第19章「バブイルの塔」
U.「セカンドブレイク」
main character:クラウド=ストライフ
location:バブイルの塔
「おい、テメエ戦う気かよ!?」
声を上げたのはバッツを抱えたままのサイファーだった。
それに対し、クラウドは黙ってサイファーの前―――セフィロスと真っ正面から向き合う。「ケッ、勝てるわけねえだろうが! さっきあれだけやられておいて・・・」
「それはお前も同じだろ」振り返らずにクラウドは応える。
帰ってきた言葉に、サイファーは「チッ」と舌打ちした。「セフィロスは最強のソルジャーだ」
ぽつり、とクラウドは呟く。
「誰も勝てやしない。誰だって―――俺だって、勝てない」
「おい!」サイファーが思わず声をあげる。
と、それを合図としたかのように、セフィロスが動く。
縮地
一瞬で間合いを詰め、下から掬い上げるような斬撃がクラウドに迫る。
「―――!」
下からの一撃を、クラウドは巨剣を立てて防ぐ。
だが、セフィロスの攻撃はそれだけでは終わらない。二撃、三撃と、長刀を振るっているとは思えないほどの速さでクラウドに斬りつける。しかし。
リミットブレイク
クラウドの身体が魔晄によって限界を超え、強化される。
全ての斬撃を、クラウドは剣の角度を変え、盾として防ぐ。
時折、防ぎきれずにその身に受けるが、全て致命傷とはほど遠く、強化されたソルジャーの肉体にとってはかすり傷だ。「だけど―――お前は最強じゃない」
「・・・・・・ッ!」先程までのクラウドとは違う―――そういった何かを感じ取ったのか、セフィロスは一旦後ろに飛んで間合いを取る。
「 “最強” はあんな無様な戦い方をしない。人質を取るなんて、そんな情けない事をしない――― “最強” ならば、そんなことをする必要がない」
間合いを取ったセフィロスに対して、クラウドは自分の身体ほどもある巨剣を、肩に担ぐように構えて “セフィロス” を睨付ける。
「だから―――お前はセフィロスじゃない」
神速
セフィロスが刀を大きく振るい、衝撃波をクラウドに向かって放つ。
同時、それを読んでいたかのように、クラウドは肩に担いでいた剣を、そのまま振り下ろした!
破晄撃
見えざる衝撃破に、碧い魔晄の衝撃波がぶつかり相殺する。
「・・・・・・!」
間髪入れずにセフィロスが飛ぶ。
クラウドの真上から、刀の切っ先を真下に向けて、クラウドを狙う―――
獄門
クライムハザード
真上からの攻撃に、クラウドは即座に跳躍しつつ巨剣を振り上げる。
セフィロスの落下攻撃と、クラウドの対空攻撃が激突し、互いに弾かれた。「・・・・・・ッ!?」
「―――成程な」地面に着地した二人の表情は対照的だった。
驚きに歪むセフィロスに対して、クラウドは何かを納得したような、まるで感動のない表情だ。「確かに単調だ。少し間合いが開けば “縮地” 、大きく間合いを開ければ “神速” 、仕掛けてくる時は “獄門” ―――そして」
ブレイバー
クラウドは剣の切っ先をセフィロスに向けて突進する。
それは竜騎士など、槍を持つ騎士達の突進にも劣らない速度だ。セフィロスはそれを―――
八刀一閃
目にも止まらぬ八つの斬撃で迎撃する。
その刃の弾幕を、クラウドは突破しきれずに背後へと飛ぶ。「―――仕掛けられれば八刀一閃、か」
迎撃の刃の殆どは、クラウドの巨剣が盾となったが、幾つかは身体に受けた。
服はあちこち切り裂かれ、露出した肌からは血が滲んでいる。赤く滲んだ手首を舌で舐めとり、クラウドは面白く無さそうに、もう一度繰り返した。「最強じゃないお前は、セフィロスじゃない」
言いながら、心の中で舌打ちする。
(どうして気づかなかった)
カイン=ハイウィンドに尋ねられた時、解らなければいけないはずだった。
最強のソルジャーはこんなに弱くはない、と。長い銀髪のソルジャー。
セフィロスの姿形に惑わされていた。(情けない・・・)
目の前にいる、セフィロスではない何者かのことを、クラウドは “情けない” と言った。
だが、本当に情けないのはクラウド自身だ。(もっとすぐに解らなければならなかった。相手がセフィロスだと思い込んで・・・セフィロスだから勝てはしないと心の何処かで思い込んでいた・・・?)
