第20章「王様のお仕事」
J.「ロイド=フォレス」
main character:リサ=ポレンディーナ
location:バロンの街・フォレス邸
―――姿を現わしたのは、20代後半に差し掛かろうという頃の男だった。
ロックやロイドに近い歳。
美形の部類に入るのだろうが、その表情は怒りとも皮肉ともつかぬように歪められていて、バッツ達を睨んでくる。「ええい、苛立たしい! ルディのヤツにまかせたはいいが、この私の屋敷を庶民がはい回るなど、いい加減に我慢ならん!」
「・・・つか、なんだよアンタ」面倒そうなのがでてきたなあ、とバッツは思いつつ尋ねる。
すると、男は表情をますます皮肉げに歪め、顎を少しだけ上げ、こちらを見下すように言った。「貴様ら如きに語る名は持たんな」
「あ? ナメてんのか、てめえ」じゃき、とサイファーはガンブレードを男へと向けた。
だが、男は動じることなく、胸を反らせてますます居丈高に。「愚民のくせにその態度はなんだ!? 私がこの国を支配した暁には、貴様のようなヤツは即刻処刑してくれるわ!」
「うるせえ黙れ! 今すぐここで死刑にしてやろうかあ?」ガンブレードを、男の額に突き付ける。その切っ先が少しばかり突き刺さって、男は大仰にのけぞった。
つつかれた額に手をやり、それを眼前に持ってくれば、指先に少しだけ血が付いていた。「血、血、血ぃぃぃぃぃぃぃっ!? きっ、ききききき、貴様ぁぁぁっ! こっ、ここここここ、この高貴な私にキズをおおおおおおおおおおお!?」
「あー、うっぜぇ―――」
「それくらいにしとけよ。可哀想だろ」バッツがサイファーの腕を引く。
と、サイファーも相手をするのが面倒になったのか、あっさりと剣を引いた。「あー、ついてくるんじゃなかったぜ。面倒くせえ」
「そういうなよ」
「・・・ううん、ごめんね。私が誘ったばっかりに」廊下に座り込んでぐったりとしていたリサが、サイファーを見上げて弱々しく謝る。
普段の強気の態度とは掛け離れたリサの様子に、バッツは少しだけムッとしてサイファーを睨付けた。「ほらみろ、リサが気にするじゃねえか!」
「実際、この女が変な事言い出さなきゃ良かったんだろが」
「おい、少しは言い方っての考えろよ」
「へっ。馬鹿に説教されたら俺もお終いだな!」徐々に険悪になっていく二人―――と、そこへ。
「私を無視するなああああああああああああああああ」
男が喚く。
その大声に、にらみ合っていた二人は全く同様の面倒そうな表情で男を振り返った。「なんだよ、まだいたのかオマエ」
「うるさーい! この私を誰だと心得る愚民共! このフォレス家の次期当主、ラウド=ズィード=フォレス様だぞ!」
「知るか!」
「つか、名前あったのか」
「あるに決まっているだろう!」バッツの言葉に男―――ラウドは顔を真っ赤にして怒鳴る。
飛んでくる唾を迷惑そうに払いながら、バッツは少し首を傾げ、「だって、さっき名前無いとか言ってなかったか?」
「貴様ら愚民に名乗る名前は無いと言っただけだ!」
「名乗ったじゃん、今」
「貴様らが私を無視するからだああああああああああああっ!」
「・・・何言ってるんだ、こいつ?」バッツは喚くラウドを指さしてサイファーに尋ねる。問いかけられたサイファーは “俺に聞くな” と言わんばかりにそっぽを向いた。
「おのれおのれおのれおのれぇぇぇ・・・・・・愚民の分際で、この私をキズ付けた挙句に無視するとは―――おぶうっ!?」
地団駄踏むラウドの顔面に、バッツの踏み込んでからの正拳突きが綺麗に決まった。
白目をむき、かぱっと口をだらしなくあけて、ラウドはその場に倒れ込む。
気絶したラウドと、自分の拳を交互に見て、バッツは困ったようにサイファー達を振り返った。「あー・・・なんか五月蠅かったんで、ついブン殴っちまったが・・・マズいかな、ロイドの身内っぽいし」
