第19章「バブイルの塔」
V.「桜華狂咲」
main character:クラウド=ストライフ
location:バブイルの塔

 

 変化は一瞬だった。

 セカンドブレイク―――そう、クラウドが呟いた瞬間、クラウドが “変身” する。

 ツンツンと逆立った特徴のある金髪が、背中を覆うほどに一気に伸びる。
 リディアは “チョコボ頭” と揶揄したが、伸びた髪の毛はまるでヤマアラシのように地面に向かっている。
 そして墨でも落としたかのように、その伸びた髪が漆黒に染まる―――

 変化はたったそれだけ。
 髪の毛が伸びて黒く染まった他は―――それでも大した変化だが―――外見上はなにも変わっていない。
 外見上、は。

「・・・な、なんだ・・・・・・?」

 うわずった声でロイドが絞り出すように声を発する。
 髪の毛がいきなり伸びた他は、クラウドの姿に変化はない。だが、だというのに黒く長い髪のクラウドからは、息苦しいほどの威圧感を感じていた。

 それはロイドだけではなく、他の面々も同様で、リディアもサイファーも、先程まで飄々としていたギルガメッシュまでも目を丸くしてクラウドを凝視していた。
 例外は、リディアの腕の中で力尽きて眠るバッツと―――

「さて・・・と」

 黒髪のクラウドはニ・・・、と不敵に笑うと、巨剣を肩に担ぐようにして持つ。
 それは普段のクラウドとは異なる表情。
 まるで別人になったかのように、クラウドは笑う。

「終わりにしようぜ」

 そう、クラウドが呟いた瞬間―――

「・・・・・・!」

 セフィロスが動く。
 焦ったように、怯えるように、目を見開いてクラウドに迫る。
 そして、その刀を振るおうとした―――その瞬間。

「トロいな」

 セフィロスの剣が振るわれる寸前、その右腕が断ち切られていた。
 肩に担いでいたはずのクラウドの巨剣は、いつのまにか振り下ろされていた。

「―――ッ!?」

 手にした刀ごと、あっさりと斬り飛ばされる、腕。
 声なき悲鳴をあげるセフィロスに、クラウドは剣を振り下ろした手首を返す。

「その身に―――」

 縦に振り下ろした剣を、今度は真横、L字に振り抜く。
 セフィロスの両足が切断され、足を失った身体が崩れる前に今度は垂直に切り上げて、残ったもう一本の腕も斬り飛ばす!

「――― “不運” を刻んで地獄に堕ちな」

 

 凶斬り

 

 最後にセフィロスの身体を十字に斬りつける。
 不運を意味する “凶” の字に斬撃を放ち、セフィロスの身体をバラバラに斬り飛ばした―――

 

 

******

 

 

「なんだよ・・・あれは・・・?」

 サイファーは信じられないものを見たように、呆然と呟いた。
 いや、現に目の前の光景が信じられないで居る。

 先日、クラウドと戦った時も、唐突にクラウドはとんでもない力を発揮して、サイファーを圧倒した。
 だが、あの時の事など、まるで児戯にも等しい。
 圧倒的過ぎるクラウドの強さに、恐怖や戦慄などは逆に感じることなく、まるで夢の中の出来事のように現実感がない。

「あれが・・・くそったれ! あれが、ソルジャーってんなら、新羅っていうのはあんなバケモノを幾つも飼ってやがるってのか!」

 そう、サイファーが呟いたその時。

 がしゃん、とクラウドが剣を床に落とした。
 何事か、と見れば、クラウドの剣を持っていた右腕が、力無くだらりと下がっている。

「はー、なるほどなあ。どうやらあんだけの力、肉体の方が持たないってワケか」

 そういうギルガメッシュの推測は当たっていた。
 “リミットブレイク” によって人間の限界を超えた力を発揮するソルジャー。
 その限界以上の力を発動させても耐えられるように、その肉体は魔晄の力で強化されている。

 だが、今クラウドが行ったことは、人間の限界を超えたその先―――ソルジャーとしての限界をさらに超えた力だ。
 強化されたソルジャーの肉体でも耐えきれず、結果―――

「ちっ・・・完全にイカれてやがる・・・」

 クラウドは舌打ちして自分の右腕を見下ろす。
 動かそうとしてもまるで反応していない。それどころか、目を閉じればそこにちゃんと腕があるのかどうかも解らないほどに感覚がない。骨が砕けたか筋が切れたか、ともあれまともな状態ではないはずだが、痛みは全く感じない。
 こうなれば疑似魔法の回復魔法をどれだけかけても、コップの水で砂漠を潤そうとする行為に等しい。疑似魔法よりも強力な癒しの術を施さなければ、腕を斬り落とすしかなくなる。

