第19章「バブイルの塔」
T.「守れぬ者」
main character:バッツ=クラウザー
location:バブイルの塔

 

 どさっ・・・と、床に倒れるバッツ―――だが、即座に起きあがる。

「く・・・おおお・・・いってぇ・・・」

 痛みを堪えるように歯を食いしばり、目の端には涙がにじんでいる。よっぽど痛かったらしい。
 もっとも、今の攻撃をまともに受けていれば “痛かった” ていどでは済まされなかったはずだが。

「・・・・・・」

 セフィロスは、自分の攻撃が初めて当たり、動きを止めていたが、不意に何かに気がついた様子で、口元に歪な笑みを作る。
 それを見たバッツは「ちっ」と舌打ち。

(―――気づかれたか!?)

 先程まであった余裕は完全に消し飛び、バッツは焦りを浮かべてセフィロスに向かって突進する。
 対し、セフィロスはもう一度大きく剣を振り上げて―――

 

 神速

 

 再び衝撃波をバッツに向かって打ち放つ!

「ちいいっ!」

 先程までなら回避していたその攻撃を、バッツは咄嗟に身体を捻り、突進の勢いをのせた、セリスが使う “スピニングエッジ” のような巻き打ちで撃墜する。
 だが、それも完全には相殺できず、バッツは衝撃波を身に受けて、同じように吹っ飛ばされる。

「―――くそ・・・」

 床に叩き付けられ、息も止まるような激痛を感じながらも、バッツは立ち上がる。
 立ち上がってみれば、セフィロスは次の一撃を放とうと剣を振り上げるところだった―――

 

 

******

 

 

「なにしてんのよっ! あの馬鹿!」

 急にセフィロスの攻撃を喰らい始めたバッツに、リディアが苛立ちの声を上げる。

「違う。バッツ=クラウザーがどうこういう話じゃあない。あれが・・・セフィロスの実力だ」

 妙に冷めた口調でクラウドが言うと、ロイドは神妙な顔をして首を捻る。

「そうッスかねえ。さっきと何が替わったようにも見えないし―――もしかして、なんか魔法が使われているとか?」
「魔力は感じない。魔力とは少し違った力―――魔晄、とか言ったっけ? そういうのがざわつく感じはするけど、魔法は使われていないはずよ」

 リディアの説明に、さらにロイドは考えて。

「魔法じゃないとすると何が変わった・・・?」
「んー、強いて言うなら、なんか飛び道具つーか、衝撃波ばっか飛ばしてねえ? さっきはもっと普通に斬ってたろ」
「そう言われてみれば―――って、まさか!」

 ギルガメッシュに言われ、ロイドはあることに気がつく。
 ロイドが悩んでいるうちに、バッツはさらに三撃、四撃と攻撃を喰らっていた。確実にダメージは負っているはずだが、その動きに全く代わりはない。バッツが身に着けている “無拍子” は限りなく動きの無駄を減らす体術だ。無駄を減らす、ということはイコール身体への負担も少ないと言うこと。だから、あるていど負傷しても、普段と変わりなく動くことができる。

 でもそれは言わば、操り人形のようなもの。
 人形を操る糸がどんなに擦り切れても、繋がっていさえすれば問題なく動く―――けれど、糸が切れた途端に、人形は全く動かなくなってしまう。

 どんなにダメージを受けても、バッツの動きは衰えない。
 だがそれは、バッツがあとどれだけ保つか解らないと言うことだ。

「・・・逃げるぞ」

 ロイドがクラウドの腕を掴む。
 先程と変わらず、クラウドはその腕を振り払う―――が、ロイドは今度は簡単には引き下がらずに、もう一度掴む。

「逃げなきゃいけないんだよ!」
「うるさい、俺はセフィロスを―――」
「―――ッ!」

 ロイドは振り払われた手を拳に変えて、クラウドの頬を殴りつけた。
 不意打ちだったのだろう。クラウドは避けられずにそれを喰らい、驚いたようにロイドを見る。
 非力なロイドの一撃だ。クラウドをよろめかせるどころか、僅かに顔をズラした程度だ。むしろロイドの拳の方が痛い。

