陥没させる。同時、手を添えていた剣を握り、引き抜く―――鞘走りによって加速された剣に、地面を踏み砕くほどの力が乗って、サラマンダーの脇腹を打つ―――

「があっ!?」

 それら一連の動作を、目前にしながらサラマンダーは認識することができなかった。
 まさに一瞬の一撃。
 気がついた時には、拳を振り上げてがら空きの脇腹を打たれ―――

「あああああああああああああああああああああああああっ!?」

 ごきべきめきぼき、と、自分の中から砕ける音が響いてくるのをハッキリ認識する。
 鋼のような筋肉に剣が食い込み、骨がおもちゃのように砕けていく。剣は胴回りの三分の一ほど食い込んだところでようやく止まった。
 脇から全身にかけて激痛が響き渡る。目の前が暗くなり、意識が飛びそうになる―――が。

「あ゛、あああああああああああああああッ!」

 痛みを無視して歯を食いしばる。
 全身に力を込めることで、砕けた脇にさらなる激痛が走るが、その痛みが意識を覚醒させる。

(た・・・耐えたッ!)

 食いしばりすぎて口から血を零しつつ、サラマンダーは再度拳を振り上げる―――その時。

「!?」

 眼下で、バッツの手が剣からすっぽ抜けた。剣だけを残して、腕だけが振り抜かれる。
 そしてその勢いのまま、くるりと回転―――地面を蹴り上げ、さらに加速する。

「まさか―――」
「―――こいつでッ!」

 回転しながら足を振り上げる。
 勢いの乗った回し蹴りが、サラマンダーの身体に食い込んだエクスカリバーに正確に叩き付けられた!

「―――――――――ッ!」

 それがダメ押しだった。
 強烈な一撃をなんとかギリギリで堪えた直後の追撃。
 それに耐える余力はなく、抗する間もなくあっさりとサラマンダーの意識が真っ白に染まる。
 口を大きく開き、涎を垂らしながら、サラマンダーはそのまま地面に倒れ込んだ。

「終わりだ、ってな」

 倒れたままぴくりとも動かないサラマンダーの身体から、エクスカリバーを拾い上げる。
 と、その表情を見て、バッツは思わず目を背けた。

「・・・・・・」

 サラマンダーの表情は苦悶に歪んでいた。
 口からは涎とともに、血の混じった赤い泡を吹いている。

(・・・・・・や、やっぱやりすぎたか? 死んじゃいないよな?)

 何度か攻撃してみて解ったが、かなり鍛え抜かれた肉体だった。
 死にはしないと断言できるが、やりすぎたという気持ちはある。それというのも―――

「てめえのせいだッ!」

 バッツはロイドを指さして叫ぶ。
 ロイドは半眼でバッツを見下ろし、

「何の話だ?」
「そもそもてめえがリサを泣かすから悪いんだっつーの! というわけで、一緒に来い! リサに謝らせてやる!」
「イヤだと言ったら?」
「ブン殴ってでも連れて行く!」

 バッツはエクスカリバーを鞘に戻すと、ロイドに向けて拳を突き出した。
 その拳と、倒れたサラマンダーや他の傭兵を見て、ロイドは嘆息する。

「そうだな、お前が本気を出せば抵抗する事なんてできないな」
「だったら素直に―――」
「でも、ご免被る」
「なんだと!?」
「リサに謝るくらいなら、舌を噛み切って死ぬよ」
「なっ・・・」

 べー、と舌を出すロイドに、バッツは一瞬言葉を失うが、すぐに笑い飛ばす。

「はっ、ばっかじゃねえの!? 謝るくらいで死ぬ馬鹿が何処にいるんだよ?」
「ここに居る」

 舌を引っ込めて、ロイドが言う。
 その瞳は、真っ直ぐにバッツを見下ろしていた。
 ロイドとバッツ、二人の視線がぶつかり合う―――

「・・・・・・」
「・・・・・・くっ」

 先に視線を反らしたのはバッツの方だった。

(ハッタリだ! 謝るくらいで死ぬようなヤツはいない)

 そう自分に言い聞かせるように、胸中で呟く。
 だが、バッツは視線を落とし、ロイドを見上げることができない。
 屈強な傭兵達を圧倒し、一方的に叩きのめしたバッツが、殆ど戦闘力を持たないロイドを相手に呑まれていた―――

 

 

******

 

 

「・・・なにやってんだ、アイツ。あんなのハッタリに決まってるだろうが!」

 バッツの様子を、後ろから眺めていたサイファーが苛立ちを口に出す。
 リサにバッツを止めて、と頼まれていたが、常識外れのバッツの強さに、何も手を出せずに傍観することしかできなかった。
 そのバッツが、ロイド相手に俯いたまま動こうとしないのが、妙に腹が立つ。

(結局、あいつは強いのか弱いのかなんなんだ!?)