「つくづく馬鹿なヤツだなてめえは」嘆息混じりに言って、サイファーは倒れたラウドとバッツを交互に見る。
「問題なんてあるわけねえだろうが」
「だよなー」
「大アリでしょうがッ!」リサが悲鳴じみた声を上げる。
床に寝そべったラウドの姿を、青ざめた表情でじっと見つめた。「聞いたことがある。ロイド君が家を出た後にフォレス家に入った、いわばロイド君の義理のお兄さん! 次期当主っていうのも本当で、つまりそういう人を殴り倒したと言うことは、この家に対してケンカを売ったって事じゃない!」
「んー、でもまあ、多分気づかれて無いと思うし」
「へ?」
「全然、反応してなかったからな。殴られたことにも気づいてないだろ」“無拍子” は、一流の戦士でもなければ、そうそう反応できるものではない。
バッツの言葉を、リサは呑み込むと、ぐっと親指を立ててみせる。「それならオッケー」
言って、リサは立ち上がる。
ふう、とまさに一息ついたリサに、バッツは心配そうに様子を伺う。「おい、座って無くて大丈夫か?」
「うん、まだちょっと気分悪いけど大丈夫」やや青ざめた表情で、それでもリサはニッ、と笑う。
「随分休ませてもらったし、それに―――」
と、気絶したままのラウドを見下ろして。
「・・・いきなり出てきて愚民愚民と言われてたら、なんかハラたって来たし。大貴族だからって一般庶民ナメんじゃないわよっての!」
「おー、いつものリサっぽい」
「まー、それにもうすぐロイド君に逢えるって思ったら・・・ね。気分悪い顔なんて見せたくないし」
「おおおー、ラブラブだー」照れ笑うリサを、バッツはひゅーひゅーと囃し立てる。
と、そこへ―――「すいません、お待たせしました―――って、ラウド兄様!?」
声に振り返れば、倒れているラウドを見つけて驚いているルディと、その後ろに―――
「あ・・・ロイド君・・・」
リサがルディの後ろに立つロイドを見てその名を呟く。
―――ロイドの姿は普段とは違っていた。
“赤い翼” の軍服ではなく、ラウドやルディが着ているのと同じ、上質の貴族の服を身に着けている。
普段のロイドならば、あまり似合わない服装。
思わずバッツは「似合わねー!」と笑おうとして―――笑えなかった。「・・・おまえ、本当にロイドか・・・?」
普段の何処か人懐っこい、砕けた雰囲気は消え去って、先程のラウドと同じように心持ち顎を上げてこちらを見下す視線を向けてくる。
視線だけではなく、その立ち方も、背筋をピンと立てて、少し上半身を引くように胸を反らしてこちらから顔を遠ざけている。いつものロイドは少し猫背で、顔が少しだけ近い。ほんの僅かな差だが、その僅かな距離がまるでこちらを突き放して拒絶されているように感じる。単に “冷たい” だけではない。一般庶民では持ち得ないような威厳と品格が、今のロイドからは滲み出ていた。
そんなロイドに、貴族の服装はよく似合っている。「バッツ、俺が俺以外の誰かに見えるというのか?」
「いや・・・」なんとなく気圧されて、バッツはロイドから視線を反らした。
確かにロイドだ―――が、格好や雰囲気も違えば、口調も違う。ロックやセリスなど、一部の人間を除いて、ロイドは基本的に下手口調で話す。少なくともバッツのことを呼び捨てにしたことは今までになかった。「あ、あの・・・ロイド君・・・あたし・・・」
おずおずとリサが前に出る。
そんな彼女を一瞥し、ロイドは「フン」と鼻を鳴らした。「何しに来た?」
それは尋ねてきた恋人を歓迎する口調ではなかった。
迷惑そうな響きのある、突き放した台詞。思わずリサの歩みが止まるが、それでも彼女はなんとか微笑みを浮かべる。「あの、ロイド君がセシルに・・・・・・だからその、励ましてあげようかな・・・って」
「ハハ・・・ッ」失笑。