「やっべー、ちょっとやりすぎたなー。まあ加減をする気は無かったが」

 と、クラウドの目が細くなり、冷たくそれらを見下ろす。
 今し方斬り飛ばしたセフィロスの肉片だ。それを見下しながら告げる。

「―――セフィロスは “最強” のソルジャーだ。誰でも・・・俺でも絶対に敵わない。・・・・・・てめえはその “最強” を騙ったんだ。これくらいは報いと思え」

 言い捨てて、クラウドは左腕で落ちた剣を拾い上げようとして―――その動きが止まる。

「・・・なに?」

 セフィロスの斬り飛ばされた肉片に変化が起きていた。
 どろり、とその表面が溶け、形が崩れ、赤黒いぶよぶよとした肉の塊となる。
 全ての肉片がスライムのように変化し、それは蠢き、じわりじわりと一カ所に集まろうとする―――

「って、あれ死んでねーのかよ! どんだけ生命力高いってんだ!」

 驚いた、と言うよりは呆れたようにギルガメッシュが叫ぶ。

「ちょっと! アンタ、 “これ” お願い!」

 リディアが抱えていたバッツをサイファーへと押しつけると、その場に立ち上がった。

「何する気だよ!」
「魔法で跡形もなく消滅させてやる!」

 そう言って、リディアは精神集中。魔力を高め、極大の魔法を放とうと詠唱しようとしたところで。

「待てよ」

 クラウドから制止の声が飛ぶ。

「なによ? どいてて! 巻き込まれたくなかったら!」
「俺がやる」

 そのクラウドの言葉に、リディアは一瞬、きょとんとして。

「・・・ちょっと、何言ってるの? その腕で何ができるっていうのよ」
「左腕一本あれば十分だ」

 そう言って、クラウドは左腕に握った剣を天井へ真っ直ぐ向けて持ちあげる。
 並の人間ならば、両腕使っても持ち上げられるかどうか怪しいほどの超重量の巨剣を、苦もなく持ち上げるクラウドの姿に気圧されてか、リディアは押し黙る。

「成程な・・・それが貴様の正体か・・・」

 蔑み、見下し、クラウドは集う肉スライムたちに、冷酷と呼べる響きをもって呟く。
 肉片は、一つとなって、それは徐々に人の形―――セフィロスの形を取り戻そうとしていた。

「貴様の正体がなんなのか・・・そんなことに興味はない―――が、冗談にしても許せねえ物真似をした。だから消す」

 そう言って、クラウドは剣を持つ手に力を込める。

「う、お、お、お、お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 雄叫びを上げ、同時にクラウドの身体から魔晄の碧い光が吹きだした!
 その光は、クラウドの身体からその手にした巨剣へと伝わって、剣へと集束する。
 魔晄の光が剣を覆い、巨剣を軸として、さらに巨大な魔晄の剣が形成された。

「喰らいやがれ」

 ようやくセフィロスの輪郭ができてきた “それ” に向けて、クラウドは魔晄の超巨剣を振り下ろす!
 圧倒的な “力” が “それ” を押しつぶし、飲み込み、対消滅していく―――

 その様子を見ていたリディアが、驚愕の表情で呟く。
 だが、それはその圧倒的な力に驚いていたのではない。その力が彼女が良く知る何かに似ていたからだ。

「この力・・・幻獣達の力に、似てる・・・?」

 困惑するリディアの目の前で、魔晄の光はゆっくりと “それ” を消滅していった。
 すでに “それ” は戻りかけていたセフィロスの形は崩れ、ただの肉片となっている。それも最早、握り拳程度の大きさしか残されていない。
  “それ” 消滅させていくのに比例して、剣を形成していた魔晄の光も小さくなっていた。が、小さくなった肉片に比べ、魔晄の剣はまだまだ余裕がある。

 やがて、肉片は完全に消失し―――

「―――舞い散れ」

 

 桜華狂咲

 

 クラウドの呟きと共に、巨剣を覆っていた魔晄の光が砕けるように分解する。
 それはまるで風に舞う花びらのように周囲に散り―――やがて、虚空へと消えた・・・

 

 

******

 

 

 魔晄の最後の一辺が溶けるように消えたのを見て、クラウドは一息つくと、巨剣を背中に背負う。
 途端、クラウドの髪も、まるで手品かなにかのように元に戻った。そしてそのまま―――

「・・・おっと」

 ―――倒れようとしたところを、ギルガメッシュが抱き止める。

「お、こいつ気絶しちゃってるぞ。ていうか、腕スゲー。なんかプラプラ。これって魔法で回復しねえとヤバくね?」

 いいつつ、ギルガメッシュは砕けたクラウドの腕をぐねぐねと動かす。
 もしもクラウドに意識があったなら、激痛などという単語では言い表せないくらいの凄まじい痛みを感じるかも知れないが、幸いというか、クラウドは気絶中だ。

「てゆーか、遊ぶな! ・・・うーん、回復魔法か。あのガストラの女なら使えるかしら?」

 リディアがロイドに尋ねると、「多分」と答えた。

「頼りないなあ・・・まあ、いいや。とりあえずヤン達と合流しなきゃね」

 と、リディアはヤン達と一緒に行動しているはずのブリットと連絡を取るために意識を集中させた―――

 


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