 バッツの強さがサイファーには理解できない。
 こうして、傭兵たちを叩きのめした結果を見れば強いと言える―――だが、こうしてロイドに気圧されている姿は、強者のそれではない。
 誰よりも強いくせに、誰よりも弱くもある。バッツ=クラウザーという男を表現するならば、そんな印象だとサイファーは思った。

「まあ、こんなところだろうね」
「!?」

 声、に振り返れば、先日城で見たこの国の新王の姿があった。
 振り返ったサイファーに、セシルは「やあ」と手を挙げる。

「確かサイファー君、だったかな。SeeDの」
「・・・まだ候補生だ」
「サイファー殿、客人とはいえその物言い、陛下に対して失礼ではないですかな?」

 セシルの背後から、ベイガンが表情を険しくして口を出す。
 だが、サイファーが何か言い返すよりも早く、セシルが後ろを振り返って。

「僕は別に構わないけれど?」
「陛下が構わずとも、周りが構うのです! そもそも王とはこうしてみだりに出歩いて良い物では―――」
「はいはい、わかったわかった」
「だから解ってないでしょう! その言い方は!」
「・・・ったく、他の近衛兵と一緒に城に戻れば良かったのに・・・・・・」

 貴族の家に兵をぞろぞろと連れて行くのは、何かと面倒が起きると説得して、セシルは近衛兵達を一足先に城へ戻していた。
 ただベイガンだけは当然の如く、セシルを置いて帰ることを固く拒んだが。

「って、セシル!?」

 流石にこれだけ騒げば気づく。
 見れば、バッツがこちらを振り返っていた。
 セシルはサイファーにしたのと同じように、「やあ」と軽く手を挙げて挨拶して歩き出す。

 途中、立ちつくしているルディの隣を通る際に、少年を一瞥して、バッツの元に歩み寄った。

「随分と勇ましいじゃないか、バッツ。これだけの傭兵を叩きのめすなんて」

 ぐるりと周囲を見回してセシルが言う。
 が、バッツは素直に喜ばなかった。

「なんか、皮肉言われてる気がするんだが」
「気のせいだよ・・・って、サラマンダーさん!?」

 突然、セシルは目を見開いて、すぐ傍で倒れている赤毛の傭兵を凝視する。

「え、ええ!? なんで、この人がここで倒れてるんだ・・・?」
「あ、セシルの知り合いか?」
「知り合いって言うか・・・あれ、君は知らなかったっけ? ほらカイポの村で雇われていた用心棒だよ」
「・・・・・・そーいや居たような気がするな。一言も話してないから、覚えてなかった」

