第20章「王様のお仕事」
I.「長い廊下」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロンの街・フォレス邸

 

 

 庭も広かったが、屋敷の中は輪を掛けて広かった。
 広大な空間、という言葉がぴったりくるような玄関ホール。あまりにも広すぎて、建物内特有の “こもった空気” はなく、まるで外と変わらない新鮮な空気が満ちている。

 外から屋敷を見た時は、4、5階ほどの建物だと思っていたが、実際は屋根裏を含めて二階半の建物だという。
 二階部分のない、吹き抜けの玄関ホールから天井を見上げれば、高すぎて目眩がするほどだった。先日のバブイルの塔の1階分と、さほど違いは無さそうだった。

「・・・ここ、昔は巨人の屋敷だった、って言うんじゃないだろうな」

 驚きを通り越し、むしろ呆れた様子でバッツがいった。
 城ではあるまいし、ここまで巨大な屋敷を作る意味が解らない。
 そんなバッツの言葉が聞こえたのか、ルディが苦笑して振り返る。

「僕たちの祖先は、この国で一番力を持っていた貴族だったのですよ。それで、国が発展して貴族達の屋敷がこの東街区に移った時、その力を誇示するために、こんな屋敷を造ったらしいですよ」

 少年は屋敷の中を見回して言う。
 と、感慨深そうに説明するルディの瞳が、不意に細められた。

「かつての領地には、これよりも巨大な―――それこそお城のような屋敷があったらしいです。もっとも、エブラーナとの戦争で失われてしまいましたが」

 そう言って、彼は顔を隠すように前を向いた。
 それから、玄関ホールから二階へと続く広い階段を指さして、

「さあ、ロイド兄様の部屋は二階にあります。案内しましょう」

 歩き出すルディの背中を見て、バッツは怪訝そうに眉を寄せる。

「なあ、リサ。今の―――」
「な、なにっ!? どうしたの!?」

 バッツに肘でつつかれて、リサは過剰に反応する。
 まだ大分緊張しているようだった。振り向けば、サイファーは不機嫌そうに押し黙っている。どうやらこちらも圧倒されているようだった。

「どうかしましたか?」

 ルディが立ち止まり、こちらを振り返る。
 バッツは誤魔化すように軽い笑みを浮かべ、手を振った。

「いんや、なんでもない。―――ほら、いこうぜ」

 バッツは緊張しっぱなしの二人に声をかけて、ルディの後を追う。
 階段の下で待っていたルディは、バッツ達を穏やかな微笑みで出迎えた。その表情を見て、バッツは表情には出さず思う。

(気のせいか・・・?)

 先程のルディの様子。
 かつて、領地がエブラーナとの戦争で失われた、と話した時。

(なんか・・・ヤな感じがしたんだけど・・・)

 なにがどうイヤなのかは解らない。
 漠然とした感覚で、しかもほぼ一瞬のことだ。

(ま、気のせいか)

 思い直すと、バッツはルディの後に続いて階段を昇り始めた―――

 

 

******

 

 

 二階に上がる。
 玄関ホールのテラス部分を進み、突き当たりの角を曲がれば、廊下が広がっていた。
 ・・・すでにいちいち注釈することでもないかもしれないが、まさに “広がって” いて、廊下の端が霞んでいる。100メートル走どころか、1000メートル走ができそうな廊下だ。

「こちらです」

 ルディは長大な廊下を歩き始める。

「・・・この屋敷を造ったヤツ、本気で頭がどうかしてるんじゃねえか?」

 ようやくプレッシャーを振り切ったらしいサイファーが吐き捨てるように言う。
 その言葉を同感に思いながら、バッツも廊下を歩き始めた。

 

 

 ―――10分後。

 

 

 未だバッツ達は歩き続けていた。

「・・・なあ、ロイドの部屋って、あとどれくらいだ?」
「あと10部屋くらいですかね」
「・・・・・・」

 10部屋と言われても、この廊下に並ぶ部屋は安宿にあるような部屋ではない。
 ドアとドアの間隔は部屋と言うよりは一軒家ほど離れている。

「あの、ちょっと休んでいい?」

 辛そうにバッツに肩を貸してもらっていたリサの足が止まる。
 バッツも足を止め、他の二人も同様に足を止めた。

 バッツとサイファーは勿論、リサもバイトで体力には自信がある―――が、肉体的にはともかく、精神的には圧倒されっぱなしだったせいか、リサは汗―――というか冷や汗をかき、苦しそうに息を切らせていた。

