第20章「王様のお仕事」
K.「女子供には・・・」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロンの街・フォレス邸

 

「―――その剣は疾風の剣」

 などと、バッツが呟いていた頃。
 それから少し離れた西区の一角で、セシル=ハーヴィは配下の近衛兵達に取り囲まれていた。

「―――さて、観念して頂きましょうか・・・!」

 兵達の中央。セシルの真っ正面に、一歩進み出て宣言したのはベイガンだった。
 う、ふ、ふ、ふ、ふ、とやたら怨念のこもってそうな強ばった笑みを浮かべて、セシルを凝視している。
 そのセシルはというと、とある貴族の屋敷の塀に背中を付けて、困ったように苦笑していた。

「ベイガン、なんかちょっと怖いよ?」
「誰がそうさせていると!? 毎日毎日毎日毎日毎日、こちらの目を盗んでは職務を放り出して城中逃げ回ったり、街中逃げ回ったり、とにかく逃げ回って!」
「仕事を放り出したつもりはないけどなあ。最低限の事はやってるつもりだよ?」
「最低限でどーしますか! 陛下、貴方はこの国の王様なのですぞ! やることなど腐るほどあります!」
「腐ってしまう程度のものなら、別にやらなくてもいい仕事じゃないかな」
「よくありません!」

 がーっ、と大声で叫ぶベイガン。と、不意にがっくりと肩を落とした。

「ああ、もう、本当に何を考えておられるのか・・・最近の陛下に関する噂を知らないわけではありますまい」
「遊び人、だの、役立たず王とか呼ばれてるらしいね」
「知っているのなら、行いをお改めくだされ!」
「とはいってもなー・・・」

 セシルは困ったような苦笑を浮かべたまま、天を仰ぐ。

「僕が出歩いていても、誰も困らないだろ?」

 その言葉は本当だった。
 先王オーディンの頃から溜まっていた民達の陳情の殆どは処理し終わり、厄介な懸案はセシルが適任だと思った者たちに任せている。
 ファブール、ダムシアンなどの諸国との会談もひとまず済んでおり、今はゴルベーザという共通の敵を倒すことを目的として、各国が協力して動いている。

 現状、国内外の事で、セシルが今すぐにどうにかしなければならない事は済んでいるのだ。

(まあ、一つあるとすれば―――)

 一つあるとすれば、地底で失われたモンク僧長の事だ。
 ヤンの身に起こった顛末は、書面にしてすでにファブールへと送ってある。まだ返事は返ってこないが、いずれはファブールへ行かなければならないだろう。ただし、それは―――

(バロン王としてではなく、ヤン=ファン=ライデンの戦友として)

 だが今は、このバロンでやることがある。
 そのために、セシルはこうやって出歩いているのだが。

 セシルは視線を地に戻し、目の前のベイガンを見やる。

「・・・・・・・」
「な、なんですかな!? そうやって見つめたところで、これ以上遊ばせるわけにはいきませんぞ!」
「・・・はあ」

 セシルはある目的のために、こうやって近衛兵達から逃げ回りながら出歩いていた。
 だが、その目的をベイガンには漏らしていない。
 ベイガン=ウィングバードは近衛騎士として誰よりも優秀な男ではあるが、たった一つだけどうしようもない欠点がある。

(実直すぎるんだよな・・・)

 嘘を吐いたり、秘密を隠すことが苦手で、演技下手。
 秘密の計画などを教えれば、それを自分から漏らすことは絶対にないだろうが、なにかを隠していることはすぐに態度や言動にでる。
 かつてゴルベーザに操られていたときもそうだった。
 ベイガンがこの世で最も不向きな職業は、詐欺師に違いない。

「まあ、いいか」
「陛下、何か?」
「いや。今日は大人しく帰るよ―――これ以上、此所にいても収穫は無さそうだし」

 セシルは周囲を見回す。
 貴族の屋敷が建ち並ぶ区画だ。
 特に具体的な目的があったわけではないが、セシルが一人で適当に出歩けば、なにかしらの反応があるかと考えた、が。

(誰かが後を付けてくる様子も、監視されている気配もない。完全に無視か―――ちょっと厄介だな・・・)

 と、セシルが考えていると、ベイガンが声を低くして言う。

「陛下。陛下がこうして街を出歩いているのは、何かお考えがあってのことだと存じます」

 ベイガンは愚直ではあるが能無しではない。
 セシルが何の意味もなく遊び歩いているとは考えていない。
 ただ、セシルの真意がわからない以上は、己の職務を遂行するだけだと頑固に思っているだけだ。

「ですが陛下。陛下の身を守るのが、我ら近衛兵団の役目。どうかお一人で不用意に出かけることはおやめください」
「わかったよ、なるべく気をつける」
「 ”なるべく” ではございません。 “絶対に” です!」
「はいはい、わかったわかった」
「絶対に解ってないでしょうその返事!」

 はああああああ・・・と、深々と溜息を吐いて、ベイガンは先程よりもさらに深く肩を落とす。
 その肩を、セシルはぽん、と叩いて。

「悪かったよ。暫くは一人で出歩いたりはしないから、絶対に」
「本当ですな!」
「本当だってば。さ、城に戻るとしようか」
「了解致しました―――おっと、そう言えば」

