第20章「王様のお仕事」
L.「焔のサラマンダー」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロンの街・フォレス邸

 

 

 

「・・・チッ、俺もいい加減、人が良すぎるぜ」

 ぶつくさ言いながら、サイファーはフォレス邸に向かっていた。
 走りながら、服にすりつけられた鼻水を手でこすって落とす。

(・・・に、してもあの野郎、本当に一人であの屋敷に乗り込んだってのか?)

 リサはそう思っているようだが、サイファーはイマイチ確信が持てなかった。
 バッツ自身の言葉を信じるならば、あの屋敷には100人以上の屈強な男達が居るということになる。
 サイファーは、バッツほどハッキリと気配を感じ取ったわけではないが、少なくともカイン=ハイウィンドや、セフィロス程のプレッシャーは感じなかった。一人や二人なら、片手間に相手できる程度だろうとは推測できる。
 だが、100人と言うのは幾らなんでも、一人で相手するには多すぎる。

(ケッ、あの女もなにを心配してやがる。あの “ただの旅人” になにができるってんだ。貴族野郎の邪魔をするどころか、屋敷を叩き出されるのがオチだろうが!)

 サイファーは、地底世界でバッツの戦い振りを見ている。
 斬鉄剣で魔物の群れを斬り裂き、偽物とはいえ、あのセフィロス相手に互角以上に戦った。
 が、結局、セフィロスは倒せず、魔物達も斬鉄剣で屠った以外は一匹として倒していない。
 なによりも、バッツからは戦士としての “強さ” ―――気迫、オーラと言い換えても良い―――そういうものが全く感じられない。一流の戦士ならば誰もが持っている雰囲気が、バッツ=クラウザーには無い。

 だから。

(まあ、いい。叩きのめされたあの馬鹿をなんとか回収して、さっさとズラかるだけだ―――邪魔するヤツは気晴らしにブッタ斬るってのもいいな)

 などと思いつつ、フォレス邸に辿り着いたサイファーは、驚愕することになる。

「なんだ・・・? 門が・・・」

 フォレス邸に辿り着いて、サイファーがまず見たものは、残骸となった門だった。
 鉄の格子で作られた巨大な門がバラバラに斬り刻まれ、簡単にまたいで通れるようになっている。

「まさか・・・こいつ、あいつが・・・?」

 ごくり、と息を呑みつつ、門を乗り越えたサイファーの眼前に、さらに驚く光景が広がっていた―――

 

 

******

 

 

「ばっ、馬鹿者ども! なにをしている!」

 ややヒステリックな、ラウドの悲鳴が飛ぶ。
 その悲鳴に押されるようにして、手斧を手にした傭兵の一人がバッツに向かって襲いかかるが―――

「おおおおおおおおおっ!」
「・・・うるせェよ」

 裂帛の気合いと共に飛びかかってきた傭兵に対し、バッツは肘を向けて、わずか半歩ほど踏み込んだだけだ。
 ―――直後、バッツの肘が傭兵の鳩尾にえぐりこむ。

「が・・・ああああ・・・・・・っ!?」

 振り上げた手斧を振り降ろす間もなく、傭兵は白目を剥いて、仰向けに倒れ込んだ。

「おい」

 どさり、と傭兵が倒れる音に合わせるようにして、バッツは階段の上のラウドを睨み上げる。

「いい加減にロイドを出せよ。でねえと、てめえもついでにぶっ飛ばすぞ」
「ぐ・・・愚民が! 愚民如きが!」

 ラウドは怒りと恐怖にわなわなと震えながら、バッツを睨み降ろす。
 そのバッツの足下には、今し方倒した傭兵の他、今まで倒された傭兵が50人―――いや、それ以上倒れていた。
 傭兵達の殆どは一撃で倒され、気絶したままぴくりとも動かない。
 だというのに、それを成したバッツは、息一つ切らせず、汗一つかいていない。