「・・・なんでバッツがさっきから攻撃を受けてるか解らねえのかよッ!」
「それは・・・セフィロスが・・・」
「違うッ! アイツは俺達を庇ってるんだ! 俺達がここにいたら邪魔なんだよ!」
「・・・っ!?」

 そう言われてようやくその場の全員が気がつく。
 さっきからのセフィロスの攻撃。もしもバッツが避ければ、こちらに向かってくるのだと。
 クラウドは呆然として、しかしそれを否定しようとする。

「そんな・・・偶然だ。セフィロスはそんな人質を取るような真似はしない・・・そんな必要が・・・ない」

 最強のソルジャーが、そんな無様な真似をするはずがないと、クラウドは否定する。
 だが。

「バッツ! そこから動かないでッ!」

 リディアが悲鳴をあげる。
 見れば、バッツはセフィロスの何度目かの衝撃波を受けて吹っ飛ばされて、片膝をついて立ち上がろうとするところだった。
 しかし、そのバッツが居る場所は、セフィロスとリディア達の直線上ではない。
 バッツを衝撃波で狙っても、それを避けても仲間に当たることはない―――が。

「・・・・・・」

 セフィロスは、もう何度もそうしたように刀を大きく振り上げる。
 しかしその方向は、バッツではなくリディア達を狙っていた。

「あー。ありゃわざとこっちを狙ってやがるな」
「ケッ、最強のソルジャーってのも、割とセコイ手を使いやがる・・・」
「・・・そんな・・・・・・馬鹿な・・・」

 ギルガメッシュとサイファーの呟きに、クラウドは愕然として言葉を失う。
 そんなクラウドの腕をロイドは掴んで、怒鳴りつける。

「いいから逃げるぞ! ここに留まっていたらバッツが―――」

 ロイドが言葉を言い終えるよりも速く、セフィロスが刀を振り下ろす!
 見えざる衝撃波が生まれ、リディア達に向かって突き進む!

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 裂帛の気合いと共に、バッツがその衝撃波に真横から飛び込んだ。
 先程バッツが吹き飛ばされた位置とは若干離れている。剣で迎撃する余裕はない。
 だからバッツはエクスカリバーの面を向けて、盾として構えてその身を衝撃波の前にさらした。

「が・・・はっ・・・」

 バッツの身体が今までで一番大きく吹っ飛んで、床に叩き付けられる。
 さっきまでは即座に立ち上がっていたが、今度はピクリとも動かなかった―――

 

 

******

 

 

「バッツ―――こ、のおおおおおおおおおおおっ!」

 リディアの絶叫。
 怒りが沸き上がる。

 それはバッツを倒したセフィロスへの怒り。

(私は、こんな風にならないために―――誰かの足手まといにならないために強くなったはずなのに・・・ッ!)

 それは自分たちを勝手に庇って、勝手に倒されたバッツへの怒り。

「―――っざけんじゃないわよ!」

 それは、バッツが倒れるまでなにもしなかった自分への怒り―――

“燃やし尽くせえええええッ!!”

 通常では有り得ないほどの短い魔法の詠唱。
 リディアが突きだしたロッドの先、セフィロスの周囲に濃密な魔力が集束する。

「『ファイガ』ッ!」

 魔力は瞬時に炎に転化する。
 紅蓮の爆炎がセフィロスを包み込み、周囲を鮮やかな赤で染め上げる!

「疑似魔法じゃねえ・・・のか・・・?」

 疑似魔法よりは流石に遅いが、疑似魔法よりも遙かに威力が高く、真の魔法にしては圧倒的に速いリディアの魔法に、サイファーが唖然とする。

「ど、どーよっ!」

 最大火力の火炎魔法だ。しかも高い魔力を持つリディアの魔法。
 普通の人間ならば、骨まで黒こげになっていてもおかしくない威力だ―――しかし。

「・・・・・・ッ」

 セフィロスを包んでいた炎が不意に消え失せる。
 そしてその中から現れたのは淡い魔法防護の光―――『マバリア』の魔法に護られたセフィロス。

「そ・・・んな!? 私の魔法が―――」

 如何に防御魔法で防いだとはいえ、セフィロスは無傷というわけではなかった。
 女性のように長い銀の髪は炎でちりちりに焦げ、服もあちこち焼けて穴が開いている。露出した肌の数カ所は火傷で醜くただれてしまっているが―――