 ふと、ベイガンが思い出したように言う。

「先程、バッツ殿たちに会いました。なんでもリサ殿の付き添いで、ロイド殿に逢いに行くのだとか―――
「バッツとリサがロイドに逢いに・・・?」
「・・・陛下が、どういうおつもりでロイド殿を城から追い出したのかは解りかねますが、城に戻る前にお会いになってはいかがでしょうか?」
「・・・・・・・・・」
「陛下?」

 何事か考え事をしているセシルを、ベイガンは怪訝そうに伺う。
 と、セシルは不意ににこりと笑って。

「そうだね。確かにロイドとは会うべきなのかも知れない―――帰る前にフォレス家に寄るとしようか」

 

 

******

 

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 屋敷の方からベルが鳴り響いてくる。
 その音を聞きながら、バッツは門の残骸を乗り越えてフォレス邸内に侵入する。

 ベルは門を斬鉄剣で斬った瞬間に鳴り響いた。
 どういう仕組みかは知らないが、どうやら門を無理に開けようとすると鳴る防犯ベルのようだった。

「・・・・・・」

 ベルの音に構わず、バッツはエクスカリバーを鞘に戻して屋敷の方へ進む。
 屋敷まで続く、庭の道を進んでいく。
 ちょっとした競技場ほどもある前庭だ。屋敷までたどり着くのに、少し時間が掛る。
 道は、人が歩くには広く、さらにはうっすらと轍や鳥の足跡のようなものが見えた。この屋敷の主は、いちいち自分で歩いたりはせずに、チョコボ車を使うのだろう。

「・・・・・・」

 ―――と、道の半ばほどまで進んだ頃、警報のベルが止まり、屋敷の大きな扉が開かれた。
 中から出てきたのは、先程、屋敷の中を案内してくれた少年だ。
 彼は、バッツが斬り壊した門を見て、驚いたように動きを止め、やがて屋敷に向かって歩むバッツの姿を見つけると、小走りに駆け寄ってくる。

「バ、バッツさん・・・でしたか?」
「ああ」
「・・・っ」

 駆け寄ってきたルディに、バッツは足を止めて短く答える。
 その声音に、言いようのない迫力を感じて、ルディは息を呑む。

「そ、の・・・な、なんの御用でしょうか・・・?」

 気圧されながらも、ルディはなんとか声を絞り出す。
 バッツはルディの後ろ、巨大な屋敷を睨み上げて、

「・・・ロイドの馬鹿野郎をブン殴りに来た」
「に、兄様・・・を? た、確かにロイド兄様はあなた方に酷いことを言ったかも知れませんが、でも―――」
「リサが泣いたんだ。女子供には優しくしろ、俺の親父の口癖だ」
「あ、あのっ、兄様の代わりに僕が謝ります! ごめんなさい! だから、どうか―――」

 すがりつくように、しがみついてくるルディを見下ろし、バッツは首を横に振る。

「お前じゃ意味がねえよ。あの野郎をブン殴って、リサの前まで連れてって、這いつくばらせて泣きながら謝らせてやる・・・!」
「だ、駄目です! そんなこと!」
「邪魔だ、どけ」
「いやです! これ以上は行かせません」
「そうか」

 バッツは自分の服を掴んでいるルディの手を、包むようにそっと握る。そして。

「・・・えっ!?」

 次の瞬間、ルディの目の前からバッツの姿は消えていた。
 しがみついていたはずなのに、手は服を掴んでいたはずなのに、どういうわけかバッツは幽霊のように目の前から掻き消えていた。