 すでに傭兵達に戦意は残されていなかった。
 まともに行けば勿論、左右や背後などから仕掛けても、バッツはまるで全身に目がついているのかのように反応し、的確に反撃してくる。
 一人で駄目ならばと、二人以上で同時に攻めれば、同時攻撃をあっさりと回避され、逆に同士討ちさせられる始末。
 中には攻撃魔法を使える傭兵も居たが、本来は不可避なはずの魔法を易々と回避され、魔法を唱えた傭兵を察知すると、叩き潰されていた。

 100人以上居た傭兵達も、すでに三分の一以下に減っている。
 まだ数十人もの傭兵がバッツを取り囲んでいるが、その誰もがバッツに気圧されて動けずに居た。
 ―――たった一人を除いて。

「・・・そろそろ出番か」

 そう呟いたのは、階段の中段に腰掛けて観戦していた一人の傭兵だった。
 先程、ラウドに意見した赤毛の傭兵だ。
 彼は、立ち上がり、「どけ」と、他の傭兵達を押しのけて、バッツの前に出る。

 新たに登場した赤い傭兵を見て、バッツは怪訝そうに眉を寄せた。

「・・・なんだ? どっかで見た顔だな・・・」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」

 そう言って、赤い傭兵は構えを取った。
 やや背中を曲げ身体を前に傾ける。筋肉の膨れあがった両腕をだらりと前にたらした、独特の構えだ。
 武器らしい武器は持たず、どうやら素手を武器とするようだった。

「名前を聞こうか」

 傭兵が尋ねる。
 バッツは特になんの構えもない、いつも通りの自然体で、

「バッツ=クラウザー・・・ただの旅人だ」
「クラウザー、か。確か剣聖と呼ばれた男が同じ名前だったが―――」
「そりゃ俺の親父だ」
「そうか。ならば―――」

 と、傭兵はバッツの腰に下げたエクスカリバーを見る。

「―――剣を抜け。剣聖の息子なら、拳ではなく剣が本領だろう」

 バッツは門を斬って以降、一度も剣を抜いていなかった。
 全て打撃で傭兵達を倒していた。

「言っただろ、俺はただの旅人だ。剣聖じゃねえ―――まあ、確かに拳よりも剣の方が殴っても手が痛くなくて済むけどな」

 ぽんぽん、とバッツはエクスカリバーを軽く叩いて―――しかし、剣は抜かない。

「・・・今の俺はブチギレてんだ。なんとか加減はしてるつもりだけどな。剣なんか使ったら、うっかり斬っちまうかもしれねーだろうが。いくら切れ味のない剣でもな」
「ほう・・・よくはわからんが、この俺を相手にしても剣を抜かないつもりか」
「変わんねーよ」

 バッツは、そこら中に倒れている傭兵達を見回し。

「他の奴らよりは強いみたいだけどな。あんたじゃ俺には勝てない」
「・・・舐めているのか、貴様」

 赤い傭兵の声音が変わる。元々低い声が、さらに低く、力の籠もったものになる。
 殺気が膨れあがり、他の傭兵達がその殺気に気圧されるように、わずかに下がる。しかし―――

「おい、俺は名乗ったんだぜ? アンタも名乗るのが礼儀ってもんじゃねーのか」

 バッツだけは平然と、その殺気を感じないかのように言う。

「フン・・・その度胸に免じて教えてやる。俺の名前はサラマンダー=コーラル・・・」

 赤毛の傭兵―――サラマンダーは、名乗った瞬間にバッツに向かって突進した!

「 “焔のサラマンダー” と人は呼ぶ!」

 突進の勢いと共に、だらりと下げられた腕のうち、右腕がバッツに向かって跳ね上がる。
 岩をも軽々と砕きそうな太い腕の一撃だ。まともに受ければ、バッツの身体など粉々に砕け散ってしまうかも知れない。

 だが。

「か・・・あ・・・・・・っ!?」

 次の瞬間、悶絶の声を上げたのはサラマンダーだった。
 振り上げた腕は空振り、代わりに飛び込んだバッツの跳び膝蹴りが、右腕を振り上げて丁度ガラ空きになった右胸に突き刺さっていた。