「・・・『ケアルガ』」

 疑似魔法の癒しがセフィロスの全身を包み込むと、それらの火傷も完全にではないが消えた。流石に、焦げた髪の毛までは元に戻りはしなかったが。

「この・・・っ。もう1回―――!?」

 もう一度魔法を放とうとした瞬間、セフィロスが動く。
 竜騎士顔負けの跳躍力で、リディアの頭上へと飛び上がる。

「え・・・?」
「馬鹿、避けろ!」
「きゃあ!」

 リディアの襟首を、ギルガメッシュが掴んで引き寄せる。唐突のことで体勢を崩し、引き倒されるように尻餅をついた。
 直後、寸前までリディアのいた場所にセフィロスが降ってきた。

「やれやれ、面倒な相手だよなあ―――まあ」

 地面に着地したセフィロスの前に立ち塞がったのはギルガメッシュだ。
 彼は、セフィロスの向こうに倒れたままのバッツを見やり、

「あいつよりはマシかも知れねーけどな」
「ア、アンタ・・・」

 ギルガメッシュに庇われた形となったリディアが、赤い鎧の背後から声をかける。
 彼は、自分の肩越しにリディアを振り返り。

「ギルガメッシュだ、名前くらい覚えとけ―――」

 

 縮地

 

「―――って、のわあああああああっ!?」

 余所見している隙に、一瞬で間合いを詰めてきたセフィロスの一撃を受けて、ギルガメッシュはあっさり吹っ飛んだ。

「よ、よわーーーーーーっ!」

 思わず叫ぶリディアにセフィロスはゆっくりと近づいて―――刀を振り上げる。

「あ・・・」

 リディアは呆然と、尻餅をついた状態でセフィロスを見上げる。
 長大な刀はまるで死神のような鎌のように見えた。
 魔法を放とうにも、恐怖のせいか息が詰まって声も出ない。そもそも、今から魔法を唱えたとしても、幾ら詠唱が速いリディアでも間に合うはずがない。

(お・・・お兄ちゃん・・・ッ!)

 心の中で悲鳴をあげると同時。
 リディアに向かって、刀が振り下ろされる!
 反射的にぎゅっと目を閉じて、死を覚悟した―――が。

 ぎゃりぃぃいいいいいいいいいいっ!

 目の前から、鋼が鋼の上を滑っていくような音が響いてきた。

 

 

******

 

 

 え? と疑問の一音を浮かべながら、リディアが目を開ければ、そこには見覚えのある背中があった。

「・・・大丈夫か? リディア・・・?」
「おにい・・・ちゃん・・・?」

 その背中は、先程まで倒れていた筈のバッツの背中。バッツがエクスカリバーを両手で、剣の先を下げるよう斜めに掲げるようにして構えていた。
 セフィロスが刀を振り下ろしたその瞬間、リディアの前に割り込んで来たのだ。
 だが、バッツの力ではセフィロスの一撃を受け止めることなどできない。まともに受けようとすれば、リディアごとまとめて斬られるだけだ。だから。

「へっ・・・イチかバチかってところだったケドよ。なんとか上手く行ってくれたぜ・・・」

 セフィロスの刀は地面まで振り下ろされていた。
 バッツのすぐ隣の足下。
 自分の力では受け止めることなどできないと解っていたバッツは、まともに受けずに、縦一文字に振り下ろされたセフィロスの一撃を斜めに受け流したのだ。

 と、簡単にいうがバッツ自身が言ったとおり、それはかなり分の悪い賭けだったのだろう。
 受け流したといっても、刀が振り下ろされたのはバッツの足下だ。少しでも流しきることができなければ、バッツは斬られていた。

「お、お兄ちゃん、ありが―――」

 リディアが思わず素直に礼の言葉を言いかけたところで、唐突にバッツの手からエクスカリバーが滑り落ちる。
 地面にがしゃん、と聖剣が落ちると同時、バッツが「ぐっ・・・」と呻いて自分の左手首を右手で押さえる。