「大丈夫か?」
「・・・だめ」

 バッツの問いに、リサは首を横に振ってその場にへたり込む。
 「背負ってやろうか?」というバッツに、リサは項垂れたまま首を横に振った。

「す、少し休めば大丈夫、だから」
「はいよ―――というわけで、ちょっと待ってもらっていいか?」

 バッツがルディとサイファーに尋ねると、ルディは先程から変わらない穏やかな笑顔で「構いませんよ」と頷いた。
 そしてサイファーは―――

「・・・好きにしろよ。どーせ俺は付き添いだ」

 あらぬ方向に顔を向け、素っ気なく言う。
 おや? とバッツは首を傾げた。ルディは快く了承してくれるとは思ったが、まさかサイファーが皮肉の一つも言わないとは思わなかった。

(なんだかんだ言って、ついてきたし。結構、イイヤツなのかもなー)

 思いつつ、バッツはリサの具合を見る。
 先程も述べたように、リサは数十分歩いただけでダウンするほどヤワではない。
 やはり、この貴族の屋敷に圧倒されてしまっているのだ。

 とはいえ、単に大貴族の屋敷と言うだけなら、リサもここまで圧倒されないだろう。
 恋人であるロイドの実家、という意味が屋敷の威圧感を増加させているのだ。

 ・・・などと。
 そんな恋愛的な事情など、バッツが気づくはずもなかった。

「リサさー、あんまし緊張するなよ。でかいつったって、バロンの城よりは小さいしさ。だいたい、貴族って言ったって、ここはロイドの家だぜ、ロイドの家

 バッツにしてみれば、気心知れたロイドの家なんだから、そんな緊張する必要ないだろうと言いたいのだろうが、リサにとっては逆効果だ。

 実は、ロイドがセシルの部下として “赤い翼” に入隊する際、ロイドは実家から離れていた。
 家名を名乗ることは許されていたが、半分勘当状態であり、つい先日に城を追放されるまで、家に戻っていなかった。
 早い話、リサがこの屋敷に入るのは、今日が初めてだったりする。

 バッツの言葉に、逆にさらに緊張を強め、リサの表情は病人のように青ざめていた。
 そんな様子にバッツは困ったようにルディを振り返る。

「あー、なんか駄目っぽい。悪いけど、水かなんか貰えないか?」
「え、水ですか・・・?」

 ルディは困惑したように、きょろきょろと周囲を見回す。
 それから、申し訳なさそうに頭を下げた。

「・・・すみません、ここでは・・・厨房まで行かないと」
「あー、それもそうか。じゃあさ、どこでもいいから水の在るところ教えてくれよ。俺がひとっ走り行ってくるから」
「え、ええと―――」
「そこの部屋で良いんじゃねえか?」

 ケッ、と吐き捨てるように言ったのはサイファーだった。
 その言葉に、ルディは困ったような表情を見せる。

「いえ、その部屋には―――」
「あるだろ、フツーに考えりゃ」
「へ? どういう意味だよ?」

 バッツの問いに、サイファーは周囲を見回す。

「おかしいとは思わねえか? こんだけ広い屋敷なのに、このガキ以外は誰の姿も無い」
「こんだけ広いんだから偶然じゃねえの?」
「馬鹿かテメエ。広いなら広いなりに、屋敷を維持するには人手が必要なんだよ。なのに誰ともすれ違うこともねえ。おかしいだろ」
「使用人達には先日、暇を出しました」

 説明するように言ったのはルディだった。彼は苦笑して肩を竦める。

「言いませんでしたか? エブラーナとの戦争で、我がフォレス家は領地の殆どを失い、その権力も地に墜ちました。早い話が、没落してしまったというわけです。それでもまだ二代、三代は続けられる財産はありますが、浪費して良いというものでもありません」

 ふう、と少年は嘆息する。

「いずれはこの屋敷も手放すことになるかもしれません―――まあ、買い手がつくかは解りませんが」

 最後のは冗談のつもりだったのだろう。
 確かに、これほどまでに巨大な屋敷であれば、例え手に入れたとしても、持てあますだけだ。

「そういうわけで、今この屋敷には、僕と二人の兄様と父様。それから代々うちに使えてくれた執事の親子が二人いるだけです」

 その話を聞いて、おや? とバッツは首を傾げた。

「あれ、それだけ?」
「ええ。母様は僕が幼い頃に亡くなってしまって―――」

 と、ルディは哀しそうに目を伏せる―――だが、そんな事は構わずに、バッツは今まで歩いてきた廊下を振り返り。

「じゃあ、部屋に居るのは誰だよ?」
「・・・え?」

 ルディの表情が強ばる。
 バッツは首を傾げたまま、今まで通ってきた部屋を順々に指さす仕草をして。

「結構、居たけど」
「って、お前気がついてたのかよ!?」

 サイファーが驚いて尋ねると、バッツは素直に頷いた。

「おう、今までの部屋でざっと100人ちょい? 全員男で、割と強そうな気配がしたな」
「100人だぁ!?」

 サイファーはさらに驚いて目を見開く。そんなサイファーを、バッツは不思議そうに見る。

「お前だって気がついてただろ? さっきから部屋の方を気にしてたし」
「そんな正確には気づいてねえよ。ちょっと気配って言うか、殺気を感じただけだ―――って、気がついてて、なんでそんな平然としてんだテメエ!? おかしいとは思わねーのか!?」
「おかしいって・・・何が?」