「変わんねーだろ?」

 サラマンダーの耳元で囁き、爪先でサラマンダーの腹を蹴るようにして後ろに跳び退る。

「ぐ・・・っ」

 がくっ、とサラマンダーは膝を突いて、右胸を押さえた。

「この・・・一撃は・・・!」

 バッツのカウンターによる一撃を受けて、サラマンダーはバッツの強さの秘密を理解した。
 外から見ていたところ、バッツはそれほどパワーがあるようには見えなかった。付け加えれば、スピードも速いことは速いが、並よりも上、と言った程度だ。多少、動きに違和感―――その違和感が “無拍子” によるものだと、サラマンダーは解らなかったが―――を感じたが、それほど戦闘力は高くないように思えた。

 が、だというのにバッツは次々に屈強な傭兵達を倒していった。
 それも、たった一撃で、どの傭兵も終わっている。

(カウンター・・・それも、精密にして正確、完璧なカウンターだ・・・!)

 思い返せば、バッツは自分から仕掛けたことは一度もなかった。すべて、傭兵達が攻撃を仕掛けて、それを反撃で倒している。
 しかし、その反撃は単なるカウンターではない。相手の勢いを100%利用できるタイミングとポイントに、正確に打撃を行っている。

「だが・・・っ」

 サラマンダーは胸を押さえながらも、しかし立ち上がった。
 そしてにやりと笑う。

「タネさえ解れば怖くはな―――おぶわっ!?」

 台詞を遮るように、バッツの足がサラマンダーの顔面に蹴り込まれた。
  “無拍子” のからなる技の一つ “神行法” による奇襲だ。全く油断していたところに蹴りを受けて、サラマンダーはそのままのけぞって仰向けに倒れた。

「ぐお・・・貴様・・・!」
「・・・タフなのは認めるけどなあ」

 倒れたサラマンダーを見下ろし、バッツは嘆息した。

「 “俺に勝てない” ってことは、他の奴らと変わらないぜ?」
「うおおおおおおおっ!」

 サラマンダーは勢いよく立ち上がると、バッツに向かって掴みかかろうと腕を伸ばす。
 バッツはその腕をかいくぐり、懐に飛び込むと肘でサラマンダーの胸の中心を打つ!

「ぐ、はああ・・・っ!」

 サラマンダーの口が大きく開き、そこから叩き出された息が漏れるが―――即座に開いた口を閉じ、歯を噛み締めて打撃に耐えると、両手でバッツの肩を掴んで捕えた。

「ふん・・・捕まえたぞ」
「・・・・・・」
「カウンターが得意なようだが、それは裏を返せば貴様自身には力が無いと言うことだ。こうして捕まえてしまえば何もできまい!」

 力が無い、というのはサラマンダーの言うとおりだった。

 体術の極みである無拍子―――
 動作を限りなく最適化するその体技は、動作に無駄が無く、常人よりも少ない力で行動できると言うことだ。
 それは戦闘に限らず、日常でもバッツは普通の人間の半分以下の力で生活しているということだ。裏を返せば、常人よりも筋力を必要としない―――つまり、筋力が低い。

 それでも長年旅をしていたバッツは、さすがに一般人よりは力はある。
 が、本職の戦士と比べれば子供と大人どころか、赤ん坊と大人くらいの差がある。下手をすれば、腕相撲でリディアやフライヤと互角以下かも知れない。

 相手が筋骨隆々の傭兵ならば言わずもがな。
 がっしりと肩をサラマンダーに掴まれたバッツは、それをふりほどくことは絶対に不可能だ。

「さあ、どう料理してやろうか・・・このまま肩を潰してやるのもいいが―――」

 サラマンダーは獰猛な笑みを浮かべると、右手で固く拳を握る。
 見るからに岩を易々と砕きそうな、破壊力を感じさせる拳だ。

「とりあえず、さっきの一撃の礼をしておこうかッ!」

 ごうんっ、と空気を砕き、拳がバッツの顔面に向かって振り下ろされる。
 その拳が、バッツの顔面を砕こうとしたその瞬間―――

 