「ど、どうしたの―――って!」

 リディアは言葉を失う。
 バッツの左手の指の小指と中指が不自然に折れ曲がっていた。

 人間の肉体を越えたソルジャーの一撃だ。
 如何に上手く受け流せたと言っても、無傷では居られない。
 受け流した時の衝撃で、バッツの手もただではすまされなかった。指は折れ、手首にもダメージが入っている。外見では解らないが、ヒビくらいは入っていてもおかしくない。

「お兄ちゃん!」
「離れろ馬鹿!」

 思わずバッツの手を取ろうとしたリディアを、バッツは蹲るようにしゃがみつつ、肩でリディアを突き飛ばす。
 同時、バッツの足下から銀の鋼が跳ね上がった。セフィロスの刀は身をかがめたバッツの髪の毛をかすめて振り上がる。

「・・・んのやらああああっ!」

 しゃがみ込んでセフィロスの斬撃を回避すると同時、バッツはダメージの浅い右手で落としたエクスカリバーを掴むと、起き上がり様に剣を振るう。
 腕にあまり力は入らない。立ち上がる動作―――膝のバネと腰の捻りだけで、バッツは刀を振り上げたせいでがら空きのセフィロスの脇を狙う。エクスカリバーは狙い通りにセフィロスの脇腹を打つ、が。

「・・・ちいっ」

 やはりバッツの攻撃は通用しない。
 セフィロスは微動だにせず、バッツに向けて振り上がった刀を振り下ろそうと―――

「『ファイア』!」

 ―――した瞬間、炎の弾がセフィロスの側頭部に命中する。
 だが、先程のリディアの魔法程のダメージは与えられない。防御魔法はまだ効果が続いているが、火傷どころか髪が焦げる事すらない。軽くセフィロスの頭が揺れた程度だ。

「喰らいやがれーーーーーっ!」

 魔法を放ったのはサイファーだった。
 ガンブレードを振り上げ、セフィロスに飛びかかる。
 対し、セフィロスは向かってくるサイファーの方を振り向いて―――

「・・・っ。やべえっ!」

 バッツは “無拍子” で、迫ってくるサイファーに向かって飛び出す。
 その直後、セフィロスが剣を振るう。

 

 八刀一閃

 

 一閃にして八連の斬撃が、サイファーに襲いかかる―――が、それを庇うようにしてバッツがサイファーの前に割り込んだ。

「!?」
「うおおおおおおおおおっ!」

 八つの斬撃を、バッツは全てエクスカリバーで受け止める。
 が、その衝撃威力まで受けきれるものではない。
 バッツの身体はサイファーごと、吹っ飛ばされて、二人まとめて床に叩き付けられる。

「ぐはっ!?」
「・・・っ!」

 サイファーの上にバッツが落ちた格好だ。
 お陰で、サイファーは落下の激しい衝撃を受けたが、バッツはサイファーがクッションになってくれたお陰で大したことはなかった。あくまでも、落下のダメージは。

「こ、この・・・邪魔しやがって! とっととどけえっ!」

 サイファーがバッツの下で怒鳴り散らす。

「は、ははっ・・・悪ぃ・・・な」

 小さく笑って帰ってきた言葉は、驚くほど力がない。
 そのことに気がついて、サイファーは怪訝そうにバッツの様子を見る―――と。

「お前・・・その剣・・・」

 バッツの身体にエクスカリバーが有り得ないほど食い込んでいた。
 斬撃を剣で受けたはいいが、衝撃までは受け止めきれない。結果、エクスカリバーがバッツの身体を傷つけていた。もしもエクスカリバーに切れ味が少しでもあったのなら、バッツの身体は引き裂かれていただろう。

「ちょっと・・・やべえよなあ・・・」

 不敵ににやりと笑い、バッツはサイファーの上から立ち上がる。その口元からは赤く―――唇を切ったのか、それとももっと奥、身体の中からこみ上げてきたものなのか―――血が流れていた。
 そんなバッツを見て、サイファーは戦慄する。