愉快とは言えないその笑いに、リサはびくりと身を震わせる。
そんな彼女に、ロイドは容赦のない言葉を叩き付けた。「お前が? 俺を励ます? お前の様な卑しい女に励まさなければならんとは、この俺も落ちぶれたものだな!」
「ロイ・・・ド・・・君?」
「って、なにいってやがる! リサはお前の恋人だろっ!」
「恋人? 冗談じゃない」思わず叫んだバッツの言葉に、ロイドは大仰に肩を竦めた。
「その女は恋人なんかじゃない。単なる “道具” だよ。セシル=ハーヴィに取り入るための、な」
「・・・・・・」リサは目を見開いて、愕然とした表情でロイドを見つめる。
さらにロイドは、懐から大きな宝石のついた指輪を取り出すと、それをリサの足下へ捨てるように放り投げた。「お前はもう用済みだ。それをくれてやるからとっとと失せろ。そして二度と俺の周りをうろちょろするな!」
言い捨てて、ロイドはリサに背を向ける。
「兄様! そんな言い方は・・・!」
ルディが抗議の声を上げるが、ロイドは無視して自分の部屋の方へと戻っていく。
「待ちやがれ、ロイ―――」
「いいよ、バッツ」今にもロイドを追いかけていきそうなバッツを制止して、リサは足下の指輪を拾った。
「そんなもん拾うなよ!」
「いいの、慰謝料だもん」笑いながらそう言って、懐にしまい込む。
それから、くるりと玄関の方へと回れ右して言った。「じゃ、帰ろっか」
******
ルディに別れを告げ、屋敷の外に出る。
それから街のあちこちにある、チョコボ車の停留所まで戻ってきた。―――余談だが、この東街区は、西と比べてチョコボ車の停留所は少ない。
それは需要がないためであり、貴族ならば普通、自家用のチョコボ車を一台か二台は持っているためだ。
当然、フォレス家も二台以上所有しており、ルディはそれで送ってくれると言ったが、リサは丁重に断った。停留所には客のためのベンチが置いてある。
サイファーはそのベンチの真ん中にどっかり腰を下ろしていた。リサとバッツはなんとなく立ったままだった。「・・・・・・」
誰も一言も喋らない。
チョコボ車が来るのはまだ先だ。
空は快晴だというのに、どんよりとした重い空気が漂っていた。「・・・あ、そだ」
ふと、リサが声を上げる。
その声に、バッツとサイファーが視線を彼女へ向ける。「えっと、サイファー君・・・だったっけ?」
「君付けするなよ。カッコワリイだろ」
「えー、じゃあなんて呼べばいいのさ」
「呼び捨てでいいだろうが」
「えー、男の人を呼び捨てるなんて、そんなはしたない真似はできませーん」
「なんだその理屈!?」
「っていうか、俺は!? 呼び捨てられてるんだが」バッツが自分を指さす。
「バッツは・・・はしたないことされちゃったし」
「スカートめくっただけだろーが!」
「・・・ガキかてめえは」
「ちげーよ! あれは事情があったんだよッ!」呆れたように言うサイファーに、バッツは抗議の声を上げる。
「そんなことよりも、サイファー君」
「・・・おう」何を言っても君付けは覆らないと早々に悟って、サイファーは返事をする。
そんな彼に、リサは宝石のついた指輪を差し出した。「あん? さっきロイドのヤツからもらった指輪がどうかしたのか?」
「あげるっ」
「はあ?」
「今日、付き合ってくれたお礼だよ」
「ちょっと待て。それはお前がもらった慰謝料だろうが」
「あれ、いらないの?」そう言って指輪を引っ込めようとする―――と、サイファーは思わずベンチから立ち上がった。
「別にいらねえとは言ってないだろ」
「じゃあ、はいっ」リサはサイファーに向けて、指輪を投げた。
サイファーはそれをキャッチする。「え、ていうか俺は?」
「バッツには昼飯奢ったじゃない」
「サイファーだって奢ってもらっただろ!」
「・・・バッツって意外とケチな性格だね」