「う、うわあ!?」

 しがみついていたバッツが消えたことで、ルディは前のめりに倒れ込む―――寸前、その肩を後ろから掴まれて、引き起こされた。
 体勢を立て直し、後ろを振り返れば―――

「大丈夫か?」
「え・・・? あ・・・?」

 こちらを見下ろしてくるバッツの姿に、ルディは訳が解らずに困惑する。
 ルディが茫然自失となっている隙に、バッツはさっさと屋敷の方へ向き直ると、再び歩み始めた。

 その先には5段ほどの短い階段があり、その上に屋敷の扉があった。
 バッツが階段の一段目に足をかけたその時、ルディがようやく我に返って声を上げる。

「あ、バ、バッツさん!」

 その時、バッツの目の前で扉がまた開いた。

「ルディ! やはり貴様には任せておけぬ!」

 などと言って登場したのは、フォレス家の次期当主―――ラウドだった。

「愚民如き、この私が叩き出して―――き、貴様は!」

 ラウドは階段の下のバッツの姿に気がつくと、目を見開き―――直後、怒りに顔を真っ赤にして振るわせる。

「貴様! ぐ、愚民の分際で、この高貴な私の顔を殴ったなああああああああああっ!?」
「なんだ、俺の拳が見えてたのか?」

 へえ、と意外そうにバッツが言うと、ラウドは苛立った声で叫び返す。

「見えてはおらぬ! だが、あの時私のすぐ傍にいたのは貴様だろうが! 貴様以外に誰がおるかああああああああああああっ!」
「うわ、割と頭良い」

 心底意外そうにバッツは呟く。
 そんなバッツに、ラウドはだんだんだん! と地団駄を踏み、バッツを指さす。

「貴様貴様貴様ー! 私を傷つけておいて、生きて帰れると思うなああああああっ!」
「に、兄様! この人はロイド兄様のご友人です! あまり手荒な真似は―――」
「五月蠅い黙れ!  “落ちこぼれ” の知り合いだからどうしたというのだ! このフォレス家の次期当主、ラウド=ズィード=フォレス様が直々に処刑してくれん! ―――お前ら出てこい! コイツを叩き殺せえええええええええええええええ!」

 ラウドの叫びに、三度屋敷の扉が開かれる。
 扉から飛び出したのは、何十人―――いや、百人は超える男達だった。
 如何にも荒事専門だと看板でも出していそうな、筋骨隆々とした男達だ。彼らはそれぞれに武器を持ち、武装している。
 明らかに街のごろつきではなく、戦いを生業としている傭兵たちだ。

「・・・・・・・」

 ゾロゾロと出てきた傭兵たちは、あっと言う間にバッツを取り囲む。
 それをバッツは無言で見回した。

(なんか最近もこんなシチュエーションなかったっけか・・・・・・ああ、バブイルの塔か)

 バブイルの塔に侵入する時も、周囲を魔物達が囲んでいた。
 もっともあの時は、魔物達は逆に塔へ戻ろうとしていたのだが。

 などと考えているバッツの様子を、何を勘違いしたのかラウドは一転して機嫌良く笑い声を上げる。

「ふはーっはっはっはっは! これだけの傭兵の数に声も出ないようだな! さあ泣け! 喚け! 命乞いをしろ! この私に許しを乞え! だが絶対に許さん! じわじわとなぶり殺しにして、死ぬ直前までこの私に刃向かったことを後悔させてやる!」
「・・・つうか、大げさ過ぎやしねえか?」

 バッツを取り囲んでいた傭兵の一人が、ラウドを振り返って言う。
 赤い髪と同じ色の顎髭が特徴的な巨漢だ。武器らしい武器は持っておらず、膨れあがった筋肉と、岩塊のような拳が武器と言わんばかりに握りしめられている。

 ラウドは、その傭兵を一瞥すると、階段の上からバッツと一緒に見下して。

「黙れ、傭兵風情が! その無礼な男に、この私の力というものを見せつけてやるのだ!」
「・・・チッ」

 これだから貴族ってのは好きになれねえ、と赤い髪の傭兵は心中で呟く。
 そして、ターゲットである一人の青年を見やり―――ふと、首を傾げた。

「なんか、どこかで見た顔だが・・・・・・?」

 顎髭を撫でながら呟いた傭兵の言葉は、しかしバッツには届かなかった。

 バッツはラウドの言ったように、泣くことも喚くことも、ましてや命乞いなどすることもなく、周囲の傭兵達の殺気を気のない様子で受け流す。
 ・・・屋敷の中で感じた気配、というか殺気は、どうやらこの傭兵達のものらしかった。

「さっきも言ったが」

 百人以上の傭兵達に取り囲まれながら、バッツは全く動じることなく、いつも通りの―――いつもよりも何処か静かな様子で呟いた。

「 “女子供には優しくしろ” ってのが親父の口癖でな」

 バッツのその言葉に、傭兵達は一瞬だけ沈黙し―――不意に爆笑の渦が沸き上がる。

「何をワケのわかんねえことを言ってやがる!」
「俺達が女子供に見えるってか?」
「それともなにか? 自分は子供だから勘弁して欲しいってか!」

 ぎゃははははー、と傭兵達が下品な笑い声を上げる。
 笑いの中、バッツは小さく首を振った。

「いいや、そうじゃねえよ」
「へっ、何をごちゃごちゃと! 死にやがれ!」

 剣を持った、バッツよりも頭二つ分は大きい体格の傭兵が、バッツの背後から斬りかかる。
 しかしバッツは、振り向きもせずに半歩だけ後ろ―――つまり襲いかかってきた傭兵の方へ下がると、無造作に右拳を上に突き上げた。
 その拳は、傭兵が剣を振り下ろすよりも早く、傭兵の顎を突き上げた。

「あ・・・か・・・?」

 綺麗なアッパーを喰らった傭兵は、一瞬だけ動きを止めてから、そのまま真後ろへと倒れ込む。
 剣を持ったまま、仰向けに倒れると、ひくひくと痙攣したまま立ち上がる気配を見せない。
 それだけで、傭兵達の笑い声は止まり、場は静まりかえる。
 静まりかえった中、バッツは静かに―――しかしハッキリとした声で言い捨てる。

「女子供には優しくしろ―――逆に言えば、それ以外なら優しくする必要はねえってことだよな?」

 その直後。
 バッツの周囲で殺気が膨れあがった―――

 


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