 セシルに言われて思い返してみれば、確かにあの夜、魔物の群れを殴り倒す赤毛の男が居た気がする。

「ていうか、酷いな。ここまでする必要があったのか?」

 サラマンダーの惨状を眺め、セシルがバッツに言う。
 するとバッツはバツが悪そうに目を反らした。

「だ、だって仕方ねーだろ。なかなか倒れてくれねーし」
「にしてもこれは・・・・・・」

 いいつつ、セシルはサラマンダーの傍にしゃがみ込むと、ぶつぶつと詠唱して。

「―――『ケアルラ』」

 癒しの魔法を使うと、光がサラマンダーの身体に降りかかり、身体の中に染みこむように消えていく。

「・・・う」

 魔法が効いたのか、サラマンダーが僅かに呻き声を漏らす。
 だが、それ以上目覚める気配はなかった。

「僕の力じゃこれが限界か―――ベイガン」
「ハッ!」

 と、ベイガンがセシルの元へ駆け寄ってくる。

「彼を城まで運んでくれ」
「って、そんなにヤバい状態なのか!?」

 今度はバッツが驚く。

「死ぬことはないだろうけど、放っておいて良い状態でもないよ―――それに、彼には聞きたいこともある」
「ま、待ってください!」

 ベイガンがサラマンダーを担ごうとした時、制止の声があがる。
 振り返れば、ルディが緊迫した表情でこちらを見つめていた。

「そのっ、休ませるならば屋敷で休ませればいいでしょう?」

 ルディの言葉に、セシルは立ち上がると穏やかに微笑んだ。

「彼とはちょっとした知り合いでね。少しばかり話をしたいとも思っているんだよ」
「しかし・・・・・・」
「悪いんですが陛下、それはまた後日にして頂けませんか?」

 と、言ったのはルディではない。
 その声の主を、セシルは振り返る。

「ロイド・・・」
「お久しぶりです・・・というほど時間は経っていませんが」

 言いつつ、ロイドは階段を降りてくる。
 そして、階段の下まで降りると、倒れているサラマンダーを見やり、

「その者は当家で雇った傭兵です」
「だから引き渡すことはできないと?」
「はい」

 慇懃無礼にロイドは頷いた。
 普段とは違うロイドの様子に、ベイガンが困惑しつつも疑問を呟く。

「しかし、どうしてまた傭兵を? それもこれほどの数を・・・」
「たっ、大した理由などない!」

 などと唐突に叫んだのは、それまで黙っていたラウドだった。
 彼は壇上から、ベイガンに向かって怒鳴るように叫ぶ。

「屋敷の警備に必要な人間を雇っただけだ! 他に理由など・・・!」

 ラウドの言葉が途中で止まる。
 下からベイガンが鋭い目で睨み上げたからだ。

「・・・・・・」
「な、なんだ・・・?」
「ロイド殿」

 ベイガンは心底不機嫌そうに、ロイドに視線を移す。
 その隣では、セシルが口元に手を当てて、笑いを堪えていた。

「なんでしょうか、ベイガン殿」
「あれはなんですかな?」

 段上のラウドを指さして問う。と、ロイドが口を開くよりも早く―――

「フォレス家の次期当主、ラウド=ズィード=フォレス様だ!」

 ラウドのその名乗りを聞いて、ベイガンの表情がさらに険しくなる。

「・・・陛下、少々失礼を」
「あまり無茶はしないでくれよ?」
「御意」

 ベイガンは頷くと、片手をラウドに向かって振り上げると。

「ハァッ!」

 気合い一つで、その腕が肥大化し、巨大な蛇へと変化する。

「ヒィッ!?」

 突然の異形に、ラウドが腰を抜かす―――そこまで蛇は瞬時に伸びると、ラウドの胴体を巻き取って、そのまま階段の下まで引き摺り降ろした。

「う、うああああああああっ!?」

 恐怖と、それから引き摺り降ろされた時にあちこち打ったらしい痛みに、ラウドは悲鳴をあげる。

「貴様・・・」

 と、ベイガンは元に戻った腕でラウドの胸ぐらを掴みあげると、殺意すら込めて怒鳴りつける。

「陛下よりも上段から物を言うとは何事だ! しかも、陛下の居られる場で自身に “様” をつけるとは・・・・・・この無礼者がああああああああああっ!」
「ひっ、ひいいいいいいいいいいいっ!?」

 ひたすら悲鳴をあげるラウドに向かって、ベイガンが拳を振り上げる。
 その腕を、セシルが押さえた。

「はい、そこまで―――無茶するなって言ったのに」
「無茶などしておりません!」
「いいから、降ろしてやりなよ―――汚いよ?」
「む・・・」

 見れば、ラウドの表情は涙と鼻水まみれになり、股下からは暖かい湯気が立ち上っていた。
 それを見たベイガンは、表情から怒りが急速に消え失せ、代わりに侮蔑が浮かぶ。
 つかみ上げていたラウドを突き飛ばすと、ラウドは四つん這いになって逃げ出すように屋敷の階段を這い昇る。

「・・・ベイガンって、割と怖いヤツだったんだな・・・」

 ちょっと表情を引きつらせながらバッツが言うと、ベイガンは小さく一礼。

「これはお見苦しい所をお見せしました。陛下に無礼を働かれたと思ったので、つい」
「僕はそういうの、あまり気にしないんだけどなあ」
「気にしてくだされ! それも王の務めでありますぞ!」
「えー、でもなあ、そういうの苦手なんだよ・・・ねえ、バッツ」
「そ、そうでございますね、陛下様」
「なにその口調」

 セシルが苦笑して言うと、バッツはちらりとベイガンを見て。

「いやあ、なんとなく・・・」
「陛下のご友人は特別扱いです」
「え、そう?」
「・・・・・・限度というものはありますが」
「えっと、気をつけます。―――じゃなくって!」

 バッツは近くまで降りてきたロイドを睨付ける。

「セシル! ロイドのヤツが・・・」
「リサを泣かせたって言うんだろ? 君が叫んでるのを聞いたよ」
「ああ? だったらなんでそんな平然としてんだよ! ・・・で、ございますか」

 ベイガンが一瞬睨んだような気がして、慌てて敬語を取り繕う。

「そんなこと言っても、これはロイドとリサの問題だろ? 部外者がとやかく言う問題じゃないさ」
「見損なったぜセシル! てめえがそんな薄情なヤツだとは思わなかった!」