だから負けた。
試練の山でも。つい先程も。
目の前の敵にではなく、 “セフィロス” の影に負けた。(・・・・・・バッツ=クラウザー)
クラウドは一瞬だけ、後ろでサイファーに抱えられたまま気絶しているバッツを見る。
“セフィロス” 相手に真っ向から向き合った、 “ただ” の旅人。負けたくないと思った。
負けられないと思った。セフィロスにも、この旅人にも。
だから。
「セフィロスじゃないお前なんかに、負けてなんか居られないんだッ!」
******
「お兄―――バッツ!」
リディアがバッツの元へと駆け寄る。
サイファーから奪うようにして、気絶したままのバッツの身体を抱きしめる。「この馬鹿ぁ! なんでそんなボロボロになってるのよッ!」
半泣きになりながら抱きしめるリディアに、ロイドが後ろから声をかける。
「あんまり激しくしない方が良いですよ。多分、骨が―――」
「うるさい! アンタもアンタよ! バッツを危険な目に合わせて!」
「それは・・・バッツさんなら凌いでくれると思ったんですよ。でも、まさかあんな風にこっちを狙われて、それを庇うなんて事・・・」
「う・・・」そもそもバッツがここまでなったのは、リディア達を庇ったせいだ。
バッツが庇わず、リディアやロイドに直撃していたらただでは済まなかったかもしれない。怪我を負っていたサイファーも少し危なかった。「ていうか、一番の元凶はアイツじゃない!」
そう言って、リディアはセフィロスと戦っているクラウドを睨付ける。
「あのチョコボ頭が感情的になって、あのセフィロスってのを追いかけなきゃこんなことにはならなかった!」
「チョコボ頭?」
「黄色くて髪が立ってりゃチョコボじゃない!」言われてみれば似ていなくもない。
上手いこと言うもんだと思いつつ、そのクラウドを見る。クラウドはセフィロスと互角に戦っているようにロイドには見えた。
少なくとも、先程のようにすぐにやられたりはしていない。
セフィロスの繰り出す技を防ぎつつ、隙を見つけては巨剣の一撃を見舞う。回避する一方だったバッツよりも、まともに戦っているように見えた。のだが。「あーあ、ありゃ駄目だな」
セフィロスにあっさり吹っ飛ばされたギルガメッシュが、そんなことを言いながら寄ってきた。
「駄目だって?」
「おお。見てわからねえかよ?」
「俺には互角に見えますけどね。セフィロスの攻撃を読んで、迎撃して、反撃する―――」
「その通り。上手いこと読んでる。ようやく、攻撃が単調だって気づいたらしいが―――それまでだ」などと言いつつ、ギルガメッシュはバッツの近くに落ちていたエクスカリバーに手を伸ばす―――よりも速く、ロイドがそれを確保した。
「それまでとは?」
エクスカリバーを抱え込むロイドに、ギルガメッシュは舌打ちしつつ答える。
「クラウドってあのツンツン頭、セフィロスの攻撃を完全に読み切ってる―――にも拘わらず、防ぐのが精一杯だ」
「反撃だってちゃんとしてるじゃないですか」
「たまにな。だけどその攻撃も、セフィロスにはかすりもしない。逆に、クラウドの方は少しずつだが削られてる―――これじゃジリ貧だぜ」確かに、クラウドは反撃するものの、セフィロスには通じていない。
逆に、セフィロスの攻撃を防いでいるとはいえ、それは完璧じゃない。致命傷はないが、細かいかすり傷は、もう数え切れないほど受けている。「つーわけで、今のうちに逃げるに一票だ。っていうか、俺だけでも逃げて良いか?」
「・・・あんた、仲間を見捨てるの!?」リディアの冷たい目に、ギルガメッシュは「いやいや」と手を振って。
「そんな目で睨むなよ? 俺は正論言ってるだけだぜ? ここでみんな仲良くセフィロスの刀の錆になるか、それとも一人だけ尊い犠牲になってもらって俺達は助かるかの二択だぜ」
「そんなことできるわけないじゃない!」リディアの怒りの籠もった剣幕に、ギルガメッシュはおやおやと、わざとらしく首を傾げた。
「なんかオマエ性格変わってねえか? 最初は、“人間なんてどーでもいい” って感じじゃなかったか」
「なっ・・・」指摘されて、リディアの顔がかーっと赤くなる。
「これがホントのリディアなんだよ。ホントはとても優しくて可愛い、俺の自慢の妹だ」
「って、バッツ!」リディアの腕の中、バッツが弱々しく微笑んでいた。
「よう、リディア」
「よう、じゃない! どーしてこんな無茶するのよ! あ、あたし死んじゃうかって・・・」
「いやあ、死んでないからオッケーじゃね?」
「オッケーなわけあるかあああああああっ!」リディアは怒りにまかせてバッツの身体を激しく揺さぶる。
乱暴にされて、バッツは悲鳴をあげた。「いて、いてええええっつーの! マジで骨が折れてるんだって! いでえええええええっ!」
「あ、ご、ごご、ごめんっ! だ・・・だいじょうぶ?」あわてて止めて、リディアは心配そうにバッツの様子を伺う。
よっぽど痛いのか、バッツの目は涙で潤んでいた。「ううう・・・りでぃあー、あれやってくれよう・・・」
「あれ? あれって・・・なに?」
「まほーだよ。まほー。かいふくまほー」痛みのせいか、それとも単に甘えているのか、舌足らずなバッツの口調に、リディアはぎくりと表情を強ばらせる。