「ケチ!? そうなのか!? ここで俺もお礼が欲しいって思うのはケチなのか!?」がーん、とでも背景に書き文字が落ちてきそうな表情を浮かべるバッツ。
今までに “ケチ” と言われたことがなかったのか、なんだかとってもショックな様子だ。「・・・けどよ、本当にいいのか? これはお前が・・・」
「いーの、それはホントのロイド君がくれたものじゃないから」
「ホントの・・・って、じゃあやっぱりあれはニセモノだったのか!?」バッツが叫ぶと、リサは「あははっ」と笑いながら首を横に振る。
「そういう意味じゃなくてね。・・・あたしの知ってるロイド君は、あんなこと言うはずないもん。だからきっと、なにか事情があって―――」
笑みを浮かべたままリサは説明する。
と、ぽたっ、と地面に雫がおちた。「―――事情があるから、ああ、あたしに、あんな、ひど、いこと・・・・・・」
それ以上は言葉にならなかった。
リサの笑顔が潰れたように歪み、その両目から止めどなく涙が溢れる。「リサ・・・」
「おい・・・」バッツもサイファーも泣きながら立ちつくす彼女に、声をかけようとして、それ以上は何も言えなくなる。
と、リサの身体がぐらりと揺れた。そのまますぐ前にいた、サイファーの身体に泣き付く。そして―――「・・・っく。えくっ・・・えぐっ・・・・・・っん・・・・・・ぃどっん・・・・ろいどくんっ・・・ろいどくんっ・・・・うわあああああああああああああ―――・・・・・・」
「お、おいっ」自分のコートにしがみついて泣くリサを、サイファーは払いのけようとして―――手の中の指輪に気がついて動きを止める。
「ちっ」
「あ、サイファー」舌打ちするサイファーに、バッツが声をかける。
「なんだよ!?」
「俺、急用を思い出したから。後頼むわ」そう言って、「あっはっは」と笑いながらさっさと走り去る。
あまりにもあっさりと走っていくバッツの姿に何も言えずに思わず見送り―――」「ひっく・・・えっく・・・ロイド・・・くん・・・っ」
自分の胸でなくリサを見下ろして渋い顔をする。
(・・・あのヤロウ・・・押しつけやがった・・・!)
******
「あっはっはっはっはー」
サイファーにリサを押しつけて、バッツは笑いながら西街区を駆けていた。
走りながら、だんだんと笑い声は小さくなっていき、笑顔も消えていく。
バッツが走っているのは、今さっき歩いてきた道だ。つまりは―――「・・・・・・」
―――やがて、フォレス邸の門の前へと戻ってきた。
その頃には、すでにバッツの表情から笑みは完全に掻き消えていた。「・・・・・・」
門は閉じられていた。
見回してみるが、門の向こう側に人影は見えない。
門に手をかけて、開けようとする―――が、少しだけ動いただけでそれ以上はどんなに力を込めても動かなかった。おそらく鍵が掛っているのだろう。バッツは手を離すと、門を開けることは諦める。
代わりに、腰のエクスカリバーを抜きはなつ。そして、口を開いて呟くのは―――
「―――その剣は疾風の剣」
******
「えっと、ごめんなさい」
サイファーの隣り、ベンチの端っこにちょこんと腰掛けて、リサは申し訳なさそうに項垂れていた。
謝られたサイファーはふて腐れたような顔をして、ベンチの真ん中でふんぞり返って座っている。その胸元は太陽の光に反射してきらきらと光っていた。
リサの涙と鼻水のせいだった。「・・・・・・」
「ご、ごめんって謝ってるじゃんか。それに、さっきの宝石でクリーニング代は十分でしょ!」
「・・・・・・」
「ううう・・・・・・」完全にふて腐れているらしい。ガン無視だった。
泣き終えて我に返ったリサは、ひたすら申し訳なく項垂れるしかない。チョコボ車はまだこない。(うー、なんであたしがこんな思いしなきゃ行けないんだろ。ロイド君には酷いこと言われるし・・・・・・)