 ベイガンが睨んだような気がしたが、今度は無視した。
 そんなバッツに、セシルは肩を竦める。

「それで、どうするんだい?」
「てめえなんか知るか! こうなったら、俺一人でロイドを叩きのめして、リサの前まで引き摺ってってやる!」
「死ぬって言ったぞ、俺は」

 ロイドの言葉に、バッツは怯むが、なにか振り払うかのように首を振ると不敵に笑う。

「や、やれるもんならやってみろ! 舌噛んだって、セシルが回復魔法で癒してくれるぜ! 多分」
「できるかなあ?」
「出来る!」

 首を傾げるセシルに、何故かバッツが断言する。

「というわけでこれで何も心配することなくてめえをぶっ飛ばす! くらいやがれ怒りの鉄拳―――」

 バッツがロイドに踏み込み、その鳩尾狙って拳を突き出す―――が。

 ぱしん、とその拳が受け止められる。

「・・・なにっ!?」

 バッツの打撃はあっさりと止められていた。
 ロイドではない。横からいきなり割り込んだ来た手によって、完全に受け止められている。

「セシル、てめえ!」

 バッツの拳を受け止めたのはセシルだった。
 手のひらでがっちり掴まれていて、拳を退こうとしても動かない。

「こ、この野郎・・・!」
「いい加減にしておけよ。ここまで暴れたんだ、気も晴れただろう!」
「うるせえ! そこの馬鹿野郎に謝らせなきゃ済まねえんだよ!」

 怒鳴りつつ、バッツはもう一方の手で拳を握り、今度はセシルに向かって殴りかかるが―――それもあっさりと受け止められた。
 それならばと、先程、サラマンダーにやったように投げてやろうとした直前、逆に腕を捻られて抑え込まれる。

「いっ、いでっ、いでででででっ!」
「ベイガン、縄」
「ハッ」

 と、セシルに言われて、ベイガンは懐から捕縛用の縄を取り出すと、手際よくバッツの身体を縛り上げる。
 縛り終わり、バッツを地面に転がした後、ベイガンは「はあ」と嘆息した。

「まさか、陛下を捕縛するために用意した縄が、こうして役に立つとは・・・」
「ていうか、それは無礼に当たらないのか?」
「無礼というなら甘んじて罰を受けますが」
「・・・いや、いいよ。言ってみただけだよ」

 真っ直ぐに見つめてくるベイガンに、セシルは思わず目を背ける、と、こちらに歩いてくる白いコートの青年が目に入った。
 彼は、呆れたような、驚いたような、そんな微妙な表情をセシルに向け、

「・・・なんでそんな簡単に、そいつを捕まえられるんだよ?」

 そいつ―――縄で縛られたバッツを見やり、サイファーが疑問を呟く。
 セシルはバッツの茶色い髪の毛をぽんぽんと叩きながら苦笑する。

「今のバッツなら簡単さ。こんな風に、自分の激情に呑まれている状態ならね」

 バッツの強さの根本は、無拍子の他にもう一つある。
 それは殺気がないことだ。
 殺気がないため、攻撃の気配を感じ取りにくい。それに無拍子が組み合わされば、真っ正面にいて油断無く身構えていても、見失ってしまう。

「激情に呑まれれば気配も強くなる。それに “無拍子” も微妙に動きにブレがでる―――そうなれば、動きを見切るのも容易い」
「だあああああ! ぽんぽんぽんぽん、人の頭を叩くんじゃねーーーーー!」

 笑顔で説明するセシルに、バッツが激昂する。
 苦笑して、セシルはバッツの頭から手を離すと、ロイドに向き直った。

「さて、と。それじゃ、サラマンダーさんは・・・・・・」
「さっきも言ったでしょう。引き渡すことはできません」
「王の命令だとしても?」
「はい」

 表情を全く変えずに頷くロイドに、セシルはやれやれと肩を竦めた。

「もしかして君は怒っているのかな? こうして城を追いだした事を」
「・・・・・・」
「君は誤解しているかも知れないが、これは仕方のない処置だった。なぜなら―――」
「ファブールのモンク僧長、ヤン=ファン=ライデンを見殺しにした責任を、誰かが取らなければならなかった・・・ですか?」
「―――!」