「なんで・・・笑える・・・? なんで、立ち上がれる? なんで・・・」

 バッツはボロボロの身体でエクスカリバーを構える。
 折れた左手は最早使い物にならないので右手一本だ。その残った右手も、まともではない。辛うじて指は折れていないが、力が入らないのか小刻みに震えている。
 さっきまで、セフィロスの放つ衝撃波に何度も打ちのめされ、そして今もサイファーを庇ったせいでさらにダメージを負った。骨の一本や二本―――どころか内蔵の一つや二つつぶれていてもおかしくない。だというのに―――。

「なんでまだ戦える! てめえは一体何なんだ!」

 ただの旅人―――そう、バッツ=クラウザーは名乗った。
 その言葉は説得力があった。何故なら、見るからに何も特別なことはないような青年だったからだ。 “特別” というのは、例えばサイファー達のように傭兵としての特殊な訓練を受けたわけでもなく、或いはクラウドのようなソルジャー達みたいに肉体に常人以上の力を与えられたわけではない。
  “ただの旅人” ―――そう名乗られれば、それで納得してしまうようなヤツだとサイファーは思っていた。

 サイファーの疑問に対して、バッツは振り向かない。
 ただ辛うじて、その口元がにやりと歪むのだけは見えた、ような気がした。

「言ったろ? ただの旅人だよ」

 その言葉を聞いてサイファーは言葉を完全に失う。

 サイファー=アルマシーには夢があった。
 そのために彼は力を欲し、求め、手に入れてきた―――その、つもりだった。だが。

(なんだ、コイツは・・・)

 目の前に居るのはただの旅人。
 しかし、サイファーが今まで追い求めてきた “強さ” を超越した “強さ” を持つ。ただならぬ存在だ。
 そんな異次元じみた存在を前にして。サイファーは身動きすることができなかった―――

 

 

******

 

 

 体中が痛かった。
 ガンガンガン痛みが響いてくる。あまりの痛さに、どこがどう痛いのか、バッツには上手く理解できていなかった。

 ミスッたと思う。
 本当はこんなはずじゃなかった。
 なんで俺こんなに死にかけてんの? 馬鹿じゃねえの? と思う。

(俺のこと、自分で馬鹿って言ってりゃ世話無いか)

 間違えたのはたった一つ。
 分不相応に “守ろうとした事” 。
 リディアの言うとおりだ。バッツ=クラウザーは誰かを守るなんて器用なことはできっこない。流石は自慢のエセ妹だ。良いことを言う。超正しい。

 正直、守らなくても良かったかも知れないと思う。
 バッツが防がなくても、きっと勝手になんとかしてたとも思う。
 でも仕方ない。身体が勝手に動いてたんだから仕方がない。
 この前、飛空艇から落ちかけたロックを助けたときと同じだ。
 勝手に身体が動いた。高所恐怖症のくせに。あの時、高いところとか怖いとかまるで頭になかった。

 今だって同じだ。
 痛いだとかヤバイとだとか無理だとか。
 守らなくても大丈夫だとか、そんなこと考えもしなかった。守りたいとすら考えなかった。

(・・・やっぱり馬鹿なんだろうなあ。俺)

 あいつなら。セシル=ハーヴィならこんな間違いはきっとしないはずだ。
 守らなくて良い時は守らない。守らなければならない時だけ。命を張らなければならない時だけ飛び出す。
 だからアイツが動こうとした時は、いつもアイツは死にかけてるんだ。きっと。

 だけど、そうやって死にかけた代償に、アイツは必要だと思うことを成し遂げていく。
 そうやってファブールだって守ったし、バロンだって取り戻した。

(俺は、どうなんだろう?)

 今こうやって死にかけてるが、何かを成し遂げられそうか? 誰かを助けられるだろうか?
 無理だ。このままじゃ単なる無駄死にだ。
 くそったれ。ソルジャーってのは反則だよな。

(覚悟を決めろよ、俺)

 セシル=ハーヴィだったら絶対に迷わない。例えそれが間違いだとしても、後で後悔して、傷ついて苦しんだとしても、それしかないのなら迷わずにそうする。
 俺に足りないのは覚悟だ。
 間違うことを怖れない覚悟じゃない。傷つくことを躊躇わない覚悟。
 この状況で、俺がやるべきことはたった一つしかない。

(目の前の敵を・・・・・・俺が、殺す!)