 どうやら、今までの部屋の中に人が居ることは気づいていたらしいが、それがおかしいとは気づいていなかったらしい。

「あの、何の話をしているんですか?」

 意味が解らない、とルディは困惑した表情を浮かべている。
 が、サイファーは「へっ」と笑うと、コートの中のガンブレードを掴む。

「とぼけるなよ。何企んでるか知らねーが、やるってんなら―――」
「それで、水があるって言うのはどういう意味だよ?」
「・・・おい、今、調子よくノッてたんだ。水差すんじゃねえよ」
「だからその水の話してるんだよ」

 話が食い違っているんだか合っているんだか。
 サイファーは何かを諦めたように嘆息すると、近くの部屋を顎で示し、

「よっく考えてみろや。この廊下は広くて長くて、その上、水場らしきものも見あたらない。じゃあ、その部屋の中に居るヤツが喉乾いたらどうすんだ?」
「あ、そっか。フツーに考えりゃ、水汲んであるか、水道とかあるよな」
「そういうことだ」
「オッケー、わかった。じゃあちょっと水貰ってくるぜ」

 言うなり、バッツは手近な部屋のドアをノックする。
 それから、ドアノブに手をかけて―――

「・・・鍵、掛ってる」
「良し解ったブッタ斬ってやる」

 サイファーはガンブレードを抜きはなつ。
 バッツはそれを半目でみやり、

「・・・お前、単に剣を振り回したいだけだろ」
「うるせえよ。水が欲しいんだろ」
「まあ、そうだな。じゃあ、一つ頼むわ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! そんな勝手に―――」

 ルディが慌てて止めようとするが、構わずにサイファーはガンブレードを振りかぶってドアへと向かう。

「おっしゃあああああああ―――あん?」

 ドアへと進んだサイファーの足がピタリととまった。
 それから、彼は足下を見下ろした。そこには。

「頼むから、やめて・・・・・・」

 青い顔で、ぜぇぜぇと息を切らせながら、リサがサイファーのコートの裾を掴んでいた。
 そのまま床に手をつくと、身体を持ち上げるようにして立ち上がる。

「わっ、私なら大丈夫だから・・・・・・っ!」

 その立ち姿はさっきよりもしっかりしている―――が、その表情は先程よりも血の気が引いて、青いというよりは、白くなっていた。

「私はロイド君に逢いに・・・逢いたいだけだから・・・お願いだから、ヘンな事は止めて・・・」
「・・・・・・」

 ガンブレードを振り上げていたサイファーは、やがて剣を降ろすと、忌々しそうに床を蹴った。
 そんなサイファーに「ありがと」と短く言って、弱々しく笑う。

「あー、もう情けないなあ。緊張しただけで具合悪くなるなんて情けないね、あたし」
「そんな事ねーよ」

 気遣うようにバッツは言うと、リサの前に立って背を向けると、その場にしゃがむ。

「やっぱ、背負ってやるよ。無理してまた歩けなくなるより、さっさと逢いたいだろ」
「・・・うん、そだね。ゴメン」

 リサは素直にバッツの肩に手をかける―――と。

「いえ、皆さんはここで待っていて下さい。僕が兄様を呼んできますから」

 ルディが言うと、そのまま身を翻して廊下の先へと駆けていく。
 その背中をしばらく目で追いかけてから―――バッツはぽん、と手を叩いた。

「その手があったよな」
「・・・つーか、考えて見りゃ、てめえの女が尋ねてきたんだから、出迎えるのが礼儀じゃねえ?」
「屋敷が広すぎて気づかないだろ」

 バッツに言われ、サイファーは少し考えてから。

「いや、そりゃねえな。だったらなんであのガキ、すぐに俺達に気づいたんだ?」
「偶然」
「俺達が門の所に居た時に、偶然、門の所にあのガキが来たって? そんな偶然無いとは言わないけどよ」
「偶然以外にどんな理由があるって言うんだ?」
「見張ってたに決まってるだろ」
「見張ってた? 俺達を?」
「いや、俺達じゃなくて―――」

 と、サイファーが言いかけたその時。

 唐突に、一部屋前のドアが勢いよく開いた。
 バッツとサイファーの二人が反射的に振り返れば―――

「・・・いつまで騒いでいるのか! 愚民どもめ!」

 見覚えのない、貴族然とした青年が、怒鳴り散らしながら姿を現わした―――

 

 


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