心の中でロイドの名を呟いた瞬間、心が締め付けられるように苦しくなる。
大丈夫。ロイドはあんな事を言う人間じゃない。きっと何か事情があって。絶対に信じてる―――
思う、が、しかし完全に信じ切れるかと言えばそうでもなかった。100%信じていたら、泣くことも落ち込むこともないはずだ。(ロイド君・・・)
はあ、と溜息をつく。
先程、ロイドに言われたことで何が一番傷ついているかと言えば、 “お前は道具だ” と言われたことだった。
セシルに取り入るための道具。
そう言われて、ほんの少しだけ納得してしまった自分が居る。リサはロイドが何故、赤い翼に入隊したか知っている。
ロイドの性格は、もともとあんな―――さっき屋敷で出逢ったような性格をしていたらしい。
人を見下し、力を振りかざし、自分の気に入らないものは叩き潰して、他人を自分の “道具” としか見ないような男だった。
当時のロイドをリサは知らない。だからその話を本人から聞いた時は作り話かなにかと思ったくらいだ。そんなロイドが何故ああも変わったかと言えば、ローザ=ファレルと出逢ったからだ。
ロイドは、同じ大学の後輩だったローザを一目見て、恋に落ちた。見たこともない美しい女性を、是非とも自分の物にしたいと思ったし、自分にはそれだけの力もあると思っていた。・・・結果は言うまでもなく、あっさりと振られたのだが。
何故振られたのか。
それが理解できないロイドは、ある時セシル=ハーヴィの存在を知る。
ローザが愛しているセシルを、叩きのめしてやればローザは振り向いてくれると考えた。そのために、騎士団に入ったのだ。最初、ロイドは近衛兵団に配属された。
基本的に、近衛兵団は身分の高い騎士や貴族の息子が配属される。
これは、近衛兵は王の付き人も兼ねていて、重要な式典祭事の場では王と共に参列し、それなりの作法を知らなければならない。高い教育を受け、なおかつ王の身辺を任されるのだから、信頼できる家柄の者―――結果として、身分の高い家の者が選ばれるというわけだ。それからしばらくして、セシルは飛空艇団 “赤い翼” の長に選ばれ、それを知ったロイドは強引に自分も赤い翼に転属した。
それに腹を立てたのが、フォレス家の当主―――つまり、ロイドの父親だ。
近衛兵団ならば、王の身近にあるということもあって、なにかしらフォレス家のためになることもあるだろう。
だが、新設の飛空艇団などに入ってもなんのメリットがあるかもわからない。少なくとも、近衛兵団よりもプラスになることはないだろう。父はロイドに考え直すように命令したが、ロイドはそれを聞かなかった。
それまで他者は道具として扱ってきたロイドが、初めて思い通りに行かなかった女が居る。それを諦めたままで居るのは、ロイドのプライドが許さなかった。そしてロイドは父と大喧嘩の末、家を出て赤い翼に入隊。
それから約半年、紆余曲折あって、ロイドは「この人には勝てない」とセシルを認めて今に至る。
リサがロイドと出逢ったのはその頃だ。丁度、ロイドがセシルのことを認めた頃。
だから、ロイドがリサと付き合っていたのは、そういうことがあるのかもなあ、と思ってしまう自分が居る。(はあ・・・)
「おい、来たぜ」
「えっ?」ぶっきらぼうなサイファーの声に顔を上げれば、道の向こうからチョコボ車が走ってくるところだった。
サイファーは、涙と鼻水でべたべたになったコート姿のまま立ち上がる。
それを見て、リサはさらに気落ちした。(うう・・・ほんとーにサイアク。・・・つか、なんであたし達二人っきり!? せめて、バッツが居てくれれば・・・・・・ったく、大体、女の子が泣いてるのに用事があるからってどっかに行くなんてサイテーじゃんか・・・)
ぶつぶつと心の中で呟いて。
不意に、気づいた。(・・・バッツって、そんなにサイテーなヤツだったっけ?)