「えっと・・・そのー」
「? どうかしたのか?」
「ちょっと忘れちゃって・・・」
「へ?」
「いや、攻撃魔法ばっかり修行してたから、回復魔法はさっぱりで・・・それにあっちの世界じゃ、回復魔法得意な幻獣も居て、怪我した時はその人に癒して貰っていたから・・・」
「ちなみにその幻獣、呼んだりは・・・」てへ、とリディアは可愛らしく舌なんぞ出しつつ答える。
「ごめん、できなーい」
「・・・はあ・・・」
「ちょ、ちょっとは覚えてるからやってみようか? ・・・自信、ないけど」自信ない、と言われて思わず連想するのは、ローザの “必殺” の白魔法。
バッツは引きつった表情で小さく首を横に振る。「いや、遠慮しておく」
「そ、そだね」
「ていうか、そんな風に和んで話してる場合かよ?」と、ツッコミを入れたのはサイファーだった。
一応、話が一段落するまでは黙ってくれていたらしい。顔に似合わず、意外と律儀なヤツだなー、とかバッツは思いつつ。「場合って?」
「・・・そう、ですね。このままここに居たら、全滅する可能性が高い。それなら―――」ロイドが神妙な顔で呟く。最後まで声にしなかったその言葉の意味を察して、リディアがロイドを睨む。
「アンタまであのチョコボ頭を見捨てるって言うの!?」
「ならここに留まって、クラウドさんがやられるのを待てと? 悔しいですが、僕たちじゃあのセフィロスには敵わない」
「そ、それは・・・」リディアはなにも反論できずに押し黙る。
そんな緊迫した場の雰囲気に、脳天気なバッツの声が響いた。「あー。なんだ、その話かよ」
どうでもいい簡単な話の事のように言うバッツに、おもわずリディアが尋ねる。
「その話って・・・バッツ、なにか良い考えでもあるの?」
「良い考えも何も、大丈夫だろ。クラウドなら勝つし」
「「「は?」」」異口同音。
リディア、サイファー、ロイドの声がハモった。
ちなみにギルガメッシュはロイドの持つエクスカリバーをちらちらとチラ見しつつ「おー、頑張れー」などと、クラウド達に無責任な応援を送っていた。意味が解らない、という様子の三人に、バッツはリディアに身体を預けて寝ころんだまま言う。
「だから、クラウドは勝つって」
「根拠は?」
「なんとなく」
「な、なんとなくって・・・」
「あー、ていうかそろそろ限界だ。俺、もう寝るー・・・・・・」そう言って、バッツは目を閉じた。
そしてそのまま穏やかな寝息を立て始める。「って、お兄ちゃ・・・」
「おー!」リディアが思わず声を上げた時、ギルガメッシュが歓声を上げる。
「勝負、決まったかよ」
その言葉に振り向けば、クラウドが床に膝を突くところだった。
******
「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・・」
地面に膝を突いて、クラウドは激しく息を乱していた。
身体はもう限界だった。
致命傷は受けていない。だが、 “セフィロス” の攻撃を受け続けるたびに身体は削れ、ダメージが蓄積されていく。
なにより、最初に受けた致命傷が、回復魔法で癒したとはいえ、真の魔法より威力の劣る疑似魔法では、完全に回復しきれていなかった。(・・・こ、ここまでなのか・・・?)
負けたくないと思った。
負けられないと思った。けれど―――身体はもう限界だ。全身からは血が滲み、噴き出した汗とともに身体を濡らしている。
致命的なダメージはない。
だが、怪我と攻撃を受け続けた疲労が身体の上に重くのしかかり、もう動けそうになかった。“リミットブレイク” ―――肉体の限界を砕いてさらなる力を発揮するソルジャーでも、限界を超えた先の限界というものは存在する。
そして、今のクラウドがまさにその “限界” だった。コツン・・・コツン・・・と、やけに甲高く、近づいてくるセフィロスの足音が聞こえる。
つい寸前までのように苛烈で高速の斬撃はなりを潜め、ことさらゆっくりとした動きで近づいてくる。(―――相手が戦闘不能になると、途端に余裕を見せる、か)
バッツの時もそうだった。
とどめを刺す直前になると、攻撃が停滞する。
それはまるでお気に入りのおかずを最後に食べるのを惜しむように。或いは自分に刃を向けた相手に恐怖を染みこませて殺すためか。どちらにしろ、もうクラウドは戦う力は残されていなかった。
(負けたくない、負けたくない、負けたくない、負けられない―――)
心の中で繰り返す。
しかし、身体はもう動いてはくれない。(―――これが・・・俺の “限界” か)
諦めた、その瞬間。
(ならその限界をブッ壊せよ、クラウド)
え―――? と疑問を思った瞬間。
最早動かないはずの身体は立ち上がっていた。
******
「・・・・・・!」
唐突に立ち上がったクラウドに、セフィロスは怪訝そうに歩みを止める。
「ああ、そうか・・・」
どこか焦点の合っていないような表情で、クラウドが呟く。
「簡単な事だった。とても単純なこと―――」
ぼんやりと、心ここにあらずといった様子のクラウド。。
異変を感じたセフィロスが、刀を持つ手に力を込め、動き出そうとしたその一瞬前に。クラウドは呟く。
「―――セカンドブレイク」