 

 

******

 

 

「―――その剣は疾風の剣」

 斬鉄剣。
 それは全てを断ち切る必斬の剣。

 バッツの父、ドルガン=クラウザーを “剣聖” とまで言わしめた秘剣。
 だが、その実、その剣聖をもってしても、その技を完全には極められなかった。
 そしてそれは息子であるバッツも同じ事。

「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く・・・・・・」

 それを放つためには、極限までの精神集中が必要となる。
 無拍子のさらにその先。速さという概念を一つ越えた “速さ” へと到達するために、まるで魔法のような詠唱を必要とする。
 そこまで集中力のいる技なのだが。

「・・・・・・」

 そんなバッツをセフィロスはじっと警戒するように見つめる。
 魔法の詠唱、にしては魔力の動きがないことに困惑しているのかもしれない。
 その隙に、バッツは言葉を連ね、集中力を高めていく。

「斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――」

 ―――だが、すでにバッツは先程、一度斬鉄剣を放っている。それも、魔物とはいえその命を奪うために。その事が頭の隅にちらついて意識が分散される。
 さらに全身にはダメージが蓄積し、脳を直に殴りつけられるような激痛が響いてくる。加えて、ここで何とかしなければならないというプレッシャーもある。
 そんな中で、まともに集中などできるはずがない。

「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない・・・」

 結果は明白だった。
 バッツの放った斬鉄剣は、失敗した。

 

 

******

 

 

「なっ・・・!?」
「・・・・・・」

 自分の一撃の結果を知った時、バッツは愕然とする。
 気がつけば、片手で振るったエクスカリバーの一撃はセフィロスの刀に受け止められていた。

 それは偶然だった。
 セフィロスは意識してエクスカリバーを受けたわけではない。たまたま、刀を構えていたところにバッツの攻撃が当たっただけだ。

 だがそれは必然だった。
 完全に極めたとは言えない技。だとしても、今回は成功する要素が何一つ無かった。
 もしも、セフィロスの刀で受け止められなかったとしても、エクスカリバーはセフィロスの身体に傷一つ付けられなかっただろう。

「そんな―――」
「・・・・・・ッ!」
「―――ぐああっ!?」

 ぶるん、とセフィロスが刀を払う。
 バッツの身体が吹っ飛ばされ、その身体をサイファーが受け止める。

「オイ、テメエ!」
「ぐっ・・・」

 バッツは起きあがろうとして―――しかしできなかった。
 ただでさえダメージが蓄積していた身体だ。さらに斬鉄剣を失敗したことで、気力も完全に尽きてしまった。

「チクショウ・・・やっぱ、駄目・・・なのかよ・・・」

(俺は・・・俺は、誰も守れないのか―――?)

 目の前が霞み、意識が遠くなる。
 遠くなっていく視界の中、銀髪の男がゆっくりと近づいてくるのが解った。

(駄目だ・・・まだ負けられない・・・俺は、まだ戦わなきゃ―――)

 動こうとする、が全身に力が入らない。というか自分の身体の感覚がない。剣を持っているかも解らない。気がつけば、痛みすらも遠ざかっていた。

(まだ、気を失ってる場合かよ! 俺がやらなきゃ誰が―――)

 ぼやけた視界の向こうで、辛うじて銀髪の男が何かを振り上げて―――振り下ろすのが解った。
 死ぬ。そう、思った瞬間。

 ぎいいいいいいいいいいいいいいんっ!

 甲高い、鋼と鋼が激突する音。
 その耳を貫くような音に、バッツの意識が一瞬だけ覚醒する。

(なん、だ・・・?)

 見れば、セフィロスの振り下ろした刀を、巨大な剣が受け止めていた。
 それを持つのは――― 

(クラウド=ストライフ・・・?)

 ソルジャーの青年。
 その青年は蒼い瞳をバッツに向ける。視線の交錯。その瞳を見て、バッツは―――

「へっ・・・」

 にやりと笑い、小さく親指を立てた。

「悪い、後は・・・頼んだ」

 そのままバッツは完全に気絶する。
 クラウドは「ああ」と頷いて、セフィロスを睨付けた。

「後は俺が済ませる―――」

 そう呟いて、受け止めていたセフィロスの刀を打ち払った―――

 

 


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