初めて会ってから一ヶ月くらい。
まだ気心知れた仲とは言えないが、それでもリサは接客業のバイトで人を見る目は在るつもりだ。
それに、リサに罵詈雑言を浴びせたロイドに対して、怒ってくれたのも知っている。そんなヤツが、泣いているリサを放っておいてさっさと帰るだろうか?「―――!」
イヤな予感が胸を貫く。
「サイファー君!」
「・・・だから君付けで呼ぶなよ・・・」
「そんなこと言ってる場合じゃない! お願い、すぐにバッツを追いかけて!」
「は?」チョコボ車が到着する。
だが、そんなものは無視してリサは叫ぶ。「多分、バッツはロイド君の家に向かってる! それを止めて欲しいの!」
「・・・用事ってのはそれかよ」サイファーはフォレス邸がある方向に視線を向ける。
「あたしの仇を取るために殴り込んだはず! もしもそうなら、ロイド君の邪魔になるかも知れない・・・!」
「邪魔?」
「きっと、ロイド君はなにかしようとしてるんだよ! だから、あたしにあんな事言ったんだ」
「・・・・・・」
「あたしはロイド君を信じてる!」ロイドが何を考えて居るのか、リサは解らない。
けれど彼の邪魔をしたくないと思う。と、そんなリサに、サイファーは指を一本立てた。
「もう一つ、可能性を忘れちゃいないか?」
「えっ・・・?」
「お前が知っているロイドはニセモノで、さっきのアレが本物だって可能性だ。アイツはなにかを企んでいるわけじゃなくて、単に元に戻ったって言う可能性」
「・・・・・・!」その可能性を考えていないわけではなかった、が、ハッキリ言われるとやはりショックを受ける。
「それでも・・・」
「あん?」
「それでも・・・いい」リサはサイファーをじっと見つめ返す。
「ロイド君があたしのことを道具としか見ていなかったとしても、それでも、いい。それでも・・・あたしはロイド君が大好きだから。だから、ロイド君が痛い目に遭うのはイヤ、だから・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ケッ」サイファーはリサから視線を反らすと、フォレス邸の方へと足を向ける。
「サイファー君・・・」
「勘違いすんじゃねーぞ。単に、こんな格好じゃみっともなくて車に乗れないってだけだ」自分の胸元を見下ろしてサイファーは吐き捨てるように言う。
「だから、戻ってキタネエ鼻水を拭うために拭くものを借りに行くだけだ―――そのついでにあの馬鹿も止めてやる」
「・・・ありがとう、サイファー君」
「ケッ!」悪態をついて、サイファーはフォレス邸に向かって走り出す。
リサはそれを見送って―――「乗らないのかい?」
チョコボ車の御者に言われて、リサは我に返った。
慌てて「乗ります」と答えて、チョコボ車に乗り込む。―――本当なら、リサもフォレス邸に戻りたかった。
戻って、ロイドに真意を問いただしたかった。
普段のリサならそうしたかもしれない。しかし―――
―――その女は恋人なんかじゃない。単なる “道具” だよ。セシル=ハーヴィに取り入るための、な
「・・・・・・っ」
言葉が蘇る。
それが嘘であれ真であれ、もしも同じ事を言われてしまえば、二度と立ち直れないかも知れない。・・・それでも。
(ロイド、君・・・)
クエーーーーー!
と、チョコボの鳴き声と共にチョコボ車が動き出すそれでも。
それでも、リサは祈るように拳を握りしめて、心の中で呟いた。(・・・信じているからね、ロイド君・・・!)