 ぎくり、とセシルは表情を強ばらせる。
 だが、すぐに笑みを作ると、ロイドに笑いかけた。

「なんだ、やっぱり解ってくれていたのか」
「他に理由は思いつきませんから―――ヤン僧長自身が望んだこととはいえ、我々に同行した彼が戻らなかったことで、バロンはファブールに対して負い目ができてしまう。その責任を誰かが取らなければならないが、本来責任取るべきカイン=ハイウィンドはバロン騎士団の要でもある。だから、とりあえずカイン隊長はただの謹慎処分にしておいて、俺を身代わりにしたというわけだ」

 吐き捨てるようにいうロイドの言葉を聞いて、セシルは重々しく頷いた。

「その通りだ―――だが、解って欲しい。僕は何も君を・・・」
「うるさい黙れ! 俺はアンタを尊敬していた・・・その結果がこれだ! 俺はもう、アンタを二度と信用しない!」
「ロイド殿! それは王に対する背信―――」
「ベイガン」

 思わず詰め寄ろうとするベイガンを、セシルが抑える。首を横に振り、諦めたように呟いた。

「良いんだ。もう、いい」
「・・・陛下」
「済まないがサイファー君、バッツを担いでくれないか?」
「・・・・・・」

 なんで俺が、と言う言葉を呑み込んで、サイファーは渋々とバッツを担ぎ上げる。

 セシルはロイドに背を向けると、困ったように佇むルディの存在に気がつく。

「そう言えばロイド、彼は?」
「・・・俺の弟です」
「義理の兄が居たことは知っていたけど、弟が居るのは初耳だったな」
「家を出てからずっと音信不通だったので」
「城に尋ねてくることは―――まあ、城は子供が遊ぶには危ない場所か」
「さてね・・・そうかもしれませんが―――さあ、いい加減にお帰りなったらどうですか? 街は王様が遊ぶには危険な場所でしょう」

 上手く皮肉を返されて、セシルは口を閉じる。
 嘆息して、それからロイドを振り返った。

「最後に、これだけは言わせてくれ。君には本当にすまないと思っている」
「・・・今更、謝られても許す気にはなれませんね―――お帰り下さい」

 拒絶するように、ロイドはセシルに背を向ける。
 ベイガンが何か言いたそうにしていたが、セシルに「帰ろう」と促されてそれに従う。

 セシル達が残骸となった門から外に出るまで、ロイドは一度も振り返る事はなかった―――

 

 

******

 

 

「・・・これで良かったのかよ」

 フォレス邸から出た後だ。
 縛られ、サイファーに担がれたまま、バッツがセシルに問いかける。
 セシルは疲れたように溜息を吐いて、

「他にどうしろと?」
「本当なのかよ。ヤンが死んだ責任をロイドに押しつけたって」
「・・・・・・」

 バッツの問いに、セシルは何も応えない。
 代わりに、逆に問い返す。

「それよりもどういう経緯で君達は暴れ回っていたんだい?」
「暴れ回ったのはコイツだけだ! おれは何もしてねえ!」

 サイファーが、担いでるバッツの身体をパン、と叩く。

「暴れたかったらお前だって好きにすりゃ良かったろ!」
「ンな余裕がなかったんだ! てめえが――――――チッ!」

 バッツの強さが凄すぎて圧倒されていた、などと言いかけて、サイファーは不機嫌そうに舌打ちして誤魔化す。

「それでバッツ、なんでああなったんだ? というかリサは居ないようだけど、ちゃんと家に帰ったのかい?
「・・・・・・あとでゆっくり説明してやるから、一つだけ真面目に答えろ」
「なんだい?」
「リサが泣いたのは誰のせいだよ?」
「ロイドのせいだって君が言ってたろ」

 そう、セシルが答えると、バッツは無言でにらみ返してきた。

「解ったよ、真面目に答えるんだね」
「そうだよ。リサを泣かせたのはロイドだ。でもロイドはお前にクビにされなきゃリサにあんなこと言わなかったはずだ。その理由がヤンを失ったことだって言うなら―――」

 苦々しい表情で、バッツは呟くように続ける。

「悪いのは、誰だ? お前か、ロイドか、勝手に死んじまったヤンか? それともヤンを守れなかった俺達か―――」
「僕だよ」

 即答だった。
 あまりにもあっさりと答えられて、バッツがきょとんとする。

「リサが泣いたのは紛れもなく僕のせいさ。―――だから、ロイドはあんなに怒ってたんだよ」
「・・・陛下? それは少しおかしくありませんか?」

 それまで黙っていたベイガンが問いかける。

「なにがだい?」
「ロイド殿が怒ったのは、陛下がロイド殿を追放したからでしょう?」
「・・・さてね」

 苦笑。
 いつもの笑みを浮かべ、セシルはそれ以上は何も言わなかった―――

 

 

 


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