 

******

 

 

「・・・あ?」

 拳は当たらなかった。
 バッツは避けようとしても避けられないはずだった。片方だけとはいえ、肩をしっかりと押さえつけられている。この至近距離で、首を動かしただけで回避されるほどサラマンダーは間抜けではない。

 なにが起きたのかサラマンダーには理解できなかった。
 理解できないと言えばもう一つ。
 目の前の光景が転じていた。
 捕まえられたというのに、無感動なバッツの表情が目の前にあったはずだが、今は何故かその後頭部が見える。しかも逆さまだ。逆さまと言えば、不思議なことに地面も逆さまに、つまり上に見えていた。逆に空は下に見えている。

(・・・飛んで・・・?)

 思った瞬間、サラマンダーは重力に従って、地面に叩き付けられた。

「が・・・ああ・・・?」

 何が起こったのか理解できない。
 仰向けに倒れ、青い空を見上げながら、サラマンダーはひたすら困惑していた。
 地面に叩き付けられたダメージよりも、困惑のせいで身動き取れない。

「何が、起きた・・・?」
「投げただけだ。つか、本気でタフだな・・・レオのおっさん並じゃねえか?」
「・・・・・・っ!」

 視界に、こちらを覗き込んでくるバッツの顔を見つけて、サラマンダーは自分の身体を跳ね上げる。
 その反動でごろごろと2回転半ほど転がると、その勢いで立ち上がり、バッツの方を向く。

「お前は・・・魔法使いか・・・?」
「は? 魔法なんざ使えねーよ」
「ならば、今のは・・・!」
「だから投げただけだっつーの。アンタが殴りかかってきたから、そいつを利用してポイッって感じで」

 まるでゴミをゴミ箱に投げ入れるような仕草で説明する。

 ―――無拍子を扱えると言うことは、体術を極めたことに等しい。
 体術を極めたということは、人体の運動の原理を理解しているということだ。
 どこをどう殴れば人は倒れ、何をどうすれば人は投げられるのか、バッツは解っている。

 ただ、それは生まれながらの天賦の才によるものだ。
 知識として知っているわけではなく、ただ本能的に理解しているだけだ。
 だから、 “どうすればそんなことができるのか?” とバッツに問いただしても、説明することはできない。

「・・・しっかし、まだ立つか」

 はあ、とバッツは面倒そうにサラマンダーを見やる。
 他の傭兵達も、かなり鍛えられているようだが、この赤い傭兵はその比ではない。
 顔面を蹴った蹴りはおまけとしても、相手の力を利用した打撃も、投げもまともに決まったはずなのに、まだ立ってくる。

(・・・マズイな)

 バッツは少し焦りを感じていた。
 とは言っても危機感は全くない。おそらくどう逆立ちしても、サラマンダーに負けることはないだろう。それくらいの実力差はある。
 ただ、このままカウンターを繰り返しても、サラマンダーはまだまだ倒れない。そうなってくると―――

「・・・・・・」

 バッツは無言で、周囲に倒れている傭兵達を見回す。
 皆、バッツの一撃で倒れ、立ち上がってくる気配はない。

(なんつーか・・・・・・段々、気が晴れて来たっつーか・・・・・・)

 傭兵達を叩きのめしているうちに、怒りとかそう言うものが段々と薄れて来ていた。
 殴ってる時は、「邪魔するヤツは容赦しねえ!」とばかりに思っていたが、改めて見回してみると、ちょっとやりすぎたような気がしてきた。

(ていうか、よくよく考えてみれば、これってリサとロイドの問題だし、部外者が口というか手を出すのもどうなんだろうなー・・・)

 今更と言えば今更な疑問が胸を過ぎる。
 これは、このまま逃げ出した方が良いかなー、とバッツが思い始めたその時。

「・・・いつまで続ける気だ。騒々しい」

 聞き覚えのある声。
 見上げれば、階段の上の玄関が開かれていて、そこからロイドが姿を現わしていた―――

 

 


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